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坂井栄八郎 『ドイツ史10講』 (岩波新書)

新書一冊でドイツ通史を扱うというので、「内容薄そー」と思っていたが、これは疑いもなく傑作である。岩波新書久々の名著と断言する。

重要史実を軒並み取り上げながら、通説とはやや異なった解釈を提示し、読者に新たなドイツ史像を与えることに成功している。

新書版の通史としてはおよそ望みうる限りの面白さ。中公新書の『物語イタリアの歴史』に並ぶ価値がある。

即買って、手元に置いておきましょう。

(ちなみに最近『フランス史10講』が出たが、こちらはどうもハズレっぽい。とは言えあくまで私の判断なので、一度書店で手にとってみてください。)

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阿刀田高 『獅子王アレクサンドロス』 (講談社文庫)

アレクサンドロス大王を主人公にした歴史小説。

史実からさほど離れず、全生涯を描いているので通読すれば非常に参考になる。

相当分厚いが、読みやすく、挫折する恐れはそれほどない。

側近集団の描き方も印象的で、よく頭に残る。

これを読んでから、プルタルコス『英雄伝』の中の「アレクサンドロス伝」を読めば面白いかもしれない。

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杉森久英 『人われを漢奸と呼ぶ』 (文芸春秋)

日中戦争の最中、対日協力政権をつくった汪兆銘に同情的な伝記。

くだけた記述で読みやすい。

共産党でも国民党主流でもない第三の視点から見た中国現代史として興味深い。

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ロマノ・ヴルピッタ 『ムッソリーニ』 (中央公論新社)

前日の『フランコ』よりもっと物議を醸しそうな在日イタリア人によるムッソリーニの弁護論的伝記。

ページ配分が適当でムッソリーニの全生涯が詳しく記されていて便利なので、必ずしも著者の主張に得心のいかない読者でも、通読する価値はある。

今新刊として手に入る日本語で書かれたムッソリーニ伝としては一番良いと思う。

ところでイタリア本国では著者のような立場に反対する勢力ももちろん多いだろう。なかなか興味深いので、イタリアでの「歴史認識論争」の詳細も誰か中立的立場の人が紹介してくれないだろうかと思う。

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色摩力夫 『フランコ スペイン現代史の迷路』 (中央公論新社)

一方的断罪論を排したフランコの伝記。

スペイン内戦の記述も人民戦線側に肩入れせず、客観的に書かれている。

20世紀初頭からフランコ死後の王政復古までかなり詳しく叙述されており、スペイン現代史のテキストとしては一番いいんじゃないでしょうか。

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マーティン・メイリア 『ソヴィエトの悲劇 上・下』 (草思社)

「帝政ロシアとソヴィエト・ロシアには専制主義的伝統の連続性がある」、「後進国ロシアで革命が起こったゆえに真の社会主義が歪曲されスターリン主義が生まれた」、「帝政ロシア社会の脆弱性ゆえに非マルクス主義の社会史的立場から言っても革命は不可避だった」、「スターリン主義はレーニン主義からの致命的な逸脱であり、両者には深い断絶がある」

以上の主張すべてに強く反対する立場から書かれたソヴィエト史。個人的にはソヴィエト関係で一番得心の行く史書だった。

細かな史実には深入りしない、あくまで大局的な歴史解釈の書。

草思社は時々こういう渋い本を出しているので、世界史愛好者としては侮れない。

少々高いので図書館で一読後、手元に置くため買うかどうか決めても宜しいかと。

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中嶋嶺雄 『北京烈烈』 (講談社学術文庫)

文化大革命中に書かれた論文集をそのまま収録した作品。

多くの中国研究者が醜態を晒しまくっていた当時、冷静な観察眼を維持したことは高く評価されている。

初心者にはやや詳しすぎるかもしれないが、極めて良質の現代中国政治史であることは間違いないので、挑戦してみる価値はあり。

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セバスチァン・ハフナー 『図説プロイセンの歴史』 (東洋書林)

「ドイツ統一の国民的意志の体現者」と「ナチズムの基盤」という両極端の評価を避け、時代の状況における適切な評価を下しながら書かれたプロイセン史。

重くて分厚い本なのでビビってしまうが、写真と図版が多いためであり、本文はそれほど長大ではない。

複雑極まりないドイツ騎士団領とプロイセンの起源の絡まりあいが明確に説明されておりわかりやすい。

後半は同著者の『ドイツ帝国の興亡』とダブる部分が多いが、確認の意味で読めばいいと思う。

少々値は張るが、できれば手に入れておきたい良書。

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遅塚忠躬 『フランス革命 歴史における劇薬』 (岩波ジュニア新書)

これも呉智英氏絶賛の書。「岩波新書から名著が出なくなって久しいが、これはジュニア新書から出た稀に見る良書」と。

フランス革命がもたらしたもののうち、生存権の概念などプラス面と恐怖政治などのマイナス面の両者を公平に述べた本。

細かな史実には深入りせず、あくまで歴史的評価に観点を絞っている。

薄くてちょっと物足りなく思えるが、良質な入門書と思われる。

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岩田靖夫 『ヨーロッパ思想入門』 (岩波ジュニア新書)

評論家の呉智英氏と宮崎哲弥氏がそろって絶賛していたので手にとってみた。

ジュニア新書ということだけあって、思想哲学関係に全く疎い自分でも得るところがあった。

高校の倫理レベルの次に読む本としては適当ではないだろうか。

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鹿島茂 『怪帝ナポレオンⅢ世』 (講談社)

大ナポレオンの劣化コピーとして悪評のナポレオン3世を、フランス近代化を仕上げた統治者として再評価した伝記。

仏文関係専攻の著者は無味乾燥の教科書的伝記ではなく、一般向けに面白く読ませる伝記を書いてくれている。

途中から通常の伝記的記述からは離れて、金融制度の整備とパリの都市改造の描写が延々と続く。

私の場合、こういう経済史・社会史はわからない。普通ならここで投げ出しているかもしれない。しかし本書の記述はわからないなりに面白い。

副題の「第二帝政全史」の通り、治世の全般にわたってバランス良く取り上げられた良書。

値が張るのはともかく、製本がやたら大きく重いのが唯一の欠点か。

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高坂正堯 『現代史の中で考える』 (新潮社)

英国の衰退、ソ連・中国の変動、日本の戦争などを題材に取った講演集。

非常にくだけた表現で、歴史を読む上で重要な示唆を与えてくれる。

ユーモアと知識の入り混じった文章は、世界史初学者にとって非常に有益。

新潮社から以前数巻出ていた高坂氏の講演カセットをCD化してまた販売してくれないだろうか。

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福田恒存 『私の英国史』 (中央公論社)

著名な評論家の手に成るイギリス史。戦後保守思想の大家である著者がこういう具体的な歴史叙述を残してくれたことが嬉しい。

ちょっと成り立ちが変わった本で、後半部分は、イギリスで出版された、年代記や文学作品の引用だけから成る英国史の翻訳である。前半はその解説として書き下ろされた福田氏自身の英国史。

叙述範囲は古代アングロ・サクソン王国からチャールズ1世までである。

内容は、あくまで国王と宮廷を中心にした政治史にとどまるが、モロワ『英国史』の項でも書いたように、初心者はまず基礎としてそういうオーソドックスな政治史をマスターしないとどうしようもない。

その後で、社会史・文化史・経済史などに向かえばいいと思う(たまに私のように出発点で堂々巡りするようなのもいるが)。

記述は詳しく丁寧で、例えば複雑極まりない薔薇戦争の過程も、附属の系図を何度も見ながらしっかり読み込めば、必ず理解できるようになる。

その他著者らしい鋭い観察と逆説に満ちた、歴史叙述の醍醐味を満喫させてくれる、文句無しの名著。

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菊池良生 『戦うハプスブルク家』 (講談社現代新書)

17世紀ヨーロッパの三十年戦争の歴史。

わかりやすい記述で、戦争のかなり詳しい過程がよく理解できる。

著者は独文畑の人らしいが、歴史関係でこういう初心者向けの面白い啓蒙書を書いてくれるところは嬉しい。

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陸奥宗光 『蹇蹇録』 (ワイド版岩波文庫)

日清戦争時の外相陸奥宗光の回顧録。

一次資料に近い本だが、表記を一部現代風に変えているので素人でも読もうと思えば読める。

記述は克明だが、詳しすぎず、適当な概説となっている。

日清戦争について知ろうとする場合、変な入門書読むより、初心者でも本書を熟読玩味した方がいいと思う。

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高坂正堯 『世界史の中から考える』 (新潮社)

近代以降のドイツ、ロシア、イギリス、日本の歴史から題材を採った史的エッセイ。

例のごとく難解な用語、概念を一切避けながら、実に深みのある文章が続く。

具体的な史実の他、歴史の冷静な見方を示唆する本である。

内容が薄く、つまらない通史を読むくらいなら、本書のような広い視野を持ったエッセイをきちんと読む方が初心者にとっても余程有意義であろう。

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岡崎久彦 『吉田茂とその時代』 (PHP文庫)

シリーズ最終巻。敗戦からサンフランシスコ講和条約まで。

占領下の時代であり、日本人としてあまり愉快な話ではない。

戦争裁判の記述を通じて、今までの近代日本の歴史的評価のおさらいを行っている。

占領行政と押し付けられた改革に対して、著者は相当批判的であり、よく言われる「親米的偏向」は本書については感じられない。

一部問題はあるとしても、このシリーズは初心者向け近代日本史入門書として相当優れていると思われるので、一読をお勧めします。

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岡崎久彦 『重光・東郷とその時代』 (PHP文庫)

終戦記念日前だし、このシリーズの紹介を続けましょう。

満州事変以後敗戦までの概説。

前半三分の二あたりまで、破局に突き進む日本の針路を何とか変えようと苦闘する人々を描写し、非常に面白い。

あえて「歴史のif」を多用し、破局的な日米開戦を避けることはできなかったのか歴史的検証を行っている。

1941年の開戦後は救いようの無い敗北の過程であり、読んでいて辛い部分もある。

初心者向けの標準的通史としては相当優れていると思う。

今まで触れなかったが、このシリーズの各巻巻末に参考文献が載っており、そのうち興味の持てそうなものを読んでいくのもいいであろう。

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岡崎久彦 『幣原喜重郎とその時代』 (PHP文庫)

第一次世界大戦から満州事変直前までの日本外交史。

日清日露の戦いと昭和の動乱に挟まれた、比較的論じられることの少ない時代のせいか、初耳の興味深い話が次々出てくる。

このシリーズでは本書が一番面白い。どれか一冊だけ読むとすれば本書を勧める。

著者の幣原に対する評価は比較的高いが、ワシントン会議における日英同盟破棄をさしたる抵抗も無く許したことに対してはかなり批判的。

岡崎氏は大正時代を近代日本が達成した最良の原点と見なしているが、本書を読めばそういう見方も説得的に思えてくる。

世界史知識の不可欠の一部として近代日本史を学ぶために適当な一冊である。

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渡部昇一 『ドイツ参謀本部』 (中公文庫)

秦郁彦氏から盗作だ何だと言われて、中公版は絶版扱い。

それへの反論文を付けて別の版元から出ているが、そういうのが鬱陶しい人は中公版を買っときましょう。

軍事という観点から見た近代ヨーロッパ史。

中盤の組織論はちょっとゴチャゴチャしていて読むのが面倒だが、軍事史の啓蒙書として一読の価値有り。

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エドマンド・バーク 『フランス革命の省察』 (みすず書房)

1790年の時点で書かれた反革命論で、近代保守主義のバイブルになった本。

世評の高さを知りながらも、これは基本的に素人には読めない本だと決め付けていた。

だが一度気合を入れてじっくり通読してみたら、ものすごく興味深い。

引用したい文章がいくらでも出てくる。

予想では保守主義の一般的思想を述べている部分はともかく、当時のフランスの具体的状況を論じているところは難渋で読み進められないと考えていたが、それもゆっくり読み込めばかなり面白い。

読もうと思う方にご注意。岩波文庫版や中公バックス版の翻訳も出ているが、必ずみすず書房版を買って下さい。

前二著には素人がざっと見ても翻訳に難がある。

中公版はともかく岩波版訳者の中野好之氏はどうしちゃったんでしょうか。ギボン『ローマ帝国衰亡史』の後半の訳は非常に立派だと思うのに。

現在のフランスの支配権力をどのような部類に属させて考えるべきか、私には判りません。それは純粋民主政を装ってはいますが、また、程なく有害低劣な寡頭制に直接繋がって行くのではないかとも思われます。しかし、差し当たりは看板通りの性質と効果を持った機軸と認めることにしましょう。私は如何なる統治形態であれ、抽象的原理からだけでは非難は致しません。純粋民主政の形態が必要な場合もあり得るでしょう(ただし極めて僅かな、極めて特殊な状況の下でだけですが)。

だが、これがフランスとかその他の大国に当て嵌まるとは私は思いません。現在に至るまで我々は、取るに足る程の民主主義の実例を見たことがありません。古代人はそれについてより良く知っていました。私は、民主政憲法を最も多く見て最も良く理解した著者達についてまったく読んでいないという訳でもないので、絶対的民主政は絶対的王政に劣らず正統な統治形態には数え難いという彼らの意見に同意せざるを得ません。

彼らはそれを、一国家の健全な国制であるよりはむしろ腐敗堕落と考えています。もしも私の記憶が正しければ、民主政には暴政との驚くべき共通点が数多くある、とアリストテレスは見ています。この問題に関して私は確信を持ってこう言えます。即ち民主政において、多数者市民は少数者に対して最も残酷な抑圧を加えることができます。激しい分裂がその種の国家組織内に遍く拡がる時は、(実際縷々そうならざるを得ないのですが)、何時でもそうなのです。

そして、少数者に対するその抑圧は、たった一本の王笏の支配からおよそ懸念され得る殆ど如何なる抑圧よりも遥かに多くの人々に及び、しかも遥かに激烈に行使されるのです。こうした民衆による迫害の下では、個々の受難者は、他の如何なる場合よりも何層倍も悲惨な境遇に置かれます。一人の暴虐な君主の下では、彼らには傷の痛みを和らげてくれる人類の心安まる同情があります。苦しみの下にあっても、その高邁な堅忍不抜を鼓舞する人々の喝采があります。ところが多数者の下で悪に苦しむ人々は、あらゆる外からの慰めを剥奪されるのです。人間種属全体の陰謀に打ちひしがれ、彼らは人類から見捨てられた如くに見えるのです。

しかし、一先ず民主政には、私から見れば有ると思える、党派的暴政への不可避的傾向が無いと認めるとしましょう。また純粋形態の民主政は、それが他の諸形態と複合した場合と同じ程に大きな善を伴う(私は後者の善は確信しています)と認めるとしましょう。それでも、君主政の側には推奨に価するものは何も無いのでしょうか。私はボーリングブルックを数多く引用する者ではありませんし、一般的にも、彼の作品が私の精神に何らか永続的印象を与えたことはありません。彼は不遜で皮相な著作家です。しかし私の考えでは、彼には一つだけ深みと確かさが無くもない言葉があります。彼は、自分としては他の形態の統治よりも王政の方を好むと述べているのです。共和政形態に王政的要素を接ぎ木するよりも、王政にどんな種類であれ共和政を接ぎ木する方がより旨く行く、というのがその理由です。私には彼の言い分は完全に正しいと思われます。歴史的に事実その通りですし、それは思索とも良く一致します。

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近藤治 『インドの歴史 (新書東洋史6)』 (講談社現代新書)

そういえばこれまでインド史の本が一冊も無かった。

ターパル、スピィア共著『インドの歴史』全3巻(みすず書房)なんてのがあって、しっかりした内容のようだが、長くて初心者には読みにくいし、入手困難なので、とりあえず本書から始めるか。

基本的に前近代史のみで、植民地化以後は非常に簡略に済ましているのは○。

1977年刊でやや古さを感じさせる叙述はあるが、入門書としては割と良い。

しかし南インドの歴史はややこしいなあ。何度読んでも覚えられん。

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保阪正康 『蒋介石』 (文春新書)

毛沢東関係の著作は結構あるので、たまには蒋介石の標準的伝記を。

蒋と国民党に同情的でオーソドックスな伝記。

すごく面白いというわけでもないが、蒋介石関係の単著は少ないので貴重。

新書にしてはやや厚いが、ページの配分も適当で偏りがない。

「自虐」でも「自尊」でもない著者の史観について議論はあるだろうが、たとえ読者が同意できない場合でも本書からは学ぶべきところはあると思う。

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産経新聞取材班 『毛沢東秘録 上・中・下』 (扶桑社文庫)

改革開放政策導入後の中国で出版された二次資料を収集して再構成した、「大躍進」から毛沢東死後の四人組失脚までの歴史。

これは非常に面白い。要人の会話文が多く引用され迫力ある描写。

元が新聞連載なので、各節が短く文章も読みやすい。

その分、前節の内容要約と繰り返しが多いが、私のようにモノ覚えの悪い人間にはかえって有難い。

中国現代史入門書としてはかなりの名著と言っていいように思う。

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幣原喜重郎 『外交五十年』 (中公文庫)

戦前の自由主義的外交官の代表格たる幣原が戦後口述筆記した回顧録。

回顧録といっても外交文書に基づいた詳細極まる交渉過程を記したようなものでは全くなく、本人の記憶だけに頼った大まかな叙述。

その分素人でも楽に読める。

前半で自ら日本外交を指導した時の記述がやはり一番面白い。

ワシントン会議の章は簡略ながら列強の交渉の一端が垣間見れて興味深い。

(1927年北伐軍の)南京事件の際の、幣原の対応を記した部分はこの時代の概説などでよく引用されていた。

後半、公人生活から離れた後は四方山話のようなものが続くが、これはこれで面白いところもある。

楽に読めるし、一度ざっと通読しておいても損はない。

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藤村信 『中東現代史』 (岩波新書)

第二次大戦からラビン暗殺までの概説。

コンパクトで要領を得た説明。

高校教科書の次の段階としては、前述『血と砂と祈り』より、こちらを先に読んだ方がいいかも。

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岡崎久彦 『小村寿太郎とその時代』 (PHP文庫)

日露戦争と韓国併合に関する概説。

開戦前の外交の叙述は面白いが、開戦後の戦闘の描写は『坂の上の雲』などで知識を持っているとやや退屈。

まあシリーズものだし、本書も通読しておいたほうがいいでしょう。

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衛藤瀋吉 『眠れる獅子 (大世界史20)』 (文芸春秋)

中国を中心としたヨーロッパ進出後のアジア史。著者は戦後非マルクス主義的、現実主義的な立場で名を知られた中国研究者。

物語風の叙述で読みやすい。歴史的事象の評価も穏当でバランスが取れている。

例えば太平天国や義和団について民族抵抗の面と破壊野蛮の面の両方を認めている。

変な偏りが無く、安心して読める良い入門書。

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ヨハン・ホイジンガ 『朝の影のなかに』 (中公文庫)

ホイジンガの主著としては有名な『中世の秋』があるが、これは素人には到底読めない。

読んでもその良さを感じ取れる初心者は非常に少ないと思う。

それより本書にじっくり取り組んだ方がよい。

1930年代、左右の全体主義が荒れ狂う絶望的な状況の中で、歴史的に形成されてきた価値と自由を何とか次の世代に引き渡そうと希望したホイジンガの信念は深い信仰の域に達している。

哲学などほとんど読まない自分でも極めて深い印象を受け、何箇所も傍線を引き、2、3度読み返した。

特に最後の2章は感動的。絶望的状況の中でも希望の一片を保持して自らの義務を果たし続ける人間の高貴さを強く感じる。

人間の相互依存という原理が存分にその力を発揮し、そのいわば統率のもとに、さまざまなかたちの義務感が配列される。文化がそのような状況を示す度合に応じて、それだけいっそう純粋に、いっそうみのりゆたかに、およそ真の文化にしてこれを欠くことのゆるされぬあの奉仕の観念がかたちづくられる。神礼拝から、たんになんらかの社会的関係によってたまたま自分より上位におかれたものに対する奉仕まで。この奉仕の観念を民衆の精神から根こそぎとりはらうこと、これが十八世紀の皮相な合理主義の破壊的活動の最たるものであったのだ。

以前の時代には、一般に認められた理想というものがたしかにあった。たとえば、その意味するところはともかく、神の栄光、あるいは正義、徳、知恵。定義の不完全な、古ぼけた形而上的諸概念だと、いまの人たちはいう。だが、これらの諸概念を捨て去ったとともに、文化の統一性もまた、疑念のまなざしのもとにさらされたのである。なぜというに、結局それに代わったものといえば、互いに抗争する一群の欲望に過ぎないのだから。今日、さまざまな文化志向を互いに結ぶ言葉は、豊かな暮らし、権力、安全(平和と秩序ということもこれに含まれる)といった語彙のうちに見いだされる。すなわち、自然の本能からまっすぐに出てきただけのものであって、精神によって高められてはいない、ひとつにまとめるよりは互いに分ける方向にはたらく理想である。こんなものは、すでに穴居人類もこれを知っていた。

今日、しきりに国民文化、階級の文化が語られる。ということは、文化という概念が、福祉、権力、安全といった理想に従属させられているということだ。従属させることによって、人びとは、事実上、文化の概念を動物の水準にまで引き下げるのである。この概念は無意味になってしまう。一見矛盾する、だが、以上述べてきたところにもとづけばどうしても避けられぬ結論、文化という概念は、文化の志向性を規定するある理想がその文化をになう共同体のさまざまな利害関心の外側に、またそれを越えてつらぬかれるとき、はじめてその場を与えられるという結論が忘れられてしまうのである。文化は形而上に志向づけられなければならない。さもなければ文化は存立しないであろう。

国民教育が広くゆきわたり、日々の出来事が広くじかに広報され、分業のシステムが貫徹されている社会にあっては、一般の人が自分で思考し、自分で表現する機会はますます少なくなる。このことは、なにか逆説ときこえるかもしれない。普通、人はこう考えている、知力の程度が低く、知識の普及が遅れている文化環境にあっては、個々人の思考は、なにしろ彼ら自身の生活する狭いサークルに限定され、支配されているのであってみれば、より高度に発展した文化環境におけるよりも、束縛される度合が強い、と。だから普通このようなプリミティブな思考は、典型的、画一的といった具合に性格づけられるのだ。ところが、他方、こういう事実がある。すなわち、ひたすら自分自身の生活環境をのみ対象としてねらう、このようなプリミティブな思考は、手段が制限され、視野が狭く限定されているにもかかわらず、いやむしろそれゆえにこそというべきであろうが、より組織化の進む時代にあってしだいに失われてゆく自立性をある程度まで保持しているのである。かつての時代の農夫、漁夫あるいは職人といった人々は、完全におのれ自身の知識の枠内で図式を作り、それでもって人生を、世界を測っていたのである。自分たちの知力では、この限界を越える事柄については、一切判断を下す資格が無い、そう彼らは心得ていた。いつの時代にも存在するほら吹きも含めて、そうだったのである。判断不能と知ったとき、彼らは権威を受け入れた。だから、まさしく限定において、彼らは賢くありえたのである。表現手段の制約、このことこそが、彼らをして聖書やことわざに頼らせ、彼ら自身の言葉にしばしば様式を与え、彼らをして雄弁家たらしめたのである。

知識伝達の近代的組織化は、まことに残念ながら、このような精神活動の限定のもたらす有益な効果の喪失を結果した。・・・・・・たとえその人が知識への一途な希求に動かされている場合でも、いわば既成の文化一式の強引な働きかけにあって、そのいうがままに考え、判断してしまうという危険から身をかわすことは困難であろう。多種にわたる皮相な知識、批判の武器を備えていない視線にとってはあまりにも広すぎる精神の地平、ここに判断の能力は不可避的に弱まってゆかざるをえないのである。

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ジョージ・ケナン 『ジョージ・F・ケナン回顧録 上・下』 (読売新聞社)

これまで最低一度は通読した本だけを紹介してきたが、これは例外。

大型本の上下二巻、二段組で相当の分量なので飛ばし読みしかしていない。

しかしいつか必ず通読してやろうと書棚に置いてある。

著者は去年101歳で大往生を遂げたアメリカの著名な外交官。

対ソ外交を中心に20世紀のアメリカ外交を知る上で非常に役立つ。

端正で明快な文体が著者の知性と人間的品位の高さを感じさせる。

例えば、戦時下のドイツ駐在中、街の女や、反ヒトラー運動に立ち上がって斃れたビスマルク家やモルトケ家の人々との交流の箇所は深い感動を与える。

それと付け加えるならこの人の日本に対する理解の深さは特筆に価すると思う。

アメリカ外交の主流に反して、中国に対する過大評価と日本に対する過小評価を一貫して批判し続けている。

情緒的な親日派というのではなく、アジア政策において日本との協調関係維持を優先することが、アメリカの国益上必須だということだろうが、結果として戦前の日本が置かれた状況について極めて深い理解を示している。

これまで紹介した『アメリカ外交50年』『レーニン・スターリンと西方世界』の他にも邦訳された著作がかなりあるので、図書館などで検索してみてください。

どの著書も含蓄のある内容で、得られるものは非常に大きいはず。

ところで本書は1973年刊でずーっと品切状態。

国際関係論、国際政治学、アメリカ外交史における必読の文献とされながら極めて入手し難く、ネット古書店でも結構な値がついている。

ちなみに版元は読売新聞社。紙面で戦争責任論ずるのも重要でしょうが、こういう歴史を知り考える上で、必読の書物を常に手に入るようにしておくのも大切なんじゃないかと思うんですが、如何でしょうか、ナベツネさん。

(07年7月11日追記)

読みました。思ったほど長大ではなく、非常に面白く読めた。これはやはり一度は通読すべき本だと思います。

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アレクシス・トクヴィル 『フランス二月革命の日々 トクヴィル回想録』 (岩波文庫)

保守的自由主義の思想家トクヴィルによる1848年革命に関する回顧録。

『旧体制と革命』『アメリカにおける民主主義』の二大主著があるが、これらは素人には基本的には読めない(と思う)。

本書は具体的な事件の叙述でまだしも読みやすい。

著者は革命にはあくまで反対であるが、七月王政崩壊後は穏健共和政を維持することが自由を守るための最善の道であるから、ジャコバン派、社会主義者、ボナパルティスト、反動的王党派に対抗する立場を取る。

同時代の信頼できる観察者の生き生きとした記述で読ませる。

ルイ・フィリップ、ギゾー、ラマルティーヌ、ブランキ、ルイ・ナポレオンらの肖像が非常に興味深い。

ただティエールが徹頭徹尾愚劣で凡庸な人物として描写されていることに驚く。

中盤の六月暴動の描写は迫力満点で、本書のクライマックスか。

急進的社会変革と大衆暴力が何をもたらすかを知ってしまった現代の目から見ると、この「反革命」の目覚しい勝利に心底ほっとしてしまう。

やや専門的だが、初心者でも読む価値有り。

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