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新渡戸稲造 『武士道』 (岩波文庫)

本書の内容が、必ずしも実在の武士に普遍的に存在した価値観と言えなくても別に問題ないと思う。

明治人が西欧列強に対抗する精神的バックボーンとしてこういう理念を生み出す基盤を武士階層が提供したことは間違いないと思うので。

読みやすいし面白い。部分的には感動的でさえある。

本書の理念と現実の武士の言動との落差を指摘して嘲笑的態度を取る前に、明治人の置かれた苦境と世界への自己主張の必要に対する努力を汲み取るべきだと思われる。

近代日本史の副読本として是非読みたい。

さて、当ブログを始めて半年余りですが、何とかほぼ毎日更新できました。

記事の質量とも大したことないからですが、怠惰極まる自分としてはよく続いたなあと。

年が明けても、しばらくの間は一日一タイトルのペースで更新できそうですので、宜しければまた覗いてみてください。

それではよいお年を。

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尾鍋輝彦 『クーデター』 (中公新書)

ナポレオンのブリュメール18日のクーデタから、日本の二・二六事件まで、近代世界史におけるクーデタを概観した本。

それほど悪くはないが、新書版一冊にしては取り上げた事例が多すぎて、内容は物足りない。

もう一つ突っ込んだ記述が欲しいところである。

ローマ進軍やボリシェヴィキのクーデタなどの有名な例より、フランスのブーランジェ事件やスタヴィスキー事件をもっと詳しく解説して欲しかった。

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アダム・ウラム 『膨張と共存 ソヴエト外交史 全3巻』 (サイマル出版会)

高坂氏の本で著者が有名なソヴィエト外交研究者であることは知っていた。

その邦訳である本書が刊行されているのを知り、書店で注文したのだが、紙が変色し古書みたいな本が来て少し驚いた。

その後、数年して出版社自体倒産してしまいましたね。

全3巻と相当の分量だったが、読み通すのにそれほど苦労した覚えはない。

それゆえ読みやすい本だったとは思うのだが、それで何を得たかというと心もとない。

類書であるジョージ・ケナン『レーニン・スターリンと西方世界』の方が短くて、しかもはるかに面白く、さまざまな知識と見解を得られた。

国際政治や外交に特に興味のある方以外はあまりお勧めしません。

それより上述のケナンの本を是非どうぞ。

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大野真弓 責任編集 『世界の歴史 8 絶対君主と人民』 (中公文庫)

よくまとまった通史で、物語としての面白さも結構あると思うのだが、「市民革命」を経なければ真の近代国家とは言えないという単純な信仰がいちいち鼻につく。

そういう視点からの、ドイツやロシアの啓蒙専制君主への批判や揶揄が的外れとしか思えず、読んでいて不快である。

時代を考えればしょうがないんですかねえ。

中公文庫で旧版「日本の歴史」が再刊行されており、各巻に新たな解説が書き下ろされていて、マルクス主義的色彩の濃い近現代の巻でも、基本的に旧版の視点を否定しない観点から書かれているのだが、『太平洋戦争』の巻の解説だけは本文の傾向を全く無視して、戦争責任論やいわゆる「天皇制ファシズム」論に否定的な文章で書かれている。

この旧版「世界の歴史」シリーズも再文庫化の際には、そういう行き届いた解説を載せてもらいたいものである。

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衛藤瀋吉 『近代東アジア国際関係史』 (東京大学出版会)

えらく硬いタイトルだが、東大での国際政治学の講義を活字にしたもので、話し言葉に近く読みやすい。

『眠れる獅子』や著作集の『二十世紀日中関係史』との重複も多いが、変な偏りのある本を多く読むより、こういう本をしっかり読んだ方がいいと思う。

ただ末尾に近くの、日米開戦以後の部分は面白さがガクンと落ちます。

避けようも無い惨敗の描写となりますので、それも仕方ないでしょうが。

先の大戦への評価について本書はかなり否定的だが、私はそれを「自虐的」と切って棄てる気は無い。

著者の立場に必ずしも同意するものではないが、歴史の基礎的素養を得る本として優れていることに間違いないと思う。

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G・P・グーチ 『ルイ十五世 ブルボン王朝の衰亡』 (中央公論社)

書店の棚で見つけて立ち読みした印象は芳しくなかったが、翻訳者が林健太郎氏だったので思い切って買った。

しかし、やはり第一印象に従うべきでしたね・・・・・。

もったいないので何とか最後まで読みました。読みましたが相当辛かった。

そもそも伝記の対象人物に魅力が無さ過ぎる。

できればその治世における対外関係に重点を置いて叙述してくれれば大分マシだったのだろうが、有名なポンパドゥール夫人をはじめとする愛人との宮廷生活とフルーリの補佐を受けた内政の話が延々と続くだけで、とにかく面白くない。

少なくとも私には向いていませんでした。日本語で読める類書はまず無いと思うので興味のある方だけ図書館で見て確認してください。

ここでお知らせですが、たぶん年末年始も毎日更新すると思いますので、宜しければお越しください。

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松田智雄 責任編集 『世界の歴史 7 近代への序曲』 (中公文庫)

いよいよ近現代史入り。以後の巻をかなり腐すことが多くなるでしょうが、あくまで私の個人的考えに基づく感想ですので、割り引いて読んでください。

さて本書ですが、特に著者の史観や意見で引っかかるところはなく(ドイツ農民戦争とその際のルターの態度への評価は除く)、その意味ではスラスラ読めたのだが、どうもすっきりしない。

最初に「必ずしも年代順の政治史的記述方法は取らない」という意味のことを(確か共著者の一人の会田雄次氏が)書いていたが、確かにそういう傾向があり、私にとってあまり好きではない形の叙述であった。

だが、そもそもこの辺のルネサンス、宗教改革の歴史は年代記的叙述で記していくことが難しいのだろうから、文句を言ってもしょうがないのかな。

私にとってはイマイチだったが、多くの人にとっては良質な入門書なのかもしれない。

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福田和也 『第二次大戦とは何だったのか』 (筑摩書房)

第一次・第二次大戦の解釈、第二次大戦時の各国指導者の列伝、英国人学者クリストファー・ソーンの著作への解題の三部分からなる本。

政治指導者の中ではド・ゴールへの評価だけがずば抜けて高かったりするのが面白いのだが、短すぎてやや物足りない。

できれば最後の部分を削って、真ん中の伝記部分を大いに加筆してもらいたかったところ。

まあ文庫化されたら、買い直して再読するかなあといった感じです。

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ウォルター・スコット 『アイヴァンホー 上・下』 (岩波文庫)

歴史小説の大家スコットの手に成る中世イギリスを舞台にした大活劇。

なんですけど、まあ正直言って普通の日本人が面白いと思うにはハードルが非常に高い。

ノルマン・コンクェスト後のイギリスにおけるアングロ・サクソン人とノルマン人との対立、中世騎士の誉として理想化された形で登場するリチャード獅子心王、それに対してお約束の暴君として出てくるジョン欠地王など面白いところもないではないが、素人が読むには冗長としか言いようがない。

私も一応最後まで読んだが、とてもじゃないが再読はできません。

文学好きの人は一度挑戦してみてください。

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宮崎市定 責任編集 『世界の歴史 6 宋と元』 (中公文庫)

ついに来ました、宮崎御大の編集の巻。

弟子の佐伯富氏との共著で御大執筆の章は全体の半分くらい。

佐伯氏の文章が悪いわけではないが、できれば御大の単独執筆にして貰いたかったものである。

ですが最初の方の章で御大がいきなりカマしてくれます。

ちかごろ、「起義」という言葉がはやる。専制政治の下で起こった反乱はすべて反乱軍の側に正義があるので、反乱はすなわち正義のためにたち上がった壮挙であるという見方である。

従来の歴史はもっぱら為政者側の記録をもとにして編集されているから、当時の政権に反抗する運動は、事の是非を問わず一律に反乱、すなわち不当行為として扱われてきた傾向があり、この点は考えなおす必要があろう。

さりながら、従来の記録はすべて政府側におもねったもので、反乱軍の行動に関する好ましくない記述はみなでたらめだということにしたらば、これは新しい史観の行き過ぎというものであろう。

極めてオーソドックスでありながらわかりやすい史実の叙述、その整理に役立つ評言、豊富で面白い挿話、印象深い人物描写が全編高水準で続く。

最高。言うこと無し。

本シリーズでの最も出来が良い巻であるのみならず、どの概説書と比べても劣ることのない内容を持っている。

他の巻は読まずとも、この巻だけは買ってください。

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ロイ・ポーター 『ギボン 歴史を創る』 (法政大学出版局)

不朽の大著『ローマ帝国衰亡史』の作者ギボンに関する読みやすい啓蒙書。

ギボンの政治観を知ることで、『衰亡史』を読むときに参考になる。

一般的にギボンの史観は進歩的啓蒙史観と言えるが、晩年フランス革命が勃発したときの対応を見れば、近代の行く末に底無しの陥穽が待ち受けていることをしっかり認識していたことがよくわかり、『衰亡史』が心底安心して読める書物であることを確認できる。

なにゆえに、この皇帝専制政の敵がフランス革命をあのように徹頭徹尾敵視したのかという理由が問われなければならない。フランス革命に対するギボンの理解については後に触れるが、ここで一言いっておきたいことは、ギボンは君主のむきだしの権力が与える恐怖と変わらぬ気持ちを抱いて、大衆支配や扇動の行く末を見ていたのだということである。「多数の者の放恣な自由」は「災い」でしかありえない。バークのように(「私は彼の雄弁を賞賛し、彼の政見に賛同し、彼の騎士道精神を称える」)、ギボンは極論を恐れていたし、大衆の手にあれ、君主の手にあれ、絶対権力は必ず腐敗することも知っていた。「平等で際限のない自由という荒っぽい理論」のもとで、ギボンは文明のもたらす緩和作用を保証する社会の諸制度や抑制と均衡が消滅することを予想したのである。

「すべての階級、秩序、政府の転覆が生み出したのは、すべてを貪り食らった挙句に、結局はおのれ自身を貪り食らうことになる大衆という怪物なのである。」

ギボンの革命への敵意は徹底していた。彼はローザンヌを本拠とする「その地の王」として「狂信的な空想家」、「危険な狂信者」、そして「社会の秩序と安寧を乱そうとする新野蛮人」といった言葉をまき散らしたのである。この自由の愛好者にして専制権力の敵を不安に陥れたのは、革命をとおして、個々の君主の独裁政治ではなく群集の意志に基づいた新しい専制政治が出現するのではないかということであった。

「今では狂信的な扇動の徒輩が不満の種を一面に蒔き散らしている。すでに数多くの個人そして一部の共同体は、平等で無制限な自由というフランス病とも言うべき途方もない理論に冒されているように見える。」

われわれがギボンのバーク理論への転向をいかに評価しようとも、フランス革命に対する彼のおびえた反応が現代ヨーロッパの政治体制の本質的な安定についての彼の記述を無効にしたと結論するのは愚かなことである。フランスに対する反応においては、彼は決して盲目的な反動主義者ではなかった。ネッケル夫妻のこの友人はもちろんフランスには変化が必要だということは承知していた。しかし彼は前進の正しい道は憲法上の自由の保証を促進することだと信じていた。

「もしフランス人が専制権力とバスティーユ監獄の廃墟に自由な立憲君主国を樹立する輝かしい機会を有効に活用していたなら、私は彼らの高潔なる努力を買ったものを。」

しかしその機会は生かされず、悲惨な結果になるのは確かであった。というのは、「奴隷民族が突如として暴君と人喰い人種の国民となった」からである。このような怪物じみた政治体制が長続きすることはありえなかった。そして歴史はギボンの分析を擁護した。ジャコバン主義は自らを食いつくし、帝国(第五王国というべきか)のもとにヨーロッパを統一するというナポレオンの夢は、ギボンがそれ以前に非常な信頼を寄せたまさにあのヨーロッパ諸国の挙国一致の協力で阻止された。現代ヨーロッパの優れた政治的安定についての記述は洞察に富むものである。それは民族国家、発展した商業社会、富の拡散と勢力の均衡の上に成り立つものであった。

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ピーター・ドラッカー 『傍観者の時代』 (ダイヤモンド社)

著名な経営学者であり、その独創的思考が日本の経営者にも多くの影響を与えたとされるドラッカーが、半自叙伝の形式を借りて、それまでの人生で出会った特異な人々を描き、20世紀という時代の特質を浮かび上がらせた本。

当方経営学のケの字も知らないし、興味も無いのだが、高坂正堯氏や栗本慎一郎氏が敬意を込めてその著作を引用していたので、ドラッカーの名前は以前から知っていた。

本書についても、高坂氏が『文明が衰亡するとき』の中で「大戦間のヨーロッパとアメリカの描写として最良のもののひとつである」と評価していたので、取り組んでみた。

結論から言うと、これは非常に面白い。

登場人物のうち、誰でも知ってる有名人はフロイトくらいしかいないが、大いに読ませる。

特に、真ん中くらいにある「キッシンジャーをつくり出した男」と「怪物と小羊」の章は素晴らしいの一言に尽きる。

図書館で借りてこの2章だけは読んでください。

他の経営者や銀行家を扱った章も毛嫌いせずに読んでみると、深い含蓄がある。

なおドラッカー没後、『ドラッカー わが軌跡』という新装版が出たようだが、タイトルがいま一つで、装丁もペラペラで安っぽいのがどうも気に入らない。

まあ綺麗な本がいい人はこちらをお買い求めください。

(「キッシンジャーをつくり出した男」フリッツ・クレーマーの描写)

超国家主義者とナチスは、クレーマーにとって、自らの劣悪さに対する腹立ちとより優れた者に対する羨望を行動の動機としている人間の屑、プロレタリアのごろつきであり、そのジャコバン的無法さを国家主義的、似非保守主義的言辞で隠蔽しようとしているだけになおさら軽蔑すべき存在であった。というのは、彼が、正真正銘の保守主義者を以て自ら任じ、ビスマルク以前の、ルター主義の、スパルタ的なプロイセンの君主制を信奉していたからである。

ワイマル共和国時代のその当時、プロイセンの君主制を信奉している若いドイツ人の存在など、耳にしたくとも耳にできなかった。かりに君主制に郷愁を抱いている者がいたとしても、おおむね老人に限られていた。だがクレーマーは、ドイツ人は父親的人物を必要としており、正統の、合法的な君主を戴いていない限り独裁者の犠牲になると(ビスマルク同様)確信していた。クレーマーはカイゼル[ヴィルヘルム2世]を買い被ってはいなかった。カイゼルが移り気で、虚栄心が強く、判断力を欠いていることをよく承知していた。けれども、カイゼルが正統な血統を引いているところから、クレーマーは、カイゼルを合法的主権者として認め、誕生日ごとに祝電を送っていた。(当時カイゼルは老齢の身でオランダに亡命中だったのである。)

後年、第二次大戦中に、私は、クレーマーがナチではないこと、純粋な保守主義者だからこそナチではあり得ないことを再三、再四説明する苦労を味わわなければならなかった。当時、クレーマーは、ナチスと戦うためにアメリカ陸軍に志願していた。軍情報部は、(もっともなことだが)彼の話になかなか得心がいかなかった。そこで調査官が何度か私のところに来て説明を求めたのだが、そのたびに首をかしげて帰って行った。アメリカ人、とりわけ戦時中のアメリカ人には、[良いドイツ人と悪いドイツ人という]二種類の伝統的なドイツ人しか考えられなかった。そして自称「プロイセン流保守主義者」は、悪いドイツ人の部類に属していたのだ。クレーマーの考えや行動がいかに突飛なものだったにせよ(もちろん当時の彼は非常に若かった)ナチスへの効果的な抵抗がいずれも、彼の同類、言い換えれば、ビスマルク以前の旧弊な「保守主義者」やビスマルク以前のルター派の男女による抵抗だったことは動かせない事実である。1944年7月に決死のヒトラー暗殺計画を敢行したのも「旧弊なプロイセン流保守主義者」ヘルムート・モルトケ伯爵、シュタウフェンベルク伯爵、元ライプチヒ市長ゲルデラー博士であったし、プロテスタントの抵抗運動の指導者ニーメラー師も旧弊な、プロイセンのルター派の君主主義者であり元潜水艦長であった。ただ、クレーマーはこの人たちよりもずっと現実的だった。ヒトラーの横暴は外部の力でしか阻止し得ない、と彼は端から見抜いてドイツを去ったのである。

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岩村忍 責任編集 『世界の歴史 5 西域とイスラム』 (中公文庫)

イスラムの勃興と中央アジア史と東西交渉が主題なのだが、何やら雑然とした印象。

他地域との研究の蓄積の差か、どうもいまいち面白くない。

読み通せないと思うほどではなかったが・・・・・。

贅沢言い過ぎか。

基本書としてしっかり取り組みましょう。

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ハミルトン・フィッシュ 『日米・開戦の悲劇』 (PHP文庫)

監訳は岡崎久彦。

孤立主義者(著者の自称によれば「不干渉主義者」)によるルーズヴェルト外交批判。

といっても「真珠湾陰謀説」のような面はさほど強くなく、あくまで大局的な外交政策への批判が主であり、「トンデモ本」並みの類書の弊害からは免れている。

著者は東アジアだけでなく、欧州大戦へも不干渉を主張している。

1939年における時点では、ポーランドへ宥和政策を勧め、独ソ間の戦争勃発を西側諸国は待つべきだったというのが著者の見解のようだ。

それが可能だったかどうかは別にして、著者の強い反共的信念と対ソ警戒感に強い印象を受ける。

短いのですぐ読めるし、機会があれば一読しておくのも悪くない。

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ジャン・ラクーチュール 『ドゴール』 (河出書房新社)

村松剛『ド・ゴール』が食い足りないので、より本格的な伝記を探していたのだが、日本語で読める本のうち、アレグザンダー・ワース『ドゴール』(紀伊国屋書店)は図書館で借りたところイマイチに思えたので、本書を選んでみた。

著者はド・ゴール研究ではかなりの有名人らしい。

だが気取った表現や、わかりにくい比喩が頻出し、私の頭には理解しにくい文章が多い。

またあくまでド・ゴール個人の心理や行動に焦点をあてた伝記であり、同時代のフランス史としては省略や時系列の無視も多く、初心者には不親切である。

よってある程度の基礎知識を持っていないと、ややわかりにくい。

基本的には悪い本ではないと思うが、できれば一冊でド・ゴール個人の生涯とフランス現代史を理解させてくれる伝記が出てくれないものかという気持ちになる。

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塚本善隆 責任編集 『世界の歴史 4 唐とインド』 (中公文庫)

順調に4巻目に来たこのシリーズだが、この巻ではじめてつまづく。

歴史専門家ではなく、仏教研究家が書いたためか、やや難渋で読みにくい部分がある。

少々面白みに欠け、ひょっとしたらこの巻で挫折してしまうのかとも思ったが、何とか通読。

後でパラパラ読み返すと、面白そうな記述も多く、初読の際よりは良い印象を持ったが、やはり今までの3巻に比べるとやや落ちるか。

まあそんなに酷くはないので、とばさず読破しましょう。

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シェイクスピア 『アントニーとクレオパトラ』 (新潮文庫)

『ジュリアス・シーザー』と同じく、ざっと読んでみても、「うーん」と思うだけでさほどの感銘を受けなかった。

私のような非文学的で散文的人間には良さが感じ取れません。

初心者が読めば大体の史実が頭に入っていいのかもしれない。

そういえば映画の『クレオパトラ』はオクタヴィアヌスがなぜか陰険な人物に描かれていて感心しなかったなあ。

そもそも自分がアントニウスもクレオパトラも全然好きな歴史人物じゃないので、本書にも感銘を受けないのかな。

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ジョージ・オーウェル 『1984年』 (早川文庫)

全体主義国家によって支配された近未来の世界を描いたデストピア小説。

これは怖い。すごく怖い。

直接的かつ暴力的な弾圧が多く描写されているわけではない。

だが思想、感情面までもが政府に管理され、目に見えないメカニズムで反抗者が「処分」されていく全体主義国家の恐ろしさがまざまざと感じられる。

スペイン内戦で共産主義の実態を知り、その後強い反共的信念を持ったオーウェルが、第二次大戦後スターリン治下のソ連に対してどれほど強い懸念を持っていたかがよくわかる。

著者の渾身の気迫が感じられる本なので、まだ読んでいない方は是非ご一読をお勧めします。

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堀米庸三 責任編集 『世界の歴史 3 中世ヨーロッパ』 (中公文庫)

前巻に引き続き手堅い叙述で読ませる本。

初学者が教科書レベルの次に読む本として最適。

この辺までは本当に安定した記述で安心である。

かと言ってものすごく面白いというわけでもないので、特筆すべきことも無い。

素っ気無い言い方ですみませんが、まあ中世ヨーロッパ史を一冊通読しておくかという場合には読みやすくて便利な本です。

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ラス・カサス 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』 (岩波文庫)

ラテン・アメリカのカテゴリが無いのは不恰好だなあと思っていたが、大学時代本書を読んでいたのを思い出した。

しょっぱながこれですみませんね。

スペイン人征服者が新大陸で行った蛮行がこれでもかというほど記されている。

最後まで読むと鬱気味になります。

この本はスペインの国力が衰えた後、イギリス・フランス・オランダ等の反対陣営の諸国によって、散々反スペイン宣伝の材料として使われたそうである。

本書は、極めて格差の大きかった二つの文明の遭遇に伴って起こった恐るべき悲劇への告発として読むべきであって、その種の政治的利用に対しては常に警戒すべきであろう。

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司馬遼太郎 『明治という国家 上・下』 (NHKブックス)

著者の膨大な、幕末・明治を舞台にした歴史小説からエッセンスを抜き出して語りなおした本。

ごく薄い本で、著者の史観を知ることができる。

平易な記述で、印象的なエピソードと人物像を積み重ねて、歴史の本質的な要素と理念を理解させてくれる。

いわゆる「司馬史観」については、いろいろ批判も有るし、自分も鵜呑みにしているわけでもないが、ある種の叩き台として多くの国民に共有される価値はあると思われる。

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村川堅太郎 責任編集 『世界の歴史 2 ギリシアとローマ』 (中公文庫)

古典古代の概説書として極めて標準的で安心して読める本。

平易でなおかつ面白く、1巻に続いてこのシリーズの出来のよさを満喫できる。

アレクサンドロス大王死後の後継者戦争の過程がほぼ省略されていたり、ローマ帝政後期が駆け足だったりするのは残念だが、大きな欠点では無いだろう。

確か「シーザー」とか「アウグスツス」という表記があったはずで、そこが時代を感じさせますが、今読んでも面白さには変わりない。

やはり世界史全集としてはこういう手堅い叙述を求めたいものである。

それにひきかえ、講談社旧版と河出版の全集のローマ史は酷かった。

最近亡くなった方なので言いにくいが、両方とも著者の弓削達氏が自身のキリスト教的価値観を全編に渡って押し通し、通史の形式すらほぼ無視した史的エッセイに近いものになってしまっている。

こういう突拍子もないものを出されても、初心者は戸惑うだけである。

弓削氏が自身の価値観に基づいて行っていた政治的活動については今更あれこれ言うつもりはないが、一般向け書物でのこの種の逸脱は編集者がきちんと止めてくれないと困る。

本書に限らず、初学者にとっては古い本であるが故に、著者の極端な意図や細々した最新学説のために面白さを減じることのない叙述を読めるというメリットもある気がする。

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林健太郎編 『世界の名著 ランケ』 (中央公論社)

『列強論』(以前記事にした『強国論』と同じ著作)と『宗教改革時代のドイツ史』の、二つの作品の翻訳を収録したランケの著作集。

ランケといえば近代歴史学の確立者だし、できるだけ「古典」を読まねばと思い、大学時代取り組み何とか通読はしたものの、相当苦しかった。

『列強論』はともかく、『宗教改革~』は素人には極めて難しい。

ルターの肖像やミュンツァーへの厳しい視線など興味深いところもあるが、さまざまな勢力や制度、慣習に関してかなりの基礎知識が無いとすらすら読み通せない。

ただ巻頭にある林健太郎氏によるランケ史学の解説は面白くて役に立つ。

図書館で借りて、これだけ読むか、コピーするのも良いと思う。

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E・H・カー 『カール・マルクス』 (未来社)

ゴーロ・マン 『近代ドイツ史』 上巻 より

[カール・シュルツの観察―引用者註]

「マルクスのいうことは確かに内容が充実しており、論理的で明確だった。だが私は、あれほど相手を傷つけ、我慢できないほど傲慢な態度をとる人には、一度も会ったことがない。彼は自分の考えと根本的に食い違っている見解に対して、ある程度敬意を払って検討する心遣いを示さなかった。自分に反論する人をあしらうときには、いつでも軽蔑の色が見えすいていた。また自分の気に入らない議論に答えるときには、いつでも同情に値する相手の無知を毒々しく嘲るか、またはそんな議論を持ち出した動機について相手の名誉に関わるような疑念を示した。私は、彼が“ブルジョア”という言葉をいうときの痛烈な嘲笑的調子(唾を吐き棄てるようなと言いたい)を今でもよく憶えている。ところで“ブルジョア”というのは、精神的、道徳的頽廃の泥沼深く落ち込んでいるということをはっきり典型的に示す言葉なのだ。そして彼は自分の意見に楯突く人を誰でも“ブルジョア”として非難した。」

彼が周囲の人々にこのように見えたことは疑いない。証人は余りに数多く、また感想は余りにも一致している。彼が実際にそのような人であったことも恐らくは疑いのないところだろう。彼はとてつもない知性に恵まれると同時に呪われた。このため彼は孤独を強いられ、相手に対して高姿勢だった。妻子に対しては確かに愛情を持っていた。また同情ということも知っていた。彼は産業革命とともに押し寄せた生活の惨めさに激しい怒りを覚えたのだった。彼の精神は逆境にあっても不屈だった。みずから自分に課した超人的任務に対する忠実さは完璧だった。これは賞賛すべき美徳だが、彼の場合は恐るべき権力意志、つまり正しさを押し通そう、自分だけの正しさを押し通そうとする意志にむしばまれていた。彼は、反対し、批判し、または別の考えを抱く人たちを剣で、剣でできないときは、毒に浸したペンで絶滅しようとした。だが、このような人は世界をよりよくすることができない。

こういう「困った人」であるマルクスの生涯を多くの皮肉と多少の同情を持って描いた伝記。

同じマルクス伝でも、高校の時読んだ大内兵衛『マルクス・エンゲルス小伝』(岩波新書)を再読する気はさすがに起きないので、非マルクス主義者による伝記としてはかなり有名なこれを選んだ。

マルクスの生活上の無能力と偏狭な性格、そしてそれがもたらしたトラブルを多く記している(なにしろ無二の親友のエンゲルスとも一度危うく断絶しかける)。

他の社会主義者・無政府主義者との抗争にも重点を置いた記述が興味深い。

またマルクス主義の理論自体を検討した章では、労働価値説・剰余価値説の誤りを私のような阿呆でもよくわかるように説いてくれている。

総合的に見て、読みやすくて面白い、非常に優れた伝記作品。

是非お勧めします。

(なおマルクス死後残された娘たちの不幸については佐藤金三郎『マルクス遺稿物語』(岩波新書)という本がありますので、興味のある方はどうぞ。)

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貝塚茂樹 責任編集 『世界の歴史 1 古代文明の発見』 (中公文庫)

いわゆる中公旧版の世界史全集第1巻。

白状すると各社各種の「世界の歴史」で全巻通読したのはこのシリーズだけである。

刊行年代は1960年代初期という古さだが、中身は他のシリーズに勝るとも劣らない。

まず初心者が物語として読んで面白いという点を何より重視して、最後までそれに徹しているのが素晴らしい。

図式的で平板な記述はできるだけ避け、豊富な挿話やエピソードを交え、魅力的な人物描写に力を注ぎ、時に学界の内輪話で息継ぎをするという感じ。

著者の努力はもちろんだが、本シリーズについては中公側の編集者がよほど優秀だったのだなと思う。

以上の方針を徹底させるため、著者にビシバシ意見したであろうことは容易に推察できる。

最初の巻である本書においても、貝塚氏ら著者のサービス精神がよく発揮され、北京原人から始まり、いわゆる四大文明の盛衰を描いた、面白い通史に仕上がっている。

後漢以後とオリエント末期がやや駆け足なのは残念だが、入門書としては十分の出来。

以後の巻を記していくにつれて、かなり腐すこともあるかと思いますが、初学者向けの本として基本的には非常に優れた面があることを認めた上の批判であることをご考慮ください。

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村松剛 『ド・ゴール 栄光の道をゆくなぞの英雄』 (講談社現代新書)

薄いし手軽な伝記だなと思い読む。

そこそこ面白く、ペタンとの交友など興味深い部分も多い。

だが紙数の都合で第二次大戦前の記述が多く、戦後はごくあっさりしたものである。

読みやすいが、イマイチ物足りない感じの本である。

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E・H・カー 『歴史とは何か』 (岩波新書)

歴史哲学・歴史思想の本として有名なので読んではみたが、論旨がゴチャゴチャしていてややわかりにくい。

アマゾンのレビューでは清水幾太郎の翻訳が悪いと書いてあるが、私には判定不能だ。

また著者が批判の対象として引用している人々に逆に共感してしまったりする。

面白い部分もあるが、私にとってはいま一つといった本でした。

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本田濟・訳 『漢書・後漢書・三国志列伝選』 (平凡社)

すみません、これも買っただけです。

正史でも、『史記』を完全に別格として、この三つは著者の個性の出た良作との評価が定着しているようである。

それが一冊になっているので便利だなあと思い買ったのだが、確か最初の「司馬遷伝」を読んだだけで挫折してしまった。

漢書・後漢書の部分を読み通すのはやはりかなり苦しい。

ただ三国志の部分は収録人数が少なくやや物足りない気もする、って読んでないのに私が言えた立場じゃないですね。

今はもう品切れで新刊としては手に入らないみたいです。

図書館で借りて、難易度を確認してから買うのも良いと思います。

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柴田三千雄 『フランス史10講』 (岩波新書)

立ち読みしたときは「もう一つだなあ」と思ったが、実際買ってみると結構面白かった。

よって『ドイツ史10講』の記事で「こちらはどうもハズレっぽい」と書いたのは(半分)訂正します。

フランス史の各時代について、さまざまな解釈を提示し、一般的な歴史観の転換を促す本だが、説明は簡略で程度は高くないので、初学者でも楽についていける。

安いし、読んで損は無いと思うので、気が向いたら買ってください。

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シェイクスピア 『ジュリアス・シーザー』 (新潮文庫)

著名な史劇で楽に読めたが、正直さほど面白くなかった。

プルタルコスを素材にしており、それを忠実に使っているようだ。

だが、それに付け加えられた著者の文学的叙述の良さを感じるには、私には素養が無さ過ぎる。

皆さんはご自身でお確かめください。

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フランソワ・ギゾー 『ヨーロッパ文明史』 (みすず書房)

著者のギゾーについては「選挙権の拡大を要求した人々に“金持ちになり給え”と言い放ち、二月革命で打倒された反動家」というのが通り相場だろうし、私もかつてはそう思っていた。

しかしオルテガ曰く「大革命後のヨーロッパがなすべきことを明確に認識した唯一の人々」である、保守的自由主義の思想家として、学ぶべき点が多いのではないかと思い、本書に取り組んだ。

しかし眠い。最後まで読み通した本の中で、本書くらい眠くなったものはない。

ほんの1、2ページ読んだだけで猛烈な睡魔が襲ってきた。

翻訳が悪いのかなあと思ったが、自分の頭の悪さを棚に上げちゃいけませんね。

ランケ『世界史概観』と同じく、例示されている史実を漫然と読むのではなく、著者の史観をしっかり読み取ろうという強く意識しながら読む必要がある。

要はヨーロッパの歴史においては、単一の理念や勢力が完全に勝利を占めたことは無く、常に一定の多様性が保たれており、それがヨーロッパの自由や発展の原動力になったという大意だけはわかりました。

できれば再読したいし、これに影響を受けた福沢諭吉の『文明論之概略』も読んでみたいと思います。

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