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ピーター・ドラッカー 『傍観者の時代』 (ダイヤモンド社)

著名な経営学者であり、その独創的思考が日本の経営者にも多くの影響を与えたとされるドラッカーが、半自叙伝の形式を借りて、それまでの人生で出会った特異な人々を描き、20世紀という時代の特質を浮かび上がらせた本。

当方経営学のケの字も知らないし、興味も無いのだが、高坂正堯氏や栗本慎一郎氏が敬意を込めてその著作を引用していたので、ドラッカーの名前は以前から知っていた。

本書についても、高坂氏が『文明が衰亡するとき』の中で「大戦間のヨーロッパとアメリカの描写として最良のもののひとつである」と評価していたので、取り組んでみた。

結論から言うと、これは非常に面白い。

登場人物のうち、誰でも知ってる有名人はフロイトくらいしかいないが、大いに読ませる。

特に、真ん中くらいにある「キッシンジャーをつくり出した男」と「怪物と小羊」の章は素晴らしいの一言に尽きる。

図書館で借りてこの2章だけは読んでください。

他の経営者や銀行家を扱った章も毛嫌いせずに読んでみると、深い含蓄がある。

なおドラッカー没後、『ドラッカー わが軌跡』という新装版が出たようだが、タイトルがいま一つで、装丁もペラペラで安っぽいのがどうも気に入らない。

まあ綺麗な本がいい人はこちらをお買い求めください。

(「キッシンジャーをつくり出した男」フリッツ・クレーマーの描写)

超国家主義者とナチスは、クレーマーにとって、自らの劣悪さに対する腹立ちとより優れた者に対する羨望を行動の動機としている人間の屑、プロレタリアのごろつきであり、そのジャコバン的無法さを国家主義的、似非保守主義的言辞で隠蔽しようとしているだけになおさら軽蔑すべき存在であった。というのは、彼が、正真正銘の保守主義者を以て自ら任じ、ビスマルク以前の、ルター主義の、スパルタ的なプロイセンの君主制を信奉していたからである。

ワイマル共和国時代のその当時、プロイセンの君主制を信奉している若いドイツ人の存在など、耳にしたくとも耳にできなかった。かりに君主制に郷愁を抱いている者がいたとしても、おおむね老人に限られていた。だがクレーマーは、ドイツ人は父親的人物を必要としており、正統の、合法的な君主を戴いていない限り独裁者の犠牲になると(ビスマルク同様)確信していた。クレーマーはカイゼル[ヴィルヘルム2世]を買い被ってはいなかった。カイゼルが移り気で、虚栄心が強く、判断力を欠いていることをよく承知していた。けれども、カイゼルが正統な血統を引いているところから、クレーマーは、カイゼルを合法的主権者として認め、誕生日ごとに祝電を送っていた。(当時カイゼルは老齢の身でオランダに亡命中だったのである。)

後年、第二次大戦中に、私は、クレーマーがナチではないこと、純粋な保守主義者だからこそナチではあり得ないことを再三、再四説明する苦労を味わわなければならなかった。当時、クレーマーは、ナチスと戦うためにアメリカ陸軍に志願していた。軍情報部は、(もっともなことだが)彼の話になかなか得心がいかなかった。そこで調査官が何度か私のところに来て説明を求めたのだが、そのたびに首をかしげて帰って行った。アメリカ人、とりわけ戦時中のアメリカ人には、[良いドイツ人と悪いドイツ人という]二種類の伝統的なドイツ人しか考えられなかった。そして自称「プロイセン流保守主義者」は、悪いドイツ人の部類に属していたのだ。クレーマーの考えや行動がいかに突飛なものだったにせよ(もちろん当時の彼は非常に若かった)ナチスへの効果的な抵抗がいずれも、彼の同類、言い換えれば、ビスマルク以前の旧弊な「保守主義者」やビスマルク以前のルター派の男女による抵抗だったことは動かせない事実である。1944年7月に決死のヒトラー暗殺計画を敢行したのも「旧弊なプロイセン流保守主義者」ヘルムート・モルトケ伯爵、シュタウフェンベルク伯爵、元ライプチヒ市長ゲルデラー博士であったし、プロテスタントの抵抗運動の指導者ニーメラー師も旧弊な、プロイセンのルター派の君主主義者であり元潜水艦長であった。ただ、クレーマーはこの人たちよりもずっと現実的だった。ヒトラーの横暴は外部の力でしか阻止し得ない、と彼は端から見抜いてドイツを去ったのである。

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