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茨木晃 『スペイン史概説』 (あけぼの印刷社)

極端に入手しにくいものは書くべきではないかとも思うが、これは是非紹介したい。

以前記事にした林健太郎『昭和史と私』(文春文庫)の中の、「スペインの内乱について日本ではとかく左翼的立場から書かれた文献が多かったが、日本に帰化したスペインの歴史家茨木晃の『スペイン史概説』はこの事件を広い視野から総合的に観察して客観的な評価を与えている。」という文章でその存在を知る。

他の出版社から二訂版、三訂版も出ているようだ。

叙述の形式としてはごくオーソドックスなもので、洞窟絵画で有名なアルタミラの時代から20世紀の内戦までを、国王の統治を中心に記した簡略な通史で読みやすい。

しかし本書について何より特筆すべきなのは、その視点の類い稀なユニークさ。

「王権と教権の癒着と専制、異教徒への迫害と追放、異端審問、新大陸への侵略と先住民絶滅、中産階層の脆弱さと市民的自由の不在、全ヨーロッパでのプロテスタント弾圧、英仏蘭等との近代化競争からの決定的脱落、それらすべての挙句に“ファシスト・フランコ”という『絶対悪』が勝利した国」というスペインの歴史にべっとりと貼り付いたマイナス・イメージに保守的愛国主義の立場から逐一反論している。

ひねくれ者の私はこういう本が大好きである。

著者はスペインの独立と発展において王制と教会が果たした役割を何よりも高く評価する。

フェリペ2世死後から米西戦争に至る長い衰退期において、著者は絶対王政を目指す反動派をスペイン古来の身分制議会や地方共同体を否定する反伝統的な勢力と批判する一方、イギリス流の議会主義と無制限の言論の自由をそのまま機械的にスペインに移植しようとした進歩派も国民の分裂を煽っただけであったと強く非難する。

20世紀のスペイン内戦についての記述は他の時代よりも詳細で非常に参考になる。冒頭の林氏の評言が極めて適切であることがわかる。

内戦勃発前から左右両派によるテロが横行し、報復の悪循環の中で事態が悪化の一途を辿っていった過程が描かれる。

またフランコ側の残虐行為を無視しているわけではないが、人民戦線側が行った多数の赤色テロも記している。

そして悲惨な内乱の終了後、国民の傷と分裂を癒そうと最善の努力をした人物としてフランコを著者は極めて高く評価する。

また内戦に関する世界各国の書物において歴史の実状が歪められていると述べ、その例として以前紹介した『スペイン戦争』(中公文庫)の著者斉藤孝教授や、この分野でかなり有名と思われるヒュー・トマス『スペイン市民戦争』(みすず書房)を批判する。

さて、本書への個人的な評価を聞かれれば、本当に「素晴らしい」の一言に尽きる。

以上の下手な紹介では尽くせないほど多面的な視角を持つ書物である。

この本は今でも再版される価値がある。

どこか心ある出版社が版権を取って復刊してくれないだろうか。

どうかよろしくお願いします。

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