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ポンペイウス・トログス 『地中海世界史』 (京都大学学術出版会)

ギリシア・ローマの古典すべてを邦訳するという、とんでもない企画である西洋古典叢書の第一期刊行分の中の一冊。

果たして私が死ぬまでに完結するんだろうか。

帝政ローマ初期の歴史家トログスが書いたオリエントおよび地中海世界の通史をビザンツ帝国の歴史家ユスティヌスが抄録した作品。

買いはしましたが、ものの見事に挫折しました。

しばらくして売り払い、再挑戦の機会が無いまま。

このシリーズでは、トゥキュディデス『戦史』の記事で書いた通り、クセノフォン『ギリシア史』も取り組んではみたが、即挫折。

他に私が読めそうなものはというと、『ローマ皇帝群像』(原題『ヒストリア・アウグスタ』)くらいか。

これは正体不明の数人の著者(実は一人との説もある)が書いたハドリアヌス帝から軍人皇帝時代を描いた伝記作品。

信頼性に問題はあるが、史料が少ない3世紀のローマ帝国の重要文献であり、ギボン『ローマ帝国衰亡史』の第一巻の主要なタネ本らしい。

刊行前から出たら絶対読もうと思っていたのだが、店頭に並んだものをいざ立ち読みしてみるとどうも思っていたほどの面白さが感じられなかったので、未だに読めないまま。

結局これまでのところ、この叢書でちゃんと通読したものはゼロ。

今は、「背教者」ユリアヌスの治世を記述し、タキトゥス以降最高のラテン史家と言われるアンミアヌス・マルケリヌスの訳書が出るのを気長に待っています。

一体いつになるのか見当もつきませんが。

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石射猪太郎 『外交官の一生』 (中公文庫)

戦前の日本を奈落の底に突き落とした政治決定と言えば張作霖爆殺事件の不処罰、冀東防共自治政府を始めとする北支工作、イギリス主導の中国幣制改革への非協力、トラウトマン工作など日中全面戦争早期収拾策の失敗、三国同盟締結、南部仏印進駐、真珠湾奇襲などであろう。

それらと並んで悪名高いのが盧溝橋事件直後の現地停戦協定・不拡大路線を無視した内地三個師団動員で、結局これが日中戦争の泥沼化を招き、遂には日米開戦につながってしまった。

本書は支那事変勃発時の外務省東亜局長として近衛首相、広田外相に対し動員反対を強く働きかけた外交官石射猪太郎による回顧録。

幣原外交の正しさへの信念を持った石射が終戦後自らの外交官人生を振り返って書いたもので、非常に興味深い。

500ページを超える本だが、特に難解な部分も無く読みやすい。

近代日本外交史を学ぶ上で有益な本。

先日も書いたように網羅性を気にして退屈な教科書的書物を読むより、こういう本を一つ一つこなしていく方が結果的に多くのことを得られると思います。

もし標準的な通史テキストを読むのなら、以前記事にした岡崎久彦氏の日本外交史シリーズ(いずれもPHP文庫収録)のような、史実への取捨選択と評価が明瞭になされている面白い本を選ぶことを強くお勧めします。

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モーリス・キーン 『ヨーロッパ中世史』 (芸立出版)

またまたまたまた買っただけの本です。御免なさい。

大学時代の一時期、世界史関係の読書においては日本人著者の本より外国人著者の翻訳本を優先して読むべきだという奇妙な考えを持っていたことがある。

そういう観点からこれも買ったはず。

全く歯が立たないほど晦渋という本でもなく、オーソドックスな通史だったと思うが結局碌に読まないまま処分してしまいました。

変な思い込みから読めそうにない本を無理に買ってもしょうがない、というのが本書から得た唯一のものでした。

ただ外国人著者でも評価の定まった古典的著作では、翻訳を出して欲しいものはかなりあります。

カーライル『フランス革命史』とかバーナード・ペアーズ『ロシア史』とかホイットニー・グリズウォルド『米国極東政策史』、ポール・ケネディ『英国海上覇権の盛衰』など。

どこかの出版社がこういう世界史関係の名著を翻訳して安価に提供してくれるシリーズを創刊してくれないかなあとときどき夢想します。

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杉山正明 『遊牧民から見た世界史』 (日経ビジネス人文庫)

去年の6月27日井上靖『蒼き狼』の記事で、杉山氏の本は当ブログで紹介することはないと思うと書きましたが、慢性的ネタ不足なので本書を取り上げてみます。

遊牧民勢力への肯定的再評価を通じて今までのユーラシア史のイメージを一新するという意気込みは大変結構なんですが、不必要に断定的で攻撃的な口調がいちいち神経に障る。

そういう文章への反発から、最初もっともだと思えた定説への批判すらだんだん疑わしく思えてくる。

私は三分の一くらい読んだ辺りで耐え切れず放り出しました。

ただし、私ほど短気でなく、こういう「杉山節」が気にならない方にとっては、本書や中公新版「世界の歴史」および講談社新版「中国の歴史」の杉山氏執筆巻は良質な啓蒙書だと思いますので、一度お試しください。

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『宮崎市定全集 16 近代』 (岩波書店)

大学時代この全集の刊行予定を知って、思い切って全巻揃えようか相当迷った。

本来私は歴史家の個人全集など読破する知力も根気も無いのだが、宮崎氏だけは何とか挑戦してみようかという意欲が湧いてくる。

結局一般読書人向け著作の多くが文庫化されているので、買わなかったのだが、この巻だけは手に入れて通読。

数ある中国史家のうち御大だけは私の中で完全に別格の存在である。

著名な学者でこれほど素人が掛け値無しに面白いと思える本を書いてくれる人はいないだろう。

本書の中心の『中国のめざめ』は後に中公文庫に入ったが、その他の概説や論文も一読すれば大いに有益だと思います。

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堀敏一 『中国通史 問題史としてみる』 (講談社学術文庫)

恥ずかしながら、また途中で挫折した本です。

副題の通り、中国史の様々な論点についてこれまでの学説を簡単に紹介しながら大局的な視点を提示する本。

内容は濃いがそれほど長大でもなく、初心者でもついていける難易度。

良書だとは思うんですが、どうも個人的な趣味に合わず途中で放り出してしまいました。

通読すればかなり有益な本だとは思いますんで、機会があればどうぞ。

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来栖三郎 『泡沫の三十五年』 (中公文庫)

真珠湾攻撃直前に特派全権大使として米国に赴き、野村吉三郎駐米大使と共に最後の日米交渉に当たった外交官の回顧録。

難解な部分はほとんどなく読みやすい。当時の緊迫した情勢と交渉の概要がよく理解できる。

近代日本外交史の初学者にとって、大まかな史実の枠組みを頭に入れた後は、教科書的な概説を読むのは適当に切り上げて、こういう本をどんどん読んでいった方がいいと思う。

『国際関係学がわかる(旧版)』(朝日新聞社)で著名な日本外交史研究者の北岡伸一氏も教科書的な通史より、個々の研究書や政治家・外交官の伝記から学習に入るのがよいと勧めていた。

最近中公文庫ビブリオで復刊されたのは非常に喜ばしいのだが、このシリーズは早期に品切れになりやすいので、在庫があるうちに確保しておくのが宜しいかと思います。

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菊池良生 『ハプスブルクをつくった男』 (講談社現代新書)

1273年ハプスブルク家のルドルフ1世の即位によって神聖ローマ帝国の大空位時代が終了するというのはギリギリ高校世界史の範囲内だが、それから即、同家による世襲が始まったのではなく、安定して帝位が世襲されるようになるのは15世紀中盤以降である。

本書はその狭間の時代のうち特に14世紀に焦点を絞って当時のドイツの政治情勢を描き出したもの。

これは良い。非常に良い。対象となる時代が限られているため記述は詳細で非常に興味深い。それと以前同じ菊池氏の『神聖ローマ帝国』『戦うハプスブルク家』(これらも共に講談社現代新書)を読んだ時にも感じたことだが、この人は歴史の素人への読ませ方を心得ている。新書版にしては内容が非常に濃く読んでいて面白い。

まずボヘミヤ王オタカル2世を破ってオーストリアを奪いハプスブルク家の本拠をスイスから同地に移す基礎を固めた英主ルドルフ1世死後、ナッサウ家アドルフの短期間の治世を経て、ルドルフの子アルプレヒト1世が即位するも、自らの甥に殺害されハプスブルク家は帝位を失う。

以後ドイツはオーストリアを統治するハプスブルク家、オタカル2世死後土着のプシェミスル朝が断絶したボヘミヤを手に入れたルクセンブルク家、バイエルンの統治者ヴィッテルスバッハ家の三つ巴の勢力が相争う舞台となる。

主にヴィッテルスバッハ朝のルートヴィヒ4世とルクセンブルク朝のカール4世という二人の皇帝とハプスブルク家のアルプレヒト2世(賢公・同1世の子)とその子ルドルフ4世(建設公・カール4世の女婿となる)の二人のオーストリア公の複雑な抗争と連携の過程が巧みに叙述される。

カール4世が有名な金印勅書を発布した背景や細かな経緯・内容もよくわかる。

ブランデンブルク辺境伯領の統治者の変遷などの盲点になりやすい知識も得られる。(同地はまずアスカーニア家支配からヴィッテルスバッハ家→ルクセンブルク家を経て、ニュルンベルク城伯だったホーエンツォレルン家統治に移る。金印勅書で選帝侯になった時点ではヴィッテルスバッハ家領有。)

最初はやや取っ付きにくいかもしれないが、読み進めていくにつれてすごく面白くなってくる。初心者向け入門書としてはかなりの名著。是非お勧めします。

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江村洋 『ハプスブルク家』 (講談社現代新書)

初心者向け入門書のロングセラーとして有名な本書を今更ながら通読。

なかなか良いです。

内容は簡略でさほど面白くもないが、歴代君主をざっと一覧できて知識を整理するのに便利。

教科書レベルの次の段階で読むのに大変適している。

前日の『ブルゴーニュ家』もこういう書き方なら良かったんですが。

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堀越孝一 『ブルゴーニュ家』 (講談社現代新書)

駄目。勧められない。

中世末期英仏間で非常に重要な役割を果たしたブルゴーニュ家についての単著ということで手に取ってみたが、2、3章読んだだけで放り出した。

文章がわかりにくいし、何というか話の運び方が下手。

焦点が一定しないあいまいな描写が続き、何が重要な部分なのか読み取るのに苦労する。

私の頭が悪いのは認めるが、初心者が手軽に主要な史実を頭に入れられる本ではない。

読む前にアマゾンのレビューを見てある程度予想はしていたが、全くあれに書かれてある通り。

新書版なんだからもうちょっと整理してわかりやすく書いてください。お願いします。

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加瀬俊一 『ワイマールの落日』 (光人社NF文庫)

戦前の外交官出身の著者が記したワイマール共和国史。

読みやすく、内容はまあまあ。

しかしこの分野では林健太郎『ワイマル共和国』(中公新書)という初心者向け啓蒙書の最高傑作があるので、わざわざ本書を読むには及ばないという気がしないでもない。

あとエーリヒ・アイク『ワイマル共和国史 全4巻』(ぺりかん社)というのがあり、林氏も参考文献欄で推奨していたが、初心者には長大すぎて読み通すのは相当苦しいだろう。

私も到底読めそうにありません。

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G・M・トレヴェリアン 『イギリス史 全3巻』 (みすず書房)

今まで通読しようと2回取り組んで2回とも挫折していた本書を三度目の正直でやっと読了。

このブログでちょっとでもマトモな本をご紹介しようと思って、無理にでも読書意欲をかき立てて読破しました。

読者の方には碌に役立っていないブログでしょうが、書いてる本人の立場からすると今まで読めなかった本も読めて自己充足度は非常に高いです。

さてこの本ですが、極めて重厚で正統派の標準的イギリス通史。

よく整理され明快でわかりやすい史実の描写と、的確・穏当でいかなる意味の教条主義とも無縁な著者の論評が実にうまく混じり合って、歴史叙述のお手本とも言える傑作に仕上がっています。

例えば以下のような文章。

トーリー党は、バークの晩年における反ジャコバン的心情に教えられて、フランス革命のあやしい光に対抗するイギリスの名誉革命体制の真の後継者・護持者たることをみずから誇るにいたった。トーリー主義はジャコバンの「直接行動」とナポレオンの人民的専制に対して、議会政治を擁護する立場に立ったのである。この立場を形成することによって、トーリー主義は世界に対して偉大な政治的貢献をなしたのであって、このことは長い戦争が終わった後に、キャニングのトーリー主義に関する独自の見解が一時ヨーロッパの自由と同義語となった時、きわめて明瞭となった。しかし、トーリーが代表するこの議会主義的立憲体制は、彼ら自身の定義に従えば、「民主制」でもなければ「代議制」でもなかった。それは主として貴族主義的ではあるが、民衆的要素をともない、場合によっては国王の介入する余地をも残した「混合政体」であったのである。

トレヴェリアン自身はホイッグ的な穏健進歩史観の持ち主と思われるのだが、それにも関わらずこのような透徹した認識をもっていることが明白なので、心底安心して読める。

(トレヴェリアンは以上の文中に記されている体制から民主制への漸進的移行を是としている。私はこのような安定して非専制的であることを保障された政体からのそれ以上の「進歩」ははっきり言って必要ないんじゃないかという感想を持つのだが、読んでいて違和感を抱くことはほとんどないです。)

1巻はやや取っ付きにくいですが、2巻のテューダー朝成立以降は慣れもあってスラスラ読めると思いますので、そこまで持ちこたえて下さい。

全くの初心者が読むイギリス史入門書としてはやはりアンドレ・モロワ『英国史 上・下』(新潮文庫)の方が良いと思うが、それをクリアした次の段階で是非取り組むべき傑作。

強く推奨させて頂きます。

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山本茂 他 編 『西洋の歴史 古代・中世編』 (ミネルヴァ書房)

大学に入って「これで思う存分世界史関係の好きな本が読める」と喜び勇んだ時期、一番初めに買った本。

同時に本書の姉妹版の『近現代編』や有斐閣の『概説東洋史』なども買った。

しかし結局碌に読まないうちに処分しました。

こういう平凡な教科書的書物をいくら読んでも面白くないし、頭に残らない。

この種の概説は余程興味深い史観によって叙述されたものでない限り、強いて読む必要がない。

それより個々の時代や人物について面白い本を読んで、徐々に知識を積み重ねていくのが、私のような初心者が世界史を学ぶ本道だと思う。

買ってカネをドブに捨てたようなものだったが、以上のようなことを悟る授業料だと思えば高くなかったと今では感じる。

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陳舜臣 『小説十八史略 1』 (講談社文庫)

この人は中国歴史読物の作者としては大家だし、著作も膨大な数に上るが、どうも好きになれない。

このシリーズも1巻は読んだが、2巻の途中で面倒くさくなって放り出してしまった。

私みたいな万年初心者にとって、本来この人の著作は適当と言えるんでしょうし、読みやすいとは思うんですが、何か物足りない。

とは言え単に私の好みの問題ですから、皆様はどの作品でもいいから書店か図書館で一度手にとってみて下さい。

もし趣味に合えば、著作の数を考えると楽しみが極めて大きいと言えるでしょう。

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井上靖 岩村忍 共著 『西域 人物と歴史』 (社会思想社 教養文庫)

とにかく中央アジア史の本をほとんど読んでいなかったので、少しでも手当てしようと、数年前古書店の100円コーナーに転がっていた本書を手に取り購入・読了。

前半が井上氏の西域史に関係する数人の人物の評伝で、後半が岩村氏の中央アジア史の簡略な概説。

まあまあ面白かった記憶があるが、あまり充実感はなく内容も頭にほとんど残っていない。

以前ラテン・アメリカについても書きましたが、こういうマイナー分野はずば抜けた良書を無駄に探し求めるより、そこそこの内容でいいから各社各種の世界史全集の該当巻を素直に読んだほうがいいんでしょうかねえ。

何も読まないよりその方が遥かにいいとわかってはいるんですが。

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那珂通世 『支那通史 上・中・下』 (岩波文庫)

1998年ごろの記念復刊時に購入。

日本の東洋史学黎明期に現れた名著。

十八史略と同じく、記述範囲は太古から南宋滅亡まで。

しかし全く読みこなせず上巻途中で挫折。

内容がどうこう言う前に、この漢文読み下し文は私にとって1、2ページ読むのも苦しい。

初心者が無理して読むような本ではありませんでした。

ただこの本はまあいいとして、思えば内藤湖南の著作もまともに通読した本は一冊も無い。

さすがにちょっと恥ずかしいので、自分でも読めそうなものを図書館で探そうかと思う。

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ロミラ・ターパル パーシヴァル・スピィア 『インド史 全3巻』 (みすず書房)

ブックガイドを名乗りながら、どこもかしこも穴だらけの当ブログですが、伝統的な西洋史・東洋史の範囲外の第三世界の歴史が特に酷い。

少しは反省して、手始めにまず本書に取り組むことにしました。

以前から存在は知っていたのだが、ちょっと長いし私にはレベルが高すぎる気がしたので敬遠していた。

しかし一度手にとってみると意外なほど容易に読み通せた。

1、2巻がインド人史家ターパル女史執筆でインダス文明からデリー・スルタン朝まで、3巻がイギリス人史家スピィア氏執筆でムガル朝からイギリス統治時代と印パ分離独立まで。

ページ配分が適切で、この手の概説にありがちな近現代史の肥大化に陥っておらず大変宜しい。

内容的には1、2巻では特に社会史と文化史の記述が多い。

しかしやや細かすぎる固有名詞を無理に憶えようとせず、その時代の社会の様相を大まかに理解すればよいと割り切れば、私のような人間でも実に興味深く読める記述である。

また私にとって南インド史は鬼門だったのだが、本書くらい詳しく説明されるとごく大雑把ながら少しは頭に残る。

サータヴァーハナ朝、ヴァカタカ朝、パッラヴァ朝とチャールキヤ朝、ラーシュトラクータ朝、チョーラ朝と復興チャールキヤ朝、パーンディヤ朝、バフマニー朝とヴィジャヤナガル王国とうろ覚えながら主要な王朝名くらいは頭に浮かぶようになった。

史実の解釈についても全巻通じて穏当であり、バランスが取れていると感じた。

例えば3巻の植民地時代においてはイギリスの統治を美化・正当化することもなく、インド側の欠陥・弱点から目を逸らすこともしない。

この辺の均衡の取れた叙述は最近の本では望み難い気がする。

総合的にみて非常に優れた概説書。

高校教科書レベルの知識しかなくても何とか通読できる。

かなり古い本ですが、個人的にはインド史の基本テキストはこれで十分という気がします。

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塚本哲也 『エリザベート ハプスブルク家最後の皇女』 (文芸春秋)

著者は刊行当時確か防衛大学の先生だったはず。

表題の主人公の人生を軸に、第一次大戦から1955年の中立化あたりまでのオーストリア史を精彩に富んだ筆致で描いている。

第一次大戦後、民族紛争と独ソ両大国の支配と左右の全体主義の脅威に脅かされてきた中欧・東欧・バルカン半島の歴史を鑑み、緩やかな統治体制の下で多民族の平和的共存を実現していたハプスブルク帝国を再評価する視点から叙述されている。

それは大いに結構なんですが、著者の親オーストリア感情の裏返しからか、所々反プロイセン的偏見と思えるような記述が散見され、初読の際、個人的にはそれが気になってしょうがなかった。

私がそういう点で特に神経質なのは自覚してますので、他の人から見たら全然気にするようなことではないかもしれません。

非常に良質な歴史物語と言っていいんじゃないでしょうか。

今は文庫版も出ているようですから、私もそれを買って再読してみようかなと思います。

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任文桓 『愛と民族 ある韓国人の提言』 (同成社)

鄭大均氏の『日本のイメージ』(中公新書)で引用されているのを読んで古書店で購入。

これは非常に面白い。

著者は1907年生まれ。日本に留学し苦学の末朝鮮総督府に就職、独立運動には加わらず面従腹背のうちに密かに同胞の利益を少しでも図ろうとする。

戦後は「親日派」扱いされ、朝鮮戦争では人民軍に危うく拉致されかけ、死線を潜る体験をする。

その後李承晩政権の閣僚として国家の再建に尽力するまでを記した自伝。

鄭氏は別の著作で、本書の魅力を語ることによってどこかの出版社が復刊を決意してもらえないかと思っていると書いていたが、私も全く同感である。

日韓関係史として出色の出来。

本書が入手困難なのは非常に残念である。

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栗本慎一郎 『幻想としての文明』 (講談社)

私はこの人の言うことがどうも無視できない。

本書も一歩間違えば「トンデモ本」だし、巻末の近未来予測には的外れと思える部分もあるのだが、これだけ大風呂敷を広げられると個人的には反発を感じるより、鵜呑みにしないまでも素直に感心してしまう。

極めてユニークな文明論なので一読しておくのも良い。

なおしばしば取り上げているホイジンガ『朝の影のなかに』の書名を始めて知ったのも本書においてであり、そのことだけでも感謝したい著作ではある。

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バーナード・ハットン 『スターリン その秘められた生涯』 (講談社学術文庫)

スターリンの私的生活にやや重点をおいて、その人間性の醜悪な面を暴いた簡略な伝記。

面白くないことはないが、学術的とは言いがたいかもしれない。

暇な時一読するのも悪くはないが、それより去年の7月13日記事にしたロバート・コンクエスト『スターリン ユーラシアの亡霊』(時事通信社)をしっかり読んだ方が有益だと思う。

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オーギュスタン・ティエリ 『メロヴィング王朝史話 上・下』 (岩波文庫)

はい、またもや買って数ページ読んだだけの本です。

これで何冊目でしょうか。

クローヴィス以後のメロヴィング朝フランク王国の歴史なんですが、全く馴染みが無いです。

この辺の時代は領土と王権の分裂と相互の激しい対立、抗争が延々と続くだけで、あまりにも複雑すぎる。

しかも登場人物はひたすら淫蕩、残忍、醜悪といった印象です。

本書の面白さを理解して読み通すには、私の忍耐心は二桁ほど足りません。

クローヴィスからカール・マルテルまでのフランス史については日本人研究者の手によって、余程わかりやすく叙述された本でも出ない限り、空白のままでも仕方ないかなと諦めてます。

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A・J・P・テイラー 『第二次世界大戦の起源』 (中央公論社)

野田宣雄『ヒトラーの時代 上・下』(講談社学術文庫)で紹介されているのを読んでから十数年来読もう読もうと思っていた本をようやく読了。

両大戦間と第二次大戦直前における極めて密度の高い充実した外交史。

猪口孝『社会科学入門』(中公新書)で本書を評して、「雄弁な歴史というものがまだ健在であることを示した例である。雄弁な歴史とは、退屈でメッセージをもたない歴史の対極物をいう。外交史はえてして無味乾燥なものになりがちであるが、テイラーはイギリスの知識人によくみられる巧妙な議論の進め方、正確な言葉づかい、盛りだくさんの事実の叙述を見事に配合しているといわなければならない。」と書いているが全くその通り。

ヒトラーをヨーロッパの大戦争の厳密な計画者というより、武力による脅迫と敵対諸国間の分裂と臆病さを利用した機会主義者として捉えた本。

本書だけ読んで鵜呑みにするのは危険なようにも思えるが、非常に面白い本であることには間違いない。

それにしてもテイラーの本は当たり外れが激しい。

本書のように有益で面白い格好の読み物になってるものもあれば、『近代ドイツの辿った道』(名古屋大学出版会)や『ハプスブルク帝国』(筑摩書房)のように床に叩きつけたくなる本もある。

私が特に神経質なのかもしれませんが、テイラーの著作を買う場合、事前に図書館での内容チェックは個人的に欠かせません。

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岡倉徹志 『サウジアラビア現代史』 (文春新書)

9・11同時テロ前年に書かれたサウジアラビア史。

冒頭で1998年ケニア・タンザニア米大使館爆破テロの主犯としてすでに悪名高かった、サウジ出身のウサマ・ビン・ラディンに触れている。

18世紀砂漠の小規模な宗教国家に過ぎなかった第一次ワッハーブ王国から、第一次大戦後ハーシム家をメッカ・メディナから追い出しアラビア半島の大部分を統一したイブン・サウード(本書での表記はアブドゥルアジーズ)の功業までがわかりやすく叙述されている。

また電信電話、自動車、飛行機など近代文明の一切を拒否する宗教厳格派との闘争が建国当初から続いていたことも書かれており、現在の原理主義者と政府の対立の根の深さを思い知らされる。

石油資源の発見と欧米大資本への接近、莫大な石油収入を利用した社会政策などの記述はやや退屈だが、フムフムと言いながら軽く流す。

第二次大戦後、サウジ王国は建国の経緯からイラクとヨルダンの二つのハーシム家王国を敵視し、革命後急進的アラブ民族主義路線を取るナセル統治下のエジプトとの接近も厭わない。

ところが1958年イラク革命でハーシム王国の一つが滅亡すると、自らの君主制が揺らぐのを危惧したサウジはナセルのエジプトと激しく対立するようになり、イエメンの内戦を始めとして資金援助を主たる武器に、あらゆる地域で急進派の膨張を防ぐアラブ穏健派の雄となる。

そしてナセル死後、指導者となったサダトの功もありエジプトはやがて穏健派諸国の一員となり、中東の安定化に大いに資することとなる。

しかし一方でアラブ民族主義の旗印を急進派に独占させないためにイスラエルに対しては厳しい態度を取り続け、1973年第四次中東戦争では遂に石油戦略を発動、全世界で石油危機を引き起こす。

以上の経緯は非常によく書けており、簡にして要を得た説明で、初心者でもわかりやすい。

1979年のイラン革命によるシーア派原理主義と、1990年のイラク軍クウェート侵攻によるサダム・フセインという二つの脅威に直面して王国はアメリカとの関係をかつて無いほど深める。

それに反発してビン・ラディンはじめとする原理主義者の活動が活発化し、西側の圧力もあって専制君主政から一定の自由化・民主化措置を取り始めたところで本書は幕を閉じる。

著者のサウード家に対する姿勢はあまり好意的ではなく、時にはかなり辛らつな記述も見られるが、極端に偏っているという印象も無い。

総合的に見てかなり優れた入門書であり、初心者にも十分勧められる。

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ジェフリ・パーカー 『長篠合戦の世界史』 (同文舘出版)

10年ちょっと前、邦題の奇抜さもあってちょっと話題になった近世軍事史。

出版後まもなく買って読んだ。

「ふーん、結構面白いなあ」との印象を持ちました。

他には・・・・・別にないです。

すみません、「また」です。

読んだ記憶と全体の印象しか書くことがありません。

存在だけは紹介しておきますので、暇があれば図書館で借りてみてください。

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ニーチェ 『ツァラトゥストラはこう言った 上・下』 (岩波文庫)

タイトル見た瞬間もうお分かりでしょうが、毎日更新のノルマを果たすためだけの穴埋め記事です。ごめんなさい。

大学時代最後まで読みました。それは間違いない。

いや、読んだというより「眠気を堪えながら最後まで字面に目を通した」と言った方がいいかもしれない。

じゃあこの本とニーチェの思想について何か書いてみろと言われても、一行も書けない。

私程度の読者はこういうのを無理して読むより、以前紹介した西部邁『思想の英雄たち』ゴーロ・マン『近代ドイツ史』の該当箇所を読んでわかったつもりになっておけばいいんではないでしょうか。

特に後者の『近代ドイツ史』のニーチェを扱った章は素晴らしい。

難しい哲学的概念は全く使わずにニーチェの生涯と思想についてこれ以上ないと思われる程わかりやすく面白い文章で叙述してくれている。

この本が現在品切れなのは痛い。何とかしてください、みすず書房様。

と、またもや記事タイトルと直接関係無い本の話でお茶を濁して今日は終わりです。

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宮崎市定 『東洋的古代』 (中公文庫)

本書の存在自体は知っていたが、宮崎氏の他の啓蒙書に比べて、やや難しそうだなと今まで敬遠していた。

確かに、真ん中あたりにある「史記貨殖伝物価考証」は全部理解しようとすると頭が痛くなってくるが、他にはさして難渋な部分は無い。

全般的にみてかなり良い。いやー、やはり御大の著作に食わず嫌いは許されませんね。

岩波から御大の個人全集が出たとき思い切って揃えようかと真剣に悩みましたが、一般向け著作はほとんど文庫化されているので思い止まりました。

あと全集の中で初心者でも読みやすい部分として、北宋と南宋の政治史概説と近代の巻にあるいくつかの論文(中公文庫『中国のめざめ』として出されたもの以外)があるはずなので、何とか文庫化してもらいたいもんです。

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ロック 『市民政府論』 (岩波文庫)

これも『社会契約論』と同じですねえ。

ウンウン唸りながら亀の歩みで苦労して最後まで通読して、それで高校の政経や世界史で習ったこと以上の何を得たかというとよくわからない。

比較的短い本なので、一度読んでみるのも悪くないとは思います。

私自身としてはものすごく以前に一読しただけなんで、再読したらまた印象が違うのかもしれないが、今のところ再読する気はゼロです。

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マイネッケ 『ドイツの悲劇』 (中公文庫)

マイネッケの主著たる『世界市民主義と国民国家』、『近代史における国家理性の理念』は悲しいかな私の頭では読めない。

よってごく短い本書に取り組むことにする。

第二次大戦直後に書かれた、ドイツの破滅への道を自省した本。

まずプロイセンの軍国主義と権力崇拝思想への批判から始まる。

これらがナチズムの基盤になったというのはごく平凡な見方だが、マイネッケの場合いくつもの留保やためらいを示しながらの批判であり、現代の凡庸な学者が決まり文句のように口にする批判とは異なり、文字通り身を切るような自省を経たものであるがゆえに重みが全く違う。

当然フリードリヒ大王とビスマルクの時代からナチズムの道が必然的に準備されていたなどという愚劣極まる主張には与していない。

次いで全体主義という政治現象を生み出した主要原因といえる大衆社会と大衆民主主義の分析に移る。

価値の相対化、世俗化、合理化、物質主義化が極限まで進められ、キリスト教を中心とする伝統的な規範が弱体化するにつれ、大衆の精神に巨大な空白が生まれ、そこにナチズムという邪悪な狂信が易々と入り込む過程を明快に分析している。

これは意義深い書物であると同時に、楽に読めてなおかつ非常に面白い。

未読の方には是非お勧めします。

大分前に記事にした、同様の全体主義批判の本であるホイジンガ『朝の影のなかに』(中公文庫)と共に熟読玩味したい。

ホイジンガの本を何とか重版再開して貰えませんかねえ、中央公論様。

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ルソー 『社会契約論』 (岩波文庫)

読むことは読んだが、本当にただ字面を追っただけという感じ。

何か得たものがあったかと言われれば、首を傾げるほかない。

政治学や社会思想に興味がある人はともかく、私のようなただの素人世界史愛好家がこの種の古典を無理に読む必要があるかというと、相当疑問。

ということをわざわざ言うためだけの記事です。ごめんなさい。

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福田恒存 『日本への遺言』 (文春文庫)

著者の膨大な著作集から編纂した入門書。

1ページ単位の短文集なので、非常に読みやすい。

この人の逆説に満ちた華麗な言論には深く感心させられる。

福田氏を知らない人に是非手にとって頂きたい本。

日本の歴史学者には公式的な考へかたが支配的ですので、「天皇制」といふことも、あるいは明治の為政者が自己を権威づけるためにでつちあげたものだとか、あるいは長いあひだ日本人にしみついた封建的性格のためだとか、あるいは神道がいけないとか、いろいろに説明をしてをります。が、それだけで説明はつきますまい。絶対神のない日本では、つねに相対の世界のなかで具体的な人格に絶対者を求めようとする心理があるのではないか。その欲求は、おさへてもおさへても、隙をねらつて盛り上つてくるでせう。

私自身はもちろん「天皇制」には反対です。が、その理由は、天皇のために人民が戦場で死んだからといふことではありません。私と同じ人間を絶対なるものとして認めることができないからです。だからといつて、天皇を絶対視する「愚衆」を、私は単純に軽蔑しきれません。少くとも、絶対主義を否定し、相対の世界だけで事足れりとしてゐる唯物的な知識階級よりは、たとへ相対の世界にでも絶対的なものを求めようとしてゐる「愚衆」のはうが信頼できます。

(親戚が日本軍に殺されたオランダ人から)日本の民衆には敵意をいだかないといはれて、私たちはどうしてほつとできるのか。私は一億総懺悔などとばかばかしいことをいふつもりはないが、さればといつて、日本政府、あるいはその帝国主義軍隊と、この自分とはべつものだなどといはれて、「おゝ、さうだつた」と安心する気はありません。もちろん、私は私なりに、今度の負け戦さはやりきれなかつた。個人としてできうるかぎり軍閥政治に利用されたくないとおもつてゐました。その是非は別問題として、事実さうでした。が、いまになつて、日本の軍隊は悪いが、おまへは許してやるといはれれば、やつぱり不愉快です。私たちが戦争をとめられなかつたことからくる責任感ではありません。あれほど嫌つてゐたけれども、あの日本の軍隊はやはり自分のものだつだといふ気もちがあるからです。

超自然の絶対者を設定しなければ、私たち人間はエゴイズムを否定することはできません。すくなくとも論理的には否定はできない。ある人間のエゴを否定するために他の人間のエゴをもちだしてくるだけです。ある集団のエゴを、あるいはある階級のエゴを否定するために、他の集団、他の階級のエゴを使ふだけです。また、既成の、現在のエゴを否定するために、可能性としての、未来のエゴを強化するだけです。すべてのエゴを否定するためには、それをもちだすことによつて、どのエゴも得をしない現実の外にあるものを、いはば梃子として利用しなければならないのです。

日本人は封建時代に、現実的な絶対者をもつてゐました。それが明治になつてから天皇制に切りかへられた。そして戦後はさういふ絶対者を一気に投げすててしまつたのです。現在の私たちは単純な相対主義の泥沼のなかにゐる。なほ悪いことに、私たちはそれを泥沼とは感じてゐない。たいていのひとが相対主義で解決がつくとおもつてゐます。が、私は戦後の混乱のほとんどすべてが、この平板な相対主義の悪循環から生じてゐるとおもひます。私自身、ものを考へ、判断するばあひ、これにはまつたく手を焼いてをります。超自然の絶対者といふ観念のないところでは、どんな思想も主張も、たとへそれが全世界を救ふやうな看板をかかげてゐても、所詮はエゴイズムにすぎないといふことを自覚していただきたい。

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