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坂本多加雄 『象徴天皇制度と日本の来歴』 (都市出版)

この人の名前はずいぶん前から知っていたが、著作を読むのはこれが初めて。

それほど厚い本でもなく一日で読めるが、それでいて内容は濃い。

近代日本史を読む上での、有益で穏当な基本的視座を提示してくれる。

晦渋な部分は無く、明解で読みやすい文章が非常に説得的。

新聞にこの人の訃報記事が載ったときには、「えっ、まだ若いのに」と非常に驚いた覚えがある。

心よりご冥福をお祈り致します。

さて、今年もなんとか続けることができました。

どうせまたペースは落ちるでしょうが、来年もポツリポツリと更新はしたいと思っております。

それではよいお年を。

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ロバート・コンクェスト 『スターリンの恐怖政治 上・下』 (三一書房)

スターリンによる大粛清の研究書。

この壮大な悲劇の様相を詳細に記しており、細かな事実を追っていくだけで(不謹慎ではあるが)非常に面白い。

レーニン死後のソヴィエト政権内の権力闘争をごく簡略化して言うと、まず有力後継者のトロツキーに対してスターリンとジノヴィエフ、カーメネフが同盟しトロツキーを追い落とす。

するとスターリンはジノヴィエフら左派(農民から資本を搾り上げて工業化を急速に進めようとした一派)を攻撃し、彼らがトロツキーと和解・接近し「合同反対派」を結成すると右派(農民と妥協し徐々に工業化を推進することを主張した人々)のブハーリン、ルイコフと手を組み、反対派を除名・追放する。

ところが1928年の第一次五ヵ年計画でスターリンのやったことは、かつての左派の主張をより極端にした政策で、あらゆる反対を暴力で押さえ込んで農業集団化を強行し、数百万人の餓死者という信じがたい犠牲を出して、極めていびつで非効率な形の重工業を建設した。

その中でブハーリンらは結局、各個撃破され屈服と自己批判を強いられる。

だが大粛清というのは以上の党内闘争の過程で起こったことではなく、スターリン派の勝利が疑いなく磐石なものとなっていた1930年代半ば以降に起こったことであり、それだけに一層不条理で理解不能な悲劇であった。

これまで党外の反対勢力に対してはいかなる残忍な弾圧を加えても容認されると、全ての共産党員が(その後自らが粛清の犠牲となった党員も含めて)考えていた一方、党内の反対派を肉体的に抹殺することだけはしないとの合意が政治的暴力に対する最後の歯止めとなっていたが、スターリンはその唯一の抑制要因すら外すことになる。

1934年秘密警察がNKVD(内務人民委員部)に再編され恐怖政治の手足になる。

同年党内反対派の処刑に消極的な「穏健派」と見られていたスターリン派の実力者キーロフが(おそらくスターリンの秘密指令により)暗殺されたが、これが反対派によるテロと主張され徹底的な弾圧を正当化するために利用される。

36年まずジノヴィエフ、カーメネフらが大々的な見世物裁判の後処刑され、右派の有力人物トムスキーは自殺した。

その後NKVD長官ヤゴダが解任され、悪名高いエジョフが取って代わる。

急進的政治姿勢で有名であったがボリシェヴィキの暴力的権力奪取を批判し長年亡命していた文豪マクシム・ゴーリキーはソヴィエト政権と和解し数年前に帰国しており、反対派に対する寛容を訴えていたが、この時期に死去。著者はこれもスターリンによる暗殺の可能性を強く示唆している。

37年元トロツキストの中で極めて有能な人物であり、後にスターリンに忠誠を誓ったピャタコフが同じく逮捕・裁判を経て処刑。

同年赤軍の英雄的存在であったトハチェフスキー元帥を始めとする軍司令官らが処刑され、幹部の多くを抹殺された赤軍は大打撃を受け、わずか四年後の独ソ戦序盤で恐ろしい代償を支払うことになる。

38年には右派の裁判が始まりブハーリン、ルイコフらも処刑。

29年に国外追放処分を受けていたお陰でしばらく生き延びていたトロツキーも、40年亡命先のメキシコで暗殺された。

スターリン直系グループでもキーロフと同じく「穏健派」と思われたクイブイシェフ、オルジョニキーゼは不審な状況で死を迎え、ルズタク、コシオル、ポストイシェフは銃殺され、以後の最高指導部を形成したモロトフ、カガノヴィチ、ヴォロシーロフ、ベリヤ、ジュダーノフ、カリーニン、ミコヤン、フルシチョフ、マレンコフらもスターリンの猜疑心に怯えながらようやく生き延びる。

下級党員、一般国民に対しても「テロ・スパイ・政治的偏向・サボタージュ」など妄想そのものの罪状によって逮捕・処刑・収容所行きが命令され、ピーク時には全国民の5%が逮捕され、100万人以上が処刑されるという狂気の嵐が吹き荒れた。

38年末エジョフが解任されベリヤが後を襲い、前任者ヤゴダと同じく処刑された頃から、ようやく一番極端な粛清は終わりを告げたが抑圧的な体制は続き、あの地獄のような独ソ戦の始まりに挙国一致の雰囲気が育成されたがゆえに多くの国民が救いと解放感を覚えたと記されている。

内容が非常に詳しいので初心者がいきなり読む本ではなく、まず同じ著者のスターリン伝を読んだ方がいいと思いますが、機会があれば是非ご一読下さい。

事実の持つ重みに圧倒されます。

どこか別の版元から再版してもらえませんかねえ。

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大杉一雄 『日中十五年戦争史』 (中公新書)

1996年刊。最近『日中戦争への道』と改題され、講談社学術文庫に収録された。

書名だけ見て、「いかにも硬直した左翼が付けそうなタイトルだなあ。駄本の臭いがプンプンする。こんなものには近づかないのが吉。」と思った方(というかまずなによりも私)は根本的に間違っています。

叙述対象範囲は1931~1945年の日中関係全史ではなく、満州事変から1938年初頭の戦争泥沼化まで。

また内容も通常の平凡な通史ではなく、日中双方にとって破滅的だった全面戦争を避けるためにはどうすればよかったのかを、歴史の節目ごとに精緻に検討し、慎重な留保を付けながらもその責任の所在を明らかにしようとする史論的な叙述である。

左右の極論を避け、様々な歴史のイフを挙げながら冷静に実際の史実とは別の可能性を追求する記述は実に面白い。

もちろん著者の史的解釈や価値判断に全て同意する必要は無いが、たとえ違った考えを持つ人でも本書によって歴史を読む楽しみを大いに得られるだろうと思う。

事実関係の描写も非常に整理された明解なもので、初心者でも楽に読めて記憶に残りやすい。

教科書的で砂を噛むような通史とは異なり、史実の意味付けがしっかりしたメリハリのある叙述によって深い印象を受けるので、頭の中で歴史の流れを再現することも容易でしょう。

これはかなりの名著ではないでしょうか。

アマゾンのレビューでもかなりの高評価がなされていますが、全く同感です。

著者は大学の研究者ではなく、財界人で独学で研究と執筆をした人のようです。

全く名前を聞いたことも無かったのですが、この著書は実に素晴らしいと思いました。

ただタイトルは内容とあってないだけでなく余計な先入観も与えかねないので、文庫化に際して改題したのは適切ですね。

新書版は品切れですが、上述のタイトルの文庫版を是非お買い求めください。

ほとんどの方にとって損は無いと思います。

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中公新書08年1月新刊について

来月25日発売の中公新書新刊で、高橋正男『物語イスラエルの歴史 アブラハムから中東戦争まで』と伊藤章治『ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」』というのが出るようです。

前者は副題を見ると古代からのユダヤ民族通史のようで、新書版で収まる内容かなとやや不安になりますが期待して待っていましょう。

後者もなかなか面白そうな社会史関連の本ですね。

(なお日本史好きの方向けには、同時に脇田修・晴子『物語京都の歴史』というのが出るようですので書店でご覧下さい。)

相変わらず中央公論は素人世界史愛好家にとって有難い本を続々出してくれますね。

高島俊男氏が『独断 中国関係名著案内』(東方書店)で書店の文庫コーナーで中公文庫の棚だけが輝いて見えると書いてましたが、全く同感。

これで経営の躓きが無く、品切れ本を次々に出す体質に変わらなかったら、最高の版元だったんですが。

あと以上のこととは全く関係無いですが、先日衛藤瀋吉さんが亡くなられましたね。

私が読んだのは、『眠れる獅子』『近代東アジア国際関係史』著作集の第三巻だけでしたが、現実主義的な中国研究者・国際政治学者として中嶋嶺雄氏より少し上の世代で活躍された方でした。

著作を読んで、穏当・冷静な歴史観と流麗な史実の叙述に感心しておりました。

心からご冥福をお祈りします。

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竺沙雅章 『范仲淹 (中国歴史人物選5)』 (白帝社)

始皇帝から林則徐まで全12巻のこのシリーズであまり馴染みのない人物を優先して選ぶと、本書になりました。

高校世界史では出てこない人だが、概説書を何冊か読んでいると「どっかで聞いたことのある名前だなあ」と思えるくらいの人。

「はん・ちゅうえん」と読む、北宋の政治家。

太祖・太宗・真宗に続いて即位した仁宗在位中に活躍し欧陽脩などとも交友があった。

一読はしましたが、はっきり言って全然面白くないです。

生い立ちから歴任した官職の記述が延々続くだけで、とにかく見せ場が少ない。

後世北宋第一の名臣と言われた割には、特に華々しい活躍も無く地味な官僚生活を送ったという印象を受ける。

せめて時代背景の叙述に力を入れて、北宋史概説として読めれば良いのだが、そういう部分も少ない。

これは率直に言って対象人物の選択に失敗してるんじゃないでしょうか。

あまりお勧めしません。

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山内進 『北の十字軍』 (講談社選書メチエ)

十字軍・レコンキスタと並んで中世ヨーロッパの拡大運動であるバルト海沿岸へのドイツ人東方植民をその前史から叙述した本。

マイナー分野での貴重な啓蒙書だが、事実関係の記述が詳しすぎて、初心者にはゴチャゴチャした印象を与える。

細かな史実や人名は覚えようとせず、ごく大まかな経緯と雰囲気を知ればよいと構えた方がいいでしょう。

でないと高校世界史レベルの読者(私を含む)は挫折しそうになります。

12世紀末までにエルベ川とオーデル・ナイセ川の間に居住していたバルト・スラブ人(ヴェンデ人)がキリスト教化され、以後征服の対象はさらに東のプロイセン、リヴォニア(ラトヴィアとエストニアの一部)、エストニア、リトアニアなどに移る。

プロイセン、リヴォニア、エストニアはドイツ騎士団・リーガに設置された大司教・デンマーク王などの西方勢力に屈するが、1242年ノヴゴロド公アレクサンドル・ネフスキーがチュード湖氷上の戦いでドイツ騎士団軍を破り、彼らのギリシア正教圏への進入は押し止められる。

(当時ロシアにはバトゥ率いるモンゴル軍が殺到していたが、ノヴゴロドは危うくその攻撃を免れていた。)

またバルト諸民族のうち、リトアニアだけはミンダウガスとその孫ゲティミナスなどの優れた指導者を得て統一国家を形成することに成功し、後にはキリスト教に自発的に改宗して十字軍の口実を奪い、ドイツ人勢力に激しく抵抗する。

ゲティミナスの娘がピアスト朝ポーランドのカジミェシュ3世(カシミール大王)と結婚し、さらに孫のヤギェウォが大王の甥の娘でピアスト朝唯一の後継者となっていたヤドヴィガと結婚したことで、リトアニア・ポーランド王国(ヤギェウォ朝・ヤゲロー朝)が成立する。

ヴワディスワフ2世と名乗ったヤギェウォは1410年タンネンベルクの戦いでドイツ騎士団を大敗させた。

以後ドイツ騎士団領は衰退し、東プロイセンのみを領有し、ドイツ本国との間はポーランドに占められる。

第一次大戦後のドイツ領土が一部飛び地になり、その間がポーランド回廊と呼ばれましたが、その遠因はこの時代にあるそうです。

その後16世紀前半、当時たまたま騎士団総長がホーエンツォレルン家出身者だった時に宗教改革の波が押し寄せ、騎士団員がルター派に改宗の上、騎士団領を世俗的なプロイセン公国となし、以後ブランデンブルクとの繋がりが濃くなっていくわけであります。

本書の中心的な主題は十字軍概念と異教徒の権利についての論争なんでしょうが、私は以上のように事実関係の記述のうち、ごく簡略な流れを読み取る方に力点を置きました。

少々複雑な部分もありますが、なかなか良い本だと思います。

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佐伯富 『王安石』 (中公文庫)

1941年刊の本を1990年に文庫化したもの。

冒頭の君主独裁制といわゆる唐宋変革期の実像についての概説は、非常に明快な叙述でわかりやすい。

次いで王安石の伝記的記述と新法の解説になり、それもまあまあなのだが、新法実施後の成り行きや旧法党との争い、北宋の政治に与えた永続的影響などはごく簡略に片付けられていて、非常に中途半端な印象を与える。

これは文庫化する際に加筆して増補版として出してもらいたかった。

中公文庫収録の他の伝記に比べるとやや物足りなさが残る本でした。

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橋口倫介 『十字軍』 (岩波新書)

岩波新書世界史関係の超定番本でしょうか。

高校生の頃から書店で見かけていましたが、通読するのは今回初めて。

それほど面白くはないが、1096年の第一回十字軍から1291年マムルーク朝の攻撃によるアッコン陥落までを手堅く叙述している。

標準的概説としてはまあまあじゃないでしょうか。

200ページ余りの、新書としては標準的分量でそこそこの知識が得られるので、気の向いた時一読しておくのも悪くないでしょう。

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永田雄三 羽田正 『成熟のイスラーム社会(世界の歴史15)』 (中央公論社) 

『イスラーム世界の興隆』『近代イスラームの挑戦』は既読なので、本書を読めば時代が繋がって、この中公新版「世界の歴史」のイスラム史の部分は全部読んだことになるなと考え手に取る。

オスマン朝とサファヴィー朝の概説。

読みやすく、そこそこ面白い。

社会史と文化史にも政治史とほぼ同じくらいの紙数が割かれているが、さほど退屈はしない。

(政治史偏愛者の私でもそう思えるのだから普通の人にとってはなおさらそうでしょう。)

何かもう一つ物足りない気がしないでもないが、基本的には良書と言ってよい様に思う。

オスマン朝盛期の歴史については、本書を読んだので、鈴木薫『オスマン帝国』(講談社現代新書)はもう読まなくてもいいかなと考えています。

標準的な概説だとは思うんですが、立ち読みしたところどうも面白みに欠ける印象を持ったので。

サファヴィー朝にもかなり詳しい記述がなされていてお得な本書の方がいいでしょう。

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一昨日の記事の訂正

マクニールの『疫病の世界史』は今月の中公文庫新刊として文庫化されるようです。

中央公論のHPによると20日発売になっています。

失礼しました。

この本はパラパラと眺めたことも無いんですが、著者の力量は間違いないところですので、どんなもんか一度書店で確認されるのも宜しいかと思います。

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足利惇氏 『ペルシア帝国 (世界の歴史6)』 (講談社)

1970年代後半に刊行されたこの講談社旧版「世界の歴史」は、アフリカ史の巻があったり東南アジアが島嶼部と大陸部に別れてたりといった特徴があるんですが、ペルシア史の巻がオリエント史から独立しているのもその一つ。

これを英断と見るか、それともバランスが悪いと言うべきか。

読んでみないことには始まらないので、手に取ってみました。

結論を言うと微妙な出来。

アケメネス朝・パルティア・ササン朝の三つの政権についての本なんですが、歴代君主の記述などは確かに貴重ではある。

覚えるのは相当厳しいですが。

各王朝の宗教・美術・建築など文化面にも多くの紙数が割かれ、社会制度にも軽く触れられているが、何となく間延びした印象。

(これは単にそういう記述を好まない私の性向がそう思わせてるだけかもしれませんが。)

アケメネス朝とパルティアに挟まれたヘレニズム時代の章もあるが、私が最も知りたいアレクサンドロス大王死後のディアドコイ戦争と後継三王朝樹立の過程はごく簡略に済まされていて期待外れ。

その三国家のうち、東方領域を支配したセレウコス朝シリアだけ詳しい記述があり、歴代の王の系譜と彼らがバクトリア・パルティアの独立とローマの進出に対していかに対処したかが述べられている。

この部分も日本語で読める類書が少ないので貴重ではあるが、それほど面白くはない。

全般的につまらないとは言わないが、特に良いとも思えない。

まあ読んで損したとは思わないので、できれば講談社学術文庫にでも入れて欲しいです。

(ちなみに著者は名前を見てお分かりのように室町将軍家の子孫です。戦前、ある教師から「君は逆賊の子孫だから」と言われて非常に不愉快だったと別の本で述懐していたのを読んだ記憶があります。)

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中公文庫08年1月新刊について

まだ確定した情報ではないかもしれませんが、ちょっと皆様にもお知らせしたいと思うことがありました。

行きつけの某書店に、おそらく問屋が作成している「来月の文庫新刊」という表が貼ってありまして、そこの中公文庫の欄にウィリアム・マクニール『世界史』上・下巻と書いてありました。

一部で同じマクニールの『疫病の世界史』が出るという情報があったのですが、私が見た表ではただの『世界史』となっていました。

確か上・下巻とも各1600円と文庫とは思えぬ値段でしたが、もし実際に出るのであれば、この機会に手に入れておかれるのも悪くないと思います。

それに加えてもっと重大なことがありました。

なんと同じ欄に樺山紘一『ルネサンスと地中海』の文字があるではありませんか。

いよいよ中公新版「世界の歴史」が文庫化される模様です。

それ自体は喜ばしいことなんでしょうが、これで中公旧版「世界の歴史」文庫の再版はますます可能性が薄くなってしまい、それが残念に思えてなりません。

以上二つの情報は中央公論新社のHPでは確認できないようです。

見間違いでは無いはずですし、文庫新刊の表は割と貼っている店が多いと思いますので、気になる方は大型書店にてお尋ね下さい。

(追記)なお同じく中央公論の来月新刊として高坂正堯氏の『海洋国家日本の構想』が中公クラシックスで出るようです。これはHPに載っています。

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ドナルド・キーン 『明治天皇 全4巻』 (新潮文庫)

著名な日本文学研究者の手に成る伝記。

初心者が読むのに非常に適切な明治史になっている。

左右の硬直した史観を感じることは殆どない。

恥ずかしながら前半は飛ばし読みしただけだが、全般的に見てかなり面白かった。

ごく気楽な感想を言わせてもらうなら、やはり明治というのはいい時代だったんだなあということに尽きます。

単行本だとその版形の大きさと厚さに圧迫されますので、文庫本で揃えた方が読みやすいかと思います。

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ギュスターヴ・ル・ボン 『群衆心理』 (講談社学術文庫)

1895年に刊行されたル・ボンの主著として有名な本。

訳書タイトルの「ぐんしゅう」の漢字は、「群集」ではなく「群衆」を使っています。

さほど長大な本ではなく、文章も読みやすく比較的楽に通読できる。

それでいて近現代の世界史を理解するのに極めて重要な視点を提供してくれる。

オルテガ『大衆の反逆』と同じく必読の本と思われる。

借りてもいいですが、今も新刊書店で手に入るみたいですから、是非手元に置いておきたいものです。

群衆は、どんなに不偏不党と想像されるものであっても、多くの場合、何かを期待して注意の集中状態にあるために、暗示にはかかりやすいのである。一度暗示が与えられると、それは、感染によって、ただちにあらゆる頭脳にきざみこまれて、即座に感情の転換を起こすのである。暗示を与えられた者にあっては、固定観念が行為に変化しがちである。宮殿に放火する場合にせよ、あるいは献身的な事業を遂行する場合にせよ、群衆は同一の無造作をもって、それにうちこむ。すべては、刺激の性質如何によるのであって、単独の個人の場合のように、暗示された行為と、その実現に反対する理性作用全体とのあいだに存する関係如何には、もはやよらなくなるであろう。

群衆のうちに、極めて容易に流布する伝説が生み出されるのは、単に、物事を頭から信じこむ性質の結果とばかりはいえず、集合した個人の想像力によって、事件が驚くべき変形を受ける結果でもある。極めて単純な事件でも、群衆の眼に触れると、たちまち歪められてしまう。群衆は心象(イマージュ)によって物事を考える。ところで、心象がいったん喚起されると、今度は最初のとは少しも論理的関係のない、他の一連の心象が喚起されてくるのである。何かある事実を思い出すと、往々妙な連想が起こってくることがあるのを思えば、このような心理状態も容易に納得できる。理性がこういう心象の支離滅裂さを示すのであるが、群衆にはそれがわからないのである。想像力の変形作用が事件につけ加えるものを、群衆は事件そのものと混同する。そして主観と客観とを区別する能力を持たないから、心中に喚起された心象が、多くは観察された事実と縁遠い関係しか有しなくても、その心象を現実のものとして受けいれるのである。

群衆を構成する人々の気質が多種多様であるから、群衆がその目撃する何らかの事件に加える変形も無数であって、その意味も区々であるにちがいないと思われよう。ところが実際にはそうではない。感染の結果、この変形は集団のあらゆる個人にとって、同じ性質、同じ意味のものとなる。彼等の一人によって認められた最初の変形が、感染する暗示の核心となるのである。

最も疑わしい事件とは、確かに、最大多数の人々によって観察された事件をいうのである。

群衆の現わす感情は、よかれ悪しかれ、極めて単純でしかも極めて誇張的であるという、二重の性質を示す。この点についても、他の多くの点についてと同じく、群衆中の個人は原始人に似ている。微妙な差違を解し得ず、物事を大まかに見て、推移の過程を知らない。感情は、暗示と感染とによって非常に早く伝播し、それが一般の賛成を得ると、著しくその力を増大するのであるが、群衆における感情の誇張は、この事実によっていよいよ強められる。

群衆の感情が単純で、誇張的であることが、群衆に疑惑や不確実の念を抱かせないのである。それは、ただちに極端から極端へ走る。疑いも口に出されると、それがたちまち異論の余地ない明白な事実に化してしまうのである。反感や不服の念がきざしても、単独の個人の場合ならばさして強くはならないであろうが、群衆中の個人にあっては、それは、たちまちはげしい憎悪となるのである。

群衆の強烈な感情は、特に、異なった分子から成る異質の群衆において、責任観念を欠いているために、さらに極端となる。罰をまぬかれるという確信、群衆が多人数になればなるほど強まるこの確信、また多数のために生ずる一時的ではあるが強大な力の観念、それらが、単独の個人の場合にはあり得ない感情や行為をも、集団には可能ならしめるのである。群衆のなかにいれば、愚か者も無学者もねたみ深い人間も、おのれの無能無力の感じを脱し、その感じにとってかわるのが、一時的ではあるが絶大な暴力の観念なのである。

群衆における誇張癖は、不幸にもしばしば悪質の感情にも及ぶことがある。この悪質の感情は、原始人の本能の遺物であって、単独の、責任観念を持つ個人ならば、罰を恐れるがゆえに、これを抑制せざるを得ないのである。こうして、群衆が最も悪質の過激行為に走りやすい理由も説明される。

民族というものは、過去によって創造された一種の有機体である。どんな有機体とも同様に、民族は、祖先伝来徐々に蓄積されてきたものに手を加えなければ、変改することはできないのである。・・・・・

従って、民族の根本的な任務は、過去の制度を少しずつ改めつつも、それを保存することでなければならない。これは、困難な任務である。この任務を実現したのは、だいたいにおいて、古代ではローマ人、近代ではイギリス人だけであろう。

経験は群衆の精神に真実を確立し、あまりにも危険になりすぎた幻想を打破するために、有効な、ほとんど唯一の方法となる。・・・・・現世紀と前世紀とは、恐らく、後世の歴史家によって、奇異な経験の時代としてあげられるであろう。どんな時代にも、これほど多くの経験が試みられたことは、かつてなかったのである。

その最も大きな経験が、フランス大革命であった。純理の示すところに従っては、社会を徹底的に改造できないということを発見するために、二十年間に数百万の人間を殺戮し、ヨーロッパ全土を混乱に陥れねばならなかった。

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藤善眞澄 『安禄山』 (中公文庫)

これも以前から読もうと思っていた中公文庫収録の評伝。

まず建国から玄宗までの唐史をおさらいするのだが、この王朝は「武韋の禍」はもちろんとして他にも初期からトラブルが多すぎる。

太宗・玄宗の「貞観・開元の治」の時でも血腥い皇位継承争いが頻発している。

『アジア史論』の「六朝隋唐の社会」という論文の中で宮崎市定氏が

・・・・然らば唐王朝はどうであろうか、その赫々たる一時的な武勲に眩惑されてか、唐王朝は多くの歴史家によって、その実力が買い被られすぎる傾きがある。正直にみて唐王朝の基礎は決して一部に考えられるように、ローマ帝国などに比べられるほど鞏固なものではなかった。一たびは武氏に位を奪われ、次いでは韋氏に脅かされ、安史の乱に都を追われ、朱泚、黄巣に都を陥れられたりしているが、これがそのまま、唐室の人民支配の実力の限界を示している。この点で唐は古代帝国の頂点をなす前漢に劣ることは勿論、後漢にさえも及ばない。真に安定した実力政権は、五代を経た次の宋王朝の出現を待たなければならなかった。北宋一代百七十年間、滅びる直前まで、天子が都から逃げ出したことなどは一ぺんもない。

と述べているのを思い出した。

玄宗自身は暴君という性質の君主ではなかったと本書でも認められているが、やはり晩節を汚したとしか言い様が無い結末である。

ソグド人と突厥人の混血である安禄山が北方辺境地帯で軍人として台頭し、権勢のかぎりを尽くした李林甫の死後中央政界で実権を握った楊貴妃の一族楊国忠と対立し、755年ついに反乱を起こす。

太平に慣れた官軍は為すところ無く、書家の顔真卿とその一族のように有効な抵抗を組織した人物もいたが、乱の四年前にタラス河畔でアッバース朝軍に敗れた高句麗出身の将軍高仙芝は叛軍を防ぎきれず退却し、その後讒言を受けて処刑される(詩人の王維・杜甫は叛軍の捕虜となる)。

南下した安禄山軍が洛陽を陥落させさらに西進すると、玄宗は都から落ち延び、不満を持った護衛兵によって楊貴妃一族は殺害された。

長安も占領されるが、行動に迅速さを欠き玄宗など唐室関係者を捕らえることに失敗したことで叛軍の勢いに陰りが見え始める。

蜀に落ち延びた玄宗と途中から別れた皇太子が粛宗として即位し、抗戦の核となり、ウイグルの援軍を得て反撃に移り、長安・洛陽を奪回する。

安禄山は跡継ぎを替えようとして子の安慶緒に殺され、その報を聞いた叛軍の有力将軍史思明は独立行動を取る。

以後紆余曲折があって、乱が最終的に鎮圧されるのは763年であった。

付属の地図が貧弱なのと、細かな地名・人名が頻出して初心者にはわかりにくいところがあるが、総合的にはまあまあじゃないでしょうか。

これを読んだら、村山吉広『楊貴妃』(中公新書)は読まなくてもいいかなとも思っています。

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ステファヌ・クルトワ 他 『共産主義黒書 コミンテルン・アジア篇』 (恵雅堂出版)

『ソ連篇』の続巻。原著は1997年刊。

コミンテルンが組織した、近隣諸国での内乱・暴動・暗殺行為の記述から始まる。

続くスペイン内戦での共産党員によるトロツキスト、アナーキスト、独立派社会主義者に対する赤色テロの過激さには驚かされる。

フランコの勝利とその後の体制安定にはこのような事実が力を貸していたのかと思った。

中国の章では『人禍』などと内容の重複はあるが、人民共和国建国以来の人的犠牲が手際よくまとめられており十分参考になる。

特に、後の「大躍進」や文革以前の良好な時代と考えられている建国直後の土地改革と第一次五ヵ年計画の時期に、広範囲な残虐行為が行われており、それが党の全体主義支配を貫徹させたとの記述は貴重。

土地改革という広汎な運動の真の目的は、実際には、何よりもまず政治的次元のものであり、次に経済的次元のものであり、最後に初めて社会的次元のものであった。土地の40%は再分配されたが、農村の特権層の数が少ないのと、とりわけ、大部分の農村における人口密度が極度に高いために、貧農がさほどの裕福さを手に入れる結果にはならなかった。改革後も、彼らの平均経営面積はわずか0.8ヘクタールにすぎなかったのである。アジア地域の他の諸国(日本、台湾、韓国)は、同じ時期に、中国よりも不平等性の大きかった農村において、中国と同様に徹底的な農地改革を成功裡に実現した。われわれの知るかぎり、そこにはただ一人の死者も出なかったし、土地を没収された者には多少とも納得のいく補償が与えられた。

中国の土地改革に見られた恐るべき暴力は、したがって、改革そのものを目的としたのではなく、共産党機関による権力の全面的な奪取をめざしていたのである。言葉を換えれば、党員または幹部になるはずの少数の活動家の選別と、処刑にかかわった多数の村民との「血盟」が狙いであり、最後に、これ以上ないほど極端なテロルを操る共産党の能力を反抗分子や軟弱分子に見せつけることこそが目標だったのだ。

同じくあまり知られていない北ヴェトナムでのテロ行為と強制的土地改革の弊害の描写も有益だが、やや簡略すぎるか。

また北朝鮮の悲惨な実態も適切に記されているが、ラオスの部分はわずか2ページといくらなんでもという分量。

逆にカンボジアの章は非常に詳しい。これはポル・ポト政権の異常性を考えれば納得がいくが。

昔、高校の図書室で『本多勝一集』を読み耽る分かりやす過ぎる左翼少年だったので、そういや卒業後すぐくらいの時『検証カンボジア大虐殺』(朝日文庫)を買って読んだなあと思い出しながら、正気の沙汰ではない文明破壊の社会実験の記述を読んだ。

最後に全巻を締めくくる考察があって終わる。

同じく革命と社会主義を信奉しながらも、最低限の道義的価値すら嘲笑し、無制限の暴力主義を称揚したネチャーエフとレーニンという「同志」に対して、強く抗議し戦ったバクーニン、マルトフ、カウツキーの言葉が心に残る。

結構な長さですが、読み始めると一気に読めました。

『ソ連篇』と併せて、非常に重要な内容を含んだ本だと思いますので、やはり一度は通読しておくべきではないかと考えます。

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蝋山芳郎 『インド・パキスタン現代史』 (岩波新書)

初版が1967年と非常に古い。

第三次印パ戦争(71年)前なので、当然バングラデシュは存在せず、本書の中では「東パキスタン」のままです。

しかし第二次大戦後の南アジア現代史として稀少価値があるだろうと思って手に取ったら、イギリスによる植民地化から叙述が始まっていた。

目次でそれを見た瞬間「こりゃハズしたかな」と思ったが、気を取り直して通読。

前半部はどうと言うことの無い文章が続くだけで全然面白くない。

後半になってやっと印パ分離独立後の歴史に入るがこれも詰まらない。

パキスタンの内政に関する話にやや新味があるが、それも少なすぎる。

半日で読める本であまり損した気はしないが、得たものは殆ど無い。

特に読むべき本とも思えませんでした。

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宮本正興 松田素二 編 『新書アフリカ史』 (講談社現代新書)

出版された当時から気にはなってた本書を刊行から10年経ってようやく通読。

マイナー分野でありながら新書とは思えぬ厚さなので手に取るのを躊躇してたんですが、思い切って読み始めると驚くほど容易に読み通せた。

これは良い。非常に良い。

よく整理された叙述で、予備知識の少ない読者にもアフリカ史の全体像をわかりやすく教えてくれる。

十数人の分担執筆にも関わらず、記述の不統一や無意味な重複、説明不足などを感じさせない見事な編集。

北アフリカのナイル川、西アフリカのニジェール川、中央アフリカのザイール川、南アフリカのザンベジ川およびリンポポ川という大河流域によって地域区分をし、それぞれの史的発展を記していく。

またサハラ交易、インド洋貿易、大西洋貿易を通じた外部世界との交流とそれに応じたアフリカ内部の発展も重視し、近代以降のヨーロッパによる支配に筆を進める。

馴染みの無い地域の歴史を飽きさせず興味を持って読ませる。

初心者が読んで面白いアフリカ史なんて、以前記事にした山口昌男『黒い大陸の栄光と悲惨』ぐらいだろうと思ってたんですが、この考えは撤回します。

本書も十分取り組むに値する本です。

『黒い大陸~』は今でも特徴のある、面白い本だとは思うが、個々のテーマに深入りし過ぎて全体的な流れを簡潔に捉えにくいという印象がある。

現代史の部分は『黒い大陸~』の方が依然優れている気がするが、初心者が読むアフリカ史のテキストとしては本書を基本にするのが良いでしょう。

強く推奨させて頂きます。

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松谷健二 『東ゴート興亡史』 (中公文庫)

同じ著者の『ヴァンダル興亡史』の姉妹編。

オドアケルが西ローマ帝国を滅ぼして、その後東ゴート族がオドアケルを倒してイタリアに建国したんだから、これをローマ史のカテゴリに入れるのはちょっとおかしいのかもしれませんが、「ビザンツ」に入れるのも変だし「ヨーロッパ」は中世盛期以降多国間に跨る本を入れるところと考えてるし、何となく雰囲気としてこの辺りはまだローマ史に含めていいような気もしますので、このままにします。

高校世界史だと西ローマ滅亡後のイタリア支配者として、オドアケル→東ゴート→東ローマ(ユスティニアヌス帝)→ランゴバルト→カロリング朝フランク(ピピン3世・シャルルマーニュ)という順番を記憶しないといけないわけですが、本書はその前半部分の移り変わりをわかりやすく描いたもの。

フン族の支配下にあった東ゴート族がアッティラ死後独立し、東ローマに侵攻し和解・定住と離反を繰り返しつつ地歩を固める。

同族内で指導者となったテオドリック(のちの大王)が東皇帝ゼノンとの間に、オドアケル打倒を条件に東帝国の名代としてイタリアを統治するという協定を結ぶ。

テオドリックのイタリア侵攻は首尾よく成功し、オドアケルを滅ぼした後、善政を敷き安定した統治を実現する。

また自身がフランク王クローヴィスの妹を妻に迎えたほか、西ゴート・ブルグント・ヴァンダルなどその他のゲルマン国家とも縁戚関係を結び、王国の安泰を図る。

しかし男子の跡取りに恵まれなかったことから、テオドリック死後王位継承争いが生じ、それに乗じて、ユスティニアヌス帝が派遣した名将ベリサリウス率いる東ローマ軍が侵攻してくる。

直前にヴァンダル王国を滅ぼし意気上がるベリサリウスの軍勢によって王国は一旦滅亡し、その後一度は復興するものの、ユスティニアヌスが再度派遣したナルセス率いる軍によって最終的に滅ぼされる。

読みやすくて面白い。歴史小説を読んでいるようで、途中からぐんぐん引き込まれる。

昔ながらの講談風の歴史物語といった感じ(悪い意味ではない)。

機会があれば是非お読み下さい。損はしないと思います。

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佐藤次高 『イスラームの「英雄」 サラディン』 (講談社選書メチエ)

アイユーブ朝の創始者で十字軍と戦い、イスラム教徒だけでなくヨーロッパ側からもその勇武と寛容を賞賛された名君の伝記。

高校時代から非常に好きな歴史人物の一人であったのだが、なかなか関連本を読む機会が無かった。

十字軍を扱った『ローマ帝国衰亡史9』でもサラディンの扱いはごくあっさりしたもので出番も少なく、さほど好意的に書かれているわけではない。

反教権的なギボンがいかにも礼賛しそうな人物なのに、その点期待外れであった。

さて十字軍が殺到した時期の中東はファーティマ朝とセルジューク朝の支配下にあった。

その少し前、セルジューク朝のバグダード入城までは、イラン・イラクではブワイフ朝が存在していたのだから、エジプトのファーティマ朝とあわせて10世紀のイスラム世界はシーア派が非常に優勢だったわけである。

もっともファーティマ朝とブワイフ朝は、同じシーア派でも前者が過激イスマイル派・後者が穏健ザイド派であって、両者間は友好関係には程遠かったと、この前読んだ『イスラーム世界の興隆』に書いてあった記憶がある。

西進したトルコ人が建てたセルジューク朝によってスンナ派復興の道が拓かれたが、初代トゥグリル・ベクからアルプ・アルスラーン、マリク・シャーと名君が三代続いた後、王朝は急速に衰退し分裂期に入る。

以前から思ってたんですが、イスラム王朝って寿命の短いものが多い気がしませんか?

ウマイヤ朝は単一の王朝では全盛期のオスマン朝を上回る最大版図を実現してますが100年続かなかったし、アッバース朝は500年続きましたがハールーン・アッラシード以後は急速に地方政権の自立化が顕になって統一期は結局100年未満だし、アイユーブ朝自体も存続期間は80年ほどだし、マムルーク朝は250年以上続きましたが、前半のバフリー・マムルーク朝と後半のブルジー・マムルーク朝に分かれるし(この区別は高校世界史では出ませんが)。

オスマン朝のように600年続く方が異例なんでしょうけど。

閑話休題。

シリアにセルジューク朝から自立したザンギー朝という政権が成立し、サラディンは父アイユーブと共にこの王朝に仕える。

ザンギー朝二代目の君主ヌール・アッディーンの命により、叔父シールクーフに従い、ファーティマ朝の内紛を利用してエジプト遠征を行い、苦戦しながらも三度目の進攻で成功する。

直後にシールクーフが死去するとザンギー朝から自立し、スンナ派政権を復興し、ヌール・アッディーン死後は軍を北進させシリアの大部分も手に入れる。

さらに西欧勢力との苦闘の末、ついにエルサレムを奪回し、それを期に押し寄せた第三回十字軍のリチャード1世と戦い聖地を保持し続ける条件で和平を結ぶものの、その直後に病を得て死去する。

過度に理想化されたイメージを退け、当時の一次史料を綿密に読み解くことによってサラディンの実像に迫ろうとしている。

とは言え困難な状況の中、聖地を奪回し公正な統治を実現した君主として評価する姿勢には変わりない。

読みやすくて非常に面白い本。お勧めします。

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司馬遼太郎 『最後の将軍』 (文春文庫)

以前も書きましたが、私はこの国民作家の膨大な著作のうち、世界史関係のものしか興味が無いし読んでもいないという非常に変な読者です。

その例外として読んだのが本書ですが、特にこれがあるから読んだという所は別に無い。

あくまでたまたま通読しましたというだけ。

楽に読めたし、まあまあ面白い。

本書自体についてはその他別に言うことはないんですが、『バカのための読書術』で、司馬遼太郎の本で歴史を勉強するのを嘲笑にする態度に同意せず、素人がごく初歩的な段階で歴史の概略を学ぶ際の効用は無視できないとしていたが、万年初心者の私も同感です。

読みやすくていつでもどこでも手に入る作家の本ですから、日本史の再勉強をしたい場合、暇を見つけてどんどん読んでいけばいいんではないでしょうか。

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