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安倍源基 『昭和動乱の真相』 (中公文庫)

戦前、内務官僚としてキャリアを積み重ねた著者による回顧録的史論。

著者は警視庁特高部長、警視総監を経て、終戦時鈴木貫太郎内閣では内務大臣を務める。

以上の経歴が災いして戦後「A級戦犯」容疑者として拘置されるが、3年後不起訴釈放。

1977年本書の原版を刊行し、平成元年没。

安倍前首相とは関係が無い模様(前首相の父方の祖父安倍寛と著者とはたぶん無関係だと思うがはっきりとはわかりません)。

北伐開始に伴い排外運動が過激化する中国での勤務から筆を起こし、1930年ロンドン海軍軍縮条約をめぐる統帥権干犯問題から、敗戦後の拘置・尋問までを記す。

文章は読みやすく、難解で詰まるような部分はほとんど無い。

文庫版で500ページを超えるがスラスラ読める。

それでいて最後まで読めば、昭和前期の歴史の動きが無理なく頭の中に入るようになっている。

重光葵『昭和の動乱』(中公文庫)と似たタイプの本(タイトルも似てますが)。

末尾の水谷三公氏と黒澤良氏の対談解説も参考にして、本書の特色を記すと、まず1930年のロンドン条約による国内の騒乱を非常に重視している。

それも、この軍縮条約を支持した「条約派」が善で、反対した「艦隊派」が悪とは見なさず、その後の海軍の分裂と人材の喪失・軍の政治介入のきっかけになったという結果論からみて、条約に調印したこと自体が間違いだったと著者は判断する。

よって、本書では普通良識派とされる岡田啓介ら海軍穏健派に対する評価は低い。

岡田に関しては二・二六事件直前に陸軍内の不穏な空気を著者らが警告したにも関わらず、真剣に取り合わなかったことも記されている。

同じく穏健派海軍軍人である米内光政についても、第一次近衛内閣の海相として1938年蒋介石政権との和平交渉打ち切りと「国民政府を相手とせず」の第一次近衛声明にあっさり同意を与えたことに対してかなり批判的である。(前年の第二次上海事変での出兵主張よりも、この交渉打ち切り支持を米内の致命的失策と見做すのは大杉一雄『日中十五年戦争史』(中公新書)と同じ。)

山本五十六についても、大敗におわったミッドウェー海戦の作戦計画を職を賭して強行するくらいなら、開戦前に対米戦反対の意志をより強く表明すべきだったのではないかとしている。

一時著者がトップに立っていた特高警察について言うと、1928年の三・一五事件、29年の四・一六事件や以後の大規模検挙によって1934・35年ごろには日本共産党が壊滅状態となる。

以後特高の取り締り対象は極右国家主義勢力が主となり、私も全く知らなかったが、1940年米内内閣打倒を目指した「皇民有志蹶起事件」などが摘発されている。

著者は、特高はナチス・ドイツのゲシュタポ、ソ連のGPU(ゲー・ペー・ウー)のような秘密警察ではなく、法に従って極右・極左の勢力を取り締っただけだと主張している。

終戦決断の過程で宮中と鈴木首相がやらざるを得なかった際どい神経戦や戦後占領軍による尋問の描写も興味深い。

かなり面白い本です。個人の回顧録としての部分が興味深い上に、時代説明の部分も史実が適切に配列されわかりやすい。

初心者にとって有益な本だと言えましょう。

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