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引用文(バーク1)

エドマンド・バーク『フランス革命の省察』(みすず書房)、178ページより。

同じ流儀の口実や同じ態様の害悪を二つの時代が持つことは滅多にありません。人間の邪悪さはもう少し発明の才に長けていて、人が流儀を論じ合っている間にもその流儀は過ぎ去ってしまいます。まさに同一の悪徳が新しい姿を装うのです。悪徳の精は生れ変り、外見の変化によってその生命の原動力を喪失するどころか、新しい器官を得て、新たに青年の行動の如き新鮮な活力を恢復するのです。人が死体を晒し者にし、墓を発いている間にも、それは大手を振って歩み、破壊を続けるのです。家が盗賊どもの棲家になっているというのに、人は幽霊やお化けを勝手に恐がっています。歴史の貝殻や外皮にだけ目を奪われながら、しかも自分は非寛容や高慢や残酷さと戦っているのだ、と思っている人間は皆このようなものです。彼らはその一方で、時代遅れな徒党の悪しき原理に対する憎悪という彩の下に、同じ唾棄すべき悪徳を別の―しかも恐らくはより一層悪い―徒党の中に是認し涵養していることになるのです。

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ジャン・クリスチャン・プティフィス 『ルイ16世 上』 (中央公論新社)

読み始めるのに相当の覚悟が必要です。

上・下巻合わせて1200ページを超える大著。

フランス革命の激動の中で、断頭台の露と消えた、悲運の君主の伝記。

原著は2005年刊、この翻訳は今年7月に出ました。

当然読む前にかなり気後れしましたが、「これは読むべきだ」との勘が働いたので、気合を入れて通読しました。

分量が分量なので、上・下巻にわけて記事にします。

上巻は、誕生から結婚、即位を経て、アメリカ独立戦争参戦と財政危機の進行、王家の人気凋落となる大革命2、3年前の時期まで。

ルイ16世といえば、無能・痴愚・鈍重・優柔不断などマイナスイメージばかり思い浮かびますが、本書はそういうステレオタイプの認識からは距離を置いて、その人物像を公正に評価する視点から書かれている。

かと言って、カトリック保守派の聖人殉教伝のようなものではない。

(個人的には試しにそういうものも読んでみたいと思うが。)

ルイ16世本人や王妃マリー・アントワネット、弟のプロヴァンス伯(後のルイ18世)およびアルトワ伯(後のシャルル10世)をはじめとする王家の人々の欠点も率直に記されている。

ただ、自分を神の視点に置いて、身分の高い人を罵り貶める卑しい愉しみに耽って悦に入るような歴史書に感じる嫌らしさは無い。

あくまで均衡を失しない、公平な再評価の書であると感じた。

16世個人の人物像について、上記の通俗的な認識を一部認めるところもあれば、それを大きく覆す記述もある。

そういった伝記部分は非常に面白く、予想をはるかに上回るペースでページを手繰ることができた。

しかし、やはり難渋な部分もある。

背景説明としてのアンシャン・レジームの社会構造の話は、私の知能ではうまく読み取れない。

特に税制の話はこの時代の極めて重要なテーマで、それが大革命の導火線にもなるのだが、複雑だし基礎知識がほとんど無いものだから、正直言って理解に苦しむ。

下巻の最初の方まで、頻繁にその手の話題が出るが、何度読んでもわかった様なわからない様な印象。

残念ながら、かなりの程度割り切って、その類の記述は流して読みました。

サイモン・シャーマ『フランス革命の主役たち』と同じく、内容の豊かさに私の理解力がついていけない。

以下のような極めて曖昧で大まかな感想でも私の誤読が含まれている可能性がありますが、この時代の王政改革の概観を記すと、まずいわゆる絶対王政が、決して「絶対的」なものではなく、まして20世紀の全体主義独裁のような、社会に無限の支配権を揮うようなものではなかったことが強調されます。

多様な身分に様々な特権を授与してその忠誠を確保していたが、それら特権層によって反って王権自身ががんじがらめにされて、必要な改革が不可能な状態となっていた。

支配層の行動が硬直化し、政治が機能不全に陥るうちに、社会の下層部から暴力的な民衆運動が沸き起こり、不幸にしてすべてを押し流してしまったというのが、本書の記述から感じる大革命勃発のイメージ。

この時代の王権側の動きとして、既存の絶対王政を維持しようとする勢力と、穏当な近代化政策を進めようとする啓蒙専制主義を志向する勢力がある。

被支配層の側でも、諸身分の解消と社会の自由化に徐々に向かっていこうとする啓蒙派もいれば、諸身分の特権を維持したまま王権のみを弱体化して絶対王政以前の時代に舞い戻ろうとする反動派もいた。

ルイ16世は多くの面で近代的改革を進めようとするが、貴族・高等法院・民衆世論などのそれへの反対はむしろ後者の特権擁護の観点からなされることが多かったと書かれている。

ショワズール、マルゼルブ、モープー、モールパ、テュルゴー、ネッケルなどの有力者が改革にどのような立場を取ったのか、理解できればいいのですが、私には確実に読み取ることが難しかった。

16世即位当初にモープーが、「王令登録権」という王政への条件付き拒否権を持っていた高等法院の特権削減を目指したが、強い反対に遭い、王もモールパが主張する高等法院との妥協に傾いたということくらいか。

なおテュルゴー、ネッケルに対する評価が必ずしも高くないのも印象的。

テュルゴーはあまりに性急で、王と個人的な関係で衝突したため挫折し、ネッケルも世論の人気は抜群だったが、アメリカ独立戦争の戦費を、戦時中の興奮状態では可能だったはずの増税ではなく、安易な国債発行で補ったため、財政危機に拍車をかけたといった記述があったはず。

あまりの分厚さに気おされますが、紙質が軽く、まだしも持ちやすいのはよい。

休みも利用して集中して読んだら、上巻は3日で読了できた。

四苦八苦しながらようやく通り抜けた部分もあったが、素人が全く読めないという本でもないと思う。

気力が充実した時に、皆様も一度お読み下さい。

挑戦する価値はあると思います。

なお、下巻の記事まで、少しあいだが空きます。

(追記:下巻の記事はこちら

恥辱的な風刺文やパンフレット、悪意のこもった歌のハミングは王妃の私生活を攻撃してやまなかった。姦通だの、乱交だの、同性愛だの、近親相姦だのが口の端にのぼった。この外国女の淫奔さを非難して回った。背徳的な放埓で、王室の褥を汚したというのだ。幻想を膨らませる的として、また性的禁忌の違反を責められる的として、彼女はそうしたものを禁じられている人々にとって、恰好のはけ口となった。・・・・・王妃はあらゆる悪徳の、貴族社会のあらゆる欠陥の象徴となってしまったのだった。この憎悪には、外国人嫌いとナショナリズムが、当然のように含まれていた。

世論の中心には、とりわけ国民の最下層の人々のあいだには、異端審問官のような、道徳を説くことを好む風潮があった。おそらくジャンセニスト的な鋳型から生まれたこの風潮は、おそらくは革命下で、粛清をこととするピューリタニズムを、「清廉潔白な者たち」、つまりあの「善」の騎士たちの出現を、そしてギロチンの出現を予告するものであった。

人々は清い魂と善良な人間の役を演じていた。ありとあらゆる憤慨の言葉が口にされ、不品行、高位にある者たちの、いわゆる不品行を詰り、人々は彼らの頽廃ぶりに立腹したふうを装った。その実、彼らに関する好色な、もしくは猥褻な記事や、ポルノグラフィックな戯画を、楽しんでいたのである。

善良なルイ16世の治下、すでに行進を始めていた美徳は、恐怖(テルール)の序文を書きつつあったのだ・・・・・。

こうした王妃に対する憎悪の高まりの中では、無頓着な彼女の、ほんの小さな軽率さ、媚態が鬼畜のごとき犯罪になり、女友達との無垢な友情がレズビアンとみなされてしまう。そして、何気ない言葉が皮肉たっぷりに歪曲され、彼女に跳ね返ってくるのだ。フーキエ・タンヴィル[革命裁判所検事]の前に出る前に、王妃はすでに、贖罪の生贄として民衆に提供されていた。そこでは、醜悪で狡猾なさまざまな問いが噴出した。

中傷、誹謗の恐るべき力、それは、今日、メディアを通じて著名人に襲いかかるときどれほどの効果を発揮するか誰もがよく知っているが、そうした力に、王妃と王は怯えていくことになる。それは獲物を捕らえて放さない地獄の罠である。興奮状態があるレヴェルにまで達すると、世論という法廷は荒れ狂い、熱狂と欲動を結晶させ、著名人に向かって社会的制裁を集中させる。

こうなってしまうと、その人間がたとえ何を言っても、また無実を叫び、それを証明するために、たとえどんなことをしても無駄で、ますます深みにはまり身動きが取れなくなってしまう。それはまるで罠にかかってもがき暴れる動物と同じで、人々はそれが死にいたるのを待っているのである。

あらゆる行政的な検閲から離れて、自律的な議論の空間を作り出した世論は、いかなる階級的拘束とも無縁の文学・司法・行政のエリートからなる有識者たちによって担われる、至高なる法廷として確固たるものとなった。何一つ隠し立てすることなく、公の場で議論することを目指したこの審級は、教会・王政・国家の権威を理性という尺度で裁くのだと嘯(うそぶ)いた。「君主よりも至高な」この機関は、王政のシステムそのものの中に生まれた不安定化の要素だった。とりわけ奇妙なのは、王権自身が世論という恐るべき検閲者の法廷に進んで身を預け、国家内部の対立を公の場に開陳したことである。高等法院の建言書や敵意に満ちた誹謗文書に対する返答を、雇われ作家に公刊させることが義務であるかのように考えられた。・・・・・

「ブルジョワ的公共空間」の周辺では、教養がなく粗暴だといわれた下層民たちが、独自の記号、煽動的な風聞、「下品な言説」によって、調整役にも倫理にも欠いた不安定な域圏を作り出していた。嘘や中傷、偽りの噂は策動家や出版元を喜ばせ、真面目で客観的な情報と混じり合うことになった。ブルジョワと下層民の二つの域圏は、今のところは重なり合うことも対立することもないまま、権力に関する二とおりの見解、国民の二つの代表、二つの合法性の兆しを宿していた。この二つの合法性は、やがて革命のさなかに、下層民の言説を組織化したジャコバン主義が人民の名において語り始めたときに、周知のとおりの激しさでぶつかり合うことになる。

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五十嵐武士 福井憲彦 『アメリカとフランスの革命 (世界の歴史21)』 (中央公論社)

植民地時代初期から米英戦争終結までのアメリカ史と、ルイ16世即位からナポレオン没落までのフランス革命史の巻。

アメリカ史は・・・・またもや「普通」ですね。

全然つまらないということはないが、特別面白いわけでもない。

個人的にアメリカ史基本テキストと考えているアンドレ・モロワ『アメリカ史 上・下』(新潮文庫)を熟読して主な内容を頭に入れておくことを前提にすると(私は未達成ですが)、本書は特に詳しいデータが取り上げられているわけではなく、史実の流れがよく整理された叙述があるのでもない。

全体の歴史解釈についても、感心するような部分はほとんど無い。

平凡という言葉がぴったりくる。

フランス革命史の部分はややマシ。

詳細・重厚とは言い難いが、具体的史実を手際よく述べておりなかなか良い。

史的解釈においては、革命が最も激化した1792~1794年の時期のジャコバン派とパリの民衆運動を一体のものとは見ずに、両者の接近と相克を描写しているのは参考になる。

他にも通俗的解釈に対して疑義を挟む記述があるが、どれもさらっと触れるだけでかなり物足りないという印象を受ける。

本書も、もう一つです。

もうちょっと斬新な解釈や記憶しやすい史実整理の仕方なんかが載っているといいんですが。

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間宮陽介 『増補 ケインズとハイエク <自由>の変容』 (ちくま学芸文庫)

元は中公新書で出ていたものの文庫化。

1930年代の世界恐慌の後、財政政策を駆使し景気を刺激して経済を安定させることを説き、政府による市場経済への介入を肯定したのがケインズであり、その考え方が戦後の社会民主主義的福祉国家の背景を成していたが、1970年代以降の財政赤字とスタグフレーションによって挫折する。

そして80年代初頭から西側先進国で市場原理を重視し、「小さな政府」という言葉の下、規制緩和と競争強化を促す新自由主義的政策が現れてきて、その体現者がレーガン、サッチャー、中曽根の各保守政権。

国家による市場介入が非効率であるのみならず、圧政と独裁を生み出す根源であるとして、ファシズムや共産主義だけでなく、社会民主主義やケインズ主義も厳しく批判していた経済学者・社会哲学者フリードリヒ・ハイエクは、この新自由主義の思想的根拠とされ、時には現在の「市場原理主義」の祖ともされる。

ごく皮相なものではあるが、以上のような知識は事前に頭に入っていた。

そのケインズとハイエク、両者の自由観の相違と共通点を探るのが本書のテーマ。

まずアイザイア・バーリン(『ハリネズミと狐』の著者)にならって自由を、「・・・・・からの自由」(消極的自由)と「・・・・・への自由」(積極的自由)に分ける。

そもそも近代的自由は、恣意的強制からの自由としての前者の消極的自由として始まったものであり、ロックやスミス、バークなど主に英国系の思想家によって主張されてきた。

それが大陸系啓蒙主義的思想家たちが社会の実質的平等実現のために国家の社会への介入を肯定する後者の積極的自由を説きはじめると、国家権力の増大によって自由そのものが危機に瀕し、遂には破壊される。

ルソーやヘーゲルやマルクスがその流れにあり、ケインズ主義もその亜種と見なされる。

だから積極的自由を批判し、消極的自由を擁護して国家介入を可能な限り除くべしというのが普通の保守派の議論。

しかし、本書では自由を手にした人間が主体的努力行為を行なうということを前提にしていた消極的自由が、19世紀後半には単に私的領域での放恣な自由を享受することのみを絶対視し、社会を統合し安定させるための公的価値を一顧だにしない自由放任主義に堕落していたことを強調する。

社会的価値観の崩壊に伴い、経済面でも長期的視野に立った企業活動が衰弱し、無思慮な投機が幅を利かせ、社会を混乱に陥れる。

ケインズはそのような状況を前にして便宜として国家介入を主張しただけであり、また消極的自由の擁護者ハイエクも自由主義の自由放任主義への堕落をはっきりと認識しており、レッセ・フェールの標語を絶対視するような市場原理主義者では全く無かったというのが、本書の非常に大雑把な論旨。

福田恆存氏の『日本を思ふ』の記事で引用した部分とも関連するかと思えるが、私の頭では両者がどう繋がるか上手く整理できません。

この本は凄い。

以上のような、私の下手なまとめ方では本書の魅力は伝わらない。

是非現物をお手に取ってください。

第一章の導入部分はちょっと難しくて読みにくいなあと思ったが、第二章以後の自由論に入るとあまりの面白さに驚倒する。

目から鱗が落ちる。

本当に素晴らしい。

余計なお世話だが、本書のような傑作の版権はできるだけ手放さない方がいいんじゃないでしょうかと中央公論に言いたくなる。

人間の世界が皮一枚の実証の世界に縮減されてしまうと、その影響は「自由」にも及ばざるをえない。自由をめぐる問題の文脈は、自由か強制かという二者択一の文脈にすり替わってしまう。そのとき人間の自由意志をさえぎるものはすべて強制(実力)と見られることになろう。政府の施策はもちろんのこと、人々が長い間育んできた第二の自然たる慣習も、さらに人間の生活に規矩を与える形而上学的な理念さえも、個人の自由意志にとって何らかの拘束となる点で鉄の鎖と同類になってしまうだろう。

自由と放恣は紙一重の差である。自由主義はこの紙一重の差をはっきりと意識していた。自由主義の全重量はこの差にかかっていたといっても過言ではない。強制からの自由を唱えるといっても、それは好きなことなら何をやってもかまわないという自由ではなかったはずである。そもそも強制からの自由とは恣意的な強制からの自由のことであって、この恣意的な強制からの自由が恣意的な自由を表わすことでないことはおのずと明らかである。恣意を制約するものを消極的自由は内包していたはずである。

だが十九世紀後半以降、・・・・実証主義の興隆とともに、自由と恣意の区別は判然としなくなってくる。実証主義は自由を恣意から分かつ基準をもちえない。自由と恣意が互いに交換可能になるのは、鉄鎖や法が、さらには神さえも、互いに交換可能なものとなることの帰結である。「この時代の自由主義は」、とJ・H・ハロウェルは言っている、「自由主義の諸概念の形式をとどめてはいるが、その内容を棄てた一種の自由主義であるといったほうがよい。それは精神的内容に代って経済的内容を、自己超越の代りに自己内在を、永遠の救済の約束に代って自己充足的な「此処、今」を取る。それは一つの価値体系内での寛容に代えるに、精神的不可知論を以てする。それは「天職」の観念に代えるに富の蓄積、物質的快適および快楽を以てする。それはプロテスタント神学と密接な関係をもっていた初期資本主義の禁欲主義に代えるに、現世の財貨と快楽への飾り気のない耽溺を以てする」(『イデオロギーとしての自由主義の没落』石上良平訳)。そして彼はこう言うのだ、自由主義はナチスに破壊されたのではなく、むしろナチスは自殺した一個の思想体系の正当な継承者であった、と。

民主主義の陥りがちな多数者の専制という事態も、その元を辿っていくと、自然権に表わされるような人間の絶対視に行き着く。個々人が社会的な意見形成の究極の主体だとされ、しかもその個人が自己完結した不動の存在だとみなされれば、意見の決着には数を恃むよりほかなくなる。より良き見解に至ろうとすれば、相手を説得しようとするだけでなく、秀れた意見には説得される用意ができていなくてはならない。説得に応じるということは、自分より秀れた人間がいることを率直に認めることである。ところが、自足した人間には、これが不可能である。その結果、議論や討論は力と力の闘争に変じてしまう。数が力となり、勢い、人々は数を恃まざるをえなくなる。多数決は無限に長い意見形成過程に暫定的に終止符を打つための次善の策にすぎないのに、次第にそれは自己目的と化す。多いことは善いことだと考えられるようになる。こうして「本来、民主主義の理想はすべての恣意的な権力を防止することを意図したものであるのに、新しい恣意的権力を正当化するものになってしまう」(『自由の条件』)のである。

大衆社会とは自由主義と民主主義が化学反応を起こし、本来の自由主義と本来の民主主義を換骨奪胎して生まれた社会だとは言えないだろうか。つまり、大衆社会とは自足した個人や個性が様々な羈絆を脱し、強制からの自由を満喫している社会だということである。唯一無二の個性の名の下に、個人の一人一人があらゆる価値の究極の判定者となる。自分の外側にある価値に対しては不信を抱き、そのようなものは形而上学的妄想として軽蔑のまなざしを向ける。不信が高じて頂点に達すると、こんどはやすやすと軽信のほうに引き寄せられる。オカルティズムが魅惑的なものに変じ、宗教が一転してブームとなる。自由主義が内包していた懐疑と信仰の精神は、不信と軽信に変色してしまうのである。

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並木頼寿 井上裕正 『中華帝国の危機 (世界の歴史19)』 (中央公論社)

乾隆末期からアヘン戦争を経て辛亥革命までと、よくある区切りの中国近代史。

内容もごくごく平凡。

取り立てて言うべきこともない。

良く言えば手堅い、悪く言えば退屈。

これを読んで具体的史実の目新しいデータを得たということはない。

史実評価の面でも、曽国藩・西太后・袁世凱の一部再評価や、末尾の革命史への見直しなどの記述はまあまあ面白いが、簡略すぎて食い足りない。

あと、科挙の廃止が中央政府と地方有力者のパイプを断ち切り、清朝存続の点から見れば、この改革は失敗と言えると評価していたのが記憶に残ったが、まあそれくらいか。

悪いとは思わないが、これまで読んだ巻の中では一番特徴が無い。

読みやすくはあるが、はっきり言って面白くない。

20巻はすでに読んでますんで、これでちょうと三分の二ですか。

残り10巻も何とか読了します。

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堂目卓生 『アダム・スミス』 (中公新書)

高校生の頃、数学が全く出来ないのに、「将来経済学部に行こう」と考えていた時期があった。

それで、宇沢弘文『経済学の考え方』(岩波新書)や正村公宏『経済学の学び方』(講談社学術文庫)、佐和隆光『経済学とは何だろうか』(岩波新書)、および、全編漫画・イラスト入りの入門書である、ナガイ・ケイ『THE WORLDLY ECONOMISTS SERIES』(富士書房)のスミス、マルクス、ケインズ、サミュエルソン、フリードマン、ガルブレイスの巻などを読んだ。(高校の図書室にはサムエルソン『経済学』(岩波書店)も置いていたが、これは読めなかった。)

結局自分の適性からして経済学部は無理と悟ったので止めました。

上記の本は一般常識としての一番初歩的な経済学(史)を知る上で役に立ったと思うし、世界史読書の観点からもそこそこ有益だと考えますが、アダム・スミスの著作である『諸国民の富(国富論)』も『道徳感情論』も今となっては絶対読めないので、せめてこういう入門書でも読んで、簡略な知識を仕入れるつもりで手に取る。

両書の内容を噛み砕いてごく平明に解説した本。

まずあまり知られていない『道徳感情論』から始めて、スミスの人間観・社会観を探るのだが、ごく丁寧に基礎から説明して、くどく感じられるほど内容の再確認をしながら記述されているので、読み通すのに何の困難も無い。

『国富論』の部分に入っても同じ。

『国富論』が刊行されたのは、アメリカ独立宣言と同じ1776年だが、スミスのアメリカ植民地独立運動に対する評価と態度が詳しく記されており、なかなか面白い。

基本的に植民地の分離独立を支持するという立場なのだが、高坂正堯氏がどれかの本で、スミスはアメリカ独立を支持したが、ただしイギリスが独立派を軍事的に制圧した後、一方的に独立を付与するのが良いと考えていたとして、それはスミスが権力政治を良く理解していた証拠だと賞賛されていたのを思い出した。

ただ、本書ではその種の記述は見当たらない。

全体の論旨は、スミスは倫理的諸価値を軽視した「市場原理主義者」や「自由放任主義者」では全くなかったんですよ、ということかな・・・・・?

私の頭では上手くまとめられません。

さほど長くも無いし読みやすい本なので、ご自身でお確かめ下さい。

スミスは、イギリスへの統合によって、アメリカ植民地は党派抗争を避けることができると考えた。スミスは述べる。

「[アメリカ植民地は]グレート・ブリテンとの統合によって、幸福と平静の点で多くを得るだろう。それは、少なくとも、小規模の民主主義国と不可分のものである悪意と敵意に満ちた党派抗争から植民地を解放するであろう。この党派抗争は、これまで、しばしば人民の愛情を分断し、形態においては民主的なものに近い政府の平静を乱してきた。この種の統合によって阻止されなければ、グレート・ブリテンからの完全な分離が起こるだろうが、そうなれば、植民地の党派抗争はこれまでの十倍も激しくなるであろう。現在の動乱が始まる前は、本国がつねに強制的な力で、こうした党派抗争が、はなはだしい野蛮と侮辱を超えるほどのものになるのを防いできた。しかし、本国の強制的な力が完全に取り除かれてしまえば、党派抗争は、すぐにも激化して、公然たる暴力と流血へと発展するだろう」(『国富論』五編三章)。

スミスの予言どおり、アメリカは、独立してから党派抗争を激化させ、一八六一年、南北戦争という「公然たる暴力と流血」を引き起こすことになる。

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高橋均 網野徹哉 『ラテンアメリカ文明の興亡 (世界の歴史18)』 (中央公論社)

まず目次を見て、何か「あれっ」と思う。

読み始めると、その違和感の正体がわかった。

前半部に書かれている、スペイン人侵攻以前と植民地時代の歴史を通じて、メソアメリカ文明とアステカ王国は極めて簡略に済まされており、叙述の重点は常にアンデス文明とインカ帝国に置かれている。

執筆者である網野氏の専攻分野の関係なんでしょうが、これはちょっとアンバランスではないかと・・・・・。

しかし、本文の内容自体はかなり良い。

以前記事にした『インカ帝国の虚像と実像』よりも相当わかりやすい記述。

スペイン人の侵攻後は、一方的に虐待・搾取され、全く為す術なく衰亡していったという、アメリカ先住民の一般的イメージに反し、様々な手段を通じて植民者への抵抗・妥協を行い生き延びていった賢明な人々といった面でインディオを捉えている。

例えば、有名なポトシ銀山も、初期の段階ではインディオが主導権を持って開発されていたなんていう意外な事実が紹介されている。

後半部、高橋氏執筆の独立以後の章も非常に良くできている。

最初に大まかな時代区分を設定し、その根拠を説明した後、個々の史実のうち重要なものを拾っていくというわかりやすい形式。

それもただ事実を漫然と並べるだけでなく、必ず背景説明を伴って叙述されるのですが、これが非常に明解ですっきりと理解できる。

史実の意味付けがしっかりしており、記憶に残りやすい絶妙な叙述で、本当に感心させられました。

この巻は当たりです。

大当たり。

全集を読んでいくと、私の場合のラテン・アメリカのような手薄な分野にも自動的に補充されていくのが良いですね。

特に、この巻は全集を通読しようと決意した人でなくても、単独でラテン・アメリカ史の標準的概説として手に取る価値有りです。

最初に書いた対象地域の偏りだけが瑕疵ですが、それ以外は何の欠点も無い。

強くお勧め致します。

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長谷川輝夫 大久保桂子 土肥恒之 『ヨーロッパ近世の開花 (世界の歴史17)』 (中央公論社)

16世紀からフランス革命直前までの近世ヨーロッパ史概説(西欧だけでなく東欧・ロシアを含む)。

本巻著者のうち、長谷川氏は『聖なる王権ブルボン家』の、土肥氏は『よみがえるロマノフ家』の著者。

その二書と同じく、本書も非常に読みやすく整理された叙述で大変良い。

冒頭の宗教改革の説明からして明解でわかりやすい。

大久保氏の文章は初めて読みますが(ただし巻末の著者紹介を見るとジェフリ・パーカー『長篠合戦の世界史』の訳者らしい)、その担当であるスペイン・イギリス・オランダ史も手堅い作り。

後世の我々は、大英帝国に繋がる歴史を知っているので、イギリス史に特別の重要性を付与しがちだが、近世初頭においてイギリス(というか正確にはイングランド)はあくまで辺境の小国に過ぎなかったという視点を一貫させているのが特徴。

また、イングランドとケルト周縁(ウェールズ・スコットランド・アイルランド)との交流・軋轢を詳しく記しているのも興味深い。

いわゆる「絶対君主」「絶対王政」(最近では「新君主政」「ルネサンス国家」と言うそうですが)の歴史を主題としながらも、決して視野の狭い政治的事件史に堕していない。

極めてバランスの取れた叙述形式で、安心して読める。

最近の研究による定説の修正なども、難解にならない形でさり気無く触れられているのが親切。

同じヨーロッパ史概説でも、第10巻の中世ヨーロッパ史とは雲泥の差。

本書のような叙述なら何の抵抗も無しにスラスラ読める。

欠点としては、記述の質ではなく、量の面での粗さがある。

ピューリタン革命の経緯などは極めて簡略に済まされているように、テーマによっては軽く扱われ過ぎていると感じられる部分が多い。

そもそもページ数が足りない。

同じ著者と対象で、二巻費やして書いてくれれば、もっと素晴らしい本になったはず。

基本的には良書だと思いますが、手放しで絶賛というわけにもいかないなあというのが僭越ながら私の感想です。

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トーマス・ニッパーダイ 『ドイツ史を考える』 (山川出版社)

久しぶりに中公新版全集以外の本。

たぶん半年以上前の読売新聞に書評が載っていて、これは読むべきだなと思ったのですが、最近ようやく手に入れて読了。

近代ドイツ史についての短いエッセイ集。

訳者は岩波新書世界史関係で最高の名著と言える(あくまで私基準)『ドイツ史10講』の著者坂井榮八郎氏。

著者のニッパーダイはどちらかと言えば保守派に属し、「構造分析」を中心とする左派的社会史家に対して批判を行い、1990年のドイツ再統一に際しては、ギュンター・グラスなど統一に懐疑的な著名知識人らと論戦を交えて統一の歴史的正当性を訴えたという人だが、なぜか長年社会民主党員だったという歴史家だそうです。

19世紀以降のドイツ史に関して、通俗的でステレオタイプな認識を覆す文章が6編、訳されている。

どれも短いし、それほど難解な内容でもない。

予想と異なり、ものすごく面白いということはなかったし、必読とまでは言えないでしょうが、熟読すればかなり有益かと思います。

ただ、問題はその価格。

200ページ余りのごく薄い本なのに、税込み定価4725円と我が目を疑う値段が付いている。

半額でもバカ高いと感じる。

これじゃあ、気軽に「是非お買い求め下さい」とは言えない。

いろいろご都合はあるんでしょうが、こういう良書はもう少し買いやすい値段で提供してもらえないもんでしょうかね。

とりあえず図書館で在庫のあるところをお探し下さい。

これを要するに、他の国では順次起こっていった一連の複数の過程がドイツでは重なって起こり、他所では順番に立てられていった諸問題がドイツでは同時に立てられたのだ。工業化、社会主義、大衆民主主義、経済的・社会的多元主義、国民国家と国民形成、さらには政治的・共同参加的近代化、そして古いエリートの入れ替え、あるいは排除、そういった問題である。あるいは、近代化理論の概念を使って言えば、アイデンティティ危機、正統性危機、共同参加危機、分配危機、そして統合危機が同時に解決されなければならなかったのだ。近代化の諸問題がこのように同時に押し寄せたことこそが、まさしく、政治的近代化を阻害し、抑止したところのものだったのである。

歴史家や社会学者はしばしばこの矛盾の中に十九世紀と二十世紀のドイツ史を解く鍵、ナチスの歴史を解く鍵を見ようとしてきた。民主化をやり残したことがワイマル共和国の不安定性を説明し、ヒトラーの勝利を説明する、といった風にである。私は、このような見方は人を誤らせると思う。一九一四年以前のドイツの政治・社会体制は、決して、しばしばそう描かれているほど不動のものではなかった。社会は一八七〇年と一九一八年の間に市民化し、近代化した。政治体制も決してどうしようもなく閉ざされているといったものではなかった(そしてその体制の特性は、何人もの人が相変わらずそう言い立てているように、近代的手法による大衆の操作、さらには帝国主義戦争によって旧エリートの支配を維持する、といったものでは決してなかった)。体制は徐々に、そしてしばしば無言のうちに、議会主義化の方向に向かって動いていた。政治的近代化の遅れはワイマル共和国の負担にはなった。しかしそれは必然的に破局にいたる、といったものではなかった。権威主義的伝統はナチスの権力掌握を容易にした。しかしそれは、[ナチスがまさにそれであるところの]革命的ファッショ的な大衆運動の成立を、およそ説明するものではないのである。近代的要素と前近代的要素の間の混合、混交、そして食い違いは、もちろんさまざまな様態と異なった程度においてだが、すべての近代化途上の社会に見出すことができる。遅れた政治的近代化とその社会的な結果である特定の前近代的構造の硬直化は、ドイツ社会の内的緊張と不安定性の一つの原因であった。それは一九一八年以降の負担になり、ヒトラーの権力掌握という破局の一つの原因であった。しかしそれが決定的であったとか、いわんや唯一決定的であったとか、そういうことではない。

ファシズムは反近代化運動である。・・・・・この反近代主義はしかし、近代的なものに対する保守派の批判とは違って、ラディカルであった。彼らがやろうとしたのは全面的変換であった。伝統を守ることではなく、伝統の背後に前歴史的なもの、太古的なものを遡求することであった。戦争と暴力、根絶と生存圏、人間を兵士と農民に逆戻りさせること、歴史的国民に対する生物学的人種の優位、ヨーロッパの最強の伝統であるキリスト教会に対する戦い、それは教会もまた、個人主義的で普遍主義的で多元主義的で、つまるところやはり近代化の勢力であったからである。ナチスの反近代主義は伝統主義的ではない。それはラディカルであり、ユートピア的であり、革命的であった。

ファシズムは同時に、逆説的ながら、その様式と手段の選択、またその効果において超近代的であって、それは一つの近代化運動だったのである。活力、若さ、行動主義、それがその様式の属性であった。技術、生産性、組織、最高度の効率、それが手段である。そして効果もまた近代化を促した。ドイツの生活世界は一九三三年以後、大都市型になり、工業的になり、反面故郷の香りは失われていった。独立営業者は少なくなり、より多くの女性が働くようになった。ドイツの伝統を担う制度や勢力は攻撃され、弱められ、解体された。連邦制、司法、経験を積んだ専門家、大学、教会がそうである。古いエリートは押し退けられた。ヒトラーと同盟することで自己保存を、という古いエリートの希望は幻想であったことが証された。事実上、彼らは一九三三年に引退させられた。それは本当に一つの革命的な事態、革命的なまでに近代化を促進する事態であったのだ。

そしてファシストたちは、決して人間の平等や市民の平等を宣伝しなかったし、また階級社会を解体することもなかったけれども、それでもファシズムはドイツの社会を平準化し、平等化した。社会的流動性は高まった。国民の日常生活、フォルクスワーゲン、国民ラジオ、大衆的団体旅行、党内や軍隊内での成り上がり者のための新しいポスト、全国家的青少年団、そして他の強制的大衆組織―それはチャンスは平等という新しい意識を生み出したし、それがまた社会のヒエラルキー的構造を実際に変えてもいったのである。そこにはブルジョワジーに対する、また前資本主義的な伝統的支配層に対する一つの「褐色の革命」[褐色はナチ党の制服の色]があった。そこには一片のジャコバン主義があり、それはただのカモフラージュとして片づけられないものをもっていたのである。

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