« 五十嵐武士 福井憲彦 『アメリカとフランスの革命 (世界の歴史21)』 (中央公論社) | トップページ | 引用文(バーク1) »

ジャン・クリスチャン・プティフィス 『ルイ16世 上』 (中央公論新社)

読み始めるのに相当の覚悟が必要です。

上・下巻合わせて1200ページを超える大著。

フランス革命の激動の中で、断頭台の露と消えた、悲運の君主の伝記。

原著は2005年刊、この翻訳は今年7月に出ました。

当然読む前にかなり気後れしましたが、「これは読むべきだ」との勘が働いたので、気合を入れて通読しました。

分量が分量なので、上・下巻にわけて記事にします。

上巻は、誕生から結婚、即位を経て、アメリカ独立戦争参戦と財政危機の進行、王家の人気凋落となる大革命2、3年前の時期まで。

ルイ16世といえば、無能・痴愚・鈍重・優柔不断などマイナスイメージばかり思い浮かびますが、本書はそういうステレオタイプの認識からは距離を置いて、その人物像を公正に評価する視点から書かれている。

かと言って、カトリック保守派の聖人殉教伝のようなものではない。

(個人的には試しにそういうものも読んでみたいと思うが。)

ルイ16世本人や王妃マリー・アントワネット、弟のプロヴァンス伯(後のルイ18世)およびアルトワ伯(後のシャルル10世)をはじめとする王家の人々の欠点も率直に記されている。

ただ、自分を神の視点に置いて、身分の高い人を罵り貶める卑しい愉しみに耽って悦に入るような歴史書に感じる嫌らしさは無い。

あくまで均衡を失しない、公平な再評価の書であると感じた。

16世個人の人物像について、上記の通俗的な認識を一部認めるところもあれば、それを大きく覆す記述もある。

そういった伝記部分は非常に面白く、予想をはるかに上回るペースでページを手繰ることができた。

しかし、やはり難渋な部分もある。

背景説明としてのアンシャン・レジームの社会構造の話は、私の知能ではうまく読み取れない。

特に税制の話はこの時代の極めて重要なテーマで、それが大革命の導火線にもなるのだが、複雑だし基礎知識がほとんど無いものだから、正直言って理解に苦しむ。

下巻の最初の方まで、頻繁にその手の話題が出るが、何度読んでもわかった様なわからない様な印象。

残念ながら、かなりの程度割り切って、その類の記述は流して読みました。

サイモン・シャーマ『フランス革命の主役たち』と同じく、内容の豊かさに私の理解力がついていけない。

以下のような極めて曖昧で大まかな感想でも私の誤読が含まれている可能性がありますが、この時代の王政改革の概観を記すと、まずいわゆる絶対王政が、決して「絶対的」なものではなく、まして20世紀の全体主義独裁のような、社会に無限の支配権を揮うようなものではなかったことが強調されます。

多様な身分に様々な特権を授与してその忠誠を確保していたが、それら特権層によって反って王権自身ががんじがらめにされて、必要な改革が不可能な状態となっていた。

支配層の行動が硬直化し、政治が機能不全に陥るうちに、社会の下層部から暴力的な民衆運動が沸き起こり、不幸にしてすべてを押し流してしまったというのが、本書の記述から感じる大革命勃発のイメージ。

この時代の王権側の動きとして、既存の絶対王政を維持しようとする勢力と、穏当な近代化政策を進めようとする啓蒙専制主義を志向する勢力がある。

被支配層の側でも、諸身分の解消と社会の自由化に徐々に向かっていこうとする啓蒙派もいれば、諸身分の特権を維持したまま王権のみを弱体化して絶対王政以前の時代に舞い戻ろうとする反動派もいた。

ルイ16世は多くの面で近代的改革を進めようとするが、貴族・高等法院・民衆世論などのそれへの反対はむしろ後者の特権擁護の観点からなされることが多かったと書かれている。

ショワズール、マルゼルブ、モープー、モールパ、テュルゴー、ネッケルなどの有力者が改革にどのような立場を取ったのか、理解できればいいのですが、私には確実に読み取ることが難しかった。

16世即位当初にモープーが、「王令登録権」という王政への条件付き拒否権を持っていた高等法院の特権削減を目指したが、強い反対に遭い、王もモールパが主張する高等法院との妥協に傾いたということくらいか。

なおテュルゴー、ネッケルに対する評価が必ずしも高くないのも印象的。

テュルゴーはあまりに性急で、王と個人的な関係で衝突したため挫折し、ネッケルも世論の人気は抜群だったが、アメリカ独立戦争の戦費を、戦時中の興奮状態では可能だったはずの増税ではなく、安易な国債発行で補ったため、財政危機に拍車をかけたといった記述があったはず。

あまりの分厚さに気おされますが、紙質が軽く、まだしも持ちやすいのはよい。

休みも利用して集中して読んだら、上巻は3日で読了できた。

四苦八苦しながらようやく通り抜けた部分もあったが、素人が全く読めないという本でもないと思う。

気力が充実した時に、皆様も一度お読み下さい。

挑戦する価値はあると思います。

なお、下巻の記事まで、少しあいだが空きます。

(追記:下巻の記事はこちら

恥辱的な風刺文やパンフレット、悪意のこもった歌のハミングは王妃の私生活を攻撃してやまなかった。姦通だの、乱交だの、同性愛だの、近親相姦だのが口の端にのぼった。この外国女の淫奔さを非難して回った。背徳的な放埓で、王室の褥を汚したというのだ。幻想を膨らませる的として、また性的禁忌の違反を責められる的として、彼女はそうしたものを禁じられている人々にとって、恰好のはけ口となった。・・・・・王妃はあらゆる悪徳の、貴族社会のあらゆる欠陥の象徴となってしまったのだった。この憎悪には、外国人嫌いとナショナリズムが、当然のように含まれていた。

世論の中心には、とりわけ国民の最下層の人々のあいだには、異端審問官のような、道徳を説くことを好む風潮があった。おそらくジャンセニスト的な鋳型から生まれたこの風潮は、おそらくは革命下で、粛清をこととするピューリタニズムを、「清廉潔白な者たち」、つまりあの「善」の騎士たちの出現を、そしてギロチンの出現を予告するものであった。

人々は清い魂と善良な人間の役を演じていた。ありとあらゆる憤慨の言葉が口にされ、不品行、高位にある者たちの、いわゆる不品行を詰り、人々は彼らの頽廃ぶりに立腹したふうを装った。その実、彼らに関する好色な、もしくは猥褻な記事や、ポルノグラフィックな戯画を、楽しんでいたのである。

善良なルイ16世の治下、すでに行進を始めていた美徳は、恐怖(テルール)の序文を書きつつあったのだ・・・・・。

こうした王妃に対する憎悪の高まりの中では、無頓着な彼女の、ほんの小さな軽率さ、媚態が鬼畜のごとき犯罪になり、女友達との無垢な友情がレズビアンとみなされてしまう。そして、何気ない言葉が皮肉たっぷりに歪曲され、彼女に跳ね返ってくるのだ。フーキエ・タンヴィル[革命裁判所検事]の前に出る前に、王妃はすでに、贖罪の生贄として民衆に提供されていた。そこでは、醜悪で狡猾なさまざまな問いが噴出した。

中傷、誹謗の恐るべき力、それは、今日、メディアを通じて著名人に襲いかかるときどれほどの効果を発揮するか誰もがよく知っているが、そうした力に、王妃と王は怯えていくことになる。それは獲物を捕らえて放さない地獄の罠である。興奮状態があるレヴェルにまで達すると、世論という法廷は荒れ狂い、熱狂と欲動を結晶させ、著名人に向かって社会的制裁を集中させる。

こうなってしまうと、その人間がたとえ何を言っても、また無実を叫び、それを証明するために、たとえどんなことをしても無駄で、ますます深みにはまり身動きが取れなくなってしまう。それはまるで罠にかかってもがき暴れる動物と同じで、人々はそれが死にいたるのを待っているのである。

あらゆる行政的な検閲から離れて、自律的な議論の空間を作り出した世論は、いかなる階級的拘束とも無縁の文学・司法・行政のエリートからなる有識者たちによって担われる、至高なる法廷として確固たるものとなった。何一つ隠し立てすることなく、公の場で議論することを目指したこの審級は、教会・王政・国家の権威を理性という尺度で裁くのだと嘯(うそぶ)いた。「君主よりも至高な」この機関は、王政のシステムそのものの中に生まれた不安定化の要素だった。とりわけ奇妙なのは、王権自身が世論という恐るべき検閲者の法廷に進んで身を預け、国家内部の対立を公の場に開陳したことである。高等法院の建言書や敵意に満ちた誹謗文書に対する返答を、雇われ作家に公刊させることが義務であるかのように考えられた。・・・・・

「ブルジョワ的公共空間」の周辺では、教養がなく粗暴だといわれた下層民たちが、独自の記号、煽動的な風聞、「下品な言説」によって、調整役にも倫理にも欠いた不安定な域圏を作り出していた。嘘や中傷、偽りの噂は策動家や出版元を喜ばせ、真面目で客観的な情報と混じり合うことになった。ブルジョワと下層民の二つの域圏は、今のところは重なり合うことも対立することもないまま、権力に関する二とおりの見解、国民の二つの代表、二つの合法性の兆しを宿していた。この二つの合法性は、やがて革命のさなかに、下層民の言説を組織化したジャコバン主義が人民の名において語り始めたときに、周知のとおりの激しさでぶつかり合うことになる。

|

« 五十嵐武士 福井憲彦 『アメリカとフランスの革命 (世界の歴史21)』 (中央公論社) | トップページ | 引用文(バーク1) »

フランス」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。