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森田安一 『物語スイスの歴史』 (中公新書)

カテゴリはドイツでいいですね。

ドイツ語圏の他、フランス語圏、イタリア語圏も含む多言語国家ですが、ドイツ語圏が一番広いし、独立の中心となったのがドイツ語圏なので本書の記述もそれを重点的に扱うと書かれていますから。

ケルト・ローマ・ゲルマン・フランクの支配を経て、11世紀前半に神聖ローマ帝国領に。

いくつかの土着支配者の変遷はややこしいので飛ばすと、ここでハプスブルク家の登場となる。

ハプスブルク家の元々の根拠地はオーストリアではなく、スイス北部のアールガウ地方。

(初期のハプスブルク帝国に関しては、菊池良生『ハプスブルクをつくった男』(講談社現代新書)という非常に優れた概説がありますので、お読み下さい。)

ハプスブルク朝以前の皇帝が、イタリア政策遂行上重要な位置にあった中央スイスの三つの邦、ウーリ・シュヴィーツ・ウンターヴァルデンに帝国直轄領としての「自由と自治」特権を与えており、それを制限しようとするハプスブルク家に対抗して、1291年三地域が結成した「永久同盟」が建国起源の模様。

それから徐々に他の都市や地域と同盟関係を広げていく展開に。

これを機に各都市の大体の位置関係を憶えましょうか。

チューリヒが北部中央、ベルンが中央西寄り、ジュネーヴが南西端、バーゼルが北端西寄りとか。

1315年モルガルテンの戦い、1388年ネーフェルスの戦いでスイス盟約者団が勝利。

ハプスブルク家のスイス領はほぼ崩壊し、1414年コンスタンツ公会議での皇帝ジギスムント(当時帝位はルクセンブルク朝)とハプスブルクとの対立を利用して、発祥の地アールガウも奪う。

時に内紛に見舞われながらも、スイスは更に膨張政策を続け、西はブルゴーニュ公と戦ってシャルル突進公を敗死させブルゴーニュ公国は解体、南はミラノに進出、最終的にフランスに撃退されるもロカルノを手に入れる。

1499年には神聖ローマ帝国から離脱、これで事実上の独立達成と本書では評されている。

チューリヒでツヴィングリが、ジュネーヴでカルヴァンが宗教改革運動。

チューリヒ、ジュネーヴおよびベルンを中心としたプロテスタント地域と原初三邦などのカトリック地域との対立が激しく、しばしば内乱状態となる。

国外に多数の傭兵を派遣、近世欧州の国際戦争で敵味方双方にスイス兵がいる場合もあった。

1798年、総裁政府下のフランス軍が侵攻、革命輸出の結果、ヘルヴェティア共和国成立、フランスの衛星国となる。

ナポレオン没落後は、旧体制への復帰が成るが、臣従地を対等のカントン(邦)に格上げするなど衛星国時代の措置の一部は追認され、新たに「同盟規約」制定。

ウィーン会議で永世中立国の地位を認められる。

19世紀前半は自由主義者と保守派の党派対立が激しく、宗教改革時代と同じように、邦間の内戦や邦内部での反乱・蜂起の記述が頻繁に出てくる。

よくこれで国自体が空中分解しなかったなとの感想を持った。

1848年自由主義派の勝利で憲法制定。

19世紀後半は半直接民主制が導入されていって、鉄道建設を中心に経済成長が続いて、20世紀の二度の大戦では武装中立を維持して、となりますが、19世紀以降は正直興味が薄れるので適当に流しました。

面白い。

前回記事の『バルト三国』と同じく、いろいろな意味でバランスが取れている。

常にヨーロッパ史の著名史実と結び付けて叙述が行なわれるので、飽きがこない。

近現代史だけが肥大化してそれ以前が貧弱極まるという、よくある弊害も無い。

やや細かい部分でも、初心者にとって煩瑣で読むに耐えないというレベルのギリギリ手前で踏み留まっている。

この『物語~の歴史』シリーズの存在意義である、各国別の良質な入門通史という役割を十分果たしている。

かなりの程度確信を持ってお勧めできます。

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