村瀬興雄 『ナチズム ドイツ保守主義の一系譜』 (中公新書)
初版が1968年で現在も品切れになっていないようですので、これも中公新書の超ロングセラーと言えるでしょう。
標準的形式の概説かと思っていたが、かなり変わった構成。
ヒトラーの生い立ちからミュンヘン一揆までが非常に詳しく、それだけで四分の三ほどの紙数を費やし、そこから一気に話が飛んで、最後の二章で第二次大戦中のナチの東欧・ロシア占領構想とナチズムの基本的性格の概括を述べている。
政権獲得期や独裁確立期の記述は存在せず、表面的に見れば、相当アンバランスな印象を受ける。
ただし「はしがき」で著者自身が断っているように、本書はヒトラーやナチズムに関する包括的概説ではなく、初期ナチズムおよび末期ナチズムを比較して、ヒトラーとナチズムの本質を浮かび上がらせようとする本なので、通読すればそれほど不自然な感じはしない。
ミュンヘン一揆までの、他の右翼団体との関係を含めた詳細な事実についての叙述はなかなか有益と言える。
そして本書の史的解釈の特徴については、サブタイトルが全てを語っている。
著者は、「ナチズムをドイツ支配勢力の突然変異と考えずに、むしろドイツ的伝統の嫡出子と考えて、第二帝政から第三帝国にいたるドイツ支配勢力の連続性のなかで考えてみる必要」を説く。
中公旧版「世界の歴史」での著者の執筆巻を読んだ時にも思ったことだが、私自身はこういう見方には強く懐疑的になってしまう。
ニッパーダイ、ドラッカー、ハフナー、マイネッケ、トーマス・マン、シュペーアの回顧録、ケナンなど、不十分極まりないながらもあれこれ関連本を読んでいると、自分の無知を差し引いても、本書の主張はそうそう簡単に首肯できるものではない。
プロイセン的伝統に対する厳しい批判者のゴーロ・マンも、ナチズムとの関連性については、それほど短絡的な見方はしていなかったはず。
しかし実際通読した印象では、それほど教条的で硬直した感じはせず、一定の柔軟さを持った本だと思った。
ドイツ支配層のうち、王朝的「保守反動派」と近代的「大ドイツ派」を区別し、20世紀以降前者の衰微と後者の増殖が顕著となり、ナチズムを消極的にせよ支持し、その支配を可能にしたのは後者だったと述べているのには素直に得心がいった。
最後に付け加えられている、第10版以降の「あとがき」にある以下の文章などは、上記ニッパーダイの本などとも共通する視点を持つでしょうし、現在の社会で全体主義の危険を避けるために何が必要なのかを示唆してくれるのではないでしょうか。
自由・民主派とナチスとの間には、もとより対立する要素が多い。しかし・・・・・何よりも古い身分制的反動的勢力の打倒を求める空気、公益優先の福祉国家、強大なドイツと国内の民族共同体を求める気分、現状を打破するためにワイマル共和制の変革を求める気分が、この派の大衆の間に強かったのである。
かかる空気の中では、民主的愛国的大衆とナチス的民族主義的大衆の区別は必ずしもはっきりとしなかった。ナチスは、王朝的権威主義や貴族的復古主義には反対していたし、農村の旧式名望家、旧式で家父長的な資本家、貴族・将軍・高級官僚の特権的な態度、時代から取り残されたタイプの学校教師や教会牧師の不当に大きな勢力、その他、時代おくれな伝統的身分制的道徳や諸規範には反対していた。ナチスのかかる改革的な態度に対してこそ、ドイツの一般大衆は熱烈な広範な支持をたえず更新して与えたのである。決してゲッペルスの「悪辣な宣伝」が民衆をまどわせ続けたのではなかった。
・・・・・ドイツにおける権威的軍国的反民主的な伝統は、ナチズムの勝利をうながした重要な原因である。しかし、民衆がナチスを支持した重要な理由は上述の如くであり、ドイツ人だけが独裁と抑圧に対してとくべつに卑屈で臆病な民族性をもっていたわけでは決してない。今日の西ドイツで反動的復古的勢力が見るべき力をもっていないのは第三帝国時代において保守派の基盤が破壊されたためであり、今日の西ドイツは全体として第三帝国による破壊と抑圧と、しかしまた建設事業の上に民主主義をきずきあげているのである。
この記事で少し触れたフィッシャー説を完全に承認していたり、ちょっとついて行けない部分も多かったが、読後感は事前の予想よりかなり良かった。
中公新書に収録されていて、このタイトルの本が与える印象である、「初心者が必ず通り抜けるべき基本書」といった感じではないが、読めばそれなりに得るところはあるでしょう。
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