« 石川晶康 『NEW石川日本史B講義の実況中継 2』 (語学春秋社) | トップページ | 石川晶康 『NEW石川日本史B講義の実況中継 3』 (語学春秋社) »

青木健 『アーリア人』 (講談社選書メチエ)

カテゴリをどこにしようか迷ったんですが、とりあえずオリエントで。

西アジア史を非常に巨視的に見ると、まずアッカド・バビロニアなどセム系民族が王朝を建て、前二千年紀にヒッタイトなどインド・ヨーロッパ語族が侵入、以後セム系アッシリアがオリエントを統一するが長続きせず、印欧系ペルシア人がアケメネス朝世界帝国建設、印欧系ギリシア人のヘレニズム時代とローマ人の進出、印欧系イラン人のパルティアとササン朝を経て、セム系アラブ人がイスラム信仰の下大膨張を遂げて地域を覆い尽くすが、ペルシア人は独自性を保ち、アルタイ語族のトルコ人・モンゴル人の侵攻を迎えるという流れになります。

本書は、古代オリエントとイスラムとの中間で活躍した印欧語族を概観したもの。

まずインド・ヨーロッパ語族を大きくヨーロッパ系とイラン・インド系に分けて、後者をアーリア人と呼び、そのうちイラン系の各民族を叙述対象にしている。

(ヒッタイト[および異説があるがミタンニとカッシート]という最初に登場した印欧語族は対象外。)

そしてイラン系アーリア人をさらに騎馬遊牧民と定住民に分類している。

遊牧民としてはキンメリア人、スキタイ人、サルマタイ人、アラン人、オセット人、パルティア人、サカ人、大月氏、エフタル、インド・サカ人、インド・パルティア人。

定住民としてはメディア人、ペルシア人、バクトリア人、マルギアナ人、ソグド人、ホラズム人、ホータン・サカ人。

以上のうち、前7世紀から前2世紀ごろまでウクライナ平原で活動し、高校世界史で史上最初の遊牧騎馬民族として教えられるスキタイ人は、中央アジアのサカ人と類縁民族で、スキタイとは単にギリシア語の他称であるとの説明あり。

アケメネス朝キュロス2世と戦った中央アジアのマッサゲタイ族と、パルティア人も同じくサカ人の一派らしい。

また、騎馬遊牧という生活様式を始めたのは、正確にはスキタイ人ではなくキンメリア人とのこと。

ウクライナ平原の覇権は前9世紀キンメリア→前7世紀スキタイ→前3世紀サルマタイ→前2世紀アランと移動し、以後モンゴル系あるいはトルコ系の匈奴が侵入してきて、イラン系アーリア人遊牧民の時代は完全に終わる。

大月氏の名前が出てくることに「ええっ!?」と驚いてしまうが、『新世界史』(山川出版社)では確かに「イラン系といわれる月氏は」と書いてある。

バクトリア人というのはもちろんセレウコス朝から自立したギリシア人のことではなく、その配下の土着民族を指す。

ギリシア人のバクトリア王国がトハラ(大夏)に滅ぼされ、トハラを大月氏が征服し、クシャーナ族が大月氏から自立しクシャーナ朝建国という流れになるそうだが、バクトリア人とトハラ人と大月氏の相互の関係は実際には不明であると本書には書かれてある。

クシャーナ族も月氏の一派なのか、バクトリア土着民族なのか、両説ある。

『詳説世界史』(山川出版社)本文では「月氏のクシャーナ族」、『新世界史』では「イラン系のクシャーナ族」。

エフタルについて教科書ではイラン系またはトルコ系としているが、本書ではササン朝の文献史料でエフタルをテュルク系蛮族とは別種の敵と記していることから、彼らもイラン系アーリア人に属するのではないかと推測している。

なお、この辺は民族・王朝名が錯綜して非常にわかりにくいが、「クシャーナ朝がササン朝に圧迫されて衰退」、「グプタ朝がエフタルの侵入で衰退」、「ササン朝と突厥が同盟してエフタルを滅ぼす」といった史実は大まかな流れを把握する手掛かりになるので暗記しておいた方が良い。

定住民のうち、メディア人・ペルシア人は教科書でも詳しく触れられているから特に理解しにくい所は無い。

中央アジアでアラル海に注ぐ二つの大河があり、北がシル川、南がアム川。

アム川上流域がバクトリア、アム川下流域がホラズム、アム川中流域とシル川に挟まれた両河地域をソグディアナと呼ぶ。

そこからパミール高原を東に越えると、北の天山山脈、南のクンルン(崑崙)山脈に挟まれたタリム盆地がある。

シルクロードのオアシス都市定住民を占めていたのはイラン系ソグド人だったが、840年トルコ系ウイグル族が同じトルコ系のキルギスに滅ぼされると、ウイグル人が大挙して移住してきて、パミール高原の東西にあるこの地域はトルキスタンと呼ばれるようになる。

875年ソグディアナにサーマーン朝が成立、イラン系アーリア人意識を高揚させ、イブン・シーナーなどの文化人を輩出するが、999年トルコ系のカラ・ハン朝に滅ぼされ、この地域のトルコ化がますます進行する。

イスラム化以後も独自性を保ったアーリア系民族としては、ペルシア人はもちろんとして、後は現在アフガニスタンの多数派民族であるパシュトゥン人にも注意を払っておく。

かなり良いです。

高校教科書で、オリエント史、中央アジア史、インド史、イスラム史に分かれてバラバラに出て来る諸民族を一望の下に俯瞰するような記述なので、頭の中がすっきり整理される気分になる。

同じ講談社選書メチエで『ゾロアスター教』を出している著者らしく、各民族の概観の後、その宗教についてかなりの紙数を割いているが、それもじっくり読めば初心者でもそれなりに有益。

アケメネス朝、キュロス2世、パルティアなど、慣用となっているギリシア語形をほぼ使わず、「ハカーマニシュ朝」、「クル大王」、「アルシャク朝」(アルサケス[安息]朝)などの呼称を採用しているのが、やや読みにくい印象を与えるが、大きな欠点ではないでしょう。

ユーモアと遊び心のある文体も親しみやすい。

着実に押さえておくべき良書と言えます。

|

« 石川晶康 『NEW石川日本史B講義の実況中継 2』 (語学春秋社) | トップページ | 石川晶康 『NEW石川日本史B講義の実況中継 3』 (語学春秋社) »

オリエント」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。