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『福沢諭吉全集 第5巻』 (岩波書店)

分厚い。

重い。

通勤電車内で手で持って読むのは相当辛い。

なぜこんなものを手に取ったかというと、普通啓蒙思想家と思われている福沢諭吉が近代文明批判を展開したという『民情一新』が収録されているため。

それに加えて『帝室論』を読んだだけです。

両方とも短いので、通読はさして困難ではありません。

ただ漢字が旧字体でルビが少ないのが苦しい。

一部難解な読みの漢字にはルビがあるが、それも基本的に初出の際だけであり、読み進めていくと「うっ」と詰まる部分がある。

内容については、『民情一新』の方はややすっきりしない読後感。

近代批判と読める箇所もあるが、行間を読まずに全体の論旨を表面的に捉えた感じからするとそういう主張は明確に浮かび上がってこない。

この点、やや予想に反しており、複雑な印象を持った。

『帝室論』はごく普通の読後感。

とは言え、『思想史の相貌』で近代日本の思想家のうち、福田恆存、夏目漱石と並んで稀に見る平衡感覚と成熟した思考の持ち主と評価されている諭吉の本領が良く表れている一品と言えるのではないでしょうか。

なお、末尾の解説で戦時中『帝室論』を再版・配布しようとして禁止されたみたいなことが書いてあって、「この内容の本で、何でそんな扱いを受けるの?」と驚いてしまった。

皇室を実質的権力の無い「虚器」に貶める意見とも読めるから、といった意味のことが書かれていたが、方向性に違いはあっても、いつの時代にも硬直して歯止めの効かない偏狭な世論というのはあるんだなあと思った。

『学問のすゝめ』や『文明論之概略』と同じく、かなづかいや字体の変更などで読みやすくした上で文庫化してもらいたいです。

近年出た、慶応大学出版会の著作集には両方とも収録されていないようですので。

(以下引用、字体等一部変更有り。)

蓋し英人の気象[ママ・引用者註]は古風を體にして進取の用を逞ふする者と云ふ可し。或は其度量寛大にしてよく物を容るゝ者と云ふも可なり。

彼の佛蘭西其他の人民が自由の改革と云へば、直に國王を目的として之を攻撃し、王室恢復と云へば直に人民の自由を妨げんとするが如きものに比すれば、同年の論に非ず。

・・・・・今英國の王室と人民との間は恰も此上等家族の如き者にして、嘗て相犯すの挙動なきのみならず、中心に之を犯すことをも忘れたる者なり。犯さゞる國王は益貴く、犯さゞる人民は益親しく、以て社会の秩序を維持するは人間最大の美事と云ふ可し。

文明は猶大海の如し。大海はよく細大清濁の河流を容れて其本色を損益するに足らず。文明は國君を容れ、貴族を容れ、貧人を容れ、富人を容れ、良民を容れ、頑民を容れ、清濁剛柔一切この中に包羅す可らざるはなし。唯よく之を包羅して其秩序を紊らず、以て彼岸に進むものを文明とするのみ。

區々たり世上小膽の人、一度び尊王の宗旨に偏すれば自由論を蛇蝎視して其文字をも忌み、一度び自由の主義に偏すれば國君貴族を見て己が肩に擔ふ重荷の如くに思ひ、一方より門閥一切廃す可しと云へば、一方は又民権一切遏(とど)む可しと云ひ、何ぞ夫れ狼狽の甚しきや。

事物の極度より極度に渡て毫も相容るゝこと能はざる其有様は、恰も潔癖の神経病人が汚穢を濯て止むを知らざる者の如し。其愚笑ふ可し、其心事憐む可し。啻(ただ)憐む可きに止まらず、世の乱階は大抵この輩に由て成るものなれば、此點に就て観れば亦恐る可きものなり。

王室の功徳は共和國民の得て知らざる所なれども、其風俗人心に関して有力なるは擧て言ふ可らず。人或は立君の政治を評して、人主が愚民を籠絡するの一詐術などとて笑ふ者なきに非ざれども、此説を作す者は畢竟政治の艱難に逢はずして民心軋轢の惨状を知らざるの罪なり。青年の書生輩が二、三の書を腹に納め、未だ其意味を消化せずして直に吐く所の語なり。

試に思へ、我日本にても政治の党派起りて相互に敵視し、積怨日に深くして解く可らざるの其最中に、外患の爰に生じて國の安危に関する事の到来したらば如何するや。自由民権甚だ大切なりと雖ども、其自由民権を伸ばしたる國を擧げて、不自由無権力の有様に陥りたらば如何せん。守舊保守亦大切なりと雖ども、舊物を保守し了りて其まゝに他の制御を受けたらば如何せん。

・・・・・斯る内政の艱難に際し、民心軋轢の惨状を呈するに當て、其党派論には毫も関係する所なき一種特別の大勢力を以て雙方を緩和し、無偏無党、之を綏撫して各自家保全の策に従事するを得せしむるは、天下無上の美事にして人民無上の幸福と云ふ可し。是れ我輩が偏に我帝室の独立を祈願する由縁なり。

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