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田中芳樹 『蘭陵王』 (文芸春秋)

世界史関係の読書を趣味にしていて思うことで、日本史が好きな人は読む本の選択肢が多くていいなあというのがあります。

普通の史書・伝記だけでなく、司馬遼太郎を始めとする歴史小説が読みきれないほどあって、選び放題。

世界史だと、こうは行きません。

とは言え、世界史の中でも中国史だけは日本でも一般読者向けの歴史小説が多数ある。

これまで記事にした分では、宮城谷昌光『長城のかげ』塚本青史『呂后』陳舜臣『小説十八史略1』などがそれに当たるか。

しかし、私は正直こうした類いの本は好きではありません。

内容が通俗的過ぎて感心しないものが多く、一般的史書でもその歴史対象について十分面白みは感じられるのではないかと思うことが多いので。

吉川英治『三国志』はある意味基本書なのと、司馬遼太郎『項羽と劉邦』および『韃靼疾風録』は面白過ぎるので例外。)

著者の田中芳樹氏については、高校生の頃『銀河英雄伝説』を通読したことがあり、また中国史関係の歴史小説を多数書いていることも知っていたが、これまでそれらを手に取ることは全く無かった。

たまたま本書が図書館で目に付いたので、表紙のイラストにやや閉口しながらも、試しに借りてみた。

南北朝時代、6世紀の中国、北斉帝室の一員であった蘭陵王高長恭を主人公にした歴史小説。

後漢滅亡後、三国時代を経て西晋の統一が成るが異民族の侵入により短期間で破れ、五胡十六国時代に突入、その中から北魏が華北を統一、江南の宋・斉・梁・陳と共に南北朝時代が始まり、北魏が東西に分裂、それがさらに北斉・北周になって・・・・・という流れはもちろん要記憶。

「周」は昔西安を都にしていたから西で、北周は西魏の後継、「斉」は山東半島を含む国だから東だ、だから北斉は東魏の後継王朝、と覚える。

北魏が東西分裂した時点ですでに実権は帝室になく、西の宇文泰と東の高歓が対峙する情勢であり、西魏・東魏の王朝は実質傀儡に過ぎない。

宇文泰・高歓ともに生前は禅譲・即位を行わず。

西魏では宇文泰の子の代で北周王朝が成立し、三人の子が相次いで即位するが、実権は常に宇文泰の甥、皇帝たちにとっていとこにあたる宇文護が握る。

三代目の武帝が宇文護を殺害、英明の才を現し、弟の宇文憲らの助けを借りて北斉を滅ぼし華北統一。

武帝の息子宣帝と結婚した娘の父親が、次王朝隋の開祖である楊堅。

北斉滅亡→北周から隋へ→陳滅亡という順番。

三国時代の蜀滅亡→魏から西晋へ→呉滅亡という流れと似ている。

両者とも、「全国統一の前に簒奪された」と記憶。

ちなみに北周の武帝は仏教弾圧を行い、これがいわゆる「三武一宗の法難」の一つ。

(他は北魏の太武帝、唐の武宗、五代後周の世宗。)

肝心の北斉の話をすると、高歓の後を息子の高澄が継ぐが、この人も帝位には就かず。

代替わりの際、反乱を起こした武将侯景を破り追放。

この侯景が南朝に降った後、反乱を起こし、梁の武帝時代爛熟の極みにあった江南を大混乱に陥れることは、吉川忠夫『侯景の乱始末記』参照。

蘭陵王はこの高澄の息子。

高澄が側近によって不慮の死を遂げると、弟の高洋が継ぎ、この高洋が東魏を正式に滅ぼし、北斉王朝樹立、文宣帝となる。

ところがこの初代文宣帝は前帝室の元氏(拓跋氏から華化政策で改名したのか、確か)を皆殺しにし、酒色に溺れて悪政を敷いた後、若くして死去。

息子の廃帝が後を継ぐが、直後文宣帝の弟高演が位を奪い、孝昭帝として即位。

北斉ではこの孝昭帝だけはまともな名君だったようだが、わずか一年ほどで落馬して死去。

また兄弟継承で、孝昭帝の弟高湛が武成帝として即位するが、これが文宣帝に輪をかけたとんでもない暴君。

和士開などの奸臣と共に暴虐の限りを尽くし、孝昭帝の息子や蘭陵王の兄弟も死に至らしめる。

その死後、息子の高緯(後主。本書では無愁天子)が即位するが親譲りの暗君で、北斉はこの代で滅亡。

こういう異常天子が在位し国政が乱れに乱れる状況の中、名将斛律光および段韶と共に国を支えた蘭陵王の活躍を本書では描写している。

予想していたよりもかなり面白かった。

話の展開が速いので、読んでいてダレない。

どうでもいい情景描写をダラダラ続けられるとウンザリするが、本書にはそうした部分はほとんど無い。

複雑で馴染みの無い時代の歴史を、登場人物の個性描写で印象付けることによって無理なく理解・記憶させるという、歴史小説の役割を十分果たしている。

著者がきちんと『北斉書』などの正史にあたっていることがわかる。

この人は日本人の中国史に関する知識が三国時代ばかりに集中していることに不満で、他のマイナーな時代についての歴史小説を意図して書いているようですので、他の著作も読んでみると面白いのかもしれません。

私も機会があれば、また手に取ってみます。

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