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児島襄 『太平洋戦争 下』 (中公文庫)

上巻の続き。

この巻はガダルカナル撤退後の1943年(昭和18年)初頭から。

まず押さえておくべきことは、この43年中には日米空母機動部隊同士の決戦は生じなかったということ。

この年、「エセックス」級正規空母とその約半分の艦載能力を持つ「インディペンデンス」級軽空母を中心に、米海軍の空母戦力が猛烈な勢いで整備されていく。

終戦時までに「エセックス」級が17隻、「インディペンデンス」級が9隻も就役している。

翌44年半ばの決戦時に完成し訓練を終え実戦参加したものだけでも、「エセックス」級6隻、「インディペンデンス」級8隻に達する。

これに対し、日本海軍が開戦後完成させた正規空母で実際に戦力化したのは「大鳳」1隻のみ。

他数隻が完成しているが、完成時には載せる航空機も無く、使い道の無い空箱に等しい状態。

総合的国力の差をまざまざと見せ付けられ、せめて戦後の高度経済成長が終わった時点くらいに生産力の差が縮まった条件下でなければ、やはり戦うべきではなかったなと思う。

陸戦ではソロモン・ニューギニアでの消耗戦続く。

4月ソロモン航空戦を督戦していた山本五十六連合艦隊司令長官の乗機が撃墜され戦死。

5月北太平洋アリューシャン列島のアッツ島日本守備隊玉砕。

8月ムッソリーニ失脚、バドリオ政権成立、9月イタリア降伏。

この年の末から米軍の大攻勢が始まるが、その前に馴染みの無い太平洋の島嶼名を憶えないといけない。

これまでの主戦場はオーストラリアの北、赤道以南のニューギニアとソロモン諸島。

これが赤道以北の中部太平洋に移る。

東から順に、まず赤道直下のギルバート諸島。

そこから北西に向かうとマーシャル諸島。

西に向かってカロリン諸島、カロリン諸島から北西に向かうとマリアナ諸島、さらに北西に行くと硫黄島と小笠原諸島、伊豆諸島、日本本土に至る。

カロリンから真西に向かうとパラオ諸島、そこからさらに西進してフィリピン・ミンダナオ島。

以上のうち、マーシャル・カロリン・マリアナ・パラオ諸島は第一次世界大戦後、独領から日本の委任統治領になったところ(ただし南マリアナのグアム島は米西戦争の結果米領土に)。

43年末から44年中にかけて、主戦場が南東から北西に中部太平洋を横切っていく様を地図で確認して下さい。

11月ギルバート諸島のタラワおよびマキンに米軍上陸。

同月ラバウル空襲、空母を離れラバウルの地上基地に進出していた「翔鶴」「瑞鶴」の艦載機が「ブーゲンビル島沖航空戦」で大打撃を受け、貴重な空母艦載機とパイロットを損耗。

同時期カイロ会談・テヘラン会談。

1944年(昭和19年)1月マーシャル諸島のクェゼリン失陥。

2月カロリン諸島の日本海軍根拠地トラックに米機動部隊の大空襲、基地機能喪失。

同月マーシャル諸島エニウェトクも陥落。

3月ビルマ方面でインパール作戦(~7月)。

この時の第十五軍司令官牟田口廉也中将は、マレー・フィリピン攻略で本書でも顔を出す辻政信と並んで、旧軍人でもこれほど評判の悪い人はいないだろうという感じの人ですが、本書ではもちろん批判的なことも書いているが、その筆致はやや抑え気味かと思える記述だった。

6月マリアナ諸島サイパンに米軍上陸。

日米機動部隊が最後で最大の空母決戦「マリアナ沖海戦」を戦う。

これが事実上日米戦争の天王山か。

日本側主力は「大鳳」「翔鶴」「瑞鶴」、米側は「エンタープライズ」に「エセックス」級6隻。

ちなみに米空母の中に「レキシントン」とか「ヨークタウン」などの名がありますが、これは戦没艦の名前を新たに建造した「エセックス」級空母に付けたもので、沈没艦を引き上げて戦列復帰させたわけではありません。

(その種の再戦力化としては実は真珠湾で沈んだ米戦艦が挙げられる。湾内なので当然水深が浅く、沈没とされた艦も引き上げ・修理・改修を経て2年ほど後には続々と戦列復帰している。うろ覚えだが確か攻撃された戦艦が8隻、そのうち完全喪失となったのは2隻だけのはず。緒戦の段階で当時主戦力と考えられていた戦艦の多くを行動不能にしただけでも大戦果かもしれないが、当時真珠湾以外にも確か4隻の戦艦があり、米戦艦部隊が「全滅」したわけではないし、開戦後完成した新鋭戦艦も10隻あるはず。よってこの奇襲が米国のヒステリックな反日世論に火を付け、妥協的講和を不可能にしたという最大の問題点をあまり重視していないことに加えて、以上のような意味でも、著者が上巻で真珠湾攻撃を戦術的にも戦略的にも大成功であったとしているのには首をひねらざるを得ない。)

結果は日本海軍の大惨敗。

攻撃隊はほぼ全滅し、「大鳳」「翔鶴」が(潜水艦の攻撃で)沈没、米側空母は2隻が小破したのみ。

残念ながらこの時期には、艦載機の質と量、パイロットの練度、高性能レーダーと無線電話を駆使した航空管制の精度、対空火器の命中率、母艦のダメージコントロールなど、あらゆる面で力の差がありすぎた。

レーダーの発達によって基本的に奇襲というものがありえなくなり、ミッドウェーとは逆に日本側が敵艦隊の早期発見と先制攻撃に成功しているのに、最適の時間・位置・高度で米戦闘機の大群に待ち受けられ、壊滅的損害を蒙っている。

なお、同じ6月にはノルマンディー上陸作戦が行なわれており、欧州戦線でも大戦は最終段階に入っている(これは本書を読むまで意識していなかった)。

7月サイパン陥落。首相が東条英機から小磯国昭に。

「日本海軍空母戦力の崩壊」「日本本土が重爆撃機B29の攻撃圏内に入る」「東条内閣が(7月に)退陣」というサイパン戦の三つの帰結は、44年6月という時期と共に初心者でも頭に入れておくこと。

フィリピン諸島で、最北部で、マニラのある一番大きな島がルソン島、以下南にサマール島、レイテ島、ミンダナオ島。

10月米軍がレイテ島上陸、「レイテ沖海戦」生起。

日本海軍は唯一生き残った正規空母「瑞鶴」に軽空母3隻とわずかの艦載機を付けて本土を出港、おとりとして北側からフィリピンに接近し米主力空母を引き付け、その隙にブルネイから出撃した栗田健男中将率いる戦艦部隊が西からフィリピンに接近、レイテ島の米上陸部隊に殴り込みをかけるという作戦を立てる。

驚いたことにこの作戦が途中までは成功し、米主力空母部隊は空襲で栗田艦隊に痛打を与えたあと北に移動、「瑞鶴」含む4空母全てを撃沈。

「武蔵」を失いながらも栗田艦隊はレイテ湾目前まで進撃し、護衛空母(小型空母)部隊に損害を与えるが、自身も少なからぬ損失を蒙り、結局突入を中止し退避。

この比島沖海戦では日本海軍の水上艦艇戦力も枯渇したことと神風特別攻撃隊が組織されたことをチェック。

1945年(昭和20年)1月米軍ルソン島上陸。

2~3月硫黄島攻防戦。

3月東京大空襲。

4~6月沖縄戦。

4月鈴木貫太郎内閣。

同月「大和」特攻、沈没。

4月末ヒトラー自殺、5月ドイツ降伏。

7月ポツダム宣言。

8月6日広島原爆投下、8月8日ソ連参戦、8月9日長崎原爆投下、8月15日玉音放送。

割と良い。

その気になれば本書の何倍の分量にもなるものをコンパクトに通読できる範囲内で収めてあることが何よりの長所。

陸戦の描写がややくどく、逆に海戦の描写が簡略過ぎる印象もあるが、これは単に私自身の予備知識の差でしょうね。

初心者にとって、最初の取っ掛かりとしてこれを基本書にするのも悪くない。

著者はかなり右派的歴史家・評論家として知られた人だが、本書ではそうした面はあまり前面に出てこないので、どんな立場の人が読んでも有益だと思う。

ひとまずこれを読んで、最低限の基礎をつくるのも良いでしょう。

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