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児島襄 『太平洋戦争 上』 (中公文庫)

この本については、全編通読はしないまま、新書版は以前記事にしました。

一度日米戦争の概略をきちんと頭の中で整理しておこうと思い、文庫版を通読することにしました。

先の大戦に関する戦史ものは、とにかくもの凄い数が出ています。

例えば光人社のNF文庫に収録されているようなものだけでも、数年かけても到底読みきれないでしょう。

あまり深入りするのは避けつつ、常識的な知識はしっかり把握しなければならないという場合、まあ本書辺りが適当かなと。

以前この記事で触れた、「中公新書の森 2000点のヴィリジアン」という小冊子で、保阪正康氏が本書を、

「太平洋戦争を政治的に分析することも重要だが、しかしこの戦争の事実やその経過を描写した書がなければそれはできない。実証性の伴った最初の書といえるが、新たに発見される史実を確認しながら読んでいくべきだろう。」

と評されています。

手堅い本ではあるんでしょうが、何しろ初版が1965年ですから、やや古い点も見受けられるんでしょうね。

とは言え、オーソドックスで堅実な叙述形式であり、初心者が基礎的な史実を確認するには適切でしょう。

開戦前史は直前の日米交渉に少し触れるだけで、あくまで戦争自体の描写が主。

地図を常に参照して、太平洋と東南アジアのどの方面が戦場となっているのかを確認。

同時に何年何月の史実なのかを確実に把握しながら読み進むこと。

予備知識の無い場合、最初は細かな固有名詞にはあまり拘らなくてもよい。

特に陸軍の第○師団とか第○連隊とか指揮官名などはそう。

私は小学校高学年の時からしばらくの間、日本海軍マニアで、以後もたまに関連本を読んでいたので、本書の海軍関係は少し細かくチェックした。

戦史関係本一般を読むにあたって、余りに当たり前過ぎることを書きますが、個々の戦闘に関わる事柄である「戦術」と、戦争全体に関わる方針である「戦略」をしっかり区別。

海軍艦艇の呼称である「軍艦」が、艦の大きさと戦闘力で「戦艦」「巡洋艦」「駆逐艦」の三つに分けられ、巡洋艦は「重巡洋艦」と「軽巡洋艦」に分かれることも事前にチェック。

(日本海軍では、形式的かつ制度上では、駆逐艦は「軍艦」には分類されてなかったとか言う話は細か過ぎるのでパス。)

その他、「潜水艦」と「航空母艦(空母)」などの艦種があり、第二次世界大戦では空母が海戦の主役となったこともご存知の通り。

個々の兵器に関しては、「零戦」や「大和」などは一般常識の範囲内だとしても、深入りするとミリタリー・マニア道の迷路に迷い込むので避けた方がいいか。

しかし、つかみづらい戦局の全体像をわかりやすくするため、制式空母(正規空母・大型空母)にだけ注目してもよい。

戦前の予想と異なり、海の戦いの主役が戦艦から航空機と空母に移ったことは一般常識の範囲内ですが、その空母の数を押さえるだけでも日米戦争のあらましはある程度わかる。

開戦時、日本が保有していた制式空母は「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」の6隻。

アメリカは、「レキシントン」「サラトガ」「レンジャー」「ワスプ」「ヨークタウン」「エンタープライズ」「ホーネット」の7隻。

このうち、ほぼ常に大西洋戦線にあった「レンジャー」を除く6隻が、主に開戦後一年間に日本空母と死闘を繰り広げることになる。

その機動部隊同士の戦いとして、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、第2次ソロモン海戦、南太平洋海戦、少し間が空いてマリアナ沖海戦の、五つの空母決戦が、いつ、どこで生起して、どの空母が沈没・損傷したのかを把握する。

以下、他の本の知識も援用して、正規空母の数にだけ注目した滅茶苦茶単純化された日米海戦史。

まず1941年(昭和16年)12月8日(現地時間7日)に日本空母6隻が真珠湾を攻撃、米戦艦部隊が大打撃を受ける。

12月末香港占領。

1942年(昭和17年)1月マニラ占領、2月シンガポール陥落、3月ラングーン占領、蘭印軍降伏、5月バターン半島・コレヒドール島の米比軍降伏、と開戦半年で東南アジア全域を占領。

5月オーストラリアの北、ニューギニア南東部ポートモレスビー攻略計画の護衛のため出撃した「翔鶴」「瑞鶴」とこれを迎え撃った「レキシントン」「ヨークタウン」の間で、史上初めての空母同士の戦いである「珊瑚海海戦」が起こる。

結果、日本側は「翔鶴」中破(他に軽空母1隻沈没)、米側は「レキシントン」沈没、「ヨークタウン」中破。

6月、個々の戦闘では唯一高校教科書でも名の出る「ミッドウェー海戦」。

ミッドウェーはハワイから北西方面に離れた島。

日本側戦力は「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の4隻、米側は「エンタープライズ」「ホーネット」と突貫工事で修理を終え出撃した「ヨークタウン」の3隻(「サラトガ」は1月日本軍潜水艦に攻撃され損傷・修理中、「ワスプ」はこの時点ではまだ大西洋戦線にいた模様)。

結果は、日本側は4空母すべてが撃沈される最悪の展開、米側は「ヨークタウン」のみ沈没。

8月、米軍がソロモン諸島のガダルカナル島に上陸、戦線が一気に南太平洋に移る。

オーストラリアの北にニューギニア、その東にニューブリテン島、ここに日本軍の一大根拠地ラバウルがある。

その東にソロモン諸島が広がり、ブーゲンビル島、ガダルカナル島がある。

このガダルカナルをめぐって以後42年中、陸海軍ともに激しい攻防戦が続く。

8月下旬、「第2次ソロモン海戦」、「翔鶴」「瑞鶴」と「エンタープライズ」「サラトガ」が対戦、「翔鶴」小破、「エンタープライズ」中破。

この海戦で私は「翔鶴」が中破したと思い込んでいたが、他の本を読むと実際は至近弾をくらっただけで小破もしくは損害無しということらしい(ただし本隊から分離した日本軍軽空母が1隻撃沈されている)。

同月末、潜水艦の攻撃でまたも「サラトガ」損傷、戦線離脱。

9月には同じく潜水艦により「ワスプ」が撃沈。

10月「南太平洋海戦」、ガダルカナルでの陸軍の総攻撃にあわせて進出した「翔鶴」「瑞鶴」が「エンタープライズ」「ホーネット」と激突、「翔鶴」と「エンタープライズ」が大破、「ホーネット」沈没。

この時点で、太平洋戦線で稼動可能な米軍空母が1隻もいなくなった。

これは表面上、戦術的には大勝利のはずが、日本側も艦載機と搭乗員の損耗が激しく、結局空母数の優位を生かすことができず。

ガダルカナル水域で主に夜間行なわれた水上艦艇同士の砲雷撃戦でも、8月上旬米軍上陸直後に生起した「第1次ソロモン海戦」のように、当初は日本側が勝利することが多かったが、米海軍が高性能レーダーを装備するようになると徐々に不利になっていく。

11月、それまでにも成功していた戦艦によるガダルカナルの米飛行場への艦砲射撃のため進攻した日本軍戦艦2隻が米艦隊と交戦の末、沈没(「第3次ソロモン海戦」)。

この前後で記される日本陸軍の状況は本当に悲惨の一言で読んでいて辛くなる。

戦場で非命に斃れるのはどんな場合でも悲惨に決まってるが、飢餓と疫病にこうまで苦しめられての死は本当に痛ましい。

心から戦没者のご冥福をお祈りして、平和な時代に生まれた有難さを痛感する。

1943年(昭和18年)2月ガダルカナルからの日本軍撤退で、この巻は幕を閉じる。

割と予備知識があったこともあり、2日ほどで非常に楽に読めた。

やや煩瑣な部分もあるが、初心者向け戦史としてはよくまとまっていると思う。

下巻も続けて記事にします。

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