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田中克彦 『ノモンハン戦争  モンゴルと満洲国』 (岩波新書)

1939年5~9月に満洲国とモンゴル人民共和国国境地帯で起こった、日本・満洲国軍とソ連・モンゴル軍との大規模な軍事衝突として著名なノモンハン事件(著者はノモンハン戦争と呼ぶ)に関する書。

田中氏は『草原の革命家たち』(中公新書)の著者。

まず事件の起こった1939年が第二次世界大戦勃発の年であることを真っ先にチェック。

次に月もじっくり眺めて下さい。

5月から9月にかけてということは、8月下旬の独ソ不可侵条約締結、9月初めの独・ポーランド侵入と英仏の対独宣戦がまさに重なることも同時に確認。

満洲国北西部、モンゴル人民共和国に接するハルハ河沿いの土地をめぐって争われたもの。

前年1938年満洲国東部、朝鮮にも近いソ満国境で戦われた張鼓峰事件と場所を区別。

戦闘の推移自体については最初の章でごくあっさり触れるのみ。

軍事的勝敗のみにこだわり、ソ連崩壊後に公開された機密史料に拠って「ソ連軍の損害は以前考えられていたよりもはるかに多く、実は日本が勝っていた」というような議論とははっきり距離を置いている。

モンゴル人民共和国と満洲国に分かれて敵味方として戦わざるを得なかったモンゴル民族の視点から事件を眺めることに多くの紙数を割いている。

満洲国には内モンゴル東部が組み込まれており、興安省として独自の行政区画があった。

これは漢族の進出からモンゴル民族を保護する観点から、当時一定の評価が与えられており、ワルター・ハイシッヒやオーエン・ラティモアなど著名なモンゴル学者の肯定的言説が紹介されている。

(特に後者のラティモアは「反日的」学者と一般に見做されているだけに興味深い。)

とは言え、同時に興安省のモンゴル人指導者が独立運動に関与したとして、日本によって無慈悲に処刑されたことも記されている。

さらに、当時のモンゴル人民共和国がソ連の強大な圧力下にあり、満洲国と同じく傀儡国家であったことが様々な痛ましい事例とともに述べられる。

1930年代後半、ソ連における大粛清の嵐がモンゴルにも押し寄せ、首相のゲンデン、国防相のデミドも死に追いやられる。

その後、モンゴルの指導者になったチョイバルサンは、多数の同志を粛清し「モンゴルのスターリン」とも呼ばれるが、本書ではソ連に面従腹背しながらモンゴルの最低限の独立を何とか維持しようとした人物として、同情的に扱われている。

他には、偽文書「田中メモランダム」についてや、事件を拡大し後の国境画定交渉を妨害した関東軍参謀辻政信への批判など。

非常に読みやすく、スラスラ最後までいける。

細かな部分は飛ばせばよいと思う。

岩波新書でこのテーマでも、右とか左とかの話は全然気にならなかった。

普通に役立つ本です。

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