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ナチについてのメモ その4

その3に続き、グイド・クノップ『ヒトラーの戦士たち』(原書房)より。

第6章「謀反人」ヴィルヘルム・カナリス。

帝政時代、ティルピッツ提督率いる海軍に入隊。

第一次大戦時、南米で乗艦が沈没した後、スペインで諜報活動に従事、続いてUボート艦長も務める。

戦後、ローザ・ルクセンブルク殺害犯の減刑に力を貸す。

ワイマール時代に、のちのSD(親衛隊保安諜報部)長官ラインハルト・ハイドリヒと知り合う。

両者は、緊張と対立を隠した、愛憎入り混じった複雑な親交を長く続けることになる。

35年国防軍諜報部長に就任。

ラインラント進駐やスペイン内戦に関して、ヒトラーに的確な情報を提供。

しかしこの頃からナチ体制への疑念を持つようになる。

「上から下まで、どいつもこいつも犯罪者だ。よってたかってドイツを潰そうとしている」このころカナリスは友人にそう言明している。人間は「損か得か、だけで」決断してよいわけではない、「根本的な倫理を守らねばならない」と。

38年夏ズデーテン危機。

この時、参謀総長ハルダー、その前任者ベック、外務次官エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー、前ライプチヒ市長カール・ゲルデラーらによるクーデタ計画にカナリスも協力。

しかしミュンヘン会談での英仏の屈服、国内でのヒトラーの威信高揚によってクーデタは挫折。

ここで以下のような文章が記されている。

運命は、ヒトラーに味方すると決めたようだ。チェンバレンの歴史的訪問によって、独裁者は、知らないうちに二つの危機を同時に切りぬけていたのである。一つはヒトラーがのぞんでいた戦争の危機。このとき戦争をしていれば、それは1938年にドイツの敗北で終わっていただろう。軍事史家は今日そう考えている。そしてもう一つは、目前にせまっていた国内での失脚の危機。「ヒトラーにとどめをさせるはずだった」。阻止された反乱者のひとり、カール・ゲルデラーは、あきらめたようにそう言った。

こうした見方は同じ著者の『ヒトラーの共犯者 下巻』での記述と著しく異なる。

本書の記述では、38年時点での軍事情勢は英仏(とチェコ)が独に対して優勢であり、開戦すればドイツは敗北しヒトラー政権は崩壊するという、考えうる限りベストの展開になったことになる。

国内クーデタ勃発の場合はいくつかの可能性を以下に空想。

(1)クーデタが成功し、ナチ体制が崩壊、軍人たちの政権の下、徐々にドイツの国内体制が正常化していくのが、最も望ましいパターン。

しかし国内での反乱が新たな「匕首」「背後の一突き」伝説を連想させ、それに力を得てナチが巻き返し、政権を再度奪還する可能性もある。

(2)しかしヒトラーさえ亡き者とされていれば、ゲーリング、ゲッベルス、ヒムラー、ヘスなど誰が後継指導者であっても少なくともホロコーストがあれ程の規模と徹底さで遂行されたとは想定できない気がする。

「ホロコースト抜きの第二次大戦」でも現実に起こったことよりは遥かにマシでしょうね。

あるいは後継者が膨張政策を一時ストップして、国際関係は小康状態が続く一方、国内ではナチ体制が存続することも考えられる。

この場合はどういう結末になるのか、想像しにくい。

(3)しかしヒトラーがクーデタを鎮圧し、生き延びた場合は史実よりもより完全にドイツ国家を掌握して戦争を始めることになる。

だが軍事情勢が英仏優位で、加えて肝心の両国の抗戦意志が固いという想定なら、(後継者が開戦に踏み切った場合の)二つ目と三つ目の場合でも、どの途ドイツの早期敗北は動かないか。

と言う事は、どのように考えてもチェンバレンの宥和政策はやはり間違いだったという結論になるのか。

結局38年時点の各国軍事力をどう評価するのかで結論が根本から変わってきますよね。

「東欧随一の工業国で議会主義が唯一順調に発達した国」と高校教科書にも出てくるチェコがその侮りがたい軍事力で抵抗するうちに英仏軍がドイツになだれ込みナチ体制崩壊となればいいですが、史実より二年早く仏敗北、本土レーダー網と戦闘機隊の未整備な英国にドイツ陸軍上陸成功、なんて事態になってたら・・・・・・。

本書の記述は上記本と整合的ではないが、結局どう解釈すべきなのか、不明です。

ミュンヘン会談後、ドイツ全土で「総統崇拝」がますます高まり、クーデタなど考えられない情勢となる。

カナリス自身もそれにある程度影響された。

彼は依然としていまの体制を、ドイツで考えられるかぎり君主制に次いでベストだとみなしていたので、その体制に逆らう計画をこれ以上ねらなくてもよいことに安堵したのである。また特筆に値することだが、いわば職務上のルートでテロを阻止できる、カナリスはひきつづきそう考えていた。・・・・・ナチの犯罪をリストアップして上官に送ることを、もちろんカナリスはやめることはなかった。帝政時代の、法にもとづいた安定性こそが、めざすべきノーマルな状態であると信じるカナリスは、わらにもすがる思いで、法と秩序にかんする自分の考えを譲らなかった。

しかし第二次大戦開戦後、その期待は完全に裏切られる。

・・・・・開戦から一週間後、親衛隊の特別行動部隊が組織的に大量射殺を行っているという知らせも、とくに誇張したものではないことを、ハイドリヒがカナリスにうちあけた。「そのへんの人間に手を出すつもりはない」と、この乗馬仲間は冷ややかに言った。「だが貴族や坊主、それにユダヤ人は始末しなければならん」。

クラウゼヴィッツの言うように、戦争とは「別の手段をもちいてすすめる政治」であるとすれば、ヒトラーのポーランド侵攻は、もはや戦争ではなかった。ここでは血なまぐさいイデオロギーが戦っていた。そのめざすところは勝敗を決することではなく、生きのびるか殲滅するか、であった。帝政時代に士官候補生だった男は、いまや新しい大元帥の穿った奈落の底を覗き見ていた。「ありとあらゆる道徳を片っぱしから無視して戦争をやっても、勝てるわけがない。この世には、神の定めたもうた摂理があるのだ」と、彼は部長代理のビュルクナーに語っている。

残虐行為への抗議を込めた上申書はカイテルによって無視され、カナリスは自らの職権を用いてユダヤ人など迫害にさらされた人々が逃亡するのを助ける。

フランス降伏後、ドイツが表面的に最も優勢だった時に会談した旧知のフランコには、スペインの中立を密かに勧め、軍内レジスタンスにも接触。

44年2月に解任、軟禁状態におかれる。

同年7月20日事件後、逮捕。

45年4月強制収容所内で絞首刑。

米軍が到着するわずか数日前だったという。

どの章も興味深いエピソードを積み重ねた記述で、実に面白い。

分量のわりに通読は極めて楽。

訳文もよくこなれていて読みやすいが、ごくまれに誤植と思われる部分があった。

できればウーデットを外して、グデーリアンかハルダーを入れてくれればより良かったかとも思うが、まあいいでしょう。

最低限の基礎ができたら、手にとってみるのも良いです。

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