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西部邁 『大衆への反逆』 (文芸春秋)

1983年刊。

西部氏の最初の評論集。

本書は、結局、高坂正堯氏の『外交感覚』(中央公論社)と並んで、大学時代に一番頻繁にページを手繰った本だと思う。

全体が五部に分かれていて、第1部は「状況」。

最初にロッキード事件で逮捕された田中角栄元首相の裁判という時事的話題に民主主義(批判)論を絡めた文章がある。

これも含蓄があるが、素晴らしいのがそれに続く、十数編の短い思想的エッセイ。

何度も何度も読み返して、今に至るまで自分の物の考え方に強い影響を受けていると思う。

第2部「知識人」では、「“高度大衆社会”批判」と題された、冒頭のオルテガ論が圧巻。

本書の核心とも言える文章。

オルテガの著作を縦横に引用しながらの、精緻かつ迫力ある力強い文体にひたすら圧倒される。

続くマルクス、レヴィ=ストロース、ハイエク、ケインズらについてのエッセイも高尚かつ実に有益。

この記事で一部を引用済み。)

第三部「体験」で、大平正芳首相のブレーン機構で著者が報告したテキストに加えて、著者の人生の興味深い断片がいくつか記されている。

その中でも、在日朝鮮人の親友との交友を語った、特に印象深い「不良少年U君」という文章については、別に、『友情 ある半チョッパリとの四十五年』(ちくま文庫)という、これまた素晴らしく感動的な本があります。

第四部「書籍」では、三つの書評が載せられているが、最後の、新自由主義者ミルトン・フリードマンの著『選択の自由』を強く批判した文章が最も面白い。

こちらで一部を引用済み。)

最後の第五部「文明」では、まず「文明比較の構造  ひとつの日本主義批判」という硬い論文がある。

西部氏の著作は、『知性の構造』(角川春樹事務所)という、私程度では絶対に手に負えない、完全に別レベルの抽象性を持つ作品を別にすれば、ほとんどが明晰かつ平明であり、(素直に読み取り学ぶ気持ちさえあれば)容易に理解できるものばかりなのですが、この論文は、T・パーソンズのAGIL図式がどうこうというような文章が出てきてやや難解。

とは言え、日本・米国・西欧・ソ連の各社会を比較・分析し、経済大国としての絶頂期にあった日本を大衆社会論の観点から批判する論文は、わからなければわからないなりに読み通せば、それなりに有益です。

末尾の「反進歩への旅」と題された紀行文もずしりと胸にこたえるものがある。

その中盤、自らの思想的立場を説明した文章は、7、8ページに亘りますが、可能ならば全文を引用したいくらい、あまりにも深い内容に満ちています。

久しぶりに、一字一句飛ばすことなく再読してみたんですが、やはり素晴らしい。

この方は、表面的に、野卑で粗暴な単細胞・脊髄反射的右派と同じ主張をしているように見える時があったとしても、実際には、この十年で異常繁殖した、群集心理と市場原理に対する警戒を最初から放棄した自称「保守」派とは、根本的に全く異なった次元にいる。

最初に強い違和感や拒否反応を覚える人でも(私もそうでした)、機会があれば是非本書を含め、その著作を手に取ってみて下さい。

保守化の意味するもの

名は体を表すとはいうものの、保守および革新という名称くらい虚なるものも少ない。エスタブリッシュメントを守護するか打倒するかという対立が両者を分け隔てるとはいわれるものの、肝心の確立された体制なるものが何を意味するかということになると、その答えはたいして分明ではない。私思うに、枝葉を切り落としていえば、既成の体制とは進歩のイデオロギーを中心にして構成された価値世界のことである。資本主義と社会主義、競争と統制、自由と平等、効率と公正などの組み合わせ方において種々の差異はあるけれども、新しき変化の創造が善き事態へむけて進むであろうと楽観する点において、洋の東西(または南北)をとわず、そして党派の左右(または大小)をとわず、価値世界は単色である。

進歩と革新とはたがいに同義なのであるから、保守派とは革新体制を守る人々であり、革新派とは革新体制に逆らう人々であるということになろうか。このなんとも珍妙な語義にもとづいて、私たちは隣人を分類しあっているわけなのである。近年にわかに迸(ほとばし)り出した保守化の潮流においても、その底層をみれば、進歩のイデオロギーが動かず澱んだままでいる。ただ表層において、平和主義から軍国主義への、防衛的態度から攻撃的態度への、母性的心性から男性的心性への移行などがやかましく波立っているにすぎない。

この移行は人間理解を性善説から性悪説へ乗り換える企てなのであろう。説というほどに体系だてられた見解は少ないから、それはむしろ気分の問題なのかもしれない。時代の閉塞につれて気分が愉快から不快へ転落しているということである。いずれにせよ、これら両極端の説や気分が「すべてを単純化する恐ろしい人間」ブルクハルト)から発せられるものであることに間違いはない。

事態の不穏な成り行きを懸念する人々は、善悪あわせのむべく、現実主義の方向において気分を中和しようとする。レアリズムとは、その本来の語義が示すように、事態を「モノのようにとらえる」やり方である。もっといえば、現実をモノのごとき固さをもって肯定することである。しかし私たちの気分の落ち着きのなさが、進歩のイデオロギーによって醸成された幸福や平等やなにやかやといった幻影にたいする嫌悪であり不安であるのだとしたら、レアリズムのもつ肯定的な響きは私たちの気分と共鳴しない。他方、理想主義がユートピアを、つまり「何処にもない国」を、あれこれ提出してくれたとてどうにかなるものでもない。それら仮想世界と現実世界との距離が大きすぎるからではない。それだけならば、仮想世界へ一歩一歩と気長に進めばよいのだから。どこにもないような立派な国を構想し、ましてやそこに向かって着実に前進していくに必要な資質を決定的に欠いているのではないかという思い、それが私たちを不安にしているのであろう。

自分たちが知的にも道徳的にも不完全であることを知る苦痛はすでにして進歩主義にたいする疑惑である。その意味でならば、いま進行している保守化の流れは首肯されるべき自己覚醒の可能性をはらんだものといえる。しかし見渡すところ、その疑惑は深められずに、不安ゆえの勇気、疑惑ゆえの確信をポーズする回路へ短絡しているようである。

保守主義の本来の含意は進歩にたいする徹底した懐疑ということにあったはずである。革新にもとづいて進歩していくということを信じるには、それをつくり出す当の本人たちが余りにも不完全なのではないかという自己懐疑が、保守主義の真髄だったはずである。変化にたいする消極性と裏腹になって、保守主義者の積極性はまずもって自分および自分たちへのひたすらな懐疑として示されるのである。懐疑とは、この場合、優柔不断とか自己憐憫とはおよそかけはなれた態度のことである。スケプティシズムの元来の語義そのままに、それは「考察すること、探究すること」を意味する。

したがって、保守的懐疑主義は右翼の党派にありがちな復古主義とも異なっている。不完全な自分たちがかろうじてみつけうる住み処は歴史の大地のなかにしかないと見当をつけた上で、次にその大地の中から保守すべき耐久の足場を、つまり伝統を、いかに発見するかという努力を持続させうるか否かによって、保守における反動主義と懐疑主義が区別される。また懐疑の真偽は、懐疑の努力じたいにたいしても懐疑をそそぐかどうかにかかっている。懐疑にこめられる知識や気分や利害の総体についても考察し探究するということである。

こういう努力がやすやすと実行されるとは思えないが、その予想される困難の前にすっかりたじろぎ、ついに懐疑することを放棄してしまった人々が大衆とよばれるのであろう。この大衆の定義はド・トックヴィルやミルやオルテガによる最も良質な大衆論の意を汲みとるものだと思われる。大衆とは資産を持たぬ人々のことでもないし指導される人々のことでもないし、教育をうけぬ人々のことでもない。懐疑の心性を失った人々の支配が進んで受容されるような価値世界、あるいは価値喪失の方向に止むことなく進みつづける世界が大衆社会である。かれらの信奉する進歩のイデオロギーの司祭たちが、たとえば有名な政治家が、高名な学者が、著名な経営者が大衆であってむしろ自然なのである。

現在の保守化にたいして、私が強い抵抗を感じるのは、福祉削減や軍備拡張や憲法改正やについて私の代案があるからなのではない。様々の自称改善策がいとも手軽に自信ありげ主張されるという、いわば保守主義の大衆化が、率直にいって、怖いのである。マイネッケによれば、ヒットラーはいったそうである。「宗教だって? 神だって? 恐怖政治こそ最上の神だ。このことは、現在ロシア人においてみられる。さもなければ、ロシア人はこんなに戦うことはないだろう」と。美しいパンドーラの運んできた手匣を不注意に開いてしまえば、数限りない災厄が飛び出し、あわてて蓋をしても、あとには希望だけが空しく封じこめられてしまったという神話のことが思い出される。人間はいつまでもパンドーラに惚れたエピメーテウスのごときもの、つまり「後から思うもの」にすぎないのか。兄のプロメテウスには、つまり「先に思うもの」にはなれないのか。

おおいにそうなのかもしれない。しかし、たとえ後知恵であっても考えないよりはましであろう。それに、私たち大衆人にそれしか能力がないのだとしたら仕方のないことでもある。エスタブリッシュされた制度の、人間の、言説の意味をしつこく解釈し直す営みのなかから自分自身を再発見するという媒介項を経るのでなければ、今の保守化にみられるような国家の再発見はいずれ人間不在の国家を産み落とさずにはいないであろう。

(毎日新聞 昭和五十六年一月十九日号)

上記引用の文章は、それが書かれた1981年におけるよりも、三十余年を経た現在の方が、はるかに切実かつ深刻な意味を持っていると思います。

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引用文(「聖書」4)

『新共同訳 聖書』(日本聖書協会)

「旧約聖書  詩編」より。

14章

神を知らぬ者は心に言う

「神などいない」と。

人々は腐敗している。

忌むべき行いをする。

善を行う者はいない。

主は天から人の子らを見渡し、探される

目覚めた人、神を求める人はいないか、と。

だれもかれも背き去った。

皆ともに、汚れている。

善を行う者はいない。ひとりもいない。

悪を行う者は知っているはずではないか。

パンを食らうかのようにわたしの民を食らい

主を呼び求めることをしない者よ。

そのゆえにこそ、大いに恐れるがよい。

神は従う人々の群れにいます。

貧しい人の計らいをお前たちが挫折させても

主は必ず、避けどころとなってくださる。

どうか、イスラエルの救いが

  シオンから起こるように。

主が御自分の民、捕われ人を連れ帰られるとき

ヤコブは喜び躍り

イスラエルは喜び祝うであろう。

64章

神よ、悩み訴えるわたしの声をお聞きください。

敵の脅威からわたしの命をお守りください。

わたしを隠してください

さいなむ者の集いから、悪を行う者の騒ぎから。

彼らは舌を鋭い剣とし

毒を含む言葉を矢としてつがえ

隠れた所から無垢な人を射ようと構え

突然射かけて、恐れもしません。

彼らは悪事にたけ、共謀して罠を仕掛け

「見抜かれることはない」と言います。

巧妙に悪を謀り

「我らの謀は巧妙で完全だ。

人は胸に深慮を隠す」と言います。

神は彼らに矢を射かけ

突然、彼らは討たれるでしょう。

自分の舌がつまずきのもとになり

見る人は皆、頭を振って侮るでしょう。

人は皆、恐れて神の働きを認め

御業に目覚めるでしょう。

主に従う人は主を避けどころとし、喜び祝い

心のまっすぐな人は皆、主によって誇ります。

73章

神はイスラエルに対して

心の清い人に対して、恵み深い。

それなのにわたしは、あやうく足を滑らせ

一歩一歩を踏み誤りそうになっていた。

神に逆らう者の安泰を見て

わたしは驕る者をうらやんだ。

死ぬまで彼らは苦しみを知らず

からだも肥えている。

だれにもある労苦すら彼らにはない。

だれもがかかる病も彼らには触れない。

傲慢は首飾りとなり

不法は衣となって彼らを包む。

目は脂肪の中から見まわし

心には悪だくみが溢れる。

彼らは侮り、災いをもたらそうと定め

高く構え、暴力を振るおうと定める。

口を天に置き

舌は地を行く。

  (民がここに戻っても

   水を見つけることはできないであろう。)

そして彼らは言う。

「神が何を知っていようか。

いと高き神にどのような知識があろうか。」

見よ、これが神に逆らう者。

とこしえに安穏で、財をなしていく。

わたしは心を清く保ち

手を洗って潔白を示したが、むなしかった。

日ごと、わたしは病に打たれ

朝ごとに懲らしめを受ける。

  「彼らのように語ろう」と望んだなら

   見よ、あなたの子らの代を

   裏切ることになっていたであろう。

わたしの目に労苦と映ることの意味を

知りたいと思い計り

ついに、わたしは神の聖所を訪れ

彼らの行く末を見分けた

あなたが滑りやすい道を彼らに対して備え

彼らを迷いに落とされるのを

彼らを一瞬のうちに荒廃に落とし

災難によって滅ぼし尽くされるのを

わが主よ、あなたが目覚め

眠りから覚めた人が夢を侮るように

  彼らの偶像を侮られるのを。

わたしは心が騒ぎ

はらわたの裂ける思いがする。

わたしは愚かで知識がなく

あなたに対して獣のようにふるまっていた。

あなたがわたしの右の手を取ってくださるので

常にわたしは御もとにとどまることができる。

あなたは御計らいに従ってわたしを導き

後には栄光のうちにわたしを取られるであろう。

地上であなたを愛していなければ

天で誰がわたしを助けてくれようか。

わたしの肉もわたしの心も朽ちるであろうが

神はとこしえにわたしの心の岩

  わたしに与えられた分。

見よ、あなたから遠ざかる者は滅びる。

御もとから迷い去る者をあなたは絶たれる。

わたしは、神に近くあることを幸いとし

主なる神に避けどころを置く。

わたしは御業をことごとく語り伝えよう。

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鈴木淳 『維新の構想と展開  (日本の歴史20)』 (講談社学術文庫)

この講談社版「日本の歴史」シリーズは、文庫化されつつあった頃、通読しようかどうか迷った末、結局読みませんでした。

情けない話ですが、前近代の日本史については、教科書の『詳説日本史』と参考書の『石川日本史B講義の実況中継 1』『同 2』『同 3』を気の向いた際に時々読み返すだけという状態。

相変わらず高校日本史レベルもおぼつかない状況です。

2011年のセンター試験では一問間違えただけで済みましたが、今ならポロポロ取りこぼすんじゃないですかね。

せめて近現代史の巻だけでもと思い、立ち読みしたところ、この巻と次巻のみ手に取る気になりました。

明治初年から1889(明治22)年憲法制定まで、二十余年の明治前半の歴史。

目次を眺めるとさほど網羅的には思えないが、通して読むと教科書に出てくるような重要事項は漏れなく叙述されているという作り。

社会史・経済史的記述が多く、一部は砂を噛むような文章もあるが、その辺は細部を気にせず、飛ばし読みでいいでしょう。

この明治前期は諸改革が集中している時期ですので、一年ごとに何があったのか、教科書でバラバラに出てくる事項を自分で手書きしてメモしてみるといいかも。

なお、近現代史では、私はあまり年号の語呂合わせは使いません。

西暦の下二桁をじっくり眺めて、その数字と歴史用語を印象付けることを、面倒がらずに何度でもやります。

それしかない。

以下、ほんの数行の内容紹介。

第一章「明治の『藩』」。

公議という概念の諸相についてあれこれ。

事実関係として明治初年の立法機関のみ整理。

1868年政体書で定められたのが議政官。

議定・参与で構成される上局と藩代表の貢士からなる下局に分かれる。

下局から替わった貢士対策所が翌69年公議所となり、それが同年集議院となるが、集議院は諮問機能のみとなり、73年左院に吸収、75年大阪会議後元老院が設立、それが90年帝国議会開設まで存続。

第二章「戸長たちの維新」。

民法上の「戸主」ではなく戸長。

廃藩置県後に敷かれた大区小区制について。

数町村をあわせた小区と数小区からなる大区を府県のもとに設置。

小区あるいは村の長が戸長と呼ばれた(大区の長は区長)。

その戸長が、郵便・学制・徴兵令・地租改正などの改革を担い、政府と住民の橋渡しをした様が記述される。

第三章「士族の役割」。

外交・内乱・秩禄処分の他、国立銀行設立における士族の役割について。

(この「国立銀行」は、明治史においては1872年国立銀行条例に基づいて設立された民間銀行の意。)

第四章「官と民の出会い」。

民権運動、軍人勅諭、明治十四年の政変。

大久保利通暗殺後、十四年政変までの政府内最有力者は大蔵卿の大隈重信だったとされている。

第五章「内治を整え民産を殖す」。

殖産興業、経済史、条約改正、内閣制度。

第六章「憲法発布」。

一般では人民の権利保護が憲法の中心と捉えられていた。

新憲法との比較や戦前昭和の記憶から、旧憲法は国民の権利に法律の制限が付されていたことが普通強調されるが、民選の衆議院を通過しなければ法律が成立しない以上、民意に依らない権利制限はなされないのが原則であった。

言われてみると盲点だが、本当にそう。

緊急勅令という手段があっても、議会の事後承諾が必要な限り、乱発できるはずもない。

議会の選出が制限選挙で有権者が限られていたといっても、選挙権が徐々に拡大するのを止めることは誰にもできず、一度与えた参政権を再び剥奪するなんてことはほとんど不可能なのだから、国民の権利保護について明治憲法と現憲法の間に根本的な差異があるとは認めがたいのではないかと個人的には思う。

憲法発布に際して、河野広中、大井憲太郎、片岡健吉、星亨など民権活動家への大赦が行われる。

五箇条の御誓文から憲法制定に至るまで、反政府活動家をも包含して、皇室による国民統合を図るという意志は一貫していた。

それが明治期には有効に機能していたが、反対者がほぼ絶無に等しい反面、同じ概念が矯激な在野勢力によって反政府運動の武器に使われる危険もあり、その弊害が昭和に入って噴出することになる。

一冊でわずか二十数年を叙述した本だが、それでも相当簡略に感じる。

一方、経済史関連ではややだるい部分も。

ごく普通の評価です。

教科書と併読して、年号をチェックしながら読めば効用は高いかも。

ざっと立ち読みして、そこそこいいと思った方だけどうぞ。

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谷喬夫 『ヒムラーとヒトラー  氷のユートピア』 (講談社選書メチエ)

2000年刊。

著者の下のお名前は「たかお」とお読みするそうです。

本書において、20世紀は世俗的イデオロギー(擬似宗教)をめぐる宗教戦争の時代と捉えられる。

18、19世紀以後、啓蒙時代に社会の意味と共存していた理性が、自然科学の発達と共に対象の数量化のみに係わる「道具的理性」に変質し、世界全体の意味との結びつきを失う。

社会的には、伝統的信仰を失い、情緒的・欲動的・非合理的に行動する大衆が台頭し、彼らは技術合理的産業社会の成果に依拠しながら、ナショナリズム・社会ダーウィン主義・人種主義などの擬似宗教にのめり込む。

それら低劣なイデオロギーを煽るブラック・ジャーナリズムがほとんど制限無しに許容され、大衆・モッブ(無頼の徒)をますます悪質な存在にしていく。

こうして科学と非合理的イデオロギーが矛盾せずに共存、「文明の再野蛮化」ともいうべき事態が進行。

ナチズムの持つ合理性はあくまで19世紀進歩思想の後継者であり、無限の進歩と完璧な社会を目指す意味では両者は同根。

(しかしここで著者がナチズムの特性として「反近代」という言葉を用いていることには違和感を持った。)

19世紀の科学技術発展が物質的繁栄を導き民主化が進行、加えて帝国主義の風潮が高まる。

それらを支持したのは産業社会形成により解放された、ブルジョワジーより下の階層に属した大衆であり、こうして社会全体の欲望が無限に解放されたが、同時に不平不満も鬱積。

民主化により、大衆・モッブの意向を無視して何事も行い得なくなり、彼らが俗流ダーウィン主義や人種理論に染まれば、それを止める手段が全く存在しなくなってしまう。

有史以来、何千年も人間精神を律してきた宗教的信仰が後退すると、大衆は即、このような醜悪な世俗的イデオロギーに捕われたわけである。

加えて、君主や貴族の消滅は、野卑で粗暴なナショナリズムを振りかざす大衆による、史上最悪の殺戮戦争に繋がった。

「自由・平等・進歩・革新・デモクラシー・世論・民意・合理・世俗化・個人主義」と「宗教・伝統・慣習・保守・世襲原理・身分制秩序」を比べて、どちらが全体主義と親和的かと尋ねたら、通俗的イメージからして、ほぼ全ての人が後者だと言うでしょうが、本当は全く逆なんですよね。

むしろ後者の抑制要素を破壊し続け、前者の奇麗事に身の程知らずに没入した民衆が全体主義を生み、世界戦争を引き起こしたと言うべき。

とは言え、(本当に無念で嫌悪すべきことですが)やはり民主化は歴史の必然ですから、もう人類に救いの道は無いでしょう。

あと200年程もてばいい方じゃないでしょうか。

全般的思想的解釈の後、ドイツ史の具体的事例が叙述される。

気になったところを何点か取り上げると、まずナチ支持者の中での若年層の比率の高さが指摘されていた。

100年以上の単位でなくても、わずか一世代で、古い世代の伝統的信仰を「迷信」と嘲笑った若年層が、自分たちはそれより遥かに醜悪な擬似宗教を軽信して、その愚かさに気付きもしないという現象が見られるのは興味深い。

上述の対比に「若さ」と「老成」も加えるべきでしょうか。

あと、人種至上主義のヒトラーは国家そのものには決定的重要性を認めず、この点でドイツの伝統とは完全に異質だと述べられている。

考えてみれば、ヒトラーの人種主義をナショナリズムの現われと誤認した保守派の致命的錯誤がドイツを破滅に導いたとも言える(ニッパーダイ『ドイツ史を考える』ナチについてのメモ その5)。

さらに具体的記述でナチ親衛隊組織について。

頂点に親衛隊帝国指導者兼ドイツ警察長官のハインリヒ・ヒムラーがいる。

その下に作戦本部と帝国保安本部があり、作戦本部下に一般親衛隊と武装親衛隊が存在し、武装親衛隊にいわゆる髑髏部隊が属する。

帝国保安本部から保安部(SD)と特別行動隊(アインザッツグルッペン)とジポ(保安警察)が分かれ、ジポの下に悪名高いゲシュタポ(秘密国家警察)がある。

あとは、反ユダヤ主義と生存圏構想、戦時の東方住民強制移住や「最終的解決」についてあれこれ述べられているが省略。

本文はここまでだが、あとがきに以下の重要な文章がある。

ナチズムを批判しつつコミュニズムを擁護するという進歩主義が完全に破綻したことを記したあと、

ナチズムとコミュニズム、すなわち、人種・民族のユートピアとプロレタリアート世界革命の国際主義ユートピアは、なるほど人類の歴史にかつてない蛮行の痕跡を残した。それでは、今日そのどちらも批判的に考察しうる立場は、巷にいわれるように、両者に勝利した自由主義と市場経済ということになるのであろうか。しかし、思想的にみた場合、自由・民主主義は、フランシス・フクヤマ(『歴史のおわり』・・・・)のいうように、歴史の終焉を意味するほど普遍的かつ魅力的な思想なのであろうか。

わたしは、昨今の自由主義と市場経済の生み出した精神とは、競争と効率の物神化、生を金と名誉に還元する俗物根性の肯定でしかないのではないか、という疑念を払拭することができない。なるほど自由主義が伝統を有する所では、リベラリズムには、大衆民主主義にはない精神の自立性と優れた秩序感覚が継承されている。

しかしわが国のように(同じような国が多数派だと思うが)、リベラルな細胞を発見するためには、顕微鏡でも覗かねばならないような所では、自由主義が単なるエゴイズムの代名詞にしかならない可能性は限りなく大きい。わが国では、自由主義は、その内部に、それ自身に対する原理的、超越的批判を絶えず組み込んでおかない限り、とんでもない俗物精神に転化するしかないのである。

いずれにせよ、「先進」諸国の公共空間では、当分ユートピアの電圧は低下したまま推移するであろう。それに代わって、自由主義と市場経済の低俗さに飽き足らない心情は、行くあてもなく、群小の新興宗教やカルト集団などのなかで、ますます奇形的な夢を紡ぐことになるのであろう。

素晴らしく透徹した認識。

実はこのあとがきを先に読んで、通読する気になった。

しかし中盤で、プラトン『国家』を全体主義的ユートピアの例として挙げているのは極めて不適切に感じる。

カール・ポパーが『開かれた社会とその敵』という著作で、プラトンを全体主義の祖として非難していることは、無知な私でも仄聞しているが、それに準じる形で何の留保も付けずそう記すのは、上記引用文とも整合的ではない。

コーンハウザーの社会の四類型を使えば、「多元的社会」から「大衆社会」、さらには「全体主義社会」への転落がほとんど必然とも思えるほど、歴史上に醜い惨劇が満ち満ちている以上、「多元的社会」を無条件で善と見なすのを止め、「共同体的社会」を可能な限りそのまま維持して「多元的社会」への移行を阻止すべきだという考えが生まれてきて当然である。

その「共同体的社会」を維持するための規制や拘束や束縛を、「全体主義社会」の抑圧と同一視するのは完全に倒錯している。

プラトンの思想もその文脈に沿って理解されるべきであり、むしろ自由民主主義への平板な肯定と民意への安易な信頼こそが、全体主義を生み出す素だと考えるべき。

むしろ以下の文章を読むと、われわれ民衆という生き物は、2500年前から何の反省も自己懐疑も無しに同じ過ちをますます大規模かつ深刻に繰り返して来ているんだなと思わざるを得ない。

「民主制国家は何を善と規定していると言われるのですか?」

「<自由>だ」とぼくは言った、「じっさい、君はたぶん、民主制のもとにある国で、こんなふうに言われているのを聞くことだろう――この<自由>こそは、民主制国家がもっている最も善きものであって、まさにそれゆえに、生まれついての自由な人間が住むに値するのは、ただこの国だけである、と」

「ええたしかに」と彼は言った、「そういう言い草は、じつにしばしば人々の口にするところですね」

「では、いま言いかけていたように」とぼくは言った、「そのようなことへのあくことなき欲求と、他のすべてへの無関心が、ここでもこの国制を変化させ、僭主独裁制の必要を準備するのではないだろうか?」

「どのようにしてですか?」と彼はたずねた。

「思うに、民主制の国家が自由を渇望したあげく、たまたまたちのよくない酌人たちを指導者に得て、そのために必要以上に混じりけのない強い自由の酒に酔わされるとき、国の支配の任にある人々があまりおとなしくなくて、自由をふんだんに提供してくれないような場合、国民は彼ら支配者たちをけしからぬ連中だ、寡頭制的なやつだと非難して迫害するだろう」

「ええ、たしかにそういう態度に出るものです」と彼は答えた。

「他方また」とぼくはつづけた、「支配者に従順な者たちを、自分から奴隷になるようなつまらぬやつらだと辱めるだろう。個人的にも公共的にも賞賛され尊敬されるのは、支配される人々に似たような指導者たち、支配者に似たような被支配者たちだということになる。このような国家においては、必然的に、自由の風潮はすみずみにまで行きわたって、その極限に至らざるをえないのではないかね?」

「そうならざるをえないでしょう」

・・・・・・・

「そういうことのほか」とぼくは言った、「次のようなちょっとした状況も見られるようになる。すなわち、このような状態のなかでは、先生は生徒を恐れて御機嫌をとり、生徒は先生を軽蔑し、個人的な養育掛りの者に対しても同様の態度をとる。一般に、若者たちは年長者と対等に振舞って、言葉においても行為においても年長者と張り合い、他方、年長者たちは若者たちに自分を合わせて、面白くない人間だとか権威主義者だとか思われないために、若者たちを真似て機智や冗談でいっぱいの人間となる」

「ほんとうにそうですね」と彼。

・・・・・・・

「すべてこうしたことが集積された結果として」とぼくは言った、「どのような効果がもたらされるかわかるかね――つまり、国民の魂はすっかり軟らかく敏感になって、ほんのちょっとでも抑圧が課せられると、もう腹を立てて我慢ができないようになるのだ。というのは、彼らは君も知るとおり、最後には法律さえも、書かれた法であれ書かれざる法であれ、かえりみないようになるからだ。絶対にどのような主人をも、自分の上にいただくまいとしてね」

「よく知っています」と彼は言った。

「それではこれが、友よ」とぼくは言った、「僭主独裁制がそこから生まれ出てくる、かくも立派で誇り高い根源にほかならないのだ。ぼくの考えではね」

「たしかに誇り高くはありますね」と彼は言った、「しかし、それから後はどうなるのですか?」

「寡頭制のなかに発生してその国制を滅ぼしたのと同じ病いが」とぼくは言った、「ここにも発生して、その自由放任のために、さらに大きく力強いものとなって、民主制を隷属化させることになる。まことに何ごとであれ、あまりに度が過ぎるということは、その反動として、反対の方向への大きな変化を引き起こしがちなものだ。季節にしても、植物にしても、身体にしても、みなそうであって、そして国家のあり方においても、いささかもその例外ではない」

「当然そうでしょう」と彼。

「というのは、過度の自由は、個人においても国家においても、ただ過度の隷属状態へと変化する以外に途はないもののようだからね」

「たしかにそれは、当然考えられることです」

「それならまた、当然考えられることは」とぼくは言った、「僭主独裁制が成立するのは、民主制以外の他のどのような国制からでもないということだ。すなわち、思うに、最高度の自由からは、最も野蛮な最高度の隷属が生まれてくるのだ」

プラトン『国家 下』より)

非常に読みやすい。

中盤の具体的事例はあまりメモしなかったが、それなりに有益。

それより全般的史観の点で教えられるところが多い。

しかも高校レベルでも十分取り組める難易度。

お勧めします。

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引用文(豊﨑由美1)

豊﨑由美『ニッポンの書評』(光文社新書)より。

粗筋や登場人物の名前を平気で間違える。自分が理解できていないだけなのに、「難しい」とか「つまらない」と断じる。文章自体がめちゃくちゃ。論理性のかけらもない。取り上げた本に対する愛情もリスペクト精神もない。自分が内容を理解できないのは「理解させてくれない本のほうが悪い」と胸を張る。自分の頭と感性が鈍いだけなのに。そういう劣悪な書評ブロガーの文章が、ネット上には多々存在する。それが、わたしのざっと読んでみての感想です。

不思議でならないのですが、匿名のブログやAmazonのカスタマーレビュー欄で、なぜ他人様が一生懸命書いた作品をけなす必要があるのでしょうか。卑怯ですよ。他人を批判する時は自分の本当の顔、どころか腹の中の中まで見せるべきでありましょう。都合が悪くなれば証拠を消すことのできる、匿名ブログという守られた場所から、世間に名前を出して商売をしている公人に対して放たれる批判は、単なる誹謗中傷です。批判でも批評でもありません(精読と正しい理解の上で書かれた批判は、この限りではありません。というのも、そういう誠実な批判の書き手の文章は、たとえ匿名であっても“届く”ものになっているからです。届く文章は、前段で挙げた劣悪な批判がまとう単なる悪口垂れ流しムードから逃れ批評として成立しうるものです)。

批判は返り血を浴びる覚悟があって初めて成立するんです。的外れなけなし書評を書けば、プロなら「読めないヤツ」という致命的な大恥をかきます。でも、匿名のブロガーは?言っておきますが、作家はそんな卑怯な“感想文”を今後の執筆活動や姿勢の参考になんて絶対にしませんよ。そういう人がやっていることは、だから単なる営業妨害です。

「まともなリテラシーを備えたブログ読者は低レベルの悪口書評なんか真に受けない」「コメント欄を設けているんだから、被害を受けた作家やその作品を擁護したい読者はそこで反論すればよい」という意見は一見もっともなようですが、「まともなリテラシーを備えないブログ読者も多々存在する」「なんで作者自身が、そんな程度の低いブログのとこまでいって、わざわざ反論なんていう面倒臭いことをしなきゃならないのか。そもそも、その書き手は当該作品を誤読、もしくは全然読めてないのだから、議論は不毛に終わるに決まっている」と答えておけば十分でしょう。

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これまでやってきたように、ネット上からいろんなタイプの評を拾い、引用しながらブログ書評について考えてみたいと思っていたのですが、それは編集部からストップがかかりました。素人の原稿を勝手に引用するのは問題があるのだそうです。ほら、守られてるじゃん。ブログで書評を書いている皆さん、あなたがたは守られてるんです。安全地帯にいるんですよ。そして、安全地帯に身をおきながらでは批評の弾が飛び交う戦争に参加することはできないのですよ。

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「何を書いてもオレの自由じゃん」

そのとおりです。けれど、自由の怖さや自由が内包する不自由さを自覚しない人間は、ただの愚か者とわたしは思います。

この前の、『ローマ人の物語』最終巻の記事でちょっと言い過ぎたかなと思いまして、主に小説を念頭に置いたものですがこの文章を引用しました。

自分のことを振り返ると忸怩たるものがあります。

ここ2、3年では、「酷評」に近い内容の記事でも、「こちらの感覚の方がおかしいのかもしれない」ということを少しは滲ませた書き方をしているつもりなんですが・・・・・(例えばこの記事とか)。

いずれにせよ、十分自戒したいと思います。

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