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西部邁 『大衆への反逆』 (文芸春秋)

1983年刊。

西部氏の最初の評論集。

本書は、結局、高坂正堯氏の『外交感覚』(中央公論社)と並んで、大学時代に一番頻繁にページを手繰った本だと思う。

全体が五部に分かれていて、第1部は「状況」。

最初にロッキード事件で逮捕された田中角栄元首相の裁判という時事的話題に民主主義(批判)論を絡めた文章がある。

これも含蓄があるが、素晴らしいのがそれに続く、十数編の短い思想的エッセイ。

何度も何度も読み返して、今に至るまで自分の物の考え方に強い影響を受けていると思う。

第2部「知識人」では、「“高度大衆社会”批判」と題された、冒頭のオルテガ論が圧巻。

本書の核心とも言える文章。

オルテガの著作を縦横に引用しながらの、精緻かつ迫力ある力強い文体にひたすら圧倒される。

続くマルクス、レヴィ=ストロース、ハイエク、ケインズらについてのエッセイも高尚かつ実に有益。

この記事で一部を引用済み。)

第三部「体験」で、大平正芳首相のブレーン機構で著者が報告したテキストに加えて、著者の人生の興味深い断片がいくつか記されている。

その中でも、在日朝鮮人の親友との交友を語った、特に印象深い「不良少年U君」という文章については、別に、『友情 ある半チョッパリとの四十五年』(ちくま文庫)という、これまた素晴らしく感動的な本があります。

第四部「書籍」では、三つの書評が載せられているが、最後の、新自由主義者ミルトン・フリードマンの著『選択の自由』を強く批判した文章が最も面白い。

こちらで一部を引用済み。)

最後の第五部「文明」では、まず「文明比較の構造  ひとつの日本主義批判」という硬い論文がある。

西部氏の著作は、『知性の構造』(角川春樹事務所)という、私程度では絶対に手に負えない、完全に別レベルの抽象性を持つ作品を別にすれば、ほとんどが明晰かつ平明であり、(素直に読み取り学ぶ気持ちさえあれば)容易に理解できるものばかりなのですが、この論文は、T・パーソンズのAGIL図式がどうこうというような文章が出てきてやや難解。

とは言え、日本・米国・西欧・ソ連の各社会を比較・分析し、経済大国としての絶頂期にあった日本を大衆社会論の観点から批判する論文は、わからなければわからないなりに読み通せば、それなりに有益です。

末尾の「反進歩への旅」と題された紀行文もずしりと胸にこたえるものがある。

その中盤、自らの思想的立場を説明した文章は、7、8ページに亘りますが、可能ならば全文を引用したいくらい、あまりにも深い内容に満ちています。

久しぶりに、一字一句飛ばすことなく再読してみたんですが、やはり素晴らしい。

この方は、表面的に、野卑で粗暴な単細胞・脊髄反射的右派と同じ主張をしているように見える時があったとしても、実際には、この十年で異常繁殖した、群集心理と市場原理に対する警戒を最初から放棄した自称「保守」派とは、根本的に全く異なった次元にいる。

最初に強い違和感や拒否反応を覚える人でも(私もそうでした)、機会があれば是非本書を含め、その著作を手に取ってみて下さい。

保守化の意味するもの

名は体を表すとはいうものの、保守および革新という名称くらい虚なるものも少ない。エスタブリッシュメントを守護するか打倒するかという対立が両者を分け隔てるとはいわれるものの、肝心の確立された体制なるものが何を意味するかということになると、その答えはたいして分明ではない。私思うに、枝葉を切り落としていえば、既成の体制とは進歩のイデオロギーを中心にして構成された価値世界のことである。資本主義と社会主義、競争と統制、自由と平等、効率と公正などの組み合わせ方において種々の差異はあるけれども、新しき変化の創造が善き事態へむけて進むであろうと楽観する点において、洋の東西(または南北)をとわず、そして党派の左右(または大小)をとわず、価値世界は単色である。

進歩と革新とはたがいに同義なのであるから、保守派とは革新体制を守る人々であり、革新派とは革新体制に逆らう人々であるということになろうか。このなんとも珍妙な語義にもとづいて、私たちは隣人を分類しあっているわけなのである。近年にわかに迸(ほとばし)り出した保守化の潮流においても、その底層をみれば、進歩のイデオロギーが動かず澱んだままでいる。ただ表層において、平和主義から軍国主義への、防衛的態度から攻撃的態度への、母性的心性から男性的心性への移行などがやかましく波立っているにすぎない。

この移行は人間理解を性善説から性悪説へ乗り換える企てなのであろう。説というほどに体系だてられた見解は少ないから、それはむしろ気分の問題なのかもしれない。時代の閉塞につれて気分が愉快から不快へ転落しているということである。いずれにせよ、これら両極端の説や気分が「すべてを単純化する恐ろしい人間」ブルクハルト)から発せられるものであることに間違いはない。

事態の不穏な成り行きを懸念する人々は、善悪あわせのむべく、現実主義の方向において気分を中和しようとする。レアリズムとは、その本来の語義が示すように、事態を「モノのようにとらえる」やり方である。もっといえば、現実をモノのごとき固さをもって肯定することである。しかし私たちの気分の落ち着きのなさが、進歩のイデオロギーによって醸成された幸福や平等やなにやかやといった幻影にたいする嫌悪であり不安であるのだとしたら、レアリズムのもつ肯定的な響きは私たちの気分と共鳴しない。他方、理想主義がユートピアを、つまり「何処にもない国」を、あれこれ提出してくれたとてどうにかなるものでもない。それら仮想世界と現実世界との距離が大きすぎるからではない。それだけならば、仮想世界へ一歩一歩と気長に進めばよいのだから。どこにもないような立派な国を構想し、ましてやそこに向かって着実に前進していくに必要な資質を決定的に欠いているのではないかという思い、それが私たちを不安にしているのであろう。

自分たちが知的にも道徳的にも不完全であることを知る苦痛はすでにして進歩主義にたいする疑惑である。その意味でならば、いま進行している保守化の流れは首肯されるべき自己覚醒の可能性をはらんだものといえる。しかし見渡すところ、その疑惑は深められずに、不安ゆえの勇気、疑惑ゆえの確信をポーズする回路へ短絡しているようである。

保守主義の本来の含意は進歩にたいする徹底した懐疑ということにあったはずである。革新にもとづいて進歩していくということを信じるには、それをつくり出す当の本人たちが余りにも不完全なのではないかという自己懐疑が、保守主義の真髄だったはずである。変化にたいする消極性と裏腹になって、保守主義者の積極性はまずもって自分および自分たちへのひたすらな懐疑として示されるのである。懐疑とは、この場合、優柔不断とか自己憐憫とはおよそかけはなれた態度のことである。スケプティシズムの元来の語義そのままに、それは「考察すること、探究すること」を意味する。

したがって、保守的懐疑主義は右翼の党派にありがちな復古主義とも異なっている。不完全な自分たちがかろうじてみつけうる住み処は歴史の大地のなかにしかないと見当をつけた上で、次にその大地の中から保守すべき耐久の足場を、つまり伝統を、いかに発見するかという努力を持続させうるか否かによって、保守における反動主義と懐疑主義が区別される。また懐疑の真偽は、懐疑の努力じたいにたいしても懐疑をそそぐかどうかにかかっている。懐疑にこめられる知識や気分や利害の総体についても考察し探究するということである。

こういう努力がやすやすと実行されるとは思えないが、その予想される困難の前にすっかりたじろぎ、ついに懐疑することを放棄してしまった人々が大衆とよばれるのであろう。この大衆の定義はド・トックヴィルやミルやオルテガによる最も良質な大衆論の意を汲みとるものだと思われる。大衆とは資産を持たぬ人々のことでもないし指導される人々のことでもないし、教育をうけぬ人々のことでもない。懐疑の心性を失った人々の支配が進んで受容されるような価値世界、あるいは価値喪失の方向に止むことなく進みつづける世界が大衆社会である。かれらの信奉する進歩のイデオロギーの司祭たちが、たとえば有名な政治家が、高名な学者が、著名な経営者が大衆であってむしろ自然なのである。

現在の保守化にたいして、私が強い抵抗を感じるのは、福祉削減や軍備拡張や憲法改正やについて私の代案があるからなのではない。様々の自称改善策がいとも手軽に自信ありげ主張されるという、いわば保守主義の大衆化が、率直にいって、怖いのである。マイネッケによれば、ヒットラーはいったそうである。「宗教だって? 神だって? 恐怖政治こそ最上の神だ。このことは、現在ロシア人においてみられる。さもなければ、ロシア人はこんなに戦うことはないだろう」と。美しいパンドーラの運んできた手匣を不注意に開いてしまえば、数限りない災厄が飛び出し、あわてて蓋をしても、あとには希望だけが空しく封じこめられてしまったという神話のことが思い出される。人間はいつまでもパンドーラに惚れたエピメーテウスのごときもの、つまり「後から思うもの」にすぎないのか。兄のプロメテウスには、つまり「先に思うもの」にはなれないのか。

おおいにそうなのかもしれない。しかし、たとえ後知恵であっても考えないよりはましであろう。それに、私たち大衆人にそれしか能力がないのだとしたら仕方のないことでもある。エスタブリッシュされた制度の、人間の、言説の意味をしつこく解釈し直す営みのなかから自分自身を再発見するという媒介項を経るのでなければ、今の保守化にみられるような国家の再発見はいずれ人間不在の国家を産み落とさずにはいないであろう。

(毎日新聞 昭和五十六年一月十九日号)

上記引用の文章は、それが書かれた1981年におけるよりも、三十余年を経た現在の方が、はるかに切実かつ深刻な意味を持っていると思います。

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