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谷喬夫 『ヒムラーとヒトラー  氷のユートピア』 (講談社選書メチエ)

2000年刊。

著者の下のお名前は「たかお」とお読みするそうです。

本書において、20世紀は世俗的イデオロギー(擬似宗教)をめぐる宗教戦争の時代と捉えられる。

18、19世紀以後、啓蒙時代に社会の意味と共存していた理性が、自然科学の発達と共に対象の数量化のみに係わる「道具的理性」に変質し、世界全体の意味との結びつきを失う。

社会的には、伝統的信仰を失い、情緒的・欲動的・非合理的に行動する大衆が台頭し、彼らは技術合理的産業社会の成果に依拠しながら、ナショナリズム・社会ダーウィン主義・人種主義などの擬似宗教にのめり込む。

それら低劣なイデオロギーを煽るブラック・ジャーナリズムがほとんど制限無しに許容され、大衆・モッブ(無頼の徒)をますます悪質な存在にしていく。

こうして科学と非合理的イデオロギーが矛盾せずに共存、「文明の再野蛮化」ともいうべき事態が進行。

ナチズムの持つ合理性はあくまで19世紀進歩思想の後継者であり、無限の進歩と完璧な社会を目指す意味では両者は同根。

(しかしここで著者がナチズムの特性として「反近代」という言葉を用いていることには違和感を持った。)

19世紀の科学技術発展が物質的繁栄を導き民主化が進行、加えて帝国主義の風潮が高まる。

それらを支持したのは産業社会形成により解放された、ブルジョワジーより下の階層に属した大衆であり、こうして社会全体の欲望が無限に解放されたが、同時に不平不満も鬱積。

民主化により、大衆・モッブの意向を無視して何事も行い得なくなり、彼らが俗流ダーウィン主義や人種理論に染まれば、それを止める手段が全く存在しなくなってしまう。

有史以来、何千年も人間精神を律してきた宗教的信仰が後退すると、大衆は即、このような醜悪な世俗的イデオロギーに捕われたわけである。

加えて、君主や貴族の消滅は、野卑で粗暴なナショナリズムを振りかざす大衆による、史上最悪の殺戮戦争に繋がった。

「自由・平等・進歩・革新・デモクラシー・世論・民意・合理・世俗化・個人主義」と「宗教・伝統・慣習・保守・世襲原理・身分制秩序」を比べて、どちらが全体主義と親和的かと尋ねたら、通俗的イメージからして、ほぼ全ての人が後者だと言うでしょうが、本当は全く逆なんですよね。

むしろ後者の抑制要素を破壊し続け、前者の奇麗事に身の程知らずに没入した民衆が全体主義を生み、世界戦争を引き起こしたと言うべき。

とは言え、(本当に無念で嫌悪すべきことですが)やはり民主化は歴史の必然ですから、もう人類に救いの道は無いでしょう。

あと200年程もてばいい方じゃないでしょうか。

全般的思想的解釈の後、ドイツ史の具体的事例が叙述される。

気になったところを何点か取り上げると、まずナチ支持者の中での若年層の比率の高さが指摘されていた。

100年以上の単位でなくても、わずか一世代で、古い世代の伝統的信仰を「迷信」と嘲笑った若年層が、自分たちはそれより遥かに醜悪な擬似宗教を軽信して、その愚かさに気付きもしないという現象が見られるのは興味深い。

上述の対比に「若さ」と「老成」も加えるべきでしょうか。

あと、人種至上主義のヒトラーは国家そのものには決定的重要性を認めず、この点でドイツの伝統とは完全に異質だと述べられている。

考えてみれば、ヒトラーの人種主義をナショナリズムの現われと誤認した保守派の致命的錯誤がドイツを破滅に導いたとも言える(ニッパーダイ『ドイツ史を考える』ナチについてのメモ その5)。

さらに具体的記述でナチ親衛隊組織について。

頂点に親衛隊帝国指導者兼ドイツ警察長官のハインリヒ・ヒムラーがいる。

その下に作戦本部と帝国保安本部があり、作戦本部下に一般親衛隊と武装親衛隊が存在し、武装親衛隊にいわゆる髑髏部隊が属する。

帝国保安本部から保安部(SD)と特別行動隊(アインザッツグルッペン)とジポ(保安警察)が分かれ、ジポの下に悪名高いゲシュタポ(秘密国家警察)がある。

あとは、反ユダヤ主義と生存圏構想、戦時の東方住民強制移住や「最終的解決」についてあれこれ述べられているが省略。

本文はここまでだが、あとがきに以下の重要な文章がある。

ナチズムを批判しつつコミュニズムを擁護するという進歩主義が完全に破綻したことを記したあと、

ナチズムとコミュニズム、すなわち、人種・民族のユートピアとプロレタリアート世界革命の国際主義ユートピアは、なるほど人類の歴史にかつてない蛮行の痕跡を残した。それでは、今日そのどちらも批判的に考察しうる立場は、巷にいわれるように、両者に勝利した自由主義と市場経済ということになるのであろうか。しかし、思想的にみた場合、自由・民主主義は、フランシス・フクヤマ(『歴史のおわり』・・・・)のいうように、歴史の終焉を意味するほど普遍的かつ魅力的な思想なのであろうか。

わたしは、昨今の自由主義と市場経済の生み出した精神とは、競争と効率の物神化、生を金と名誉に還元する俗物根性の肯定でしかないのではないか、という疑念を払拭することができない。なるほど自由主義が伝統を有する所では、リベラリズムには、大衆民主主義にはない精神の自立性と優れた秩序感覚が継承されている。

しかしわが国のように(同じような国が多数派だと思うが)、リベラルな細胞を発見するためには、顕微鏡でも覗かねばならないような所では、自由主義が単なるエゴイズムの代名詞にしかならない可能性は限りなく大きい。わが国では、自由主義は、その内部に、それ自身に対する原理的、超越的批判を絶えず組み込んでおかない限り、とんでもない俗物精神に転化するしかないのである。

いずれにせよ、「先進」諸国の公共空間では、当分ユートピアの電圧は低下したまま推移するであろう。それに代わって、自由主義と市場経済の低俗さに飽き足らない心情は、行くあてもなく、群小の新興宗教やカルト集団などのなかで、ますます奇形的な夢を紡ぐことになるのであろう。

素晴らしく透徹した認識。

実はこのあとがきを先に読んで、通読する気になった。

しかし中盤で、プラトン『国家』を全体主義的ユートピアの例として挙げているのは極めて不適切に感じる。

カール・ポパーが『開かれた社会とその敵』という著作で、プラトンを全体主義の祖として非難していることは、無知な私でも仄聞しているが、それに準じる形で何の留保も付けずそう記すのは、上記引用文とも整合的ではない。

コーンハウザーの社会の四類型を使えば、「多元的社会」から「大衆社会」、さらには「全体主義社会」への転落がほとんど必然とも思えるほど、歴史上に醜い惨劇が満ち満ちている以上、「多元的社会」を無条件で善と見なすのを止め、「共同体的社会」を可能な限りそのまま維持して「多元的社会」への移行を阻止すべきだという考えが生まれてきて当然である。

その「共同体的社会」を維持するための規制や拘束や束縛を、「全体主義社会」の抑圧と同一視するのは完全に倒錯している。

プラトンの思想もその文脈に沿って理解されるべきであり、むしろ自由民主主義への平板な肯定と民意への安易な信頼こそが、全体主義を生み出す素だと考えるべき。

むしろ以下の文章を読むと、われわれ民衆という生き物は、2500年前から何の反省も自己懐疑も無しに同じ過ちをますます大規模かつ深刻に繰り返して来ているんだなと思わざるを得ない。

「民主制国家は何を善と規定していると言われるのですか?」

「<自由>だ」とぼくは言った、「じっさい、君はたぶん、民主制のもとにある国で、こんなふうに言われているのを聞くことだろう――この<自由>こそは、民主制国家がもっている最も善きものであって、まさにそれゆえに、生まれついての自由な人間が住むに値するのは、ただこの国だけである、と」

「ええたしかに」と彼は言った、「そういう言い草は、じつにしばしば人々の口にするところですね」

「では、いま言いかけていたように」とぼくは言った、「そのようなことへのあくことなき欲求と、他のすべてへの無関心が、ここでもこの国制を変化させ、僭主独裁制の必要を準備するのではないだろうか?」

「どのようにしてですか?」と彼はたずねた。

「思うに、民主制の国家が自由を渇望したあげく、たまたまたちのよくない酌人たちを指導者に得て、そのために必要以上に混じりけのない強い自由の酒に酔わされるとき、国の支配の任にある人々があまりおとなしくなくて、自由をふんだんに提供してくれないような場合、国民は彼ら支配者たちをけしからぬ連中だ、寡頭制的なやつだと非難して迫害するだろう」

「ええ、たしかにそういう態度に出るものです」と彼は答えた。

「他方また」とぼくはつづけた、「支配者に従順な者たちを、自分から奴隷になるようなつまらぬやつらだと辱めるだろう。個人的にも公共的にも賞賛され尊敬されるのは、支配される人々に似たような指導者たち、支配者に似たような被支配者たちだということになる。このような国家においては、必然的に、自由の風潮はすみずみにまで行きわたって、その極限に至らざるをえないのではないかね?」

「そうならざるをえないでしょう」

・・・・・・・

「そういうことのほか」とぼくは言った、「次のようなちょっとした状況も見られるようになる。すなわち、このような状態のなかでは、先生は生徒を恐れて御機嫌をとり、生徒は先生を軽蔑し、個人的な養育掛りの者に対しても同様の態度をとる。一般に、若者たちは年長者と対等に振舞って、言葉においても行為においても年長者と張り合い、他方、年長者たちは若者たちに自分を合わせて、面白くない人間だとか権威主義者だとか思われないために、若者たちを真似て機智や冗談でいっぱいの人間となる」

「ほんとうにそうですね」と彼。

・・・・・・・

「すべてこうしたことが集積された結果として」とぼくは言った、「どのような効果がもたらされるかわかるかね――つまり、国民の魂はすっかり軟らかく敏感になって、ほんのちょっとでも抑圧が課せられると、もう腹を立てて我慢ができないようになるのだ。というのは、彼らは君も知るとおり、最後には法律さえも、書かれた法であれ書かれざる法であれ、かえりみないようになるからだ。絶対にどのような主人をも、自分の上にいただくまいとしてね」

「よく知っています」と彼は言った。

「それではこれが、友よ」とぼくは言った、「僭主独裁制がそこから生まれ出てくる、かくも立派で誇り高い根源にほかならないのだ。ぼくの考えではね」

「たしかに誇り高くはありますね」と彼は言った、「しかし、それから後はどうなるのですか?」

「寡頭制のなかに発生してその国制を滅ぼしたのと同じ病いが」とぼくは言った、「ここにも発生して、その自由放任のために、さらに大きく力強いものとなって、民主制を隷属化させることになる。まことに何ごとであれ、あまりに度が過ぎるということは、その反動として、反対の方向への大きな変化を引き起こしがちなものだ。季節にしても、植物にしても、身体にしても、みなそうであって、そして国家のあり方においても、いささかもその例外ではない」

「当然そうでしょう」と彼。

「というのは、過度の自由は、個人においても国家においても、ただ過度の隷属状態へと変化する以外に途はないもののようだからね」

「たしかにそれは、当然考えられることです」

「それならまた、当然考えられることは」とぼくは言った、「僭主独裁制が成立するのは、民主制以外の他のどのような国制からでもないということだ。すなわち、思うに、最高度の自由からは、最も野蛮な最高度の隷属が生まれてくるのだ」

プラトン『国家 下』より)

非常に読みやすい。

中盤の具体的事例はあまりメモしなかったが、それなりに有益。

それより全般的史観の点で教えられるところが多い。

しかも高校レベルでも十分取り組める難易度。

お勧めします。

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