カテゴリー「アメリカ」の28件の記事

デイヴィッド・ハルバースタム 『ベスト&ブライテスト  下 アメリカが目覚めた日』 (二玄社)

最終巻。

南ヴェトナムへの地上軍派遣をめぐる論争から下巻は始まる。

マクスウェル・テーラーが駐南ヴェトナム大使となり、統合幕僚本部議長はアール・ホイーラーが就任。

文民統制があっても、文官の国防インテリが好戦派だったため、悲劇を防ぐことはできず。

この時期、最も効果的に軍事介入に反対したのは国務次官のジョージ・ボール。

著者は彼をハト派というより欧州重視の現実主義者で、民主党内でアチソンの強硬路線とスティーヴンソン、ボールズのリベラル路線の中間に位置する人物としている。

その他、議会の有力議員であるフルブライトとマンスフィールド、副大統領のハンフリーも懐疑派であり、強硬派だったテーラー自身、北爆には賛成だが、地上軍派遣には反対の立場。

大統領リンドン・ジョンソンにも迷いが見られた。

1965年2月からの北爆は当初地上軍派遣回避のための手段とされたが、ハノイの態度は変化せず、かえって北ヴェトナム軍の南への浸透が激しくなり、現地指揮官ウェストモーランドに押し切られる形で、65年3月海兵隊がダナンに上陸。

これまでの南ヴェトナム軍に随行し指導する軍事顧問団と違って、地上戦闘部隊の派遣はこれが始めて。

同年4月に行なわれたドミニカへの軍事介入がさしたる支障もないまま成功したことも、介入への楽観論を助長した。

当初は北爆のための空軍基地防衛が任務とされたが、後には沿岸部拠点確保と限定的攻勢を経て、内陸部への索敵攻撃へとなし崩し的に任務が拡大される。

陸海空三軍はそれぞれの役割拡大のみを重視し、長期的総合的視野で政府に進言することが無かった。

南ヴェトナムでの事態はますます悪化し、65年末には政策の主導権は軍部に移り、最大で50万人超の米軍が派遣されながら、完全な泥沼化の状況を呈する。

ジョンソン大統領は孤立し、秘密主義の傾向が著しくなり、政権内部にも綻びが目立つようになる。

国務長官ラスクと駐南ヴェトナム大使バンカーが依然強硬論を貫き通したのに対し、66年補佐官マクジョージ・バンディが辞任、確信的な強硬派ロストウに代る。

同年ジョージ・ボールも辞任。

67年穏健化し軍事的ディスカレーションを模索した国防長官マクナマラが事実上更迭され、クラーク・クリフォードが就任。

68年テト攻勢により楽観論の誤りが白日の下に晒され、同年の大統領選で懐疑派のユージン・マッカーシー、ロバート・ケネディが出馬する中、ジョンソンは北爆停止と自身の出馬断念を発表。

結局民主党候補にはハンフリーが指名されるが、共和党候補ニクソンが辛勝。

本書は1972年までが叙述範囲であり、73年ニクソン、キッシンジャーがパリ和平協定に調印、米軍は撤退するが、著者の筆致は両者に対してもかなり厳しいものとなっている。

量は多いが内容はなかなか良く、比較的読みやすいと思う。

訳文もよくこなれている。

とにかく登場人物の描写が極めて巧みで、人物像の明快なイメージが深く脳裏に刻み込まれるのがよい。

それがあまりに流暢なのである種の単純化があるんではないかと、かえって警戒心を持つくらい。

これだけ知名度が高いのも頷ける出来。

ただアメリカの介入過程を詳細に分析する本であり、北ヴェトナムの政策決定、南ヴェトナム政局の変遷、ヴェトナム戦争の結末についてはかなり手薄。

特に南のグエン・ヴァン・チュー政権についての説明が欲しかった。

本書のような視点ではなく、ヴェトコンによるテロ活動や北ヴェトナムの軍事的浸透をより批判的に扱った本ももちろん読めばいいと思うが、立場の相違に関わらず本書の有益さに変わりは無いと感じる。

情報量から言って、高校世界史のヴェトナム現代史をマスターしていても、それだけで取り組むのは少しきついかもしれない。

何でもいいから国際政治史の概説を一冊読んでおくことを勧める。

それから取り掛かれば、知識を大幅に伸ばすことができる有益な本だと思います。

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デイヴィッド・ハルバースタム 『ベスト&ブライテスト  中 ベトナムに沈む星条旗』 (二玄社)

この巻は、1962年から北爆直前の64年まで。

ここで高校レベルのヴェトナム現代史を確認。

1945年  ヴェトナム民主共和国独立宣言

1946年  インドシナ戦争

1949年  ヴェトナム国(バオ・ダイ)、フランス連合内で独立

1954年  ジュネーヴ協定(北緯17度線分割)

1955年  ヴェトナム共和国(大統領ゴ・ディン・ディエム)

1960年  南ヴェトナム解放民族戦線(ヴェトコン)結成

1961年  米ケネディ民主党政権

1962年  米軍事顧問団活動

ここまでが上巻の内容。

ちなみにヴェトナム戦争というのは開始時期がよくわからないという、珍しい戦争である。

1965年米国の本格的軍事介入の時点を採るのは狭義に過ぎるし、南ヴェトナム政権に対する、北ヴェトナムと南の反政府勢力による非正規・ゲリラ戦争という性質から、はっきりとした年代を挙げることは難しい。

『国際政治経済の基礎知識』(有斐閣)の該当項目では、57年・59年・61年などの説を挙げている。

63年11月、腐敗と専制によって支持基盤を著しく狭めていたゴー・ジン・ジエム(ゴ・ディン・ディエム)と弟ゴー・ジン・ヌーの南ヴェトナム政権が、ズォン・ヴァン・ミン将軍によるクーデタによって打倒される。

その直後、ケネディ暗殺、副大統領リンドン・ジョンソンが大統領に昇格。

64年はじめ、グエン・カーン将軍の再クーデタ、同6月ウィリアム・ウェストモーランドがヴェトナム援助軍司令長官に就任。

希望的観測と半ば意図的な情勢判断の歪み、一枚岩の共産勢力とドミノ理論の幻想などに突き動かされて、徐々にヴェトナムの泥沼に嵌まり込む米国の姿を容赦なく描いている。

政策担当者が、主観的には軍部の主張を鵜呑みにせず妥協的判断を下したつもりであっても、実際には知らず知らず政策選択の幅を狭められ勝算の極めて薄い軍事的エスカレーションの途に傾いていく様相に、非常に強い印象を受ける。

政治が常に正確な情報を把握し、文民統制を徹底させてリーダーシップを確保しておくことの重要性を痛感させられる。

本書でのケネディへの評価は両義的である。

軍事介入への第一歩を踏み出したのは間違いなくケネディの決断だが、暗殺前にはヴェトナムを軍事的問題と見做すのではなくその政治的側面を重視し、一部撤退を考慮していたとしている。

なお本書の大きな特徴として、話の本筋の途中でかなりのページを割いて登場人物の描写をしていることが挙げられる。

これが実に巧みで、人物像が即座に脳裏に刻み込まれる。

例えばこの中巻では、国務長官ディーン・ラスクの履歴を語ることで、米ソ冷戦史のおさらいをしてくれている。

この説明もわかりやすく、非常に上手い。

この部分でつくづく思うのが、ジョージ・ケナンという人の偉大さ。

甘い平和主義でも無思慮な好戦主義でもない、本当の良識と叡智に基づく穏健な政策の提唱者として、知れば知るほど敬意と好感を覚えます。

国際関係・外交カテゴリに入っているものと『レーニン・スターリンと西方世界』『二十世紀を生きて』など、ケナンの著作は手当たりしだいにお読みになることをお勧めします。

64年8月トンキン湾事件。

これは高校世界史でも、やや詳しく教えられる場合出てくるが、実際どんな事件だったのかはあまり関係書が無く、本書の記述は貴重。

北の攻撃に向かった南ヴェトナム哨戒艇に随伴していた米駆逐艦が北の魚雷艇と交戦。

米駆逐艦が南の海軍と共同作戦を取っていると北が認識していると暗号解読で知りながら、米軍は作戦を続行し第二次攻撃を受ける。

南ヴェトナム海軍との事実上の共同作戦という事実を隠し、米艦が一方的攻撃を受けたと発表、ジョンソン政権は議会に軍事介入権限を与えることを要請。

この時決議取りまとめに結局応じた上院外交委員長フルブライトはのちに強固な政権反対派となる。

64年末大統領選挙でジョンソンは、極右的な共和党候補ゴールドウォーターに圧勝。

ヴェトナム軍事介入の流れがますます強まる中、それを押し止めようとした懐疑派としてロバート・ケネディ(大統領の弟・司法長官)、アヴェレル・ハリマン、マイケル・フォレスタル(トルーマン時代の初代国防長官ジェームズ・フォレスタルの息子)、ジョージ・ボール、ダニエル・エルズバーグ、ロジャー・ヒルズマン、ヘンリー・カボット・ロッジ、ウィリアム・トルーハート、ニコラス・カッツェンバック、ポール・カッテンバーグなどの名が挙げられている。

武断派のジョンソン、マクナマラ、バンディ兄弟、ラスク、テーラーらにも意見の揺れは見られるし、マクナマラの下にいたジョン・マックノートンなど半ば懐疑派に近い人物もいた。

しかし、総体としては悲劇的な介入への決断に徐々に追い込まれていくところで、本巻は終わる。

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デイヴィッド・ハルバースタム 『ベスト&ブライテスト  上 栄光と興奮に憑かれて』 (二玄社)

アメリカのヴェトナム戦争介入の悲劇を描写した本。

翻訳は上・中・下の3巻構成。

版元はサイマル出版会→朝日文庫→二玄社と移動している。

私は、ジャーナリストの書いた時事的同時代史はあまり好きではないんですが、これは一種古典的著作として非常に有名であり、かなり以前から書名も知っていたので、この際一度読んでおくかと手に取る。

表題通り、「最良にして最も聡明」な進歩的ケネディ・ジョンソン政権のスタッフがヴェトナムの泥沼へと足を踏み入れる過程を非常に詳細に描いている。

もし10年前に読んだら、視点がリベラル派(というか正確にはハト派)寄り過ぎるかという感想を持ったかもしれないが、その後小ブッシュとネオコンが「アメリカの保守派に対して持っていた漠然とした敬意」を木っ端微塵にしてくれたので、今読むと違和感はほとんど感じない。

そもそもこの本の視点は、中道・リベラルの支持を受けて誕生したケネディ民主党政権が、国内政治で保守派および共和党の攻撃をかわすためと、アメリカの力への過信と過剰な使命感によって、オーバーコミットメントと軍事優先策にのめり込んだことを批判するというものなので、共和・民主両党の対立の中で、極端に党派的な印象は受けない。

(タカ派・ハト派で言えば、圧倒的にハト派的著作とは言えると思うが。)

予備知識としては、1945~53年トルーマン民主党政権下で米ソ冷戦が激化、49年中国共産化と50年朝鮮戦争が米国内でマッカーシズムという反共ヒステリーを生み、これが足枷となって中華人民共和国承認やむなしとする現実主義派や、第三世界のナショナリズムに理解を示すリベラル派が逼塞、1953~61年アイゼンハワー共和党政権では軍事的対応を優先し中立主義を敵視する硬直した反共政策(ダレス外交)が続くが、60年にケネディが副大統領だった共和党候補ニクソンを破って大統領に当選、社会風潮に変化の兆しが現われつつあると思われた、というようなことだけ理解しておけばよい。

あと、巻頭にある関係年表の事項と年代は、高校教科書の範囲内のものが多いので、大体記憶することが望ましい。

この上巻は1960年暮れ、ケネディ政権発足準備期から61年末南ヴェトナムへの軍事顧問団派遣まで。

以下、内容メモ代わりの登場人物リスト。

(あくまで私的知識と関心に基づいているので偏っていて網羅的ではないですが。)

ロバート・ロヴェット=トルーマン政権で一時国防長官。政権準備期のケネディにマクナマラ、ラスクなどを推薦。

ディーン・アチソン=トルーマン政権国務長官。フルブライトなどと並んで民主党内の伝統主義派。

チェスター・ボールズ=民主党内リベラル派の大物。ケネディ政権初期の国務次官。

アドレイ・スティーヴンソン=ヒューバート・ハンフリーと並んで民主党リベラル派の重鎮。52・56年の大統領選でアイゼンハワーに敗北。ケネディ政権では国連大使。(ファーストネームはアンドレイと書いてる本も見た覚えがある。)

ディーン・ラスク=ケネディ政権国務長官。定見とリーダーシップの無い人物として本書での評価は甚だ低い。

マクジョージ・バンディ=ケネディ政権国家安全保障担当大統領補佐官。同補佐官代理(のち国務省政策企画局長)のウォルト・ロストウ、中巻で詳しく扱われる国防長官ロバート・マクナマラと共にタイトル通りの「秀才エリート」だが、歴史的視野の無いしばしば不正確で意図的誤りを含む統計数字に基づいた、狭い範囲の合理性と効率性を盲信し、アメリカの国力(特に空軍力の効果)を過信し、思慮に欠ける軍事的積極策を採る人物として、本巻では批判の対象とされている。兄のウィリアム・バンディものちに民主党政権入り。

アヴェレル・ハリマン=ソ連専門家のベテラン外交官。第二次大戦終結時の駐ソ大使。鉄道王ハリマンの息子。米外交界の長老だが、ケネディ政権では当初無任所大使という低いポスト。ラオス中立化交渉をまとめる。賢明な自制を説く人物として、本書での記述は好意的である。

ジョン・デイヴィス、ジョン・サーヴィス、ジョン・ヴィンセント=マッカーシズムの中、「容共的」との嫌疑がかけられ国務省を追われたアジア専門家。

ジョセフ・オルソップ=国務省攻撃の最初の引き鉄を引いたタカ派ジャーナリスト。しかし後にマッカーシー批判者に。

マシュー・リッジウェイ=朝鮮戦争中のマッカーサー解任後の後任者。1954年アイゼンハワー政権時代、フランス敗北寸前に陸軍参謀総長として統合参謀本部議長ラドフォードらに反対、インドシナへの軍事介入を阻止する。この上巻では最も高く評価されている人物。

マクスウェル・テーラー=ケネディ政権では当初軍事問題担当大統領特使、後に統合参謀本部議長。南ヴェトナム訪問後に書いた報告が軍事顧問団派遣につながり介入の第一歩となったため、駐南ヴェトナム大使ノルディング、南ヴェトナム援助軍司令部ハーキンズ将軍などと並んで、極めて厳しく評価されている。

エドワード・ランズデール=空軍からCIAに出向したインドシナ専門家。当初は現実離れした楽観論を持つが後には南ヴェトナムのゴ・ディン・ディエム体制の問題点を直視する両義的人物といった描写だったと思う。

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細川道久 『カナダの歴史がわかる25話』 (明石書店)

初めて読むカナダ史単独の本。

カテゴリはやむを得ずアメリカにします。

この出版社からは「エリア・スタディーズ」と題して、『○○を知るための○○章』といったタイトルの本が国別に、ものすごい数が出ており、本書は書名は似ているがそれとは別のシリーズのようです。

本文が200ページ弱と短いし、非常に平易で読みやすい記述スタイル。

史書というより、歴史エッセイに近い体裁。

しかし、高校世界史では、カナダ史などは英仏植民地抗争の所と、大英帝国内の自治領成立だけしか触れられない状態ですから、ほぼ白紙状態の初心者が最初に読むにはこれくらいの本の方がいいでしょう。

一番平易な概略だけ確認すると、まず15世紀末英国王ヘンリ7世の命を受けたジョン・カボットがカナダ東岸を探検。

16世紀前半フランスのカルティエがセントローレンス川を探検、17世紀初頭にはシャンプランがケベックを建設、カナダはフランス勢力下に入る。

スペイン継承戦争とアン女王戦争後の、1713年ユトレヒト条約によってニューファンドランド島、アカディア(ノヴァスコシア)、ハドソン湾地方という周縁部がイギリス領に。

七年戦争とフレンチ・インディアン戦争後の、1763年パリ条約でケベックを中心とするカナダ本体もイギリス領に。

アメリカ独立戦争では本国への忠誠を守り、13植民地に荷担せず。

主要都市として、セントローレンス川沿いにケベックがあり、南に遡るとモントリオール。

トロントはさらに南、五大湖のオンタリオ湖西岸沿いにあり、トロントとモントリオールの間に首都のオタワがある。

中心はケベック州とオンタリオ州で、ケベック州にはフランス系住民が多く、分離独立の要求が根強くあった。

太平洋側のブリティッシュ・コロンビア州にもうすぐ冬期五輪が行われるヴァンクーヴァーがある。

1867年カナダ自治領成立。

初代首相ジョン・A・マクドナルド。

(他の首相として、19世紀末南アフリカ戦争時のローリエ、戦間期と第二次大戦時のキングの名前が出てくる。)

この自治領(ドミニオン)は内政自治権のみを持ち、外交・防衛はイギリス本国が依然権限を持っている。

1867年と言えば、アメリカは南北戦争が終了した直後で同年ロシアからアラスカを買収して南北双方でカナダと接し、イギリス本国では第2回選挙法改正、マルクスが『資本論』を刊行し、ドイツでは前年の普墺戦争を受けて、北ドイツ連邦結成、オーストリア・ハンガリー二重帝国成立、そして日本ではもちろん大政奉還があった年。

ちなみに1901年オーストラリアが、1907年ニュージーランドが、1910年南アフリカがそれぞれ自治領になっている。

これが1926年英帝国会議で本国と自治領の対等の地位が認められ、1931年ウェストミンスター憲章制定、独自の外交権も認められ、英帝国は英連邦に変わる。

今も、カナダは(オーストラリア、ニュージーランドと同じく)英国王を元首とする立憲君主制で、現地には総督が存在。

何年か前に、オーストラリアで共和制移行を問う国民投票があり否決されましたが、もちろんオーストラリア現地に王様がいるわけはなく、エリザベス女王を元首とするのを止めて大統領を選出するかどうかが問われたもの。

なお、カナダとイギリス、アメリカの三国関係について、ジョージ・ケナンが『アメリカ外交50年』で、19世紀のアメリカの安全は実質イギリスに依存しており、英海軍の力が欧州列強から新大陸を守っていた、そして英海軍自体がアメリカを害さない保証として、英帝国の一部であるカナダは絶妙な「人質」の役目を果たしていたという意味のことを書いていたのが記憶に残っている。

まあ、普通です。

最も初歩的な入門書としては悪くないんじゃないでしょうか。

しかし、次のカナダ史として何を読むべきかわかりません。

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秋元英一 『世界大恐慌 1929年に何がおこったか』 (講談社学術文庫)

アジア経済危機後の1999年に講談社選書メチエから出たものを、十年後、世界経済危機真っ最中の今年に文庫化したもの。

末尾の解説で、林敏彦(『大恐慌のアメリカ』(岩波新書)の著者)という人が、本書の特徴としてアメリカの大恐慌でも日本の昭和恐慌でもなく世界大恐慌を語っていることだと書いていて、確かにそう感じられるところもあるんですが、やはり叙述の中心的な視点は常にアメリカの置かれているようなので、カテゴリは近現代概説ではなくアメリカにします。

第一章がウォール街株価暴落の様相、それ以前の20年代アメリカ社会の繁栄、恐慌の原因論、フーヴァー政権の対応。

第二章で大恐慌下アメリカ社会の苦難の有様を描写。

第三章が銀行と信用システムの崩壊、経済再建策の系譜、金融システム再生のために採られた方法、金本位制からの離脱など。

第四章がニューディール政策の具体的対策・事業の記述。

第五章はケインズの大恐慌への見解、アメリカ財政政策の検討、日本の金融恐慌と高橋是清蔵相の手腕について。

それほど難解な内容ではなく、わかりやすく書かれているとは思うが、残念ながら私の能力では本書程度の叙述でも所々理解できない部分が出てくる。

文化史だけじゃなくて、経済史も本当に苦手なんですよね・・・・・。

細かなデータと因果関係の記述を読み解くのに苦労して、著者の評価や見解が明確に読み取れない。

幸い、エピローグで本書のまとめみたいな叙述がありますので、そこで復習しましょう。

ニューディール政策については、政治的にはとりあえず国民心理を安定させて左右の全体主義が台頭するのを防いだ功はあるが、純粋な経済対策としては失敗だったとの意見もあるようですが、本書では経済面でも比較的評価している方なのか?

すみません、私が理解した部分だけでは迂闊なことは言えませんので、実際にお読み下さい。

ただ、そんなに悪い本じゃないとは思います。

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土田宏 『リンカン 神になった男の功罪』 (彩流社)

今年2月の新刊。

『ケネディ 「神話」と実像』(中公新書)と同じ著者。

リンカーンは野口英世やらエジソンやらシュヴァイツァーやらと並んで子供向け偉人伝の定番で、一般向け伝記もやたらと数があります。

このブログでも関連本が、『リンカン』(岩波新書)『リンカーン』(中公新書)『戦争指揮官リンカーン』(文春新書)に本書を加えて4冊目ですか。

いきなり卑近過ぎることから始めますけど、「リンカン」て書くの何か変じゃないですか?

高校世界史の人名・地名表記では、ネルーがネールだったり、チトーがティトーだったり、カブールがカーブルだったり、バグダッドがバグダードだったりと、いろいろ戸惑わされたが、高校2年で配付された『新世界史』(山川出版社)で「リンカン」と書かれているのを読んだ時には驚いた。

原語ではそれが近いのかもしれないが、日本人は普通リンカーンのことリンカンなんて発音しないでしょう。

慣用としてリンカーンはリンカーンでいいんじゃないでしょうか。

(といって、ジェファソンは「ジェファーソン」と書くと何か間延びした感がして違和感があるのが不思議。)

閑話休題。

本書の冒頭、ワシントンのリンカーン記念堂で巨大な像に祀られ、完全に神格化されたリンカーンの姿を見た時の、著者の違和感が記されている。

完全に聖人扱いされ、アメリカの歴史家へのアンケートで最も偉大な大統領に選ばれたという内容が年に一回ほど新聞の国際面のベタ記事に載るのを見て、何か変だなあという印象を私も持つことがあった。

上記に挙げた本でも、中公新書の『リンカーン』は自らの正義に酔うことなく、可能な限り妥協と寛容の道を歩んだ穏健な現実主義者という肖像を描き出しているが、『戦争指揮官リンカーン』では、内戦の勝利をすべてに優先し南部での非道な焦土作戦(と書いたが、この言葉は攻める側では使わないのか)を黙認するマイナス面がかなり取り上げられている。

そうした感情への答えとして、リンカーンの生涯を探る本ではあるが、極端に偶像破壊的なものではなく、リンカーン個人の偉大な点は十分認めながらも聖人礼讃型の伝記にはなっていないといったところ。

中心的論題である、奴隷制に関する説明はまあまあ。

1820年ミズーリ協定、1850年カリフォルニア州昇格と逃亡奴隷取締りに関する妥協、1854年カンザス・ネブラスカ法、1857年ドレッド・スコット判決、1859年ジョン・ブラウンの反乱についての叙述は比較的わかりやすく、熟読して頭に入れるには適当。

リンカーン自身は奴隷制拡大反対論者であり、合衆国の統一維持を最優先に考え、急進的奴隷制廃止論とは常に距離を置いていたことは、高校世界史の範囲でも触れられているが、こういう微妙な立場についての説明も要を得ている。

なお、ミズーリ協定と1850年の妥協を成立させるのに努力したヘンリ・クレイと、南部支持の立場から強硬な州権論を唱えたジョン・カルフーン、それとは逆に州に対する連邦の優越を主張したダニエル・ウェブスターの存在が重視されているが、この3人は大統領に就任しなかった19世紀前半アメリカの有力政治家として名前を憶えておいた方が良い。

アンドレ・モロワ『アメリカ史 上・下』(新潮文庫)でも頻出する人名なので、それぞれの立場の違いを事前に頭に入れておいた方が理解しやすい。

全般的に無味乾燥な事実羅列型の伝記ではなく、著者独自の解釈を交えているので読みやすくはある。

例えば有名なゲティスバーグ演説で普通「人民」と訳されている部分を「国民」とし、普遍的なデモクラシーの宣言というより統一されたアメリカ連邦国家の継続性を主張するのが主眼だったとしているところなど(ややうろ覚え気味なのでニュアンスが違うかもしれませんが)。

版型が大きめでやや分厚く感じるが、通読してみるとそれほど長大だとは感じない。

下部に詳細な註が載っているが、本文の該当ページから離れて記されていることが多く、内容も煩瑣なものが少なくないと感じましたので、これはほとんど飛ばしました。

まあまあの内容だと思いますが、本体価格2500円と少々高いので、まずは図書館で在庫を探して下さい。

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D・A・シャノン 編 『大恐慌 1929年の記録』 (中公新書)

またまた随分な骨董品を持ち出してきて恐縮です。

初版が1963年刊、中公新書の通し番号が23という若さ。

巻末の既刊案内を見ると、三田村泰助『宦官』宮崎市定『科挙』増田義郎『古代アステカ王国』など、これまで紹介してきたロングセラーが並んでいる。

最初、世界恐慌に関する標準的な概説書を読むつもりで手に取ったのだが、目次を見て全く性質の違う本だと気付いた。

全編ほとんど、当時の新聞・雑誌・書籍からの引用で構成されている本で、恐慌の嵐に巻き込まれて困窮する労働者・農民・中産階級・学生・子供の生活実態を克明に描写している。

この手の本は、とにかく細部に引っ掛からず、ざっと読み通して大体の雰囲気と概況を知ることのみに目標を絞ることが必要です。

使用目的と読解方法さえ間違わなければ、初心者でも十分有益。

アメリカ史の参考史料として本書を読んでおくのも悪くない。

なお世界恐慌の標準的テキストとしては、ジョン・K・ガルブレイス『大暴落 1929』(日経BP社)や、チャールズ・キンドルバーガー『大不況下の世界』(東京大学出版会)でも読めばいいんでしょうが、私には今のところちょっと手が出ません。

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ロデリック・ナッシュ グレゴリー・グレイヴズ 『人物アメリカ史 下』 (講談社学術文庫)

上巻の続き。

マーク・トウェインから、リチャード・ニクソンまで。

冒頭、南北戦争後の「鍍金時代」のアメリカに絶望して、極めて悲観的な人間観を抱いたトウェインの章は強い印象を与える。

また、上巻と同じく背景説明もしっかりしているので、リンカーン暗殺から19世紀末までのアメリカ政治史というマイナーであまり知られていないテーマについても一定の知識を得ることができる。

その後の章も同じ。

マーティン・ルーサー・キングの章では、ブーカー・ワシントンやウィリアム・デュ・ボイスなどの先駆者を含めた公民権運動の歴史が概観できて便利。

最後のニクソンの章はやや視点がリベラル寄り過ぎるかなとも思ったが、じっくり読むとそうでもなかった。

上・下巻を通して読んでみて、比較的良い印象を受ける。

アメリカ史のテキストとしてこれを選ぶのも悪くない。

しかし、これを何度も読み返す基本書にすべきだとか、多数あるアメリカ史の本のうちこれをまず第一に読むべきだとかは、正直思わない。

私が優先して勧めるのは、「またかよ」と思われること必定でしょうが、やはりアンドレ・モロワ『アメリカ史 上・下』(新潮文庫)です。

「いい加減しつこいよ」と言われようが、この本の長所に触れずにはいられない。

まず実直かつ着実に、各大統領の任期を一つも省略することなく叙述し、政治史の基礎を与えてくれる。

その際、多彩な人物・事件に関するエピソードを交え、物語が深く印象付けられる。

それに加えて経済・社会・文化の動きも遺漏無く触れられ、決して視野の狭い事件史に留まっていない。

この本の完成度と初心者が得られる効用は本当にずば抜けてます。

以前も書きましたが、『英国史』および『フランス史』共々、復刊する気が無いのなら新潮社さんには版権を一刻も早く手放してもらいたい。

こういう本はいつでも新刊書店で手に入るようにならないとダメです。

オンデマンド出版でもいいから、何とかなりませんかね。

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ロデリック・ナッシュ グレゴリー・グレイヴズ 『人物アメリカ史 上』 (講談社学術文庫)

上・下巻に分かれてますが、とりあえず上巻のみ記事にします。

伝記を積み重ねて、ある国の通史を物語るという形式の本。

中公新書世界史関係の傑作藤沢道郎『物語イタリアの歴史』と同じタイプの本ですね。

この巻は植民地時代から南北戦争まで。

取り上げられている人物として、コロンブス、フランクリン、ジェファソンと誰でも知ってる有名人もいれは、テカムセとかキット・カーソンのように「誰、それ?」と言いたくなる人もいる。

(前者は19世紀初頭のインディアン部族連合の指導者、後者は西部の偶像となった探検家・開拓者。)

こういうマイナーな人物を含めた伝記でありながら、背景説明にも力を注ぎ、空白の無い通史として一応きちんと成り立たせているところは、かなりよく出来ていると思います。(上記の藤沢氏著ほどではありませんが。)

もともと本書は、アメリカの大学の学部授業で使用されることを想定した歴史教科書らしく、日本人が読んで煩瑣で読むに耐えないという部分は特に無かった。

史実の描写がものすごく面白いとか、鋭い史的解釈に蒙を啓かれる思いがするとか、そういうことはないが、標準的なアメリカ史テキストとして十分使える出来ではないでしょうか。

本書のうち、個人的に一番強い関心を持つのは末尾に載っている南軍のロバート・リー将軍の章。

前から思ってたんですが、このリー将軍というのは本当に立派な人ですね。

奴隷制度をはっきり悪と認識し、相続した自分の家の奴隷を、大きな経済的困難を抱えながら、彼らのために職探しまでした上で一人残らず解放。

南北戦争勃発にあたっては、北軍司令官への就任を要請されながら、悩みに悩んだ末、奴隷制擁護のためではなく、故郷ヴァージニアを守るために南軍に加わり、兵員・物量の圧倒的不利を背負いながら孤軍奮闘し、南部連合を支えるが、ついに力尽き降伏。

なお、ほんのわずかな記述だが、しかし私が一番感動した南北戦争後のエピソードが、本書ではなくアンドレ・モロワ『アメリカ史 上・下』(新潮文庫)に載っている。

農園主たちも、神の前では万人の平等を否定することはできなかった。それにもかかわらず、最初、リッチモンドの一黒人が、白人に混って聖餐拝受のために跪いた際、そのまわりにいた白人たちは身を退いた。この時、いつも変わらぬ威厳をもって、その黒人の傍らに立ってやったのは、他ならぬリー将軍であった。こうした先例ができたので、その後は他の人人も、これに倣うようになった。[下巻492~493ページより]

本書の筆致は必ずしも常にリーに対して好意的というわけではないのですが、個人的にはアレグザンダー・ハミルトン、ジョージ・ケナンと並んで、アメリカ史では最も好きな人物です。

上巻を読んだ限り、特に優れているというわけではないですが、大きな欠点は無いと思います。

ただ、500ページ超の分量は少々かなわない。

もうちょっとコンパクトならいいんですけどね。

近日中に下巻を読んでまた記事にします。

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内田義雄 『戦争指揮官リンカーン』 (文春新書)

明けましておめでとうございます。

残りわずかの中公新版全集は一休みして、これを読みました。

何やら奇を衒ったタイトルですが、中身はごく標準的な南北戦争史です。

奴隷制度の概略やそれをめぐる論争の経緯など前史には深入りせず、戦争だけに焦点を絞っているが、新書版なのでそれが反って有益である。

開戦前の1844年に発明されたモールス信号の有線電信を使ったリンカーンの戦争指導を叙述している。

ご存知の方も多いと思いますが、アメリカ史上最も多くの自国民犠牲者を出した戦争は第二次世界大戦ではなく、この南北戦争です。

第二次大戦の死者が40万人余りなのに対し、南北戦争では62万人以上が死んでいる。

1860年当時の人口は3100万(そのうち奴隷400万)ですから、死亡率の高さは異常であり、とにかく常軌を逸した凄惨極まりない内戦だったことがわかります。

トーマス・マンが『非政治的人間の考察』の中で、アメリカ南北戦争について、醜聞となっていたほど時代錯誤な奴隷制度を廃棄するために、これだけ悲惨な大戦争を必要としたという事実は、民主主義の優位性を示すものではなく、むしろその逆ではないかと批判していたのを思い出した。

(同様にフランスのドレフュス事件について、無実のユダヤ人一人の冤罪を晴らすために、文字通り国家を二分するほどの不和軋轢を経なければならなかったことは、密かに恥じ入るべきことであって、あたかも自国の美徳のしるしであるかのように外に誇るべきことではないと辛辣に述べている。なお同事件については川上源太郎『ソレルのドレフュス事件』(中公新書)という極めて優れた本があります。)

本書は純粋な戦史として手ごろで平易な内容ですが、書かないとまたすぐ忘れるので、以下大まかな概略だけメモします。

南部連合の首都はヴァージニア州のリッチモンドに置かれるが、そもそも合衆国の首都ワシントンがヴァージニア州とメリーランド州の境にあるので、アメリカ全土が入る地図で見ると、敵対する二つの国家の首都がかなり接近しているという妙な状況になっている。

1861年4月サウスカロライナ州チャールストン港のサムター要塞を南軍が攻撃して開戦。

同年7月ワシントン目指して進軍してきた南軍と北軍が激突、第一次ブルランの戦い。

南軍のトマス・「ストーンウォール」・ジャクソン将軍の活躍もあり北軍敗走、一時ワシントンはパニックに陥る。

リンカーンは新たにマクレランをポトマック軍(首都防衛軍)の司令官に任命し態勢を立て直し、圧倒的優位にある海軍を用いた南部の海上封鎖を徹底。

1862年3月よりリッチモンド攻略を目指して海上より攻め入る「半島作戦」を展開するが失敗。

南部連合の北ヴァージニア軍(北部のポトマック軍にあたる)司令官に名将ロバート・リー将軍が就任。

同年8月第二次ブルランの戦い。またもやジャクソン率いる南軍が勝利。

次いで9月リー将軍が北上しメリーランド州に侵攻。マクレラン軍とアンティータムで戦い、北軍辛勝。

この戦勝を期に奴隷解放予備宣言発表。

アンティータム戦後、南軍を追撃して撃滅しなかったことに不満を持っていたリンカーンは、11月マクレランを罷免。

1863年北部諸州の瓦解と南部連合の国際的承認を促すため、リー軍が再度、ワシントンではなくペンシルヴェニア、ニュージャージー、ニューヨークなどを目標として北部侵攻。

(ジャクソンはこれ以前に味方の誤射で死亡。)

7月ゲティスバーグの戦いで、ミード率いる北軍が勝利するが、またもやリーは取り逃がす。

ほぼ同時に西部戦線でミシシッピ川中流の要衝ヴィクスバーグがグラント将軍指揮下の北軍に占領され、南部連合領土は東西に分断される。

1864年グラントが北軍総司令に就任。

ヴァージニア州で激戦が続くが勝敗つかず。

6月リッチモンド南方の補給基地ピーターズバーグ攻防戦。

7月逆に南部が派遣した軍がワシントンに迫るが、危うく首都陥落を阻止する。

同時期、北軍のウィリアム・シャーマン将軍が二分された南部をさらに分断するルートで進軍し、ジョージア州アトランタを攻略し大西洋岸のサヴァンナまで突き進む。

その過程で南部の戦意を喪失させ、戦争能力を根こそぎ無力化するために、軍事目標だけでなく民間施設に対しても破壊と掠奪の限りを尽くすという、(20世紀には常套手段となってしまったが)当時の倫理基準では滅茶苦茶に非道な作戦を遂行する。

「神と人間性の名において、私は抗議する」という南軍将軍の手紙に対して、シャーマンは、戦争とはそもそも残虐なものであり、そのような抗議は雷雨に対して抗議するのと同じく無駄だと言い放っている。

現在の視点からすれば「正義」は北軍の側にあるはずなのだが、ここまでくると何が「正義」で何が「不正義」なのか、頭が混乱する。

『文明論之概略』の記事で引用した、福沢諭吉の南北戦争への省察はやはり正しいと思えてくる。

1865年4月リッチモンドは陥落し、南部連合は降伏。

この戦争で表れ、その後のアメリカにも受け継がれた体質、すなわち敵にいささかの名誉も正当性も認めず、戦争を長引かせても「無条件降伏」を求める姿勢や、自らが体現すると信じる「正義」のためならば民間施設攻撃など極めて非道な手段を取ることも躊躇しない傾向を著者は批判的に記している。

面白いです。

新書版にしてはかなり中身が濃い。

史実がよく整理されており、読みやすい。

初心者用の南北戦争史としてはかなり使える。

機会がありましたら、皆様もお読み下さい。

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