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塩野七生 『ローマ人の物語41・42・43 ローマ世界の終焉』 (新潮文庫)

ついに最終巻になりました。

単行本刊行時からはもちろん、文庫化されてからでもかなり日にちが経ってますが、正直積極的に読む気がしなかったんですよ。

買う気も無いので、図書館の棚にあるのを見かけるまで放っておきました。

本巻はテオドシウス1世の死後から始まります。

全編の末尾がいつの時点なのかが、ずっと気になっていたんですが、結局476年の西ローマ帝国滅亡ではなく、6世紀後半ユスティニアヌス1世の死と7世紀イスラムの膨張まででした。

地中海が内海ではなく、文明の障壁となったことで、ローマ文明は完全に消滅したとしている。

登場皇帝について、西ローマは、ホノリウス、コンスタンティウス3世、ヴァレンティニアヌス3世、ペトロニウス・マクシムス、アヴィトゥス、マヨリアヌス、セヴェルス、アンテミウス、オリュブリウス、グリュケリウス、ユリウス・ネポス、ロムルス・アウグストゥルス、東ローマは、アルカディウス、テオドシウス2世、マルキアヌス、レオ1世、レオ2世、ゼノン、アナスタシウス、ユスティヌス1世、ユスティニアヌス1世。

(一部本書表記と変更あり。)

ただし、これまでの巻では細かな帝位移動が記されていたのに対し、西帝国ではヴァレンティニアヌス3世以後、東帝国ではテオドシウス2世以後はかなり省略気味。

上記のうち、アンテミウスとネポスは東ローマから派遣された皇帝。

セヴェルスは、本書末尾に付されているコインに刻まれた皇帝肖像リストでは「セヴェルス3世帝」と書かれている。

細かすぎる話ですが、『終わりの始まり』に出てくるセプティミウス・セヴェルス、および『迷走する帝国』に出てくるアレクサンデル・セヴェルスと区別するにはこれでいいのかとも思うが、考えてみると『最後の努力』のフラヴィウス・ヴァレリアヌス(ヴァレリウス)・セヴェルスもいるのだから、「3世」はおかしくないでしょうか?

何とか正確に区別する名前は無いかと『古代ローマ人名事典』を引いても、本文には該当項目が無く、冒頭のローマ史年表でやっと「リビウス・セヴェルス(461-5)」と書かれているのを見つけた。

「リヴィウス」じゃなくて「リビウス」か、というのが気になりますが、初心者がこれ以上こだわってもしょうがないので、以上でやめておきます。

帝国最末期のこの時期になると、特に西ローマでは(マヨリアヌスをやや例外にして)傀儡的な皇帝が多くなり、主に蛮族出身である軍の実力者名を憶える必要がある。

スティリコ、ボニファティウス、アエティウス、リキメール、オレステス、オドアケルなど。

加えて、主に西ローマを侵食した蛮族王のうち、西ゴートのアラリックとアタウルフ、ヴァンダルのガイセリック(本書のゲンセリックという表記は馴染みが無く違和感)、フンのアッティラ、東ゴートのテオドリック、フランクのクローヴィスを最低限チェック。

さらに宮廷内で勢威を振るった女性たちも。

ヴァレンティニアヌス3世の母ガラ・プラキディア、アルカディウス帝の娘でテオドシウス2世の姉、そしてマルキアヌスの妻になったプルケリアはとりあえず押さえておく。

このプルケリアは、ササン朝ペルシアと安定した関係を築き、曲がりなりにも蛮族の侵攻から東帝国を守ったとして、女性の権力者にしては珍しく著者の評価はやや高いようである。

それに対してガラ・プラキディアはボニファティウスとアエティウスという有能な軍人を使いこなせなかったということであまり好意的に描かれていない。

この点、藤沢道郎『物語イタリアの歴史』の描写とは大違いである。

人物評を続けると、何といっても評価が高いのはスティリコ。

テオドシウス1世からホノリウス帝を託され、東奔西走、獅子奮迅の活躍で西ローマ帝国を支え続けたが、彼が処刑された後、ローマは西ゴート族アラリックに劫掠され、没落の一途を辿る。

スティリコは半分蛮族の血が混じっていたにもかかわらず「最後のローマ人」として後世讃えられることになる。

この「最後のローマ人」という賛辞は、私はアッティラをカタラウヌムで撃退したアエティウスに捧げられたものかと思い込んでいたが、勘違いでしたか?

そのアッティラはローマ末期の蛮族王の中では、最も恐れられた人物ですが、本書では長期的戦略を持たず、恒久的な統治体制を打ち立てる能力の無かった人物として、意外なほど冷淡な描写。

末尾を飾るのはユスティニアヌス1世によるヴァンダル、東ゴート征服ですが、帝自身よりも名将ベリサリウスが評価されている。

これはギボンと同じで、まあオーソドックスな描写ですね。

なお、東帝国の宗教について「カトリック」と記されていますが、東西教会分離とギリシア正教会確立の前で、ニカイア信条に基づく信仰がカトリックなのだから、違和感を感じても別に気にする必要は無いわけです。

さて、全巻完結を機に、このシリーズ全体の感想を書いてみます。

高坂正堯氏の傑作歴史評論、『文明が衰亡するとき』の前半三分の一はローマ帝国の衰亡が扱われており、塩野氏も『ハンニバル戦記』の冒頭で、歴史そのものを叙述するのではなく自己の主張の例証として歴史を使うという形式の、自分とは違うタイプの名著であるとして触れていた。

その高坂氏著では、「蛮族侵入説」「人種混淆説」「気候変化説」「専制政治説」「奴隷制農場経済衰退説」「財政破綻説」「技術限界説」など、様々なローマ衰亡論が検討された後、現在の我々にとって間違いなく最も切実だと思われる「大衆社会化説」が取り上げられている。

実際、群衆の君臨と専政[ママ・引用者註]、民主政治と独裁政治は案外親近性を持っている。それは二十世紀の半ばに提出された大衆社会論の中心的テーマとなったものである。たとえばコーンハウザーは、大衆社会の批判者たちを貴族主義的批判者と民主主義的批判者とに分けた。前者は悪平等あるいは反貴族主義を以て大衆社会の特徴とする。すなわち、それは以前には少数者のために留保されていた領域に、多数者が介入する機会が著しく増大した社会であり、そのため、政治や文化基準の決定がその能力を持たない多数者によってなされることになる。大衆の圧力がものごとを決めるので、自由が破壊され、社会生活の質的低下がおこるのであり、それ故、社会は文化的頽廃と政治的暴政への抵抗の道徳的基礎を欠くものとなるというのである。しかし、多くの人間が政治や文化に参加するようになることだけで、そうしたことがおこるとは限らないと民主主義的批判者は言う。そうした危険はあるものの、大衆は普通、彼らの属する集団やその価値によって自己を規制している。そうしたものがなくなったとき、大衆は手取り早い方法で欲するものを得ようとするのであるから、個人が原子化されているのが大衆社会の特徴である。当然そこでは、大衆は操作されやすい。

そのどちらを強調するのかは別として、大衆社会がこの二つの特徴を持つことは間違いない。そして、ローマの社会にもその二つの傾向があったと言ってよいであろう。政治の質の低下、文化的頽廃、そして政治的専政は相互に関連し、したがって容易に克服できないものとして帝政ローマに存在し、次第に進行した。こうして、大衆社会化にローマの衰亡の原因を見ることは的外れではない。

彼[ロストフツェフ]は「すなわち、高度の文明を、その水準を落としたり、質を薄めて消失させてしまうことなしに、下層階級にまで広げることは可能であろうか、・・・・・いかなる文明も、それが大衆に浸透し始めるや否や、衰微せざるをえないのではなかろうか」という問いでその主著『ローマ帝国社会経済史』を終えているが、彼の言わんとするところはきわめて明白である。

引用文(西部邁1・高坂正堯5)

この『ローマ人の物語』シリーズにおいても、以上のような、多数派の下層民衆による国家破壊(「文明の再野蛮化」「蛮族の垂直的侵入」)という観点から、帝国の衰退と滅亡が叙述されるかと考えていたのだが、その期待はほぼ完全に裏切られた。

シリーズ後半でローマの衰亡要因として明示されているのは、市民権の既得権化による公的献身と蛮族のローマ化へのインセンティブ消滅、および文民キャリアと軍人キャリアの分離による指導者層の劣化の二つ(加えて官僚制肥大化と重税の悪循環くらいか。他にもあるのかもしれないが、私の頭では読み取れない)。

このように、人民全体の精神的腐敗と堕落の様相を無視して、問題を単に「統治システムの機能不全」に帰する見方には、何か根本的な欠落があるのではないかと思われてならない。

(精神的要因について著者は「多神教的価値観の後退と一神教的信仰の制覇」を挙げているが、これに甚だしい違和感を感じるのは『キリストの勝利』の記事で述べた通り。)

加えて、あれこれ考えると、著者の帝政に関する捉え方にも疑問を持つようになってきた。

一番凡庸でつまらない立場は、「共和政は民主的だからいいが、帝政は非民主的だからよくない」というもの。

それに比べれば、「政治体制の比較においては、その形態ではなく、善政かそうでないかを唯一の基準にすべき」、「元老院主導体制の共和政下で反映されていた民意は首都および首都近郊市民のそれのみであり、カエサルによる帝政樹立によって、その利益が代表される人々の数はむしろ飛躍的に増大した」、「ローマの帝政は被統治者の委託を受けて権力を行使する存在であり、臣民の盲目的服従を強要する東方的専制とは全く異なる」とする著者の立場の方が数段マシである。

また、著者は「『パンとサーカス』のみを求め、無為徒食する堕落した集団という帝政期民衆のイメージは誇張であり、国家から支給されたものは餓死しない程の、最低限度の社会保障にすぎなかった」という意味のことも述べている。

しかしそこからさらに一歩進めて、以下のような見方もあり得るはず。

フランス革命といいロシア革命といい、「民衆の熱狂」によって開始されたことを見逃すわけにはいきません。熱狂した民衆によってタイラント、ディクテーター(独裁者)あるいはトータリテリアン(全体主義者)が生み出されるという事例は、歴史上、枚挙に遑(いとま)がないといえるでしょう。そしてその系列の発端あたりに、かの「シーザー殺し」があるのです。

我が国では、シーザーはローマ帝国の「偉大な指導者」、という像が定着しています。しかし、たとえばウィリアム・シェークスピアの『ジュリアス・シーザー』では、「民衆の訳のわからぬ熱狂」によって「良識にもとづく議論」の場である「元老院」を圧殺せんとする「癇癪持ちの変な奴」、として描かれているといってもさしつかえありません。それにたいし暗殺者のブルータスのほうは、策略が下手だという点では政治家の資質に欠けるとしても、公明正大な人物とされております。そうみなすのが、シェークスピアの時代(十六世紀末)の常識でもあったのです。

シーザーによって扉を開かれた帝政ローマは、プレブス(「平民」というよりも「自由浮浪民」)にたいして福祉としての「パン」と娯楽としての「サーカス」とを供給するのが皇帝の主たる仕事でした。そのようにして文明が堕落していく様子をウェルギリゥスが詩に認(したた)めてもいます。その詩のなかに「パンとサーカス」という表現があるのです。

なぜここでの民主主義論において古代ローマのことに触れるかというと、「ヴォクス・ポプリ、ヴォクス・デイ」(「民の声は神の声」)というのがその帝政の合言葉でもあったからです。政体の表面だけをみれば帝政は民主制の対極にあります。しかし、政策という面でみれば、「民衆の欲望」を、とりわけ「民衆の喝采」を期待するという意味での民主主義的な傾向は、あらゆる国のあらゆる政体に一貫している、といって言い過ぎとは思われません。「民の声」は世論にほかならず、為政者の理解するかぎりにおいての世論という限定がつくとはいえ、世論が政治を動かしてきたといえなくもありません。

第一の問題は、世論にたいする「為政者の解釈」ということです。ローマの共和制はその解釈を「貴族の討論と決議」に委ねました。皇帝政はそれを専制君主に、皇帝の地位に就く者に(ネロのような)暴君や(コンモドゥスのような)狂王がいたにもかかわらず、任せたのでした。

第二の問題は、「民の声」は、大いにしばしば、エンシュージアズム(熱狂)として表現されるということです。そうであればこそ、民衆の熱狂の意味するところについての「為政者の解釈」が必要だということになります。その熱狂には真剣に斟酌すべき意味が込められている、ということがもちろんありましょう。しかし、『ジュリアス・シーザー』に記されているのは、やはり「パンとサーカス」を為政者に求める民衆の声なのです。漢語の「民」という字の原義は(精神的に)「盲目の人」ということですが、たしかに、民衆の声は、それが熱狂に近づくにつれて、精神的な盲目者にありがちの狂声に変じていくものなのです。それは国家なるものが成立して以来、不変の傾向だといってさしつかえありません。

第三の問題は、民衆の熱狂を煽るデマゴーグ(煽動者)がつねに存在するということで、『ジュリアス・シーザー』では(シーザーの副官)アントニーがその役を果たしています。デマゴーグとは、読んで字の如く、デーモス(民衆)にたいするアゴゴス(指導者)ということです。ここで留意しておくべきことがあります。デマゴギー(民衆煽動)には(日本語でいうところの)「デマ」が、つまり「煽動のための嘘話」が、たっぷりと込められているのです。

デマゴギーという言葉が古代ギリシャのものであったことを思うと、「民の声が煽動の嘘話に乗りやすい」というのはどうやら古今東西に普遍的と思われてなりません。デモクラシーとデマゴギーとが親近しているというのは、現代人の日常感覚でもよくわかるところです。

結局、民衆の熱狂のうちに全体主義的な傾向が宿っている、それゆえ民主主義(少なくとも「民の声」)が全体主義を招来する可能性は少なくないのだ、と認めなければなりますまい。このことを見過ごしにする民主主義論は、それ自体として、すでにデマゴギーに転落しております。

[西部邁『文明の敵・民主主義』(時事通信社)より]

私自身、こうまでカエサルとその事業を否定的に見ることに、かなりの抵抗を感じる。

しかし上記の文章は重大な示唆を与えてくれると思う。

「帝政は君主制で、共和政より非民主的だからよくない」という通俗的見解が、塩野氏によって「帝政への移行は広大な領土と膨大な人口を統治するための必然だ、皇帝は被支配者の信託に基づく利益代表者であり、現代国家における終身大統領のようなものだ」とたしなめられ、なるほどと思うが、しかしもう一捻りして、「ローマの帝政は伝統・慣習と貴族身分によって支えられた正統的な君主制ではなく、愚かで無責任な民衆の熱狂的世論に支持されて生まれた奇形的君主制=民衆的独裁だ、だからこそ否定されるべきなんだ」というわけ。

そもそも、高校の世界史の授業でこの辺を習った時、妙な感じがしませんでしたか?

民衆派(平民派)のカエサルと閥族派に転じたポンペイウスが争って、民衆派が勝ったのに、やって来たのは共和政の再興ではなく帝政の樹立だったということに。

ここから(真の)共和政に近いのは民主制ではなく、貴族制(と象徴的意味での君主制)だという真理が見えてくる。

高校世界史レベルの史実でも、少し黙考すれば貴重な示唆が得られる例だと思います。

高坂氏も上記著書で、ローマの帝政を基本的に大衆の支持にのっかった独裁制と表現している。

同書にはその他にも、帝政ローマにおいて貴族階層の多くが暴帝・愚帝の恐怖政治の犠牲となり、驚くほど永続性が無かったこと、「喝采屋」ともいうべき存在の出現によって公的言論の崩壊と文化の質的低落が止めどなく進行してしまったことなど、100ページ足らずの分量の中によくもここまでと思われるほど貴重な指摘が記されています。

これらを考え合わせると、世論の力で皇帝という独裁者を生み出し、「パンとサーカス」を一方的要求し、国家の要たる元老院議員という貴族たちが暴君の犠牲になることに対し、卑しい嫉妬の感情から喝采を叫び、その悲劇を「見世物」として愉しみ、無責任な批判的言辞と誹謗中傷、物質的快楽の追求のみに憂き身をやつし日々過ごす民衆という像が浮かんできて、帝政ローマが俄然醜悪なものに見えてくる。

ギボンも、五賢帝などの有徳と聡明さは認めつつ、帝政自体に否定的に思われるが、彼のフランス革命に対する態度についての以下の文章を読むと、それは進歩的啓蒙思想によるものではなく、民衆的独裁に対する嫌悪と軽蔑からそうなったのではないかと思える。

なにゆえに、この皇帝専制政の敵がフランス革命をあのように徹頭徹尾敵視したのかという理由が問われなければならない。フランス革命に対するギボンの理解については後に触れるが、ここで一言いっておきたいことは、ギボンは君主のむきだしの権力が与える恐怖と変わらぬ気持ちを抱いて、大衆支配や扇動の行く末を見ていたのだということである。「多数の者の放恣な自由」は「災い」でしかありえない。バークのように(「私は彼の雄弁を賞賛し、彼の政見に賛同し、彼の騎士道精神を称える」)、ギボンは極論を恐れていたし、大衆の手にあれ、君主の手にあれ、絶対権力は必ず腐敗することも知っていた。「平等で際限のない自由という荒っぽい理論」のもとで、ギボンは文明のもたらす緩和作用を保証する社会の諸制度や抑制と均衡が消滅することを予想したのである。

「すべての階級、秩序、政府の転覆が生み出したのは、すべてを貪り食らった挙句に、結局はおのれ自身を貪り食らうことになる大衆という怪物なのである。」

ギボンの革命への敵意は徹底していた。彼はローザンヌを本拠とする「その地の王」として「狂信的な空想家」、「危険な狂信者」、そして「社会の秩序と安寧を乱そうとする新野蛮人」といった言葉をまき散らしたのである。この自由の愛好者にして専制権力の敵を不安に陥れたのは、革命をとおして、個々の君主の独裁政治ではなく群集の意志に基づいた新しい専制政治が出現するのではないかということであった。

「今では狂信的な扇動の徒輩が不満の種を一面に蒔き散らしている。すでに数多くの個人そして一部の共同体は、平等で無制限な自由というフランス病とも言うべき途方もない理論に冒されているように見える。」

われわれがギボンのバーク理論への転向をいかに評価しようとも、フランス革命に対する彼のおびえた反応が現代ヨーロッパの政治体制の本質的な安定についての彼の記述を無効にしたと結論するのは愚かなことである。フランスに対する反応においては、彼は決して盲目的な反動主義者ではなかった。ネッケル夫妻のこの友人はもちろんフランスには変化が必要だということは承知していた。しかし彼は前進の正しい道は憲法上の自由の保証を促進することだと信じていた。

「もしフランス人が専制権力とバスティーユ監獄の廃墟に自由な立憲君主国を樹立する輝かしい機会を有効に活用していたなら、私は彼らの高潔なる努力を買ったものを。」

しかしその機会は生かされず、悲惨な結果になるのは確かであった。というのは、「奴隷民族が突如として暴君と人喰い人種の国民となった」からである。このような怪物じみた政治体制が長続きすることはありえなかった。そして歴史はギボンの分析を擁護した。ジャコバン主義は自らを食いつくし、帝国(第五王国というべきか)のもとにヨーロッパを統一するというナポレオンの夢は、ギボンがそれ以前に非常な信頼を寄せたまさにあのヨーロッパ諸国の挙国一致の協力で阻止された。現代ヨーロッパの優れた政治的安定についての記述は洞察に富むものである。それは民族国家、発展した商業社会、富の拡散と勢力の均衡の上に成り立つものであった。

ロイ・ポーター『ギボン 歴史を創る』より)

ギボンの反教権的姿勢は啓蒙史観そのものとも思えるが、彼が嫌悪する、異端教義をめぐる恐るべき闘争と社会動乱も、結局キリスト教信仰が民衆に浸透し、彼らの群集心理と党派根性が宗教の場に持ち込まれた結果だと考えるならば、上記の政治面での態度と繋がる。

するとカトリックという正統教義の確立と普及も、(塩野氏のように)「“暗黒の中世”と非寛容の始まり」と否定的に捉える必要はないように思える。

少し話を戻すと、私にとってもカエサルとアウグストゥスは依然好きな歴史人物だし(この両者と20世紀以降の全体主義国家の独裁者とでは、個性や人品に差があり過ぎる)、後期帝政(ドミナトゥス・専制君主政)のみならともかく、前期帝政(プリンキパトゥス・元首政)を含めてトータルに帝政を否定するというのは、常識的に考えてやはり行き過ぎの面があるんでしょう。

しかし、(直接)民主制を政体の軸に据えたためその必然的帰結として衆愚政治に陥り破滅したアテネに対し、元老院体制という堅牢な貴族制と(エトルリア系王を追放したがゆえに必然的に採用せざるを得なかった)執政官制度という擬似的君主制の下で大を成したローマだったが、紀元前後ついに下層民衆の圧力に屈し、愚昧・卑劣・低俗を極める無産大衆の多数性を自党派の力に変換することを覚えた煽動政治家によって独裁制(帝政)に移行、賢帝の統治下ではしばしの小康状態を得たが、伝統的多神教への信仰を薄れさせた民衆はありとあらゆる愚行と醜態に耽って社会を荒廃の極に追い込み、ついに蛮族の侵入と文明の全面的崩壊という破局を迎える、しかし帝国後期に普及したキリスト教がその破滅的事態の中で緩衝材として作用し、後代のヨーロッパ文明への再生を準備した、という(塩野氏の史観と後半部がかなり異なる)イメージは頭の中から消えそうにない。

ローマ史には人類が経験したあらゆる政治的営みが含まれているという意味の言葉があり、本シリーズでもどこかで引用されていた覚えがあるが、多数派の民衆が、かつては持っていた従順さと敬虔さを失い、驕り高ぶった愚かで卑しい大衆と化した後、(その身分に本来相応しい資質を持っている場合の)君主や貴族などの、主に社会的上層部に属する賢明な少数派を押し潰し、社会と国家を破滅させるという、世界史上の不幸な鉄則は徹頭徹尾無視されているようです。

また、「魚は頭から腐る」(国家の腐敗と堕落は指導者層から始まる)という言葉がよく使われ、本シリーズでもどこかで言及されていたかなとも思うが、歴史上表面的にそう見えることがあったとしても、それは実際には、指導者層がその資質と品位を失い、被支配者層と同化した結果堕落したのであって、「頭」(既存の支配層)が腐敗している一方、「身」(民衆)が全く健全だなんて状況はあり得ないんじゃないでしょうか。

それどころか、おぞましいことに、下層民衆が、自分たちの底無しの邪悪・低俗・卑劣を完全に棚に上げるくせに、統治階層へは無制限で一方的な道徳的非難を浴びせかけて社会の機能を麻痺させ、無秩序状態を招来し、国家を破滅させるということすらあるのではないか。

世界史上の一大変革、中国の易姓革命やフランス革命、ロシア革命、ナチ体制確立、さらにあえて言えば、日本の先の大戦もそうやって始まったと言えなくもないと個人的には思う。

ローマの帝政移行もそうだと断言したいわけではないんです。

しかしそうした面を一顧だにせず、この時期の歴史を、現実の変化を直視せず伝統的制度を旧套墨守で擁護する愚鈍な元老院階層に対し、賢明・鋭敏・果断な英雄カエサルが勝利し、民衆の利益と欲求に即して国家体制を変革することに成功した、という物語一色で塗りつぶして叙述する本シリーズの史観にかなりの疑問と違和感を感じてしまう(もっとも私自身、『ユリウス・カエサル ルビコン以前』『同 ルビコン以後』の巻を読んだ時には、塩野氏の見方にほとんど何の疑問も持たなかったわけですが・・・・・・)。

それに、上記のような観点を頭の片隅にでも入れておけば、現代のポピュリスト的政治家をカエサルになぞらえて礼賛するというような(塩野氏の時事的エッセイにも散見されなくもない)穢い行為から距離を置くことができるのではないでしょうか。

長々と書いてきましたが、結論です。

結局自分にとって、この『ローマ人の物語』シリーズは、私のように教科書レベルの知識しかない日本人読者にローマ史の中級的な史実を面白くかつわかりやすく教えてくれる、有益で手頃な啓蒙書という位置付けであり、それ以上でもそれ以下でもないです。

もちろんそれだけでもきわめて貴重で重要な作品であると評価すべきですが、本シリーズからローマという文明の興隆と衰亡について精緻な知識と深遠な教訓が得られるというふうには、どうしても思えなかった。

20年前、第1巻を感動と興奮のうちに読み終えた際、まさか全巻完結時にこのような感想を持つことになるとは夢にも思いませんでした。

ちょっと言い過ぎかもしれないし、単に私が著者の意図を読み取れていないだけという可能性も大いにあります。

さらに、ローマ史のカテゴリから本シリーズを除いた場合の貧弱なリストを見て、「そもそもお前にそんな偉そうなことを言う資格があるのか?」と言われれば、俯いて口をつぐむしかない。

しかし、もし正直な感想を述べることが許されるのなら、やはり以上のような結論になってしまいます。

初心者にとって、ローマ史の具体的史実を頭に入れるためには、やはり必読に近いレベルのシリーズだと思いますが、ギボンや高坂正堯氏の著作ほどの内容的重みは、私には感じ取れませんでした。

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塩野七生 『ローマ人の物語38・39・40 キリストの勝利』 (新潮文庫)

単行本14巻目の文庫化。

叙述範囲は、337年コンスタンティヌス1世(大帝)の死から395年テオドシウス1世(大帝)死去後の帝国東西分裂まで。

単行本の巻辺りから、ほぼ毎巻、「進行ペースが遅いなあ、本当に15巻で収まるのか?」と思っていたが、結局残り1巻を残した時点で4世紀末まで来た。

476年西ローマ帝国滅亡を終着点と考えると、「最終巻で百年弱残すのみか、それなら余裕だな」と思う(しかし結局、全巻の末尾は違う時点でした)。

登場皇帝はコンスタンティヌス2世、コンスタンティウス2世、コンスタンス、(ダルマティウス、ハンニバリアヌス、マグネンティウス、ヴェトラニオ、)ガルス、ユリアヌス、ヨヴィアヌス、ヴァレンティニアヌス1世、ヴァレンス、グラティアヌス、ヴァレンティニアヌス2世、テオドシウス1世。

括弧内はごく短期間在位した副帝あるいは僭帝。(と説明するとガルスも括弧に入れないといけなくなるから不正確か。まあいいや。)

最初の三人はコンスタンティヌス大帝の子。

昔、モンタネッリ『ローマの歴史』(中公文庫)で、

まあできたことはしょうがないにしても、せめて三人の息子にもう少しまぎらわしくない名前をつけておいてくれてもよかったのではなかろうか。

と書いてあるのを読んで、笑ってしまった。

ダルマティウス、ハンニバリアヌスとガルス、ユリアヌスはその3人のいとこ。

マグネンティウスは西方帝国を一時簒奪した僭帝、ヴェトラニオはその際ごく短期間自立した人物(そもそもヴェトラニオは他の皇帝と同じように名前を挙げるのは不適当かもしれない)、ヨヴィアヌスはユリアヌス没後中継ぎ的に短期間在位。

ヴァレンティニアヌス1世が兄、ヴァレンスが弟、1世の子がグラティアヌスとヴァレンティニアヌス2世。

テオドシウス1世はヴァレンティニアヌス朝の血縁ではないが、ヴァレンティニアヌス2世の妹ガラとのちに結婚。

本書前半で最も長く在位したのはコンスタンティウス2世。

このコンスタンティウス2世については、猜疑心が強く冷酷であっても、曲がりなりにも20年以上帝位を保ち、外敵の撃退と帝国の統一に努力した人物として一定の評価をする見方もあるのでしょうが、本書での評価はかなり低い。

それに対して続いて正帝に登位した「背教者」ユリアヌスはなかなかの高評価。

これは著者のキリスト教に対する態度からして予想できたことだが、ただし絶賛一辺倒ではなく、専業の聖職者階級創設という形で異教復興を図ったこと、補給兵站およびアルメニア王国への外交交渉を軽視してペルシア遠征を行ったこと(結局これが命取りになったが)については批判的。

しかし、本書前半部の主役はやはりこの人でしょう。

昔、エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』(ちくま学芸文庫)を読んでいて、その物語の面白さには熱中しつつも、出てくる皇帝の多くが愚劣・醜悪・残忍・卑小であり、その所業の描写にややうんざりしていた。

そこでユリアヌスが登場し、「お、久々に事前に名前を知っている皇帝だが、こいつはどんな愚行と醜態を見せてくれるのかな」と思いきや、『衰亡史』全編を通じて最も好意的に描かれ称賛されているのに大変驚いた記憶がある。

続いて読んだ辻邦生『背教者ユリアヌス』(中公文庫)でも真摯で良心的で禁欲的な賢帝として描かれており、強い印象を受けた。

その後、バワーソック『背教者ユリアヌス』(思索社)のような批判的書物も読んでやや冷静になったが、それでも現在も好きな歴史人物ではある。

だから本書での叙述も普通なら素直に受け入れられるはずなのだが、どうも引っ掛かる面がある。

『ルネサンスとは何であったのか』(新潮文庫)の記事でも書いたことですが、本書でも度々繰り返し説かれる、「一神教=不寛容、多神教=寛容、ゆえに前者の台頭と後者の退潮によってローマ精神は衰微した」という図式があまりに平板に感じられてならない。

もちろん、そうした面も多々あったには違いないんでしょうが、チェスタトンを読むと全く別の視点もあり得るのではないかと思ってしまう。

別にクリスチャンでもないんですが、単純なキリスト教批判には同意できない気がする。

なお、この時代のキリスト教史で注意すべきなのは、アリウス派の優勢という現象。

高校世界史では325年ニケーア公会議→アタナシウス派三位一体説勝利→異端とされたアリウス派はゲルマン人に布教という記述だが、実際にはコンスタンティヌス大帝の側近聖職者にはアリウス派が多数おり、コンスタンティウス2世は明確にアリウス派寄りの姿勢を見せていた。

カトリックの三位一体説が完全に定着するのはキリスト教が国教化されたテオドシウス1世時代。

この人は、ディオクレティアヌス、コンスタンティヌス1世と並んで高校世界史でも名前の出る後期帝政の重要三皇帝の一人であり、ギボンでも帝国の最後の支柱といった感じの記述だが、本書での存在感は驚くほど薄い。

最後の巨人皇帝というより、この時期西方帝国での最有力聖職者であるミラノ司教アンブロシウスの操り人形といっても過言ではないような描写である。

このアンブロシウスはアウグスティヌスやヒエロニムス、(カエサリアの)エウセビオスと違って高校世界史では出てこないが、重要人物であることは間違いないので要記憶。

なお、ローマ司教(教皇)ではなく、ミラノ司教であることもチェック。

当時はアッティラと同時代人であるレオ1世がローマの首位権を主張する前だし、ゲルマン布教で教皇位の重要性を増したグレゴリウス1世(位590~604)も遥か先。

まして五本山(ローマ、コンスタンティノープル、アンティオキア、イェルサレム、アレクサンドリア)のうち後ろ三つがイスラム勢力下に入ることなど想像だにできない時代なので。

他にメモすることといえば、テオドシウス帝の内乱鎮圧について。

西方でマクシムスの反乱が起こり、グラティアヌス帝が殺害される。

このマクシムスを東方正帝テオドシウスが打倒し、グラティアヌスの異母弟のヴァレンティニアヌス2世を西方帝に据える。

ところがこのヴァレンティニアヌスも反乱で殺害され、テオドシウスが再度西方遠征で第二次内乱を鎮圧する。

この第二次内乱を起こしたのがアルボガステスという将軍とその傀儡である皇帝エウゲニウスなのだが、両者の名前が本書ではなぜか全く出てこない。

本書くらいの叙述レベルなら、名前を出さないのは相当不自然に感じる。

加えて表記で気になるのが、主にユリアヌス帝時代の部分のみが残っている史書を書いたアンミアヌス・マルケリヌスという歴史家がいるのだが、この人が「アミアヌス」と書かれている。

塩野氏はトラヤヌスをトライアヌスと書いたり、コンモドゥスをコモドゥスとしたり、慣用となっているカナ表記を無視する傾向があるんですが、これはどうも悪い癖だなあと思ってしまう。

また、この巻からゲルマン民族の本格的大移動が始まりますが、オストロゴートが東ゴート、ヴィシゴートが西ゴートであると括弧して書いてないのは不親切。

最近このシリーズの記事では毎回同じ事を書いてますが、要領よく史実をまとめ、読みやすい物語に仕立ててくれていることは認める。

初心者にとってはそれだけで十分貴重。

しかし逆に言うと、このシリーズ後半三分の一は結局それだけかなあと・・・・・。

歴史解釈や史観において、感銘を受けるとか目の冴える思いがするといった体験は全くと言っていいほど無い。

全巻を通じた、ローマの巨視的な衰亡原因といっても、「敗者を滅ぼさずに自らに同化させる」というローマ人の精神と生き方が前期帝政時代までは機能していたが、それが行き過ぎて、全自由民に自動的に市民権が与えられるようになって獲得権が既得権に変化し公的献身へのモチベーションが失われたとか、そんなことくらいしか読み取れない。

(私がボーっと読んでいるせいかもしれないが、他には官僚・軍隊の肥大化と重税の悪循環とかありきたりのことしか思いつかない。)

実はこの巻から買うのも止めました。

本シリーズだけじゃなく、この方のエッセイもねえ。

現在の問題についてあれこれお書きになってますが、首を傾げたり、場合によっては顔をしかめたりすることが多いです(もちろん全てではないですが)。

昔みたいにそれを有難がる心境から遥かに離れてます。

同じ歴史作家でも司馬遼太郎さんのエッセイは全く逆で、以前違和感を感じていたのが、今は深い感銘を覚えるものが多いです。

『風塵抄』なんて産経新聞で連載してたとは思えないほど品位のある文章。

「人品の差かなあ・・・・・」なんて言うと怒られますけど、そういうこともつい口走りたくなります。

毎度毎度身の程知らずの偉そうな言い方で恐縮ですが、このシリーズをお読みになるのは全く不都合ありませんが、そこに留まることなく是非続いてギボン『衰亡史』を手に取って頂きたいです。

ファンの方には鬱陶しい事ばかり書きまして、申し訳ございません。

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本村凌二 『古代ポンペイの日常生活』 (講談社学術文庫)

1996年中公新書から出た『ポンペイ・グラフィティ』が、増補改訂の上、2004年『優雅でみだらなポンペイ』(講談社)というタイトルの単行本になり、それをさらに改題して文庫化したのが本書。

帝政ローマ時代、紀元79年ヴェスヴィオ火山の噴火で突如滅んだナポリ南の都市ポンペイの遺跡から見い出される告示・広告・落書きなどを分析して、当時のローマ帝国地方都市の日常生活を再現しようとする本。

このポンペイは用語集で確認したところ、今の教科書には全然載ってないみたいですね。

歴史の主要な流れには関係なくても、極めて著名な事例ですから、日本史教科書に赤穂浪士の討ち入りが脚注で載ってるように、これもとりあえず名前だけでも載せたらいいんじゃないかと思うんですが。

79年当時在位していたのはティトゥス帝。

ネロ死後の内戦を収拾して安定した統治を実現したヴェスパシアヌス帝の息子。

このティトゥス帝も名君として知られ、被災民の救援に力を尽くしたが、わずかな在位期間の後に急死。

弟のドミティアヌスが跡を継ぐがこの人は普通暴君とされ、その死後にネルヴァが即位、五賢帝時代が始まる。

ポンペイの歴史としては、同盟市戦争で自由民にローマ市民権が与えられ、のち自治市から植民市になったというようなことが書いてある。

日本語の訳語だと逆のイメージを持ちますが、確か「自治市」が不完全市民権保持で、「植民市」の方が完全な市民権を持つ格上のカテゴリなんですね。

もっともこの辺はっきりと頭に入っていませんので、これ以上は書かないでおきます。

本文に入ると、第1章は大噴火の描写とその時犠牲になった大プリニウスの行動、それを伝えた甥の小プリニウスの有名な文章の翻訳、近世以降の発掘の歴史について。

第2章は公職選挙用の推薦文ポスターの具体例。

第3章で前章の内容を踏まえて、地方都市における自治の実情を考察している。

第4章は猛獣狩りや剣闘士試合などの見世物に関する広告など。

第5章は自宅や公共建築物、職人の作業場、居酒屋などでの落書きから見た生活風景の描写。

第6章は恋愛や性に関わる、娼家などでの落書き。

この章で、ネロの妃の一人ポッパエア・サビナが一時ポンペイに在住していたことを始めて知った。

第7章は当時の庶民がいかに文字を学習したかについてあれこれ。

第8章でローマ社会での識字率について考察。

なかなか良い。

興味深い具体的事例が次々出てくるので、極めて楽に読める。

簡単な社会史入門として悪くないでしょう。

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前田護郎 責任編集 『世界の名著13 聖書』 (中央公論社)

同じ「世界の名著」シリーズの『孔子 孟子』の記事で少し触れたこれを通読した。

結果、事前に思っていたより、はるかに面白く読めた。

まず、巻頭にある前田護郎氏の解説がなかなか読ませる。

前田氏自身信仰を持っている方なのに、戦国時代、日本への最初のキリスト教伝来について、

・・・・・政略軍略商略を基本とする植民地帝国主義の先鋒として大名に武器を与えて教勢拡張に資するなどの手段が繰り返され、キリシタン禁止令がしかれるに至った経緯も今日からみれば当然である。布教の内容自身に中世的要素が多く、アジア諸国の小乗的雰囲気をそのまま日本にも当てはめた傾向があったことも否めない。邪宗の烙印は当時の日本の下した判断として首肯しえよう。

なんて、こんなこと書いていいんですか???、みたいなことが述べられている。

本文は旧約聖書と新約聖書の部分に分かれており、旧約で収録されているのは、「創世記」「出エジプト記」「イザヤ書」「伝道の書」の四つ。

「創世記」を最初から地道に目を通していくと、思っていたよりはるかに楽に読める。

天地創造とアダムとエバ(イヴ)、カインとアベル、ノアの箱舟と大洪水、ノアの息子セム・ハム・ヤペテ、バベルの塔、セムの系列から出たアブラハム・イサク・ヤコブ・ヨセフ、ヨセフのエジプト移住、と順に読んでいくだけで物語として十分面白い。

全巻通じて、一部省略があり、収録されている部分においても全訳ではなく抄訳になるようだが、別に気にならずかえって読みやすいと感じる。

モーセの言行を述べた「出エジプト記」も古典的史書みたいな感覚で楽に読める。

カナン征服についての「ヨシュア記」やダヴィデ・ソロモン王の栄華を記す「列王紀」「歴代志」などは省かれており、次は預言書の内で最重要の「イザヤ書」。

ヘブライ王国南北分裂後の衰退期、王国の腐敗・堕落と外敵侵入の危機的状況下で作られたもの。

全編韻文で綴られており、これはきついだろうなあと思っていたのだが、意外や意外、本書の中ではこれが一番面白かった。

今の世の中やどうしようもなく下らない自分のことを考えると、クリスチャンでないのはもちろん、仏教・神道的な信仰心もカケラも無いはずなのに、いろいろ思うところがあった。

諸書から、割と短めの「伝道の書」を載せて旧約の部分は終わり。

新約ではイエス・キリストの言行を記した「マタイによる福音書」「マルコによる福音書」「ルカによる福音書」「ヨハネによる福音書」に加えて、パウロの書簡から「ローマ書」と「ピレモン書」を収録。

最初目次を見たとき、福音書を四つ全て載せるより、「マタイ」と「ヨハネ」くらいだけにしておいて、「使徒行伝」のいくつかを入れてくれた方が良かったんじゃないかなあと思っていたのですが、実際福音書を読み比べてみると、「あれっ、この話ここでしか載せてないのか・・・・・」と思ったことがかなりあったので、やはり新約の中心である以上、基本テキストを提供するこのシリーズに四つ採録したのは正解だと思います。

子供の頃から断片的に知っていたイエスの教えや説話や奇跡譚を確認しながら読むのは、なかなか興味深いもんです。

ここで12人の直弟子の名前だけメモしましょうか。

二人ずつセットで憶えましょう。

まずペテロ(元の名シモン)とアンデレの兄弟。

ゼベタイの子、(大)ヤコブとヨハネの兄弟。

ピリポとバルトロマイ(元の名ナタナエル)。

トマスと徴税人のマタイ。

アルパヨの子(小)ヤコブとタダイ。

熱心党のシモンとイスカリオテのユダ。

熱心党というのはローマに対して過激な抵抗運動を行った党派、みたいな説があるそうです。

福音書でよくイエスの側にあって名前が出てくるのはペテロ、大ヤコブ、ヨハネ辺りですか(裏切り者のユダは完全な別格ですが)。

何にも知らない超初心者(つまり私)はまずペテロとパウロを区別して、パウロが直弟子には含まれないことからまず憶えて下さい。

なお、よく言われるように「ヨハネ福音書」だけ少し他と毛色が変わっていて、イエスの言行録というものから離れて、より神学的色彩が濃いとされているが、確かに私のような素人が一読しただけでもそれは感じた。

パウロの手紙である「ローマ書」は面白い部分もあるが、やや読みにくい。

「ピレモン書」は二段組で1ページ半という短さで、特にどうということもない。

なかなかいいんじゃないでしょうか。

日本聖書協会の「新共同訳聖書」や、岩波文庫でバラバラに収録されているものなど、多くの版がありますが、初心者がとりあえず通読できる分量で概略をつかむには、これでもいいと思います。

参考文献としては、何と言っても阿刀田高氏の『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)『新約聖書を知っていますか』(新潮文庫)に尽きます。

この二つは超初心者向け入門書としては最高に読みやすくてわかりやすい。

それと本書を併読すれば、一般常識としてのキリスト教の基礎的知識は得られると思います。

『ギリシア神話を知っていますか』(新潮文庫)『コーランを知っていますか』(新潮文庫)もついでにどうぞ。

ちなみに日本神話に関しては、石ノ森章太郎『マンガ日本の古典1 古事記』(中公文庫)辺りでも読めば最低限の知識は身に付くでしょう。

以下、「イザヤ書」より(一部変更あり)。

げに、見よ、主なる万軍のヤハウェが、

エルサレムとユダから、

その柱石と仰がれる者を除き去る、

すべてのパンの杖、すべての水の柱すなわち、

武将と軍人、裁判官と預言者、

占い師と長老、五十人の長と貴族、

参議と魔術に長けた者、知者と魔法に巧みな者を。

「わたしは青二才を彼らの長とし、

悪童らに彼らを治めさせる」

民は互いに虐げ合い、同胞相はむ。

青二才が年寄りに、若輩が先輩にたてつく。

たまたま、人が兄弟を家でつかまえ、

「おまえにはまだ上着[身分・財産を表わす]がある、われわれの

頭となって、この破局を収拾してくれ」

と言えば、その日、彼は悲鳴をあげて、

「収拾どころか、家にはパンも上着もない。

民の頭などおことわりだ」と答えよう。

ああ、エルサレムは躓き、ユダは倒れた。

その舌とわざがヤハウェに背き、

栄光の目を犯したからだ。

彼らの顔つきが彼らを告発し、

その罪をソドムのように物語る。

あわれなる彼の身の上よ、

まいた種は刈らねばならぬ。

義人はさいわいだ、善行の余徳を受けるから。

悪人はわざわいだ、悪行の報いが臨むから。

わが民は暴君に振り回され、女らに治められる。

わが民は指導者に迷わされ、道案内が道を誤る。

ヤハウェが論告に立ち、民の裁きの座につく。

・・・・・・・・・・

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塩野七生 『ローマ人の物語35・36・37 最後の努力』 (新潮文庫)

例年通り夏に文庫化された今年の分を、数ヶ月経ってようやく通読。

つくづく思うことが、やはり読みやすい。

どんなにやる気の出ない時でも、このシリーズ(特に文庫版)はスラスラ読める。

単行本の1、2巻を読んだ時のように、何の留保もなく絶賛する気持ちはかなり薄れているのだが、この読みやすさだけは認めざるを得ない。

本書はディオクレティアヌス帝とコンスタンティヌス大帝を扱った巻。

単行本では13巻目、残り2巻しかないが、それで4世紀前半(337年)コンスタンティヌスの死までか、毎回思うことだがやはりペースが遅いなあ、全巻の末尾は常識的に考えれば476年西ローマ帝国滅亡までだろう、これでちゃんと終わるのかね、と単行本を立ち読みしたときには思っていた。

(結局、最後は西ローマ滅亡ではなく別の時点になったわけですが、該当巻が文庫化されるまでネタバレはやめておきましょう。)

内容的に、まず何より挙げるべき特徴は、ディオクレティアヌス・コンスタンティヌス両者の事業が、ほぼ全て否定的に扱われていること。

共和政から帝政への移行を、歴史の必然であったとしつこいほど繰り返し説いてきた著者であるが、前期帝政から後期帝政への移行においては、やはりある種の「堕落」を認める立場の模様。

取り上げられている皇帝は、ディオクレティアヌス、マクシミアヌス、ガレリウス、コンスタンティウス・クロルス(1世)、セヴェルス、マクシミヌス・ダイア(ダヤ)、コンスタンティヌス(1世・のちの大帝)、マクセンティウス、リキニウス。

この時代にディオクレティアヌスが四分統治制(テトラルキア)を導入、東方正帝・副帝、西方正帝・副帝の四人が帝国を統治する体制となる。

その中で以上の皇帝たちが正帝になったり、副帝になったり、引退したり、病死したり、敗死したりする経緯はやや複雑だが、物語としてかなり面白い。

年代として、ディオクレティアヌスの登位284年は覚えた方がいいでしょうし、せめて3世紀末だということは頭に入れておく。

紆余曲折を経て、313年ミラノ勅令の時点では帝国西部はコンスタンティヌス1世単独統治、東部はリキニウスとマクシミヌス・ダヤが分立、ミラノ勅令は同盟関係を結んだコンスタンティヌスとリキニウスの共同声明の形で出されたもの。

リキニウスがマクシミヌス・ダヤを倒し帝国東部を完全に支配するが、315年コンスタンティヌスに敗れドナウ流域領を喪失、その後しばらく小康状態が続くが324年コンスタンティヌスはリキニウスを打倒、帝国全土を単独支配下に置いた後、325年ニケーア公会議、330年コンスタンティノープル遷都。

人名区別として初心者が注意すべき点は、コンスタンティウス・クロルス(1世)の息子がコンスタンティヌス(1世・大帝)。

父親がコンスタン「ティウス」、息子がコンスタン「ティヌス」。

少し先走りますが、次巻で出てくるであろう、コンスタンティヌス大帝の三人の息子たちが、コンスタンティヌス(2世)、コンスタンティウス(2世)、コンスタンスであり、もうややこしいことこの上ないが、仕方ないのでしっかり記憶する。

四分統治制導入当初、東方正帝ディオクレティアヌスと並んで西方正帝の位に就いたマクシミアヌスと、その両者の引退後東方正帝ガレリウスの下で、東方副帝に起用されたマクシミヌス・ダヤもご注意。

最初がマクシミ「アヌス」、後者がマクシミ「ヌス」。

マクシミヌス・ダヤについては、前巻『迷走する帝国』で出てきた、アレクサンデル・セヴェルス帝暗殺後に即位したマクシミヌス・トラクスがいるので、それぞれ添え名で区別して下さい。

なおそのマクシミヌス・トラクスに反対して立った諸皇帝のうち、ブピエヌス帝のことをギボン『ローマ帝国衰亡史』では、「マクシムス」帝と表記しており、それでさらにややこしい思いがしたのを覚えている。

マクシミアヌスの息子がマクセンティウス。

これも多分次巻で出てくると思うが、コンスタンスを殺して一時期帝国西部を支配した僭帝マグネンティウスと上記マクセンティウスを混同しないようにする。

最初西方副帝となり、コンスタンティウス・クロルス死後西方正帝に挙げられたが、すぐにマクセンティウスによって攻められ敗死したセヴェルスを『終わりの始まり』に出てくるセプティミウス・セヴェルス、上記『迷走する帝国』のアレクサンデル・セヴェルスと区別したいのだが、本書でもギボン『衰亡史』でも単にセヴェルスとしか載っていない。

仕方ないので、久しぶりに『古代ローマ人名事典』を引いてみると、フラヴィウス・ヴァレリアヌス・セヴェルスと書いてあった。

(直後のローマ字綴りではヴァレリアヌスではなく、ヴァレリウスに見えるんですが・・・・・。それとこれ、どれが個人名なんですかね?ヴァレリウス?通常は個人名・氏族名・家名の順だといっても、後期帝政期には命名法に混乱があったそうだし、フラヴィウスが個人名とは思えないんですが。)

とんでもない値段なのでなかなか思い切れなかったが、買って手元に置いておくとこの事典はたまに役立つ。

内容面に話を戻すと、帝国衰亡の原因として、軍制・税制など制度史の話は頻繁に出てくるが、コロヌス・コロナートゥスがどうとかいう狭い意味での経済史の話が出てこない。

(コンスタンティヌス大帝の職業世襲化令などは記されているが、コロヌスという言葉自体全然見た覚えが無い。)

また著者自身とも親交があった高坂正堯氏が『文明が衰亡するとき』の第一部古代ローマの章で展開した衰亡論のうち、大きな部分を占めるローマ帝国の「大衆社会化現象」という切り口のような叙述も、本巻含め、このシリーズにはほとんど見られない気がする。

結論。

やはり面白いことは間違いない。

この巻も十分読ませる。

最初の方の巻と違って、完璧な出来の入門書とは言えないかもしれないが、初心者が読んで損をしたと思うことはまず無い。

さて、残り2巻ですか。

次でいよいよ背教者ユリアヌス帝が登場しますね。

来年夏が、大変楽しみです。

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塩野七生 『ローマ人の物語 32・33・34 迷走する帝国』 (新潮文庫)

去年の夏、文庫化された分を今ごろ通読。

前半の巻が単行本として刊行されていた頃は、毎年出るのを待ちかねて必ず発売日に購入したものだったが、後半に入るとかなりテンションが下がって一刻も早く読みたいという気持ちが薄れ気味です。

とは言え、この巻を読み始めると、やはり巧いなあという感想を持ちます。

読者を飽きさせず物語に引き込む話術はさすが。

本書の対象範囲は、セプティミウス・セヴェルス帝の死からディオクレティアヌスの登位まで。

「3世紀の危機」と「軍人皇帝」の時代であり、多数の皇帝が即位する端から次々に暗殺され、帝国が大混乱に陥った状況を描写している。

登場する皇帝は、カラカラ、ゲタ、マクリヌス、エラガバルス、アレクサンデル・セヴェルス、マクシミヌス・トラクス、ゴルディアヌス1世、同2世、バルビヌス、プピエヌス、ゴルディアヌス3世、フィリップス・アラブス、デキウス、トレボニアヌス・ガルス、アエミリアヌス、ヴァレリアヌス、ガリエヌス、クラウディウス・ゴティクス、アウレリアヌス、タキトゥス、フロリアヌス、プロブス、カルス、カリヌス、ヌメリアヌス、ディオクレティアヌス(一部本書の表記を変更)。

以上、何も見ずに書けましたが、たぶん2週間もすればまた忘れるでしょう。

そういう私が言うのも何ですが、西ローマ滅亡までのローマ皇帝は可能な限り全部憶えた方がいいと思います。

この『ローマ人の物語』シリーズやギボン『ローマ帝国衰亡史』という最良のテキストがありますので、初心者でも不可能なことではないです。

以上メモした皇帝のうち、高校教科書にも出てくるのは大浴場建設と全自由民に市民権を付与したアントニヌス勅令で有名なカラカラと、ササン朝ペルシアのシャープール1世に敗れ捕虜になるという不名誉によって記憶されてしまったヴァレリアヌスだけですね。

以前、後者のヴァレリアヌスについては、その敗北がローマ帝国衰退の顕われとして象徴的なんだろうけど、高校レベルでわざわざ名前を出さなきゃいけない人物なのかなと疑問に思っていたんですが、260年に起こったこれは当時やはり驚天動地の大事件だったようで、以後西のガリア帝国と東のパルミラ王国が独立することによってローマ帝国は事実上三分裂し、ゴート族・アレマンニ族・フランク族などの蛮族が帝国の中枢部にまで侵攻する大混乱が巻き起こってます。

とにかくほとんどの皇帝がわずか数年の在位ののち、軍によって暗殺されるということが常態となっていた時代であり、自然死を迎えた皇帝の方が珍しい。

しかし、それでいて絵に描いたような暴君・愚帝はエラガバルスくらいしかいないのが面白い。

ギボン『衰亡史』では、カラカラはカリグラ・ネロ・コンモドゥスと同列の暴帝、マクシミヌス・トラクスは有能な軍人ではあるが残忍で圧制的という評価だったはずだが、本書では両者のマイナス面はあまり触れられていない。

クラウディウス・ゴティクスやプロブスなど相当の名君に思えるし、本書での評価はやや低いが、アレクサンデル・セヴェルスも従兄弟のエラガバルスとは大違いに良心的な青年皇帝ではある。

(アレクサンデル・セヴェルスについて『衰亡史』ではかなり高評価で、「背教者」ユリアヌス帝を賞賛する部分で、アレクサンデル・セヴェルス帝以来久しぶりにその任に相応しい徳性を持った人物といったような文があったはず。)

そしてこの時代で何より特筆すべき皇帝はアウレリアヌス。

短い在位期間中に東奔西走し、上記のガリア帝国・パルミラ王国を打倒、蛮族を撃退し、ローマ帝国を再統一する活躍を見せる。

このアウレリアヌスの事績はギボン『衰亡史』で読んだ時、極めて痛快に感じて強い印象を受けたのをはっきり憶えている。

この人は高校教科書に名前を載せてもいいくらい重要だと思う。

(初心者はこうやって皇帝の月旦評をあれこれ考えながら読み進むのが楽しいんですよねえ。)

何だかんだ言って、やはり面白い。

専門家から見ていろいろ問題があるというのは素人にも想像がつくが、しかし初心者向けの歴史読物としての効用は否定できない。

著者の論評を100%鵜呑みにしないのを前提にして純粋に愉しみのために読むのなら何も問題ないはず。

初心者がこれを読まないという選択肢は事実上無いでしょう。

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松谷健二 『カルタゴ興亡史』 (中公文庫)

『ヴァンダル興亡史』および『東ゴート興亡史』と同じ著者。

本書も上記二作品と同じく、古き良き講談風史書といった風情がある。

語り口が非常に巧みで、史料や参考文献から難解な部分を取り除き、興味を絶やさない形式に再構成した上で、平易かつ読んで面白い歴史物語に仕上げて読者に提供してくれる。

そういう著者の手さばきは大変良いと思うのだが、フェニキア人の都市テュロスの植民に始まるカルタゴ建国から第一次ポエニ戦争までの前半部分は、やや退屈。

ハンニバル戦争以後は扱われている史書も多いし、この前半部の方が貴重なはずだが、個人的にはあんまり面白いと思わなかった。

これは著者の責任でも何でもないが、登場人物がハンノとかハスドルバルとかハミルカルとか、同じ名前を持つものが多すぎて頭が混乱する。

ただ同名異人が少なくても、カルタゴ史ではハンニバルという巨人の存在が大きすぎるので、他の人物の影が薄くなるのはやむを得ぬところか。

シュラクサイを中心とする、シチリアのギリシア人勢力との長年の抗争と、それへのローマの介入について詳細に書かれているので、それはなかなか有益。

後半部のハンニバルの活躍はやはり非常に面白い。

しかし、この辺の歴史については、塩野ローマ史の『ハンニバル戦記』という初心者向けの傑作啓蒙書がありますからねえ・・・・・・。

短いので二日もあれば余裕で読めます。

悪い意味での学者的な衒学趣味もなく、巧みな史話の語り部として、読者に応対してくれるのは非常に良いのですが、最初に挙げた二書に比べるとやや存在意義が薄れるかなというのが私の感想です。

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桜井万里子 本村凌二 『ギリシアとローマ (世界の歴史5)』 (中央公論社)

旧版と同じタイトルの西洋古典古代の巻。

全16巻の旧版なら古典古代が一巻にまとめてあって当然だが、全30巻の新版ならギリシアに一巻、ローマに一巻割り当てても全然おかしくない。

全24巻の河出版でもそうなってる。

しかしこの中公新版ではこれまで軽視されてきた地域の歴史を重点的にカバーする意図からか、従来の世界史全集の一つの山場であった西洋古代史を一巻のみに止めている。

この辺は入門書も、ヘロドトストゥキュディデスはじめ初心者が読める古典的著作も多いし、そうした中ではっきりとした特色と意義のある概説を書くというのは、執筆者にとってかなりのプレッシャーを与える課題ではないかと思う。

本巻が果たしてそれに成功しているか、読了した感想を言いますと・・・・・・「微妙」。

読んでみると「普通」としか言いようが無い。

不十分極まるとは言え、あれこれと関連本を読んでいるので、それに加えてこれを読んでも大して強い印象は受けない。

そもそも細かなデータの掘り下げが圧倒的に不足している。

時代の重要性や史料の豊富さ、今までの研究の蓄積からして、面白い歴史物語を叙述しようと思えばいくらでも可能な分野のはずなのに、このような簡略な通史で済まされたのは非常に残念。

これまでの世界史全集とは異なる記述配分をという意図はわかるが、やはりギリシアとローマを一つにまとめたのは無理があるというか、もったいないというか。

「時代錯誤のヨーロッパ中心主義」という汚名を着ても、ギリシア・ローマで三巻くらい費やしても良かった気がする。

ただ、高校世界史を学んだ以外全く白紙の読者が読めば、比較的良くまとまった通史ということになるのかもしれない。

従来から論じ尽くされてきた分野において、基礎的な史実には全て言及し、物語的面白さは落とさず、定説としての史的解釈と新しい学説を共に紹介しながら、極めて限られた紙数に収めるなんてことは誰がやっても至難の業でしょうから、本書はまだしも成功している方なのかも。

特に本村氏執筆のローマ史の部分はそう思える。

個々の記述で気の付いたことを挙げれば、まずミケーネ文明衰退の原因として、昔の教科書で触れられているドーリア人の侵入ではなく、同時期ヒッタイトを滅ぼした「海の民」の活動を示唆している。

他には、以下の文章を読んで隙を突かれた。

ホメロスの叙事詩で歌われているトロイア戦争は、スパルタ王メネラオスの妻ヘレネをトロイアの王子パリスが誘拐したことを発端にしているが、そのスパルタはアカイア人による王国である。ポリスとしてのスパルタはそれとは違い、ドーリス人がミケーネ時代にスパルタ王国のあったラコニア地方に建設したのだった。

こんなことは物の判った人には常識なのかもしれないが、私自身は盲点を突かれた思いだった。

ローマ史では、前287年ホルテンシウス法によって元老院の承認抜きでその議決が国法となると定められた平民会とはすなわちトリブス民会で、それに対し富者優位だったのがケントゥリア民会(兵員会)であるのを再確認。

短いページながら著名な皇帝の人物像にも軽く触れられており、私の好きなアウグストゥスとユリアヌスについて好意的記述がなされているのが少し嬉しかった。

繰り返しますが、叙述の出来自体はさほど悪くないです。

欠点としては紙数が少ない。それに尽きます。

著者にこれの3倍くらいのページを与えて思う存分執筆してもらえば、もっと面白くなったろうにと思います。

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松谷健二 『東ゴート興亡史』 (中公文庫)

同じ著者の『ヴァンダル興亡史』の姉妹編。

オドアケルが西ローマ帝国を滅ぼして、その後東ゴート族がオドアケルを倒してイタリアに建国したんだから、これをローマ史のカテゴリに入れるのはちょっとおかしいのかもしれませんが、「ビザンツ」に入れるのも変だし「ヨーロッパ」は中世盛期以降多国間に跨る本を入れるところと考えてるし、何となく雰囲気としてこの辺りはまだローマ史に含めていいような気もしますので、このままにします。

高校世界史だと西ローマ滅亡後のイタリア支配者として、オドアケル→東ゴート→東ローマ(ユスティニアヌス帝)→ランゴバルト→カロリング朝フランク(ピピン3世・シャルルマーニュ)という順番を記憶しないといけないわけですが、本書はその前半部分の移り変わりをわかりやすく描いたもの。

フン族の支配下にあった東ゴート族がアッティラ死後独立し、東ローマに侵攻し和解・定住と離反を繰り返しつつ地歩を固める。

同族内で指導者となったテオドリック(のちの大王)が東皇帝ゼノンとの間に、オドアケル打倒を条件に東帝国の名代としてイタリアを統治するという協定を結ぶ。

テオドリックのイタリア侵攻は首尾よく成功し、オドアケルを滅ぼした後、善政を敷き安定した統治を実現する。

また自身がフランク王クローヴィスの妹を妻に迎えたほか、西ゴート・ブルグント・ヴァンダルなどその他のゲルマン国家とも縁戚関係を結び、王国の安泰を図る。

しかし男子の跡取りに恵まれなかったことから、テオドリック死後王位継承争いが生じ、それに乗じて、ユスティニアヌス帝が派遣した名将ベリサリウス率いる東ローマ軍が侵攻してくる。

直前にヴァンダル王国を滅ぼし意気上がるベリサリウスの軍勢によって王国は一旦滅亡し、その後一度は復興するものの、ユスティニアヌスが再度派遣したナルセス率いる軍によって最終的に滅ぼされる。

読みやすくて面白い。歴史小説を読んでいるようで、途中からぐんぐん引き込まれる。

昔ながらの講談風の歴史物語といった感じ(悪い意味ではない)。

機会があれば是非お読み下さい。損はしないと思います。

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塩野七生 『ローマ人の物語 29・30・31 終わりの始まり』 (新潮文庫)

文庫版で出ているのは今のところ、この巻までです。

アントニヌス・ピウスの治世の復習から始まり、哲人皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスを経て、混迷の軍人皇帝時代初期まで。

タイトル通りこの巻から帝国衰亡の叙述に入るが、そこに五賢帝最後の二人を入れていることからわかるように、両アントニヌス帝への著者の評価はかなり低い。

冒頭でアントニヌス・ピウスに改めて触れているが、前巻ではあっさりした感じで肯定的でも否定的でもなく簡単に済ませていたのが、本書では相当厳しい記述。

個人としては温和で良心的な人物であっても、皇帝としては、前任者ハドリアヌスの遺産をただ食い潰して必要な措置を取らず、後世に大きな問題を先送りした人という評価である。

続くマルクス・アントニヌス帝もその高潔な人格に賛辞を呈されるものの、有能な統治者とは認められていない。

ただし息子のコンモドゥス(コモドゥス)に帝位を継承させたことを失敗とは断じていない。

そうしなければ間違いなく内乱の危険があったとしている。

南川高志『ローマ五賢帝』(講談社現代新書)でも、五賢帝時代の「養子相続制」など実際には存在しなかった、単にマルクス帝までの四人に男の実子がいなかっただけの話だと書いてあった。

とは言えコンモドゥスが史上ネロ、カリグラと並ぶ暴君の汚名を着たことも事実である。

世界史上、「不肖の息子」は数あれど、「親との落差」という点では疑いなく最悪レベルではないか。

コンモドゥス暗殺の後、ペルティナクス、ディディウス・ユリアヌスの短期の治世を経て、帝国はブリタニアのクロディウス・アルビヌス、シリアのペスケンニウス・ニゲル、パンノニアのセプティミウス・セヴェルスの三者間の内戦に突入する。

結局セヴェルスがニゲル、アルビヌスを各個撃破し、帝国の秩序と統一を回復するが、その政策は軍人階層の社会からの隔離と特権化、中央政府の財政破綻を促し、後世に大きな問題を残す。

この巻は結構面白いです。両アントニヌス帝への評価など意外な記述が多く、興味をそそられる。

物語の展開と著者の史的批評がよく組み合わさっており、良質な啓蒙書として十二分に使える。

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