金両基 『物語韓国史』 (中公新書)
ソウル五輪の翌年、1989(平成元)年刊。
これは中公新書の『物語~の歴史』シリーズではない気がする。
後に出たシリーズと似たタイトルなので、結果的にその中に含まれるような扱いになっていると思われる。
存在自体には随分前から気付いていたが、これまで通読することはなかった。
立ち読みしたところ、皇国史観が韓国史を従属的に扱ったことを批判するのはいいにしても、逆に民族主義色が濃すぎるんじゃないですかとの感想を持ったので敬遠していた。
しかし、実際読んでみるとそうした点は意外に目立たない。
少なくとも読むに耐えないというほどではない。
(と言うか私の考え方が変わっただけか。)
内容は、古代史に非常な重点が置かれていて、300ページ弱の本文のうち、新羅の滅亡までで220ページ超を費やしている。
よって高麗、李氏朝鮮時代はかなり簡略だが、それでも最低限押さえるべき事項はきちんと記されていると思われる。
古代の諸国家については建国神話から筆を起こし、その起源にまつわる史話を述べた後、主要な国王の事績を拾っていくという形式。
かなり大胆に省略もされてますが、各国の全ての国王を紹介できるはずもないし、特筆すべき人だけ述べている方がいいでしょう。
本書に出てくる人名が、金素雲『三韓昔がたり』、『朝鮮史譚』に載っているか調べて、該当するエピソードを読めば、相当的確に記憶できると思います。
さすがに近代史はスカスカですが、日韓間で一番歴史認識のぶつかりやすいところなので、あっさり済ませた方がいいのかもしれない。
なお、著者があとがきで書いている以下の文章には心から共感します。
学生やこどもたちに「歴史」の話をしようとすると、難しい話はご免だ、というような表情にかわる。学生時代のわたしにも、そのような体験がある。
歴史書の多くは、歴史的事実を学問的に整理しようとするためか、えてして表現が無味乾燥で遊びがほとんどない。歴史を、歴史教育の枠のなかに閉じこめると、そのようなことになる。本書は、歴史の専門家でないわたしが、その枠を打ち破り、歴史を生活の周辺に呼び戻しながら味わってみたい、という想いにかられて書いた。
日々の生活が、時を経て歴史になっていくのであるから、歴史そのものは、決して難しいものではない。難しくては困るのである。その想いをどのように読者に伝えるかを、わたしなりに苦心して書いた。父が子に語る韓国の歴史、そのような肩のこらない本になったと思う。物語を読むように、韓国の五千年の歴史を散遊してみた。
上で書いたような気になる点が無いでは無いが、それほど悪い本ではないです。
叙述範囲はかなりアンバランスなので、この一冊だけでは不十分ですが、最初に読む朝鮮史としてこれを選んでも、大きな問題は無いでしょう。
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