カテゴリー「ロシア」の27件の記事

クリヴィツキー 『スターリン時代 元ソヴィエト諜報機関長の記録』 (みすず書房)

著者はオランダ・ハーグに駐在していた元ソ連秘密警察諜報員。

1937年10月に亡命、39年に本書を出版したが、41年2月にアメリカのワシントンでこめかみに銃弾を受けた死体が発見され、警察は自殺と発表したが、ソ連工作員による暗殺が強く疑われる。

こういう刊行経緯自体かなり恐いが、内容も凄まじい。

亡命した一工作員の手記という成り立ちが与える微視的で信頼性の低い暴露本というイメージとかなり異なる。

相当重要な情報に接する立場にあった著者が、凄惨な大粛清期のスターリン体制の暗部を迫真の筆致で抉り出している。

第1章、スターリンが、ヒトラー政権成立後、西欧民主主義国家との同盟を求めず、(ミュンヘン会談以後ではなく)ごく初期の段階から対独宥和を目指していた実態を暴露している。

第2章、コミンテルンにおけるソ連の独裁的支配と外国人共産主義者に対する弾圧。

第3章、結果としてフランコの勝利に貢献した、スペイン内戦中のトロツキスト・アナーキストに対する人民戦線内の赤色テロ。

第4章、五ヵ年計画中の外貨不足を補うため、ソ連が国家レベルで行なったドル紙幣偽造について。

ボリシェヴィキは政権掌握前にも、スターリンの指導で資金集めのため銀行強盗などの普通犯罪に手を染めている。

ヴォルコゴーノフ『レーニンの秘密』(これは必読書)では、メンシェヴィキや西欧社会主義者からの批判に対して、レーニンは表向き批判を受け入れたものの、陰では同様の活動を黙認し続けていたという叙述だったと思う。

第5章、秘密警察の内情。

名称はチェカ→合同国家保安部(OGPU)→内務人民委員部(NKVD)に変わる。

大粛清期にヤゴダ、エジョフ指揮下に全国民を恐怖に陥れたが、トップの両名も秘密警察構成員自身も次々に抹殺されていく。

冒頭、1926年に著者が秘密警察ではなく、赤軍諜報部に在籍していた時のエピソードが恐ろしい。

諜報部の許可証に押すための印章が紛失し、秘密警察が調査に乗り込み、アリバイのある、明らかに無実の通訳の青年が連行された。

数日後印章が見つかったが、著者はこれを赤軍内にもその権限を広げようとする秘密警察が仕掛けた陰謀だと確証している。

なお、連行された青年は「二度と帰ってこなかった」。

大粛清が始まる前ですら、ソ連社会がこのような状況だったことがわかる。

第6章、粛清された共産党幹部の心理状態について。

スターリンへの嫌悪にも関わらず、依然共産主義の教条に囚われており、客観的に反ソ勢力を利することと党支配体制を乱すのを避けるため、全く非現実的な自白を認めて銃殺されていった一部の幹部の心理を西側読者に解説している。

第7章、赤軍の粛清。

ソ連の内部攪乱の目的で、ゲシュタポが極秘に作成した偽情報であるのを知りながら、スパイ容疑でトゥハチェフスキーをはじめとする赤軍司令官を抹殺するためにそれを利用したスターリンの悪魔的策謀を記述している。

最後の第8章。

粛清の魔の手が著者自身にも迫り、一足先に亡命した親密な同僚の殺害に協力することを求められたのを期に、自らもスターリン体制と決別し、パリで亡命、暗殺者に怯えながらアメリカに渡る。

亡命直前、著者がソ連に一時帰国した際の出来事。

レニングラードの鉄道出札所で、わたしは旧友であり、同志である男にであった。

「ところで、どんなぐあいだね?」と、わたしは、かれに尋ねた。

かれは、あたりを見まわしてから、低い声で答えた。

「逮捕、ただ逮捕だ。レニングラード地区だけでも工場長の七割以上が逮捕された。軍需工場もふくめてた。これは、党委員会がおれたちに知らせた公式の情報だ。誰も安全じゃない。誰も、人を信用していないんだ。」

隣室に住んでいた親友は、徹底したスターリン主義者であり、著者に対して熱心に粛清を擁護したが、まもなく彼も逮捕・連行され姿を消した。

なかなか良い。

スターリン時代のソ連の実態を知るために適切な本。

コンクェスト『スターリンの恐怖政治』の前に読んでおいてもいいかもしれない。

以下、訳者解説より。

クリヴィツキー、ライスの同僚でロンドン駐在のハンガリー出身のテオドール・マリ(クリヴィツキー回想録中ではマンとなっている)が、モスクワへの帰途、パリにライスをたずねた。ベルジン、スタシェフスキーが、待ち受けている運命を知りながら、なぜ帰ったのだろうと、ライス夫人は信頼するマリに尋ねると「帰らねばならなかった」と繰り返して言った。「それで、あなたは帰るの」、という問いには「帰る」という答えが返ってきた。「なぜなの、何が待っているか、ご存じでしょう、銃殺されるわよ」、「わかっている。あちらであれ、こちらであれ、殺されるだろう、あちらで死んだほうが良い。他の者には違うだろうが、自分は連中に殺させるつもりだ」と言って、その理由を次のように説明した。

「第一次大戦中私は従軍牧師だった。カルパチア地方で捕虜になった。あらゆる種類の恐怖を体験した。塹壕で足が凍傷になって死んでいく若い兵士たちをみとった。収容所を転々として、飢えを経験した。皆虱にたかられ、多くはチフスで死んだ。神への信仰を失い、革命が勃発するとボルシェヴィキに加わった。過去とは完全に絶縁した。もうハンガリア人でもなく、牧師でもなく、キリスト教徒でもなく、誰の子でもなくなった。いわば作戦行動中行方不明の兵士となった。

共産主義者となっても、それ以来かわってはいない。白軍、人民の敵、僧侶から、革命を守るため作られたチェカに入り、国内戦を戦った。一日のうちに同じ村が敵と味方に入れ代わりたち代わり占領され、燃え落ちた。国内戦は恐ろしい。わが赤軍支隊は、白軍と全く同じやり方で、村を掃討した。白軍に協力したかどで村に残った老人、婦人、子供たちが機関銃で薙ぎ倒された。女たちの泣き声が我慢できなかった。味方が村を掃討する度に、猛烈な下痢に襲われた。掃討が終わるまで隠れていた。こうして自分は革命を守ったのだ。

集団農業化の時代には、どれだけの農民が収容所に送られ、また殺されたかを知っている。それでも、自分はチェカに残りつづけた。自分がしたことで、いつか罪を償う機会がくるものと希望していた。ある日、ジャガ芋を盗んだ罪で、一人の百姓に死刑を宣告した書類が回ってきた。よく読むと、その男は小さな袋にはいったジャガ芋を盗んだだけで、それも子供に食べさせるためだった。自分と一緒にチェカに入ったハンガリア人の上司の所に行って、男はもう十分罰を受けていると言い、男の妻に面会の許可を求めた。上司は書類を見て同意し、死刑の代わりに、禁固刑に減刑した。男の妻に夫が助かったことを告げ、これで自分は贖罪になったと思った。それから二週間、出張から帰ってきて、何よりも先に、この一件がどうなったかを調べた。書類は見付からなかった。上司と一緒になって書類の行方を追った。やっと見付けた書類には走りがきがしてあった。処刑ずみ、と。

秘密警察の外国部に行って、国外勤務を志望したのはその翌日だった。過去に何度も国外勤務を断ってきたが、もうとてもソ連で生活するのはたえられなかった。どこかへ逃げたかったし、牧師としての過去を蘇らせたいとさえ思った。銃殺されるために、帰る理由が分かるだろう。今となって、いったいどこにかくれるのか。」

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小野理子 『女帝のロシア』 (岩波新書)

1994年刊。

18世紀のロマノフ朝ロシアでは、女帝の治世が非常に多かった。

まずピョートル大帝の死後、妻のエカチェリーナ1世が即位したのを皮切りに、姪のアンナ、娘のエリザヴェータが間を置いて在位し、エリザヴェータの甥で養子となったピョートル3世と結婚したエカチェリーナ2世がトリを務める。

タイトルからすると、これら4人の女帝をすべて取り上げてくれているのかなとも思ったが、最初の3人はほんの付け足しで、実質的にはエカチェリーナ2世単独の伝記となっている。

この点、ややガックリきたが、内容自体は悪くない。

著者は、アンリ・トロワイヤ『女帝エカテリーナ 上・下』(中公文庫)に記されている淫蕩で策謀家で抑圧的な専制君主というイメージを本書の中で何度も批判している。

しかし、私個人の印象では、以上のトロワイヤの伝記は同じロシア皇帝伝シリーズの中ではまだマシな方。

このトロワイヤという人は、革命後亡命した家族に生まれたロシア系フランス人という出自のせいでボリシェヴィズムだけでなく、ロシアの伝統に対しても「偏見」に近いような視線で眺めている気がする。

『イヴァン雷帝』『大帝ピョートル』は陰惨な記述があまりに多く(特に前者)、読んでいて嫌になる内容だし、だいぶ時代の下がった『アレクサンドル1世』にも西欧から一方的に見下した教条主義的批判を感じる。

しかし、上記の『女帝エカテリーナ』だけは明らかに読後感が違う。

賢明な啓蒙君主といった印象を強く受ける記述であり、ロマノフ朝では最高の名君ではないかとさえ思った。

トロワイヤの本の中では唯一強くお勧めできます。

話を『女帝のロシア』に戻しますと、この本でもやはりエカチェリーナ2世の功績を高く評価し、その人物に同情的な評価を与えています。

グリゴーリイ・オルローフ、スタニスワフ・ポニャトフスキ、グリゴーリイ・ポチョムキンらの寵臣、ヴォロンツォーフ家出身で後にロシア・アカデミー初代総裁となったエカテリーナ・ダーシコワなどの協力者たちの群像を交えて、その治世を手際よくまとめている。

エカチェリーナの出自や最後のポーランド国王との関係など、意外な史実がありますが、お読みになる前に皆様が興醒めしてはいけませんので、ネタバレはやめておきます。

枝葉の部分が多く煩瑣で冗長なトロワイヤの本よりも、本書の方がコンパクトで話の展開が速いので、退屈しない。

高校レベルの次に読む伝記としては、こちらの方がいいでしょう。

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井上浩一 栗生沢猛夫 『ビザンツとスラヴ (世界の歴史11)』 (中央公論社)

前巻でウンザリさせられたのとは打って変わって、この巻はとても良くできている。

平易かつオーソドックスな通史としてかなりのレベルに達している。

第1部のビザンツ史では、『生き残った帝国ビザンティン』と同じ著者だけあって、歴代主要皇帝の事績を述べる政治史を主軸にしながらも、社会史・文化史的記述も付け加えて、より視野の広い通史を提供することに成功している。

高校世界史に出てくるビザンツ皇帝と言えば、ユスティニアヌス1世、ヘラクレイオス1世、レオン3世くらいですか。

(私が高校生だった頃は、アレクシオス1世、バシレイオス1世・2世も聞いた記憶がありますが。)

本書に出てくる皇帝名をできるだけ記憶して、その後ギボンの『ローマ帝国衰亡史』の後半部を熟読すれば、歴代皇帝全てを暗記するのも不可能ではないと思われます。

相当苦しいでしょうし、メモ・ノート使用が必須でしょうが。

第2部の東欧史に入っても、実に良好な出来。

各民族の起源、属する語族、侵入・定住の過程、王朝の成立とキリスト教の受容の経緯、しばしば見られる他国との王朝合同・同君連合のいきさつなどを詳細に論じている。

それが、教科書よりはかなり詳しく、しかし初心者が読み解けないほど煩瑣でないレベルの、実に絶妙な叙述。

私のように、「難しいことは一切わからないが、外国の歴史が好きでたまに本を読む」といった程度の読者がどのような通史を求めているか、一番面白く読める史書はどのようなタイプのものかを完全に把握して書いてくれている。

最高。言うこと無し。

これまで読んだ当シリーズの中で、この巻はかなりの高評価。

しかし、巻によって当たり外れに差があり過ぎますね。

以下本書に記述されたユスティニアヌス以後のビザンツ皇帝のうち、目に付いたものをメモ。

マウリキウス帝がササン朝ペルシアと講和、アヴァール族をドナウ以北へ撃退。

フォーカスの簒奪と恐怖政治。

610年フォーカスを打倒し、ヘラクレイオス1世即位。即位直後ササン朝に奪われたシリア・パレスチナ・エジプトを奪還するも、636年ヤルムーク河畔で正統カリフ・ウマル時代のイスラム軍に惨敗、以上三地域は完全に失われる。

テマ(軍管区)制開始。辺境軍を小アジアに撤退させ、軍管区を設定し、その長官に軍事権と行政権を兼任させた。一種の非常防衛体制であり、実施当初は各テマが半独立の形勢を示したが、8世紀から9世紀にかけてテマの分割・細分化や中央軍団の強化、テマ長官の入れ替え、任期・権限制限などで分権傾向は阻止される。

717~718年イサウリア朝創始者レオン3世がウマイヤ朝の首都包囲軍撃退。聖像禁止令発布。

息子のコンスタンティノス5世も禁止令徹底。後世「コプロニュムス(糞)」と呼ばれる。

751年イタリア支配の拠点ラヴェンナがランゴバルト族に奪われ、南端部を除きイタリアを放棄。

同751年カロリング朝成立、750年アッバース朝成立と合わせてローマ帝国の旧地中海世界が分裂した後、ビザンツ・イスラム・ヨーロッパの三極体制が固まる。

女帝エイレーネーが聖像崇拝復活。その治世にシャルルマーニュが戴冠。

802年ニケフォロス1世、クーデタでエイレーネー打倒。財政再建に成功、ギリシア地域を再征服、テマを設置しスラヴ化を阻止。ブルガリア人との戦いで敗死。

867年バシレイオス1世即位、マケドニア朝創始。

963年ニケフォロス2世フォーカス即位。クレタ・キプロス・アレッポ・アンティオキア征服。

969年ニケフォロスを暗殺してヨハネス1世ツィミスケス即位。パレスチナ遠征、イェルサレムに迫る。

(以上二者は実質簒奪者だが前皇妃や皇妹と結婚しマケドニア朝自体は存続。)

976~1025年バシレイオス2世。妹がギリシア正教に改宗したキエフ公国ウラジーミル1世と結婚。

第1次ブルガリア帝国を滅ぼす。「ブルガリア人殺し」との綽名。

貴族層を抑圧、皇帝権力拡張。著者はこのバシレイオス2世時代を、版図ではユスティニアヌス1世時代に及ばないものの、帝国の全盛期としている。

その後11世紀前半バシレイオスの姪ゾエとその配偶者をめぐって帝位争いが続く。

1071年マンツィケルト(マラーズギルド)の戦いでセルジューク朝に惨敗、ロマノス4世捕虜。

1081年アレクシオス1世即位、コムネノス朝成立。

貴族層と妥協、プロノイア制導入、ヴェネツィアに商業特権授与、第一回十字軍招聘。

子のヨハネス2世はアンティオキア再征服、孫のマヌエル1世はイタリア征服を目論み神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世と対立。

1204年第四回十字軍、帝国の一時的滅亡。

ラスカリス家の亡命ニカイア帝国成立。

1261年摂政・共同皇帝となっていたミカエル・パライオロゴスがコンスタンティノープル奪回、ラスカリス家より簒奪、ミカエル8世として即位、パライオロゴス朝を開く。

仏王ルイ9世の弟で、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世死後のシチリア・ナポリを手に入れていたシャルル・ダンジューのラテン帝国復興の野望を「シチリアの晩鐘」反乱を支援して阻止。

第二代アンドロニコス2世と孫のアンドロニコス3世、および3世の息子ヨハネス5世と岳父ヨハネス6世カンタクゼノスの帝位争い。

1453年帝国滅亡、最後の皇帝コンスタンティノス11世敗死。

11世の姪がモスクワ大公イヴァン3世と結婚。

ああ、疲れた。

個人的に記憶の補助にしようと書いた鶏ガラみたいなメモなので、他の方の役に立つことはあまりないでしょうが、本書を読んだあと以上の皇帝名を少しでも丸暗記しておくと、ギボンの『衰亡史』など、より詳細な通史を読む際、理解や記憶の助けにはなります。

本当は東欧・ロシア史の部分についてもノートを取ろうと思ったのですが、あまりに面倒臭いので止めときます。(追記:←と思ったのですが、個人的に一番重要で面白いと思った部分だけ下の方で簡略に書き留めています。)

ただ、極めて明快でわかりやすい叙述であるということだけは言っておきます。

東欧史の場合、時代によって各国の記述が一部飛び飛びに出てきて少しだけ読みにくさを感じるのが唯一の欠点ですが、高校世界史程度の読者が読むには最高レベルの通史となっています。

最終的にハプスブルク家領有となる、近世のハンガリーとボヘミアの王朝変遷が非常に詳しく記されていて、本当に役立つ。

(単行本の)387ページにある(近世の)「東欧諸国の歴代君主」は極めて貴重で有益。

これを見ながら本文を復習すれば鬼に金棒でしょう。

14世紀に中東欧各国でハンガリーのアールパード朝、ボヘミアのプシェミスル朝、ポーランドのピャスト朝という建国以来の民族王朝が断絶し、それぞれナポリ系アンジュー朝、ルクセンブルク朝、ヤギェウォ朝の外来王朝が支配する。

アンジュー朝ハンガリーのラヨシュ1世(大王)の死後、ジギスムントがハンガリー王位・ボヘミア王位、神聖ローマ帝位を占め一時ルクセンブルク朝が優位となる。

ジギスムント死後、娘婿のハプスブルク家のアルブレヒトがハンガリー・ボヘミア王位に就くが、これも二年後病死。

その後ハンガリー・ボヘミア両国でそれぞれマーチャーシュ1世(・コルヴィン)、イジー・ポディエブラディという民族王朝一代を挟んで、ポーランド・リトアニア王家であるヤギェウォ朝の君主が即位し、15世紀末から16世紀初めにかけての一時期中東欧四ヶ国全てがヤギェウォ朝の統治下におかれる。

しかし、1526年オスマン帝国とのモハーチの戦いでヤギェウォ朝ハンガリー王ラヨシュ2世(ボヘミア王としてはルドヴィク1世)が敗死し、婚姻関係から両国の王位は結局ハプスブルク家のフェルディナント1世に移る。

ロシア史も短いページ数ながら、非常によくまとまっている。

キエフ公国分裂後の盲点になりやすい部分も比較的丁寧に説明されていてとても良い。

この全集では、今のところ第3巻のインド史、第8巻のイスラム史と並んで面白い。

しかし、これまでの世界史全集で中心だった西ヨーロッパ史と中国史ではイマイチな巻が多いですね・・・・・・。

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ロバート・コンクェスト 『スターリンの恐怖政治 上・下』 (三一書房)

スターリンによる大粛清の研究書。

この壮大な悲劇の様相を詳細に記しており、細かな事実を追っていくだけで(不謹慎ではあるが)非常に面白い。

レーニン死後のソヴィエト政権内の権力闘争をごく簡略化して言うと、まず有力後継者のトロツキーに対してスターリンとジノヴィエフ、カーメネフが同盟しトロツキーを追い落とす。

するとスターリンはジノヴィエフら左派(農民から資本を搾り上げて工業化を急速に進めようとした一派)を攻撃し、彼らがトロツキーと和解・接近し「合同反対派」を結成すると右派(農民と妥協し徐々に工業化を推進することを主張した人々)のブハーリン、ルイコフと手を組み、反対派を除名・追放する。

ところが1928年の第一次五ヵ年計画でスターリンのやったことは、かつての左派の主張をより極端にした政策で、あらゆる反対を暴力で押さえ込んで農業集団化を強行し、数百万人の餓死者という信じがたい犠牲を出して、極めていびつで非効率な形の重工業を建設した。

その中でブハーリンらは結局、各個撃破され屈服と自己批判を強いられる。

だが大粛清というのは以上の党内闘争の過程で起こったことではなく、スターリン派の勝利が疑いなく磐石なものとなっていた1930年代半ば以降に起こったことであり、それだけに一層不条理で理解不能な悲劇であった。

これまで党外の反対勢力に対してはいかなる残忍な弾圧を加えても容認されると、全ての共産党員が(その後自らが粛清の犠牲となった党員も含めて)考えていた一方、党内の反対派を肉体的に抹殺することだけはしないとの合意が政治的暴力に対する最後の歯止めとなっていたが、スターリンはその唯一の抑制要因すら外すことになる。

1934年秘密警察がNKVD(内務人民委員部)に再編され恐怖政治の手足になる。

同年党内反対派の処刑に消極的な「穏健派」と見られていたスターリン派の実力者キーロフが(おそらくスターリンの秘密指令により)暗殺されたが、これが反対派によるテロと主張され徹底的な弾圧を正当化するために利用される。

36年まずジノヴィエフ、カーメネフらが大々的な見世物裁判の後処刑され、右派の有力人物トムスキーは自殺した。

その後NKVD長官ヤゴダが解任され、悪名高いエジョフが取って代わる。

急進的政治姿勢で有名であったがボリシェヴィキの暴力的権力奪取を批判し長年亡命していた文豪マクシム・ゴーリキーはソヴィエト政権と和解し数年前に帰国しており、反対派に対する寛容を訴えていたが、この時期に死去。著者はこれもスターリンによる暗殺の可能性を強く示唆している。

37年元トロツキストの中で極めて有能な人物であり、後にスターリンに忠誠を誓ったピャタコフが同じく逮捕・裁判を経て処刑。

同年赤軍の英雄的存在であったトハチェフスキー元帥を始めとする軍司令官らが処刑され、幹部の多くを抹殺された赤軍は大打撃を受け、わずか四年後の独ソ戦序盤で恐ろしい代償を支払うことになる。

38年には右派の裁判が始まりブハーリン、ルイコフらも処刑。

29年に国外追放処分を受けていたお陰でしばらく生き延びていたトロツキーも、40年亡命先のメキシコで暗殺された。

スターリン直系グループでもキーロフと同じく「穏健派」と思われたクイブイシェフ、オルジョニキーゼは不審な状況で死を迎え、ルズタク、コシオル、ポストイシェフは銃殺され、以後の最高指導部を形成したモロトフ、カガノヴィチ、ヴォロシーロフ、ベリヤ、ジュダーノフ、カリーニン、ミコヤン、フルシチョフ、マレンコフらもスターリンの猜疑心に怯えながらようやく生き延びる。

下級党員、一般国民に対しても「テロ・スパイ・政治的偏向・サボタージュ」など妄想そのものの罪状によって逮捕・処刑・収容所行きが命令され、ピーク時には全国民の5%が逮捕され、100万人以上が処刑されるという狂気の嵐が吹き荒れた。

38年末エジョフが解任されベリヤが後を襲い、前任者ヤゴダと同じく処刑された頃から、ようやく一番極端な粛清は終わりを告げたが抑圧的な体制は続き、あの地獄のような独ソ戦の始まりに挙国一致の雰囲気が育成されたがゆえに多くの国民が救いと解放感を覚えたと記されている。

内容が非常に詳しいので初心者がいきなり読む本ではなく、まず同じ著者のスターリン伝を読んだ方がいいと思いますが、機会があれば是非ご一読下さい。

事実の持つ重みに圧倒されます。

どこか別の版元から再版してもらえませんかねえ。

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黒川祐次 『物語ウクライナの歴史』 (中公新書)

最近中公新書ばっかりですね。

楽に読めるもので冊数を稼いで誤魔化してるという面は確かにあるんですが、以前書いたように世界史初心者にとって中公は新書も文庫も宝の山ですからある程度は仕方ありません。

本書も非常に良く出来てる。

単独では馴染みの無い国の歴史を、高校世界史でも扱われている周辺国の有名史実と組み合わせて面白く読める通史に仕上げている。

特定の時代に偏ることもなく、スキタイ族が史上初の遊牧民族として活動していた古代から、ソ連崩壊後の独立国家樹立までを満遍なく叙述しており、適切な知識を得られる。

ロシアの起源としてのノヴゴロド公国から派生したキエフ公国はウクライナの起源でもあり、むしろその後の歴史の経緯と史家の解釈によってロシアに「奪われた」という見方が紹介されており、なかなか面白い。

中世および近世での、リトアニア・ポーランドとの闘争やコサック勢力の自立を経て、ロシア・オーストリア両帝国に服属する過程も興味深い。

ただ、この国の現代史は悲惨としか言いようが無い。

ロシア革命後の独立も束の間、ドイツ・ポーランド・デニキンのロシア白衛軍・ボリシェヴィキと赤軍などの外部勢力が侵攻し大混乱に陥る。

国内でも主流の独立派社会主義者とマフノ率いるアナーキスト農民軍の内部対立が激しく、民族団結の核も存在せず、結局最も過激で狂信的なボリシェヴィキが他の勢力を各個撃破しウクライナ全土を支配下に入れる。

スターリン時代には大粛清と農業集団化による人為的大飢饉で恐るべき犠牲者を出し、独ソ戦では国土の大半を破壊された。

長い抑圧と屈従の果てに、ようやく1991年ソ連共産党クーデタ失敗を受け独立を達成する。

いやー、面白い。

著者は元駐ウクライナ大使の外交官であり、悪い意味で学者的ではなく、叙述のレベルも適当で初心者でもわかりやすい。

しかしこの『物語~の歴史』シリーズは本当に使えますねえ。

これを最初に企画した編集者を強く賞賛したいです。

もっともたまにはハズレもありますが。

イランとかスペインとかアメリカは今出てるものを絶版にして、新しい著者でもう一度出してもらえないかと思うくらいです。

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川又一英 『イヴァン雷帝』 (新潮社)

トロワイヤ『イヴァン雷帝』(中公文庫)の記事で「いつか通読しよう」と書いたこれを読む機会があった。

なかなか良いです。

治世全般に亘って平易な表現でわかりやすく叙述されている。

イヴァン3世の子ヴァシリー3世の嫡子として生まれ、幼年で即位、成人後はカザン・アストラハン両汗国を征服し、最晩年にはイェルマークを派遣しシビル汗国も滅ぼすものの、バルト海への出口を求めてリトアニア・ポーランド王国およびスウェーデンと戦ったリヴォニア戦争では苦杯を舐め、オスマン・トルコを後ろ盾にしたクリミア汗国には一時モスクワにまで攻め込まれ首都が灰燼に帰す。

外交面での苦境を脱するため、白海沿岸にイギリス船が漂着したのを期に、英国との同盟締結を計り、エリザベス1世に結婚を申し込むが拒否される。

内政面では名門貴族の勢力を削ぎ、忠実な士族層(新参の勤務貴族)に土地を分与し、中央集権化を徹底させる。(ちなみにイヴァンの皇妃アナスタシアの実家ザハーリン家もそうした新参貴族で、この一族が後にロマノフ家と改名し、新たな王朝を築くことになる。)

記述テーマによって時系列が前後することが多く、そこだけがやや欠点と言えるが、全体的には瑕疵に過ぎないでしょう。

当時のロシアの基準からしても極端な専制君主制を志向し、親衛隊オプリチニキを手足として、大貴族を多数殺害しノヴゴロド市を壊滅させた暴君としての側面と、神を畏れ自らの使命を確信し晩年にはかつての弾圧政策の犠牲者の名誉回復を行った信心深い側面の両方をバランスよく記述している。

著者はあとがきでトロワイヤの『イヴァン雷帝』を「大仰な俗流小説表現が作品を文学から遠いものにしている」と評しているが、全く同感です。

トロワイヤの本より、こちらをお勧めします。

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斉藤勉 『スターリン秘録』 (扶桑社)

あんまり面白くないです。

取り上げられているエピソードも別の本で読んだことのあるものがほとんどで、あまり興味をそそられない。

スターリン伝としては以前記事にしたロバート・コンクェスト『スターリン ユーラシアの亡霊』(時事通信社)が一番良いと思うので、それに加えて本書は特に読む必要は無いと思う。

アイザック・ドイッチャー『スターリン 政治的伝記』(みすず書房)は一種の古典ですから私もいつかは通読した方がいいのかなと思ってますが。

産経新聞で連載していたこのシリーズではやはり『毛沢東秘録』がずば抜けて面白い。

それから大分落ちて『ルーズヴェルト秘録』となり、本書はそれよりさらに落ちます。

特にはお勧めしません。

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バーナード・ハットン 『スターリン その秘められた生涯』 (講談社学術文庫)

スターリンの私的生活にやや重点をおいて、その人間性の醜悪な面を暴いた簡略な伝記。

面白くないことはないが、学術的とは言いがたいかもしれない。

暇な時一読するのも悪くはないが、それより去年の7月13日記事にしたロバート・コンクエスト『スターリン ユーラシアの亡霊』(時事通信社)をしっかり読んだ方が有益だと思う。

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ソルジェニーツィン 『イワン・デニーソヴィチの一日』 (新潮文庫)

スターリン時代の強制収容所での一日を克明に記した小説。

と言っても目をそむける様な残虐な描写があるわけではない。

むしろ極めて過酷な状況の中でも、希望を捨てず楽しみを見出し生き抜いていく人間の強さを描いている。

例えば本来劣悪そのもののはずの三度の食事の描写の旨そうなこと。

単調な重労働の毎日を必死で潜り抜けていく主人公の強固な意志に強い印象を受けた。

スターリン死後わずか数年にしてこのような小説が書かれたことに驚嘆する。

ご一読を強くお勧めします。

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外川継男 『ロシアとソ連邦』 (講談社学術文庫)

確か元は講談社旧版「世界の歴史」シリーズの一冊で、その文庫化。

ロシア史の標準的テキストとして適当かと思い、通読。

読了後の感想は・・・・・「普通」。あんまり面白くない。

最近こんなのばっかりですね。

最近記事にする本は、読んだのち売ったり処分したりした本がほとんどなので、勢い自分の中の評価は高くないものが多い。

心底面白いと思った本は各カテゴリの最初の方ですでに書いてしまってるので(一部例外あり)、なかなか強くお勧めしたいという本がない。

まあこれも途中で投げ出すほどでもないので、機会があればどうぞ。

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