カテゴリー「アジア」の12件の記事

ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄  一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎  下』 (草思社)

上巻記事の続き。

この下巻は、第3部、文字と技術の発明と伝播、および集権的社会への発展の章より。

後者については、その発展を小規模血縁集団(バンド)→部族社会(トライブ)→首長社会(チーフダム)→国家(ステイト)の四段階に分類。

第4部に入り、個々の地域別の考察。

まずオーストラリアとニューギニア、中国文明圏があり、続いて太平洋地域とオーストロネシア人の拡散について。

ここで語族を中心にメモ。

オーストロネシア語族は、教科書では括弧してマレー・ポリネシア語族と書いてあり、マレー語・インドネシア語・タガログ(フィリピン)語・マオリ語・タヒチ語などが属するとされている。

しかし本書によると、オーストロネシア語族は四つのサブグループに分かれ、マレー・ポリネシア語族はその中の一つに過ぎない。

なぜ教科書が厳密に言えば不正確とも言い得るような書き方をしているのかというと、残り三つのオーストロネシア語は台湾先住民の中にしか残っていないから。

著者はオーストロネシア語族の祖先は元々中国南部におり、それが台湾に渡ってのち、さらに海を渡った一派が驚くほど広範囲に移住したと推定している。

マレー・ポリネシア語族は東南アジアで、ニューギニア高地人などを除く先住民を駆逐・同化し太平洋を東進しポリネシアの島々に広がると共に、一部は西に向かい、遥か遠くマダガスカル島まで達している。

ここでついでに、ユーラシア東部の語族の復習。

最大グループはもちろんシナ・チベット語族。

名前通りの中国語・チベット語に加えて、タイ語・ミャンマー語も含まれることをチェック。

続いて、さっき出たオーストロネシア語族。

上記の通り、東南アジア島嶼部と太平洋の島々に居住している。

次によく似た名前のオーストロアジア(南アジア)語族。

ここにはヴェトナム語・クメール(カンボジア)語、モン語が含まれる。

東南アジアの国々は、その宗教・旧宗主国・政治体制などを中学・高校の社会科授業で憶えさせられてすっかりお馴染みですが、語族は盲点ですね。

島嶼部はオーストロネシア、大陸部西部はシナ・チベット、大陸部東部インドシナ半島はオーストロアジア、ただしラオスはタイ語に近く、シナ・チベット語族ということになる(上東輝夫『ラオスの歴史』参照)。

三つの語族が混在していることに注意。

なお、宗教についてはマレーシア・インドネシアがイスラム、ミャンマー・タイ・カンボジアが上座部仏教、フィリピンがキリスト教なんかは比較的憶えやすいが、ヴェトナムは確か大乗仏教だったはず。

南伝仏教がカンボジアまでは広まったが、中国の影響の強いヴェトナムは大乗、とイメージしておくか。

話を戻すと、残りはアルタイ語族。

トルコ・モンゴル・ツングースと北方遊牧民族の言葉。

場合によっては韓国語・日本語も入るという説もあるが、これははっきりしない。

次に、過去1万3000年で最も劇的な人口入れ替えであった、コロンブス到達以後の、新旧両大陸世界の遭遇についてもう一度述べている。

次がアフリカ。

「アフリカはいかにして黒人の世界になったか」と題されている。

アフリカの人種分布を述べると、北部は白人(これはアラブ系など)、サハラ以南に黒人、中央アフリカにピグミー族、その南にまた黒人、最南部にコイサン族がいて、東に浮かぶマダガスカル島には黒人とインドネシアから来たマレー・ポリネシア系の混血が在住。

語族については、中央公論「世界の歴史24」『アフリカの民族と社会』でもメモしたが、もう一度復習。

教科書では一括してアフリカ諸語と書かれているだけだが、それを分類。

まずアフロ・アジア語族が北部に広く分布。

これは普通セム・ハム語族と呼ばれている。

シュメールに続いて登場するアッカドがまず属し、以後バビロニア(アムル人・カルデア人)、アッシリアなどが続き、今ではアラブ人とユダヤ人の言葉なので、セム語族=中東・西アジアというイメージがあるが、しかし本書によると正確にはアフロ・アジア語族がまず北アフリカで成立、セム・ハム語族はそこから生れた6つの分派のうちの一つでアフリカから西アジアに広がったとしている。

(ハム語族は古代エジプト語。)

セム・ハム以外のアフロ・アジア語は上記リンク先によればベルベル語群とアムハラ(エチオピア)語などか。

そのアフロ・アジア語の海の中にナイル・サハラ語族(マサイ語・サヌリ語など)が残されている。

西アフリカ以南の黒人世界にニジェール・コンゴ語族が分布。

その中で最も大きなサブカテゴリがバンツー(バントゥー)語。

このバンツー語を話す黒人農耕民がピグミー族とコイサン族を駆逐して広範囲に移住、アフリカの多くを黒人世界にした。

コイサン語族は最南部に逃れ、ピグミー族は独自言語を失いバンツー語を話すようになる。

なお、高校世界史でも触れられるスワヒリ語は、バンツー語がアラビア語の影響を受けて成立したもの。

アフリカ諸語→ニジェール・コンゴ語族→バンツー語→スワヒリ語という四段階のカテゴリがあることを大体でも頭に入れておく。

マダガスカルでは移住者由来のオーストロネシア語が使用されている。

最後にエピローグ。

ユーラシア大陸内部でヨーロッパが占めた優位の説明。

古くから食料生産が始まり、ヨーロッパに先行していた地域のうち、西アジアの肥沃三日月地帯は森林伐採・土壌浸食・灌漑農業による地表塩化など(産業革命前の)環境破壊により衰退、中国は政治的統一が強固過ぎて新技術の放棄が政治レベルの決断で容易になされたことが理由として挙げられている。

ユーラシアの各文明圏で地理的結びつきの強いのは中国→欧州→インドの順だが、結局中程度の結合を保ち、近隣諸国が切磋琢磨して社会の発展を導いたヨーロッパが優位を占めることになったと述べている。

そこそこ面白く、読むのに難儀することもないが、目から鱗が落ちたという感じでもない。

損をしたとは思わないが、読む手間に比べて得られた面白さはさほど大きくもない。

主要な論旨は上巻で言い尽くされているので、下巻がややたるい。

まあ普通じゃないですか。

上巻の記事で興味を持たれた方は図書館で借りて下さい。

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ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄  一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎  上』 (草思社)

翻訳は2000年刊。

昨年の朝日新聞書評欄で、「ゼロ年代(2000~2009)の50冊」という特集の中で第一位になっていた本。

存在には気付いていたが、半分人類学の本みたいな本書は、私の関心の守備範囲外なので敬遠していた。

しかし、上記朝日新聞を見て(随分間隔が空いたが)、試しに読んでみるかと手に取る。

本書のメインテーマは、現代世界における発展の巨大な不均衡はどのようにして生じたのかというもの。

あるいは少し問題を絞って、ヨーロッパの本格的進出が始まった西暦1500年時点で、アメリカ・アフリカ・オーストラリア各大陸に対するユーラシア大陸の優位がなぜ存在したのかということ。

(なお、ユーラシア大陸内部、産業革命以後の、アジアに対するヨーロッパの優位は基本的に取り扱われていない。)

今から1万3000年前(紀元前1万1000年)、全大陸に現生人類が移住し分布した時点では、各大陸の生活に大きな差は無かった。

それが、1万2500年後には途轍もない格差が生じていたことになる。

著者はまず直接的要因として、銃・鉄剣・馬などの軍事力、外洋船などの輸送技術、海外での征服活動を可能にした集権的政治機構、文字による知識・情報の処理と蓄積、特に新大陸の先住民にとって致命傷となったユーラシアにのみ存在する疫病などを挙げる。

タイトルの「銃・病原菌・鉄」はこうしたものを的確に表わしたもの。

これらの直接的要因から究極的要因にさかのぼって考察していく。

例えば、軍事・輸送などに関する技術の発達、集権的政治機構、文字の発明・普及には人口が稠密で定住化および階層化が進行した大規模社会が必要となる。

ではそうした大規模定住社会が成立するためには何が必要かというと、余剰食料と食料貯蔵。

余剰食料と食料貯蔵を可能にする農業・牧畜が始まるためには、多くの栽培植物と家畜が必要。

そのためには栽培化・家畜化が可能な野生種の植物と動物が生息している必要がある。

ここでいう家畜化可能な動物とは、主に「陸生で」「群居性の」「大型草食哺乳類」であるという、いくつもの限定が付く。

もちろん、鶏をはじめとしてアヒル・ガチョウ・七面鳥などの鳥類、他に犬、ウサギ、ミツバチなども飼育されているが、やはり牛・馬・豚・羊・山羊などが決定的重要性を持っている。

こうした家畜化された群居性哺乳類の体内で病原菌が変化して集団感染症の原因となる菌が生れることになり、それが人間に感染し大きな被害をもたらすと同時に人間の体内で免疫力も作り出すことになる。

以上の因果連鎖においてユーラシア大陸は決定的優位性を持っていた。

例えば、アメリカ大陸ではよく知られているように、植物ではトウモロコシ・ジャガイモ、動物ではラマ・アルパカなどしか利用できなかったわけである。

では、なぜ南北アメリカ、アフリカ、オーストラリアよりも、ユーラシア大陸で多くの動植物が栽培化・家畜化できたのだろうか。

単純に面積が広く、利用可能な動植物の種類が多かったということはもちろんある。

著者もその要因が大きいことを認めている。

それに加えて、もう一つの地形的要因が挙げられており、それは・・・・・・と喉元まで出かかってますが、最後のネタバレは止めておきましょう。

ごく平凡で常識的なことです。

一つだけヒントを挙げると、アステカ帝国などのメソ(中央)アメリカ文明とインカ帝国などのアンデス文明の相違を思い出して下さい。

このラテン・アメリカ文明内部での相違点は、高校世界史ではあまり触れられませんが、考えてみると決して小さなものではない。

トウモロコシが両者に共通して栽培されていたのに対し、ジャガイモはアンデス地域でしか知られていなかったということは、先日の『ジャガイモのきた道』の記事でも書きました。

またマヤ文明はマヤ文字を持ち、アステカ帝国も象形文字を使用していたにも関わらず、インカ帝国には文字は存在せず、キープ(結縄[けつじょう])を記録に利用。

(このキープは高校世界史でも出てきますが、ラテン・アメリカ全域ではなく、あくまでアンデスのインカ帝国での産物。)

インカ皇帝は、アステカ帝国がスペインに滅ぼされたことを知らず、全くの情報不足の状態のまま、ピサロと会見し捕えられ、数万のインカ軍は百分の一以下のスペイン軍によって大敗を喫している。

メキシコとペルー間は、ユーラシア大陸で文明が伝播した距離を考えると、極端に遠いとは言えないのに、ラテン・アメリカ文明の二大強国は全く没交渉だった。

このことに、ユーラシア大陸優位の謎を解く鍵があります。

・・・・と思わせぶりに随分引っぱりましたが、さして意外なことではなく、聞いたら「なあんだ」と思うようなことです。

詳しくは、本書をお読み下さい。

遅くなりましたが、本書の全体構成を述べると、プロローグで問題設定・提起、第1部で近代以降の勝者と敗者の劇的結果を対比、第2部でその原因探求として食料生産を考察、第3部では食料以外の疫病・文字・技術、第4部ではこれまでの考察を各地域の歴史に当てはめ検証、具体的にはオーストラリアとニューギニア、中国とアジア太平洋、ヨーロッパと新大陸先住民、サハラ以南のアフリカ、そして最後のエピローグで全体のまとめ。

この上巻は第3部の途中までです。

あとは・・・・・。

最初に人類の誕生からの概略を述べた章がある。

先史時代については、本書くらいしか復習の機会がないでしょうから、メモしますか。

地球の歴史が46億年、これをいくつかに分けた地質年代というものがある。

天文学の範囲外では一番長大な区切り方か。

始生代、原生代、古生代、中生代、新生代。

約6億年前の生物誕生後が古生代、中生代、新生代。

新生代は約6500万年前から現代までで、恐竜滅亡後、哺乳類の活動が活発になった時期。

新生代は第3紀と第4紀(約180万年前~)に分かれ、第4紀はさらに更新世(洪積世)(180万年~1万年前)と完新世(沖積世)(1万年前~)に分かれる。

上記、洪積世と沖積世があまり使われなくなり更新世と完新世と呼ばれるようになった理由は、『もういちど読む山川日本史』の最初に書いてあります。

第4紀中、4回の氷河期があり、第4氷河期が終わって完新世となる。

よって完新世のことを後氷期とも言う。

次に化石人類の話。

猿人・原人・旧人・新人。

新人は現生人類のことだが、化石になって出土したものは新人でも化石人類と呼ぶ模様。

400万年前、猿人が出現。

アウストラロピテクス、ホモ・ハビリスなど。

この時期はまだ第4紀ではなく、第3紀末期であることをチェック。

単純な打製石器である礫石器などを使用。

50万年前に原人。

ピテカントロプス・エレクトゥス(ジャワ原人)、シナントロプス・ペキネンシス(北京原人)など。

形を整えた打製石器使用、北京原人は火と言葉も。

20万年前に旧人。

ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)。

死者の埋葬、剥片石器。

ネアンデルタール人の学術名ですでに「ホモ・サピエンス」と付いていることに注意。

4万~1万年前、新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)出現。

クロマニョン人、周口店上洞人、グリマルディ人。

洞穴美術(アルタミラ、ラスコー)、骨角器、屈葬。

完新世に入ると、旧石器時代から中石器時代に移行、前7000年ごろ新石器時代。

食料生産革命、狩猟・漁労・採集の獲得経済から農耕・牧畜の生産経済へ。

前3500年ごろ青銅器・金属器時代。

前3000年ごろ国家の誕生、文字の発明、歴史時代へ。

大雑把過ぎるが、4万年前に現生人類誕生、1万年前に農耕開始、前3000年に国家成立、歴史時代へということだけはせめて記憶。

以上の「○○万年前」という数字、ほとんど忘れてますね。

あんまり興味無いんで・・・・・。

下巻記事に続きます。

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浜林正夫 『世界史再入門 歴史のながれと日本の位置を見直す』 (講談社学術文庫)

数ヶ月前に新刊情報の記事の中で、名前だけ出した本を通読。

さほど厚くない、一冊モノの世界史。

私程度の知識しか無い人間が、自分に合わないからといって一刀両断に切り捨てるのは、どんな本であれ宜しくないでしょうし、そんなのを読まされる方も鬱陶しいのはわかっているつもりですが、これについては言わずにおれない。

はっきり言って長所が全くわからない本でした。

「まえがき」で使用方法として、まず各章のまとめの節を先に読んでもらっても良いと書いてあって、こういうふうに明解な指針を読者に示してくれるのには好感が持てる。

しかし、そのまとめを読んでみても「うーん」と思うだけで、全世界史を一望の下に理解することができる認識軸を提示してくれているとは到底思えないし、さしたる感銘も受けない。

(著者には「そりゃ君の頭が悪いだけだ」と言われるかもしれませんが。)

その前後に記されている大まかな史実の流れは、高校教科書の記述を薄めに薄めた絞りかすみたいな文章で、全然面白くない。

最後の「補論 世界史像の再構成へむけて」はまあ興味深い点が無いでは無いが、著者と同じ考えを持てない読者にとっては「???」の連続ではないでしょうか。

(なお、現代史の部分で著者の相当に左派的な立場が打ち出されていますが、そういうことだけで文句を付けているのではありません。)

同じ世界史概説でも、ウィリアム・マクニール『世界史』(中央公論新社)(現在は中公文庫に上・下巻が収録)や宮崎市定『アジア史概説』(中公文庫)と比べれば、天と地ほどの差を感じる。

この両書とはそもそもページ数が違うと指摘されれば、やや対象範囲がせまいとは言え、同じく薄い文庫本である松田壽男『アジアの歴史』(岩波現代文庫)と比べても役に立つ視点が少な過ぎると言いたい。

「読む価値無し」と断言する気はありませんが、積極的にお勧めする気もゼロです。

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加藤祐三 川北稔 『アジアと欧米世界 (世界の歴史25)』 (中央公論社)

タイトルを見て、主に19世紀におけるアジアの植民地化の歴史をざっと叙述する本なんだろうなあと思って目次を眺めたら、何やら様子が違う。

広く近代以降のアジアと欧米諸国との貿易や国際関係について概観する内容らしく、「そういうテーマ史だけで一巻費やすの?」と奇異の念に捕われる。

ギリシア・ローマ史のように明らかなページ数不足と思われる地域と時代もかなりあるのに、この配分は、意気込みは買うにしてもやはりちょっと変じゃないかと言いたくなる。

そういうモヤモヤした気持ちを抱えながら読み始めたが、最初の二章は特に悪くもないが、大して面白くもない。

「こりゃやっぱりハズレかな」と思いながら、川北氏(『砂糖の世界史』の著者)執筆の第3章以降に入ると、印象が全く一変する。

極めて良質で有益な経済史。

「近代世界システム」、「17世紀の危機」、「ジェントルマン資本主義」などの用語を極めて平易に説明してくれている。

大航海時代以降、世界規模の貿易システムが展開した後、ヨーロッパの生活革命に連動して貿易構造が変化し、それが覇権国の盛衰を引き起こす様を、まるで手に取るようにわかりやすく理解させてくれる。

私は他の概説書で、これほど面白い経済史を読んだことがない。

素晴らしい。傑作。

上記『砂糖の世界史』を読むより、少々手間でも本書を読んだ方がはるかに良いと思う。

これには本当に感心させられました。

川北氏の担当章が終わると、加藤氏には申し訳ないのですが、かなりテンションが下がります。

しかし「拙著『イギリスとアジア』(一九八〇年)」という言葉を見て、「えっ」となる。

私は未読ですが、このタイトルの岩波新書はかなり前から知ってましたし、結構有名ですよね。(追記:←と、最初にこの記事を書いたときには思ったのですが、ひょっとして『イギリスと日本』と勘違いしていたんではないかと、読み返して気付きました。)

調子が良過ぎるかもしれませんが、それを知ると、何か前半の文章よりかは面白いと思えるようになった。

日本の開国を扱った章では、幕府の外交をその当時としては最善に近いものだったとして高く評価しているのが印象的。

最初と最後はもう一つですが、中盤は非常に面白くてためになる。

相変わらず自分の第一印象は当てにならんなと反省させられました。

あと、最後の参考文献欄と年表を眺めていて思ったことを書きます。

この巻だけじゃなく中公新版の全集すべてに当てはまるのですが、参考文献がただ並べてあるだけで、著者のコメントが一切付いていないのが非常に残念です。

講談社旧版の全集ではコメントが付されており、これがものすごく助かる。

各書の特徴や難易度、適切な用途など、ごく簡略に一言二言書かれているだけでも初心者にとっては極めて有益で参考になるんですが。

それと年表があまり役に立たないことが多い。

ほとんどの巻で上段が主要対象地域、中段がその他の地域、下段が同時代の日本という構成で、特色が無い。

狭いスペースで無理に同時代の事項を付け加えているので、肝心の主要史実の年表はただ漫然と並べてあるだけという感じになってる。

もうちょっと工夫してわかりやすく有益なものに出来ないでしょうか。

一般向け啓蒙書として、そういう行き届いた配慮があればなお良かったのにと思ってしまいました。

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宮崎市定 『東西交渉史論』 (中公文庫)

宮崎御大の東西交渉と中国周辺部の歴史に関する文章を集めた本。

真ん中あたりの「条支と大秦と西海」や「南洋を東西洋に分つ根拠に就いて」は少々難しいので、飛ばし読みでいいでしょう。

あとはスラスラ読めて割と面白い。

本書も1998年に出た時には読まずにいたら、今は品切れ。

せめて中公文庫の宮崎氏の本は全部在庫してもらえませんかね。

といっても未読の分のうち、『九品官人法の研究』は難しすぎて読めないし、『謎の七支刀』と『水滸伝』は興味が薄いので読む気がしないのも事実なんですが。

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松田壽男 『アジアの歴史』 (岩波現代文庫)

副題が「東西交渉からみた前近代の世界像」。

古代から近代の「欧勢東漸」までのユーラシア史を極めて巨視的な視点から概観した本。

ごく短い本でありながら、濃い内容。

著者が作成したいくつかの概念図が興味深くわかりやすい。

中央アジアに関しては細かな事実関係でも教えられるところがある。

誰でも簡単に読めて、世界史を俯瞰する上で役に立つ見方を提供してくれる優れた本。

岩波同時代ライブラリーに収録されていた時から知っていたが、当時は無視していた。

今読んでみて、その判断が間違いだとよくわかりました。

楽に読めてわりと面白い本なので、皆様にもお勧めします。

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杉山正明 『遊牧民から見た世界史』 (日経ビジネス人文庫)

去年の6月27日井上靖『蒼き狼』の記事で、杉山氏の本は当ブログで紹介することはないと思うと書きましたが、慢性的ネタ不足なので本書を取り上げてみます。

遊牧民勢力への肯定的再評価を通じて今までのユーラシア史のイメージを一新するという意気込みは大変結構なんですが、不必要に断定的で攻撃的な口調がいちいち神経に障る。

そういう文章への反発から、最初もっともだと思えた定説への批判すらだんだん疑わしく思えてくる。

私は三分の一くらい読んだ辺りで耐え切れず放り出しました。

ただし、私ほど短気でなく、こういう「杉山節」が気にならない方にとっては、本書や中公新版「世界の歴史」および講談社新版「中国の歴史」の杉山氏執筆巻は良質な啓蒙書だと思いますので、一度お試しください。

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ウィリアム・マクニール 『世界史』 (中央公論新社)

一冊の本で全世界史を物語ることは可能だろうか。

毒にも薬にもならない平板な教科書的記述ではなく、一人の著者によって書かれその人独自の史観が感じられ一貫した読物となっている一冊の世界史というのは有り得るか。

この問いに肯定的に答えるのは難しい。

今まで紹介した本の中では、宮崎市定氏の『アジア史概説』(中公文庫)および『アジア史論』(中公クラシックス)が最も近いかもしれない。

本書は以上の宮崎氏の著書と並んで、その稀な例外となっている、アメリカ歴史学界の長老が書いた世界史概説。

人類史における諸文明の興亡の明快かつ的確な見取り図を提示してくれる。

例示される史実とその説明は、無味乾燥な簡略さと晦渋な煩雑さの双方を避け深く説得的なものとなっている。

読後感は予想よりはるかに良かった。

定価3990円と結構値が張りますが、品切れにならないうちに買って手元に置いておくのが宜しいかと。

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衛藤瀋吉 『近代東アジア国際関係史』 (東京大学出版会)

えらく硬いタイトルだが、東大での国際政治学の講義を活字にしたもので、話し言葉に近く読みやすい。

『眠れる獅子』や著作集の『二十世紀日中関係史』との重複も多いが、変な偏りのある本を多く読むより、こういう本をしっかり読んだ方がいいと思う。

ただ末尾に近くの、日米開戦以後の部分は面白さがガクンと落ちます。

避けようも無い惨敗の描写となりますので、それも仕方ないでしょうが。

先の大戦への評価について本書はかなり否定的だが、私はそれを「自虐的」と切って棄てる気は無い。

著者の立場に必ずしも同意するものではないが、歴史の基礎的素養を得る本として優れていることに間違いないと思う。

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衛藤瀋吉 『眠れる獅子 (大世界史20)』 (文芸春秋)

中国を中心としたヨーロッパ進出後のアジア史。著者は戦後非マルクス主義的、現実主義的な立場で名を知られた中国研究者。

物語風の叙述で読みやすい。歴史的事象の評価も穏当でバランスが取れている。

例えば太平天国や義和団について民族抵抗の面と破壊野蛮の面の両方を認めている。

変な偏りが無く、安心して読める良い入門書。

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