カテゴリー「イスラム・中東」の31件の記事

坂本勉 鈴木薫 編 『イスラーム復興はなるか (新書イスラームの世界史3)』 (講談社現代新書)

1巻2巻であれこれ文句を付けた本だが、結局シリーズ全巻読むことになってしまった。

叙述範囲は、中東・イスラム圏の近代の開始を画した1798年ナポレオンのエジプト遠征から始まるのは定番だが、終わりは本書が出た1990年代前半まで行かずに、実質1920年代まで。

トルコ、アラブ、イラン、中央アジア、と地域別の章が四つ続いた後はメッカ巡礼とネオ・スーフィズムというテーマ的な章が挟まって、最後に全巻の結言が入るという構成。

第1章オスマン帝国。

50ページほどで、衰退期のオスマン朝史を手堅くまとめてあるが、特筆すべき点は無く、ごく普通の記述。

しかし相変わらず在位したスルタン名と主要史実を結びつけて憶えていないことにショックを受ける。

高校時代からこの辺苦手なんですよ・・・・・。

今更だが、復習すると1789年フランス革命勃発と同年即位したセリム3世が、西洋式新軍隊ニザーム・ジェディットを創設、ナポレオンのエジプト侵攻、1803年ワッハーブ王国のメッカ占拠、ムハンマド・アリー自立など国難が続く中、守旧派によって廃位。

マフムト2世(在位1808~39年)、1821~29年ギリシア独立戦争、1826年イェニチェリ全廃、エジプト・トルコ戦争(第1回・1831~33、第2回・1839~40年)。

アブデュル・メジト1世(1839~61年)、タンジマート開始(ムスタファ・レシト・パシャ)、1853~56年クリミア戦争。

アブデュル・ハミト2世(1876~1909年)、この人が実質最後のスルタン、ミドハト憲法、露土戦争、パン・イスラム主義、青年トルコ革命。

以上四人のスルタンは憶えましょうか。

本書ではタンジマート改革は、中国の洋務運動、日本の明治維新、タイのチャクリー改革に先立つ非西洋世界の近代化運動として評価されており、ムハンマド・アリー治下のエジプト、フランスに植民地化されたアルジェリア、独立運動が続くバルカンを除く、帝国本拠のアナトリア、シリア・イラク・ヒジャーズ・イエメン・ペルシア湾岸・リビアにおいて再集権化に成功したと述べられている。

ただし、この時代のオスマン帝国の政治家たちは、外交面ではヨーロッパ列強と互角に渡り合う能力を持っていたが、明治日本の指導者に比べて経済への関心が薄く、「タンズィマート改革は殖産興業策とそれによる富国策を欠く強兵策であり」、改革の財源を安易に外債へ依存したことが、財政破綻と列強への経済的従属に繋がったとも書かれている。

第2章アラブ世界。

近現代のアラブの政治運動における理念として、イスラム主義・アラブ主義・国民主義の三つを挙げ、それぞれがどの地域・時代で有力だったかを述べている。

例えば、ムハンマド・アリー朝治下のエジプトは国民主義に基づく国家建設とされ、1952年のエジプト革命はそれをアラブ主義に切り替えたことを意味すると解釈される。

その他、シリアやイラクがアラブ主義に向かったのに対し、帝国辺境部のアラビア半島・スーダン・マグリブではイスラム主義が有力(ワッハーブ派・マフディー運動など)。

第3章イラン。

ここも特に無し。普通。

カージャール朝がこの時代の主要舞台になるが、この王朝は建国が1796年。

まさに西洋列強の本格的進出が始まろうかという時点で建国された王朝としては、他にタイのチャクリー朝(1782年~)、ヴェトナムの阮朝(1802~1945年)がある。

カージャール朝は1828年トルコマンチャーイ条約でロシアに治外法権を認め、アルメニアの大半を割譲しているから、盛期というほどの時期もなく、建国後すぐに衰退期に入っている観がある。

第4章中央アジア。

18世紀前半、カザフの遊牧民は西から小オルダ、中オルダ、大オルダの三つの部族連合に分かれており、東から仏教徒でモンゴル系のジュンガルの攻撃に脅かされて小・中オルダがロシアへの帰属を誓約したのが、ロシア支配の始まり。

1820年代に入ると小・中オルダのハーン権力に替え、ロシア統治導入、大オルダも南からのコーカンド・ハン国の脅威を受け、ロシアに服従。

以上のみメモ。

第5章メッカ巡礼と周辺地域。

聖者・聖地崇拝をイスラムが禁じたはずの偶像崇拝として激しく排斥するワッハーブ派の攻撃を受けたスーフィズム(イスラム神秘主義)教団が自己変革を遂げて、メッカのイドリース教団、中央アジアのナクシュバンディー教団などが生まれ、それらがヨーロッパの進出への抵抗運動を組織する様を描写している。

最後に全巻の結語。

特に感想無し。

全巻読んでもやはり、あんまり良いとは思えない。

中公新版全集の『イスラーム世界の興隆』を読んだ時のような爽快感と充実感が無い。

大きな欠点も無いとは思うが・・・・・。

紙数が少なくて、興味を持たせるエピソードや挿話の類いに乏しい。

手堅い教科書的著作という感じで、あまり記憶に残らない。

類書の少ないイスラム史入門書としては、まだしも貴重で有益としておくべきなんでしょうが。

積極的にお勧めする気はあまり起こりません。

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ジョン・エスポジト 編 『オックスフォード イスラームの歴史 1 新文明の淵源』 (共同通信社)

原著は1999年刊、この翻訳は2005年刊。

全3巻で、ムスリムと非ムスリムの著者が入り混じっている。

例によってイスラム史を補強するために適切な本を探していたのだが、ネームバリューがありそうで内容もしっかりしていそうな本書を見つけたので手に取った。

この第1巻の目次を見ると、普通の政治史は第1章のみで、あとは広い意味での文化史に当てられている。

以前の私だったら、「ああこりゃ駄目だ、向いてない」といって即投げ出しているところだが、最近は少しは忍耐力が付いてきたので、とりあえず読み始める。

最初の100ページ弱がムハンマド以前のアラビアから13世紀のモンゴル侵入とアッバース朝滅亡までの政治史の素描。

この部分は非常に良く出来ている。

紙数からしてそれほど細かな固有名詞や説明は出てこないが、それでもよく整理された見通しの良い記述。

ムハンマドの統治とカリフ制の成立、地域ごとの諸王朝の系譜という、通史の一番基礎的な部分をわかりやすく提供してくれるので、非常な好印象を受ける。

第2章はイスラムの基礎的な教義と戒律についてあれこれ書いてある。

よくわからない部分もあるが、まあこんなもんかと流す。

第3章はイスラム法。

よく知られたシャリーアという言葉の他に、フィクフという用語が出てくる。

これはシャリーアを元にした「上部構造」としての実定法というくらいの意味らしい。

(定義が不正確かもしれないが、うまく読み取れない。)

コーランとスンナ以外に何を法源として認めるかといったことによって、『ビジュアル版イスラーム歴史物語』の記事で触れたような、ハナフィー派・マーリク派・シャーフィイー派・ハンバル派といった四大法学派が分かれていて、それぞれの学派の立場が説明されており、読んでるときは「あー、はいはい」と比較的楽に理解はできるが、その特徴をいちいち覚えるのはやはりつらい。

要はハンバル派が一番厳格で、今の言葉で言えば「原理主義的」ではあるが、一方柔軟な一面も持っていたみたいなことが書いてある(と思う)。

第4章は科学・医学・技術史。

前章にも増してわからない。

天文学やら暦やらに関する説明は私の頭では全く理解できずチンプンカンプンなので、全部飛ばし読み。

適当で表面的な感想だけ書くと、高校世界史レベルでも思ったことだが、イスラム文化史で出てくる人たちというのは多分野に通じていて何が専門なのかわからない人が多いなということを再確認。

この章の最初の節でプトレマイオスの『アルマゲスト』を吸収・発展させたイスラム天文学の成果が扱われているが、ビールーニー(2002年版『世界史B用語集』で頻度1、『インド誌』の著者としてのみ触れられている)、フワーリズミー(代数学)、イブン・シーナー(アヴィケンナ・『医学典範』・哲学)、イブン・ルシュド(アヴェロエス・医学・哲学)が天文学者として出てくるし、そこでは出てこないがオマル・ハイヤームも詩集『ルバイヤート』の著者であると同時に暦の制定者(と数学者)でもある。

第5章は美術と建築。

さらにわからない。

全然興味もない。

徹底して読み飛ばして挫折するのだけは避ける。

イスラムで偶像崇拝は禁じられていたが、人物画像自体は当初タブー視されておらず、私的な生活領域では作成・鑑賞されていたが、徐々にヨーロッパ人がアラベスクと呼ぶ、植物に題材をとった幾何学的文様に変化していったとか何とか、そんなことが書いてあるのか?

すみませんが、わからないので飛ばします。

第1章はなかなか面白かったのですが、以後は予想通りかなりきつかった。

私のような趣味・性向でない方にとって良質な入門書と言えるかどうかとなると・・・・・・。

ちょっとよくわからない。

歯切れが悪くて申し訳ありませんが、本書についての評価は留保させて頂きます。

2巻・3巻を読むかどうかも現時点では決めてません。

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横田勇人 『パレスチナ紛争史』 (集英社新書)

200ページほどの簡略な戦後パレスチナ通史。

著者は日本経済新聞の元カイロ支局長。

2004年5月初版なので、01年の9・11テロや03年のイラク戦争についての記述はあるが、それ以降のPLO議長アラファトとイスラエル首相シャロンの死などには触れられていない。

外務省HPで確認したら、アラファト死去は04年11月なので、寸での所で間に合わなかったようだ。)

ジャーナリストが書いた本らしく、今世紀(21世紀)に入ってからのごく最近の出来事に多くの紙数が割かれている。

ユダヤ人の歴史とイスラエル建国から1980年代末までの経緯は第1章で扱われている。

50ページほどの分量なので、あくまで概略に過ぎないが、最低限必要な史実には触れられており、まあよく整理されていて良い方だと思う。

それから、1987年第一次インティファーダ(民衆蜂起)開始、91年湾岸戦争とマドリード中東和平会議、93年オスロ合意(パレスチナ暫定自治協定)、95年ラビン首相暗殺、00年第二次インティファーダというように記述は進む。

本書の刊行からでも5年が経ち、時事的著作としてはやや時代遅れになってしまいましたが、村松剛『血と砂と祈り』(中公文庫)藤村信『中東現代史』(岩波新書)の記述の後に繋げて読む本としては十分使えると思います。

あと、本書の特徴として、イスラエル・パレスチナ双方の主張をよく聞き、一方に偏した立場を取っていないことが挙げられます。

この分野はとにかく政治的対立が余りに先鋭なので、当事者間はもちろん、学者やジャーナリストでも党派的立場に囚われがちですが、著者の筆致は双方に批判と同情を併せ持つといった感じで、かなり公平だと感じました。

オスロ合意から2000年以降の和平交渉挫折までの期間が省略気味だったりするのがやや欠点かと思いますが、現代史の空白を埋める本として有益です。

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鈴木董 編 『パクス・イスラミカの世紀 (新書イスラームの世界史2)』 (講談社現代新書)

かなり前に第1巻を読んだ後、そのまま放置してあったシリーズの続巻。

13世紀モンゴル侵入から18世紀末辺りまでのイスラム史。

第1章モンゴル史の著者は杉山正明先生

いつもの調子で、イスラム史家が記したモンゴルの残忍・破壊は西欧史家・中国史家と同じく一切「偏見」と言わんばかりの叙述。

一応論拠は述べられていてそれなりに納得できるものではあるのですが、どうしてもそのまま素直に受け取れないと警戒してしまう気持ちは残る。

しかしここまで徹底されると、ある意味感心する。

もう誰も止めませんから、先生は行き着くところまで行って下さいという感じ。

第2章は東方イスラーム世界。

これは、モンゴル侵入以後500年間の、イラク・イラン・アフガン・西トルキスタンを併せた地域を指し、ペルシア語を共通語とし、軍事はトルコ系遊牧民が、民政はイラン系定住民(タージーク)が担当していたのが特徴。

教科書ではこの時期をイラン・イスラム文明の時代と名付けているが、本書ではトルコ・モンゴル系遊牧民が大きな役割を果たしていたので、この名称は使わないとしている。

王朝で言うと、イル・ハン国、ジャラーイール朝、ティムール朝、黒羊(カラコユンル)朝、白羊(アクコユンル)朝、サファヴィー朝。

支持基盤であるトルコ系遊牧民が持っていたかなり特殊な信仰であるキジルバシ的シーア主義と、統治下においたイラン系定住民の信仰との妥協点を見い出すため、サファヴィー朝が12イマーム派シーア主義を導入する経緯などはなかなか興味深い。

第3章はティムール朝。

中央アジアは歴史上常に被征服者の立場に置かれてきたが、ティムール朝において初めて自ら世界帝国の発祥となったと書かれていて、そう言われてみればそうかと気付いた。

16世紀の中央アジアで、ティムール帝国崩壊と大航海時代によってシルク・ロードの重要性が低下し、没落・停滞の様相が濃くなったという定説に疑問を投げかけている。

第4章はオスマン帝国。

有名な常備軍イェニチェリは、火砲を装備した歩兵集団であり、騎兵ではない。

これは結構盲点で、大学入試の引っ掛け問題で問われそう。

1514年、建国間もないサファヴィー朝とチャルディラーンで戦い、これを撃破。

当時在位していたスルタン、セリム1世は1517年のマムルーク朝エジプト征服でのみ、高校世界史では記憶されているが、上記チャルディラーンの戦いも結構重要と思われる。

オスマン帝国衰退の象徴を1571年レパントの海戦に見るのではなく、1683年第二次ウィーン包囲失敗と1699年カルロヴィッツ条約とハンガリー喪失に置くというのは、高校世界史でも出てきますね。

第5章オスマン支配下のアラブ。

オスマン治下時代を単純な暗黒時代としてではなく、アラブ有力者層の自立の時期として捉えて、各地域ごとの具体的様相を叙述している。

第6章ムガル帝国。

アウラングゼーブ死後の急激な分裂を考慮して、ムガル朝をインドの統一政権とは見ずにデリー・スルタン朝の継続に過ぎないとの見方を紹介しているのは非常に面白い。

第7章東南アジアのイスラム化。

実質マラッカ王国のみの記述。

短すぎてあまり書くべきこともない。

しかしマラッカの年代記において、自らの遠い始祖をアレクサンドロス大王としていると記されているのは意外だった。

(アレクサンドロス伝説はイスラム時代でも諸所に残されてるとの知識は事前にあったが。)

最後の第8章国際交易ネットワーク。

10世紀後半ごろ、イスラム圏の貿易・商業の中心がバグダードからカイロに移って以後の経済史。

無難で平易な叙述なので、素直に読む。

悪くはない。

悪くはないが、目の冴えるほど面白いとか、基礎から中級レベルの史実を洩れなく取り上げて、理解しやすい見解を添えて提示してくれるということはない。

以前も同じこと書きましたが、どうもイスラム史は初心者向けのいい本が少ない。

中公新版全集のイスラム史は全部読んだので、最低限の基礎は出来ていることにしようとも思うのですが、どうもすっきり理解できた気がしない。

あれこれと図書館の在庫本を検索して試し読みしてみるということが続きそうです。

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桜井啓子 『シーア派 台頭するイスラーム少数派』 (中公新書)

イラク戦争後の混乱が泥沼化していた2006年刊。

著者は岩波新書から『現代イラン』などの本も出している方ですが、同じ女性のイスラム研究者の酒井啓子氏と名前が妙に似てますね。

本書の構成として、冒頭から半分弱ほどがシーア派の歴史的来歴を語る部分で、残りで20世紀以降の展開が述べられている。

最初にまず現在のシーア派人口分布が載せられている。

中学以来、シーア派と言えば、「=イラン」で済んでいた。

イラクは支配層はスンナ派だが、住民の過半はシーア派だなんてことは、高坂正堯『外交感覚』を読んで初めて知った豆知識といった程度の認識だったのが、ブッシュ・ジュニアが滅茶苦茶やったお陰で広く知られる事実となってしまった。

他には、ペルシア湾岸の島国バーレーンがシーア派人口50パーセント超で、レバノン・クウェート・パキスタンも比率が高い。

さらにアゼルバイジャンが6割超と書かれているのを見て、「ええーっ」と思ってしまうが、イランと地続きで、イランからロシア支配下に編入されたことを考えると別に不思議でもないかと思い直した。

シーア派信仰におけるイランの地位は必ずしも絶対的なものではなく、アリー以下のイマームの墓廟も、サウジがメディナの一ヶ所、イランが東北辺境にあるマシュハド一ヶ所なのに対して、イラクにはバグダード南にあるカルバラ(第3代フサイン)、さらに南のナジャフ(初代アリー)、北部のカーズィマインおよびサマラと四ヶ所存在する。

また、サファヴィー朝成立時点では、イラン人の多くは依然スンナ派だったと書かれているのは新鮮。

なお、イラク南部のシーア派住民について、18世紀半ば以降のアラビア半島でのワッハーブ派運動から逃れてきた部族が集団でスンナ派から改宗したが、そうした人々も多く含まれていると書いてあったのが記憶に残った。

サファヴィー朝とオスマン朝、両国の衰退の間を縫って、バザール商人や商工集団などの支持を得て国家から相対的に独立した地位をシーア派聖職者が占めるようになり、その中から19世紀半ばマルジャア・アッ・タクリード(模擬の源泉)と呼ばれる最高権威が生まれる。

20世紀に入ると、これまでシーア派信仰の中心だったナジャフが非アラブ系の神学者や学生が増加したことにより、反って求心力を失い、スンナ派ハーシム王家の下でイラクが独立し、シーア派が国家建設から排除されたこともあって、ナジャフの地位はイランのコムに奪われる。

このコムからイラン・イスラム革命の指導者ホメイニが出ることになりますが、その「イスラム法学者の統治」という理論については、ホメイニ以外に並立する他のマルジャア・アッ・タクリードの中には否定的に捉える者も多かったと書かれてある。

後半部は、イラン革命という一大事件を軸に、各国の情勢を総覧していく記述。

ホメイニ治下のイランが試みた「革命の輸出」は失敗し、各国のシーア派の中でもイランから距離を置く勢力が主流となる。

インド・パキスタンやサウジ東部のシーア派など、あまり知られていない少数派運動を紹介してくれているところは貴重。

『ムガル帝国から英領インドへ』で少し触れた、アウラングゼーブ死後独立したアワド王国がシーア派だったとか、パキスタン指導者のズルフィカル・ブット(任1971~77年。この前暗殺された女性政治家の父親)がシーア派出身だったとかは本書で初めて知った。

イラクでは、サドルとかハキムとかスィースターニー(シスタニ)とか、新聞の国際面を眺めてると時々お目にかかる名前が載っているので、読めば非常に参考になります。

面白い。

難解な教義について深入りしてゴチャゴチャ述べた本ではなく、高校レベルからでもすんなり入っていける叙述。

巻末の人名・事項索引が親切で便利。

前半の前近代史と後半の現代史の部分のバランスが良好。

前半の記述は必要にして十分な知識を無理せず与えてくれるし、後半は複雑で微妙な地域情勢理解のために有益な情報を豊富に提供してくれる。

相当優れた入門書であろうかと思います。

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後藤明 『ビジュアル版イスラーム歴史物語』 (講談社)

講談社から出た世界史全集として、1970年代後半に出た旧版の他に、1980年代半ばに刊行された全20巻の『ビジュアル版世界の歴史』というものがありました。

「ビジュアル版」という言葉の意味は、要するに活字がびっしり詰まった本だと売れないから、写真や図版を多く入れて本文を少な目にして読者を惹き付けましょうということでしょう。

この場合、「ビジュアル版」=「内容が薄い」と判断せざるを得ないので、私はこのシリーズはこれまで一冊も読んでいません。

本書は書名は似てますが、それとは別に2001年に刊行されたもの。

とは言え、普通ならまず手を出さないタイトルだったのですが、たまたま古書店の店頭で見かけて何の気無しに手にとってパラパラ中身を見たところ、「うん?」と心に引っ掛かるものがあったので、購入。

結果は買って成功でした。

古代オリエントから始めて1990年代までのイスラム世界全史を扱った通史。

300ページ余りの本文で全100章もありますが、各3ページの短い章を続ける構成で、非常に読みやすい形式です。

内容も決していい加減なやっつけ仕事ではなく、堅実に基礎知識を積み重ねていくもので、安心して読める。

ある程度まで詳細な記述を含みながら、明解で曖昧さを残さない説明。

話の進め方が丁寧で、一つ一つの事項を確認しながら読み進められる。

中東地域だけでなく、中央アジア・アフリカ・イベリア・インド・東南アジアなど広大なイスラム世界全域を扱いながら、記述の空白をほとんど感じさせないのは見事。

これは良い。

高校教科書レベルの次に読むイスラム史入門書としては隠れた名著と言えるのではないでしょうか。

強く推薦致します。

なお、本書のような通史はいくつかありますが、個々の王朝や歴史人物を扱ったものは、イスラム史の分野ではなかなかいい本が無い気がします。

『イスラームの「英雄」サラディン』のような例外もありますが、一般向けの読みやすい本はあまり思い浮かばない。

中国史や欧米史と比べること自体間違ってるんでしょうが、もうちょっと日本語で読めるイスラム史の啓蒙書が充実してくれるとありがたいです。

以下、例によって内容バラバラな私的メモ。

第四代正統カリフ・アリーとムアーウィヤの内戦時、一時和平と話し合い解決の気運となるが、それに反対したアリー派陣営の一部が分離し、ハワーリジュ派を形成。

スンナ派・シーア派双方に距離を置く彼らがアリーとムアーウィヤ双方に暗殺者を派遣して、前者は成功し後者は失敗。

よってアリーはムアーウィヤが暗殺したんじゃないんですが、恥ずかしながら私は高校卒業後かなり後までそう思い込んでいた。

シーア派の中の主流派である12イマーム派は二代目でアリーの長男であるハサンと次男フサインおよびフサインの子孫をイマームと見なすが、その家系の中で枝分かれした人物を担いでイスマーイール派やザイド派が成立。

スンナ派四大法学派は以下の通り。

1.ハナフィー派(コーランやハディース以外の類推や個人的見解を大幅に認める・トルコ、インドで有力)

2.マーリク派(公共善の原則を重視・マグリブで有力)

3.シャーフィイー派(普遍的な法解釈を求めるが運用は柔軟・東南アジア、東アフリカで有力)

4.ハンバル派(コーランとハディースのみを根拠とする厳格派・サウジのワッハーブ派はこれに属す)

シーア派の12イマーム派の法学派はジャーファル派。

サファヴィー朝を滅ぼしたアフシャール朝のナーディル・シャーがスンナ派信仰をイランに復活させようとし、政治的保護を失ったシーア派内部で路線争いの末、12イマーム派はそれまでの神秘主義教団ではなく法学者を中心とした組織に生まれ変わり、それが1979年イスラム革命以後の「法学者の統治」という理念にも繋がっていると書いてあった。

アッバース朝期の分裂傾向はイベリア半島の後ウマイヤ朝だけでなく、王朝成立のごく初期から始まっている。

マグリブでは、777年アルジェリアのルスタム朝(ハワーリジュ派)、789年モロッコのイドリース朝(アリー長男ハサンの系統だがシーア派色は薄い)、800年チュニジアのアグラブ朝(ハールーン・アッラシードの治世に軍営都市カイラワーン総督職世襲を認められ、シチリア島も征服)成立。

この三つの王朝は909年チュニジアに成立したイスマーイール派のファーティマ朝にすべて滅ぼされる。

ファーティマ朝が969年にエジプトを征服、946年にはブワイフ朝がバグダードに入城しているから10世紀後半から11世紀前半はシーア派がイスラム世界の政治的主流派であるかのような観を呈していた。

それが11世紀後半になると、セルジューク朝のトルコ人によってスンナ派復興の動きが強まる。

こういう視点は高校世界史ではあまり習わない(と思う)し、年代をきちんと憶えていないと思いつかないので、私の場合本書程度の通史でも新鮮に感じて「ほう」っと感心してしまった(上記『サラディン』の記事でも似たようなことを書いてますが)。

あとアッバース朝以後の東部地域の王朝興亡や、ティムール以後の中央アジア史についていろいろ書きたいことがあったんですが、面倒臭いのでとりあえずこれだけにしておきます。

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新井政美 『オスマンvs.ヨーロッパ』 (講談社選書メチエ)

イスラム史の本が五ヶ月ぶりというのもヒドイですね。

手薄な苦手分野なんだから(「じゃあ得意分野は何だ?」と言われると言葉に詰まるが)、重点的に手当てすべきなんでしょうが、なかなかいい本無いんですよねえ。

これは休日にアマゾンジャパンを、適当に検索したり世界史関係のカテゴリを見ながらボーっと徘徊しているときに見つけた。

高評価のレビューが多数上がっているので、何やら俗受けを狙ったタイトルが少々気になるが試しに読んでみようと思って借りてみた。

しかし通して読んでも、特筆すべきような面白い点は無かった。

トルコ民族の西遷とイスラム化の章は平凡で、特にどうと言う事も無い。

オスマン帝国と近世初頭のヨーロッパとの関係も、高校教科書よりは詳しく説明されているが、それほどわかりやすい訳でも無いし面白くも無い。

有名史実の年代に慣れ親しんでいればある程度の関連はわかるし、それを超えて理解しやすい説明を本書が提供してくれているとは思えない。

末尾の17世紀オスマン衰退期の中東欧諸国の動きはまあそれなりの内容だが、本書だけしかない貴重な叙述というほどでも無い。

結局私には良さがよくわからない本でした。

感じ方は人それぞれですから、たまにはこういうこともあります。

このブログで私が絶賛した本を買って読んでみて「こんなもんどこが面白いんだよ!!金返せ!!!」と言いたい方もおられるかと思いますが、そういう訳でご容赦下さい。

と、言い訳して終わります。

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山内昌之 『近代イスラームの挑戦 (世界の歴史20)』 (中公文庫)

先日に続いて今日も再読本(以前ごく簡単に記事にした単行本版はこちら)。

19世紀を中心にした衰退期のイスラム世界の歴史。

この著者の書くものは政治的価値判断の偏りがなく、非常にバランスが取れているという印象があるが、本書でもその特色が遺憾なく発揮されている。

イスラム世界の前に立ちはだかった近代ヨーロッパが持っていた自由・繁栄・進歩および圧迫・差別・植民地支配の両面性を全編通じて常に意識した叙述。

例えば、『アメリカの民主主義』の著者であるアレクシス・トクヴィルのような明晰な知性が、イスラム教に対して極めて素朴な蔑視と敵意を持ち、アルジェリアに対するフランスの帝国主義的行動を完全に肯定していた事実を挙げる。

(ただ、同じトクヴィルの『フランス二月革命の日々』を読むと、1848年革命でのハンガリー独立運動の指導者コッシュートの引渡しを求めるロシアに対して、毅然として拒否の姿勢を貫いたオスマン帝国を賞賛し、このイスラム教徒たちはロシア人よりもはるかにキリスト教の博愛精神を持っていると評している。)

他にロシアの中央アジア進出に伴う圧政と強引な同化政策を批判すると同時に、衛生面での顕著な改善や奴隷制度の廃止などの事実も記している。

ヨーロッパによる侵略・支配を告発するだけでなく、イスラム社会の側の腐敗・圧政・怠惰・停滞をこれでもかというほど詳細に描いている。

また、イスラム世界が熱い視線を寄せた近代日本の偉業を肯定的に扱う一方、明治後期の日本が徐々に自ら帝国主義化し、ヨーロッパと同じような視点でイスラム・アジア圏を眺めるようになったことも書いている。

このようにどんな立場の人が読んでも、一部は得心がいき、一部は疑問を覚えるという叙述であり、それがバランスが取れている証拠と言えるのではないでしょうか。

記述方法の点では、江戸時代の「オランダ風説書」や幕末明治の日本人の紀行文などを多数採用して、この時代のイスラム史を同時代の日本人がどのように見ていたのかを記しているのに特色がある。

ただ、そういう工夫や様々な角度からの背景説明に紙数を割きすぎて、いわゆる「事件史」的叙述はごくあっさりと済まされており、教科書にも載っているような重要史実について、印象深く脳裏に刻み込まれるという感じはあまりしない。

したがって、読み終えると充実感は確かにあるのだが、通常の政治史についていろいろ細かい知識を得て、それが頭の中で再現できるという意味の効用は少ない。

それが欠点と言えば欠点ですが、ただこれは私個人のかなり偏った感想である可能性がありますので、ある程度割り引いて読んでください。

基本的には良書だと思いますので、皆様もどうぞ。

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前田耕作 山根聡 『アフガニスタン史』 (河出書房新社)

2001年9・11テロと米軍のアフガン攻撃の翌年刊と、便乗本みたいな刊行経緯のアフガニスタン史だが、内容は非常にしっかりしている。

この国は南部と東部に居住するパシュトゥン人(パタン人)が多数派民族で、他にタジク人、ハザラ人、ウズベク人、トゥルコマン人などの少数民族がいる。

国土の中央部東寄りにある首都カブール、西部のヘラート、南部のカンダハルという三つの最重要都市の位置だけ確認しておく。

アケメネス朝ペルシアに始まり、マウリヤ朝とバクトリア、クシャーナ朝、ササン朝ペルシア、イスラム、ターヒル朝、サッファール朝、サーマーン朝、ガズナ朝、ゴール朝、モンゴル、ティムール、ムガル朝とサファヴィー朝、と支配者は次々と替わり、18世紀半ばアフシャール朝のナーディル・シャーの統治下におかれたが、ナーディルが暗殺されたことによってようやく独立の機を掴む。

1747年パシュトゥン系ドゥラニ族に属するアフマド・シャーがアフガン王として即位、サドザイ朝をひらく。

だが王位継承争いが激しく、混乱の中で1835年ドスト・モハンマドが新たにバラクザイ朝を建てる。

(本書ではサドザイもバラクザイもドゥラニ族に属すると書いてあるが、「ドゥラニ朝」という場合普通サドザイ朝だけを指す模様。)

この時期、ロシアの進出を恐れるイギリスが、親英的政権の樹立を目指し、サドザイ朝の元国王を復位させる名目で侵攻、1839年第一次アフガン戦争勃発(教科書等では38年になっている)。

この戦争はイギリスの敗北と言われており、確かに派遣軍が全滅の憂き目に遭っているが、その後再派遣された軍が報復行為を行い、1842年終結した後ドスト・モハンマドが復位したが、外国軍の侵入の際はイギリスの軍事支援を受けるという条件付きであり、本書では事実上イギリスはアフガンの保護国・緩衝国化に成功したと書かれている。

1868年ブハラ、73年ヒヴァ、75年ホーカンドの三ハン国がロシアの保護領となると、イギリスは再度アフガンへの圧力を強め、外交団常駐などを求めるが拒否されると、1878年第二次アフガン戦争を起こし、一部領土の割譲・外交干渉権容認・イギリス使節のカブール常駐などを定め1880年保護国化。

といっても戦争末期のアフガン側の抵抗でイギリス軍は一切駐屯せず、その後アフガンは国王を中心に独自の近代化・中央集権化政策を進めるのだから、「保護国」という名称が与えるイメージよりは独立の色彩が濃い。

この辺はかつて教科書で得ていた知識が覆されるようで、なかなか面白い。

1919年、アマヌッラー王が第一次世界大戦でイギリスが疲弊したのを機に、外交主権奪還を目指して宣戦布告。

この第三次アフガン戦争で、完全な独立を達成。

1933年最後の国王ザーヒル・シャー即位。

第二次大戦後、パキスタン領内在住のパシュトゥン人を統合しようとする運動が起こり、対パキスタン関係が悪化。

非同盟主義のインドに対して親西側外交をとるパキスタンに対抗するため、アフガンは次第に不吉な対ソ傾斜を深める。

1973年国王が病気治療で国内に不在の時、国王の従兄で王族のダウドがクーデタを起こし、政権掌握。王制廃止と共和制樹立を宣言。

ザーヒル王時代一時融和策を取っていた対パキスタン外交で再び強硬策を採用、国内ではイスラム回帰運動を弾圧、ソ連への傾斜をさらに強める。

その後、アラブ諸国からの忠告もあり、ダウドがソ連と距離を置き始めると、1978年アフガンの共産主義政党である人民民主党が軍を煽動して「サウル(四月)革命」を起こし、ダウドを殺害、政権奪取。

急激な社会主義化政策が国民の反発を招き、反政府運動が激化。

タラキが大統領となるが、今度は人民民主党内での派閥争いが激化、79年にはタラキが殺害されアミンが取って代わる。

「民族共産主義者」としてアミンがソ連と距離を置くと、ソ連は79年12月大規模な軍事侵攻に踏み切り、アミン政権を打倒、親ソ的なカルマル政権を樹立(86年ナジブラ政権に替わる)。

ムジャヒディンと呼ばれるイスラム戦士ゲリラがアメリカの支援を受けて抵抗。

1988~89年ソ連軍撤退、92年ナジブラ政権が崩壊するがヘクマティアル派とラバニ派の対立を軸に、国内一致が見られず内戦が継続。

そのうち94年ごろからタリバンと呼ばれるイスラム原理主義勢力が台頭、数年のうちに旧ゲリラのムジャヒディン勢力を追い詰め、国土の多くを支配、ウサマ・ビン・ラディンがこの頃タリバン支配下のアフガンに入国。

01年テロ後、アメリカ軍の攻撃によってタリバン政権は崩壊、ムジャヒディンが作った北部同盟が政権を奪還したが、その後も混迷が続いてタリバン復活の兆しが見られるのはご承知の通り。

この最後ら辺は政治的に微妙な問題で喧しいところですが、本書の筆致はよくあるような一本調子の反米論でもなく、かと言って能天気な親米論でもなく、非常にバランスの取れた記述に思えて、かなり感心させられました。

前半部分はちょっとゴチャゴチャしていて読みにくいところもありますが、総合的には優れた通史だと思います。

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高橋正男 『物語イスラエルの歴史』 (中公新書)

先月下旬刊行の新刊。

伝説上の始祖アブラハムから第二次大戦後のイスラエル独立と中東戦争までを扱ったユダヤ民族通史。

新書一冊で収まるテーマかなと不安を持っていたが、読んでみるとわりとよく出来ている。

ただ、アブラハム・イサク(イツハク。同じくアブラハム[イブラヒム]の子で兄弟のイシュマエル[イスマーイール]がアラブ人の祖とされる)・ヤコブ・ヨセフを経て、モーセの出エジプト、サウル・ダヴィデ・ソロモンの古代ヘブライ王国までの部分はゴチャゴチャしていて、やや読みにくい。

この辺りの歴史については、阿刀田高『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)が一番初歩的なレベルからこれ以上ないほど平易に説明してくれているので、初心者はこちらを先に読んだ方がいいかもしれない。

ダヴィデ王以後ネブカドネザル2世によるバビロン捕囚までの第一神殿時代、キュロス2世による解放から帝政ローマによるユダヤ属州反乱鎮圧までの第二神殿時代と、本書の記述は続きますが、ここでもやや煩瑣な部分がある。

ただ、アレクサンドロス大王の占領の後、セレウコス朝によるヘレニズム化政策に抵抗して、パレスチナに反乱が起こり、その指導層からハスモン朝が成立、それが前1世紀にポンペイウスによってローマに服属した辺りからの叙述は少しずつ面白くなってきて、読むペースも上がった。

ヴェスパシアヌスおよびティトゥスによる第1次反乱鎮圧、ハドリアヌス帝による第2次反乱鎮圧とユダヤ人追放を経て、ビザンツ・イスラム・十字軍・オスマン朝と支配者が変遷していく部分の記述はなかなか手堅い。

近代に入って1896年テオドール・ヘルツェルが始めたシオニズム運動、第一次大戦時のフサイン・マクマホン協定とサイクス・ピコ協定とバルフォア宣言の間の矛盾と1948年イスラエル建国もそれぞれ適切に述べられている。

終章は独立以後の中東紛争の概説だが、短いページでありながら非常に要領良く説明されており、初心者にとっての効用は大きい。

まず理屈抜きで四度の中東戦争の年代(1948年、56年、67年、73年)を覚えましょう。

たまには問答無用の丸暗記も必要です。

そして47年国連パレスチナ分割案と第1次・第3次中東戦争とその後の和平におけるイスラエルの領土の収縮は地図を見て必ず確認しておきましょう。

東・西イェルサレム、ヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原、シナイ半島がそれぞれどんな経緯をたどってどの国の領土となったのかを頭の中で再現できるようになればよいでしょう。

77年エジプトのサダト大統領のイスラエル訪問、79年エジプト・イスラエル平和条約、91年湾岸戦争、93年オスロ合意(イスラエル・PLO相互承認、パレスチナ暫定自治)、94年イスラエル・ヨルダン平和条約、2000年以後の和平プロセス挫折なども押さえておけば、新聞の国際面の記事を理解するのもたやすくなります。

結論としては、前半部分はやや冗長だが、後半はよく出来ている。

初心者向けの良質な入門書と思われます。

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アラン・パーマー 『オスマン帝国衰亡史』 (中央公論社)

第2次ウィーン包囲から滅亡までのオスマン朝政治・外交史。

一般向け歴史読物として内容はまあまあ。

少々冗長に感じる部分もあるが、特に読みにくいところは無い。

私のような初心者は、事典・用語集や年表を手元に置いて、スルタン名と主要事件を年代と共に確認しながら読み進めるのが良いでしょう。

メフメト4世と第2次ウィーン包囲(1683年)、ムスタファ2世とカルロヴィッツ条約(1699年)、アフメト3世とチューリップ時代、セリム3世とナポレオンのエジプト遠征(1798年)、マフムト2世とギリシア独立戦争(1821~29年)・イェニチェリ全廃(1826年)・第1次エジプト・トルコ戦争(1831~33年)、アブデュル・メジド1世とタンジマート開始(1839年)・第2次エジプト・トルコ戦争(1839~40年)・クリミア戦争(1853~56年)、アブデュル・ハミト2世とミドハト憲法(1876年)・露土戦争(1877年)・ベルリン条約(1878年)・青年トルコ革命(1908年)。

1908年革命の後は統一進歩委員会の一党独裁でエンヴェル・パシャが指導者だと理解していたのだが、それほど単純な過程ではないとわかった。

興隆・盛期ではなく衰退期のオスマン帝国史は少ないと思われるので、なかなか有益な本といっていいんじゃないでしょうか。

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永田雄三 羽田正 『成熟のイスラーム社会(世界の歴史15)』 (中央公論社) 

『イスラーム世界の興隆』『近代イスラームの挑戦』は既読なので、本書を読めば時代が繋がって、この中公新版「世界の歴史」のイスラム史の部分は全部読んだことになるなと考え手に取る。

オスマン朝とサファヴィー朝の概説。

読みやすく、そこそこ面白い。

社会史と文化史にも政治史とほぼ同じくらいの紙数が割かれているが、さほど退屈はしない。

(政治史偏愛者の私でもそう思えるのだから普通の人にとってはなおさらそうでしょう。)

何かもう一つ物足りない気がしないでもないが、基本的には良書と言ってよい様に思う。

オスマン朝盛期の歴史については、本書を読んだので、鈴木薫『オスマン帝国』(講談社現代新書)はもう読まなくてもいいかなと考えています。

標準的な概説だとは思うんですが、立ち読みしたところどうも面白みに欠ける印象を持ったので。

サファヴィー朝にもかなり詳しい記述がなされていてお得な本書の方がいいでしょう。

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佐藤次高 『イスラームの「英雄」 サラディン』 (講談社選書メチエ)

アイユーブ朝の創始者で十字軍と戦い、イスラム教徒だけでなくヨーロッパ側からもその勇武と寛容を賞賛された名君の伝記。

高校時代から非常に好きな歴史人物の一人であったのだが、なかなか関連本を読む機会が無かった。

十字軍を扱った『ローマ帝国衰亡史9』でもサラディンの扱いはごくあっさりしたもので出番も少なく、さほど好意的に書かれているわけではない。

反教権的なギボンがいかにも礼賛しそうな人物なのに、その点期待外れであった。

さて十字軍が殺到した時期の中東はファーティマ朝とセルジューク朝の支配下にあった。

その少し前、セルジューク朝のバグダード入城までは、イラン・イラクではブワイフ朝が存在していたのだから、エジプトのファーティマ朝とあわせて10世紀のイスラム世界はシーア派が非常に優勢だったわけである。

もっともファーティマ朝とブワイフ朝は、同じシーア派でも前者が過激イスマイル派・後者が穏健ザイド派であって、両者間は友好関係には程遠かったと、この前読んだ『イスラーム世界の興隆』に書いてあった記憶がある。

西進したトルコ人が建てたセルジューク朝によってスンナ派復興の道が拓かれたが、初代トゥグリル・ベクからアルプ・アルスラーン、マリク・シャーと名君が三代続いた後、王朝は急速に衰退し分裂期に入る。

以前から思ってたんですが、イスラム王朝って寿命の短いものが多い気がしませんか?

ウマイヤ朝は単一の王朝では全盛期のオスマン朝を上回る最大版図を実現してますが100年続かなかったし、アッバース朝は500年続きましたがハールーン・アッラシード以後は急速に地方政権の自立化が顕になって統一期は結局100年未満だし、アイユーブ朝自体も存続期間は80年ほどだし、マムルーク朝は250年以上続きましたが、前半のバフリー・マムルーク朝と後半のブルジー・マムルーク朝に分かれるし(この区別は高校世界史では出ませんが)。

オスマン朝のように600年続く方が異例なんでしょうけど。

閑話休題。

シリアにセルジューク朝から自立したザンギー朝という政権が成立し、サラディンは父アイユーブと共にこの王朝に仕える。

ザンギー朝二代目の君主ヌール・アッディーンの命により、叔父シールクーフに従い、ファーティマ朝の内紛を利用してエジプト遠征を行い、苦戦しながらも三度目の進攻で成功する。

直後にシールクーフが死去するとザンギー朝から自立し、スンナ派政権を復興し、ヌール・アッディーン死後は軍を北進させシリアの大部分も手に入れる。

さらに西欧勢力との苦闘の末、ついにエルサレムを奪回し、それを期に押し寄せた第三回十字軍のリチャード1世と戦い聖地を保持し続ける条件で和平を結ぶものの、その直後に病を得て死去する。

過度に理想化されたイメージを退け、当時の一次史料を綿密に読み解くことによってサラディンの実像に迫ろうとしている。

とは言え困難な状況の中、聖地を奪回し公正な統治を実現した君主として評価する姿勢には変わりない。

読みやすくて非常に面白い本。お勧めします。

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佐藤次高 『イスラーム世界の興隆 (世界の歴史8)』 (中央公論社) 

イスラム史の数を増やさないとどうにもならないわけですが、どうも苦手意識が拭えずなかなか読書意欲が湧かない。

ストレートに中公新版「世界の歴史」の本巻でも読んでみるかと手に取りました。

ムハンマドの布教から始まって、終わりは多くの本と同じく16世紀オスマン朝の制覇の前まで。

これはいいじゃないですか。

史実の配列と説明の仕方が巧みで、非常に頭に入りやすい。

流暢で読みやすい文章で楽にページを手繰れる。

教科書に載っているような重要な出来事や人物にエピソードや挿話を肉付けして、面白い物語を作り上げている。

政治史を主軸にしながら、文化史・経済史・社会史も適度に織り交ぜたバランスの良い通史。

事前の予想よりはるかに面白い本だった。

数年前、図書館で立ち読みしてなかなか良さそうだなと思ったものの、そのまま放置していたのですが、こんなことならまず素直にこれを読むべきだった。

イスラム通史としてこれまで紹介した『イスラムの時代』『都市の文明イスラーム』よりこちらの方がずっと良いです。

イスラム史に関しては中国史や西洋史に比べて良い啓蒙書が少ないと感じていて、やはりこれまでの研究の蓄積の差から回りまわって入門書の質にも影響してるのかと考えていたのですが、これ読んで自分の怠惰を棚に上げてはいかんと痛感しました。

是非お勧めします。できれば早いとこ文庫化してもらいたいもんです(その前に旧版「世界の歴史」の再文庫化もお願いしたいですが)。

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佐藤次高 鈴木薫 編 『都市の文明イスラーム (新書イスラームの世界史1)』 (講談社現代新書)

重要性のわりにはスカスカの「イスラム・中東」カテゴリをちょっとでも何とかしようと思うのだが、私の頭では長大な通史や詳細な個別研究など読めるわけがないので、結局こういう新書版啓蒙書に落ち着く。

ムハンマドから16世紀までのイスラム史概説。

ざっと読んだところ、内容はまあまあ。

ただ細かなデータはあまり載っておらず、同じ入門書の『イスラムの時代』(講談社学術文庫)に比べると、やや物足りない。

教科書レベルの次に大体の流れを掴むにはいいかもしれないが、物語としての面白さには欠ける。

ただ終盤のマグリブ(北アフリカ)・アンダルス(イベリア半島)史はよく整理された記述でわかりやすい。

続刊を読むかどうかはまだ決めていません。

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岩永博 『ムハンマド・アリー 近代エジプトの苦悩と曙光と』 (清水書院)

清水新書2冊目。類書が少なくて、自分の苦手分野を選ぼうとしたら、これになりました。

ナポレオンの遠征の後、ムハンマド・アリーは混乱状態の続くエジプトで、セリム3世治下トルコ中央政府から派遣された総督と地元マムルーク層の対立を利用して両者を各個撃破し、1805年自らエジプト総督の地位に就く。

就任当初はトルコのスルタンに忠実であり、イェニチェリ全廃を断行したことで有名なマフムト2世の命に従い、長子イブラヒムを指揮官として各地に軍を派遣し、1818年にはアラビア半島のワッハーブ王国を一時滅亡させ、1821年から始まったギリシア独立戦争にも従事するが、1827年参戦した英仏露の連合艦隊にナヴァリノ海戦で惨敗する。

その間、地元マムルーク勢力を打倒し、徴税請負制度と各種免税特権を廃止、商品作物専売制、国営工場の設立、軍備増強、スーダン遠征などで国力を増強した後、所領の独立と世襲化を求めて、トルコに戦いを挑む。

1831~33年の第1次エジプト・トルコ戦争では圧倒的優位を占め、シリアを難なく征服するが、1839~41年の第2次戦争ではオスマン帝国崩壊を恐れた英・普・墺とこれを期にトルコに恩を売り更なる領土を得ようとするロシアがエジプトの前に立ちはだかる。

1840年時点で、フランスのみはエジプトを支持するが、同年本国でティエール内閣が倒れ、それも失われる。

結局エジプト総督職のみの世襲を認められ、アラビア帝国建設というムハンマド・アリーの野望は挫折する。

(ちなみに第2次戦争の危機的状況の中で1839年アブデュル・メジト1世によりギュルハネ勅令が発布されタンジマートが始まっている。)

手薄な分野の補強のつもりで読みましたが、なかなか良いです。

この辺は高校教科書程度の記述もあやふやだったのですが、いい復習になりました。

これは新刊として手に入りますので、気が向いたら買ってください。

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アンドレ・クロー 『スレイマン大帝とその時代』 (法政大学出版局)

これも外国人著者の世界史本の翻訳なので有難がるという間違った考えから買った本。

全く読めないというわけでもなかったが、やはり初心者には詳細すぎる。

基礎がしっかり身に付いた人でないと役に立たない。

これを読む前にオスマン帝国に関する啓蒙書をいくつか読むべき。

あまりお勧めしません。

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岡倉徹志 『サウジアラビア現代史』 (文春新書)

9・11同時テロ前年に書かれたサウジアラビア史。

冒頭で1998年ケニア・タンザニア米大使館爆破テロの主犯としてすでに悪名高かった、サウジ出身のウサマ・ビン・ラディンに触れている。

18世紀砂漠の小規模な宗教国家に過ぎなかった第一次ワッハーブ王国から、第一次大戦後ハーシム家をメッカ・メディナから追い出しアラビア半島の大部分を統一したイブン・サウード(本書での表記はアブドゥルアジーズ)の功業までがわかりやすく叙述されている。

また電信電話、自動車、飛行機など近代文明の一切を拒否する宗教厳格派との闘争が建国当初から続いていたことも書かれており、現在の原理主義者と政府の対立の根の深さを思い知らされる。

石油資源の発見と欧米大資本への接近、莫大な石油収入を利用した社会政策などの記述はやや退屈だが、フムフムと言いながら軽く流す。

第二次大戦後、サウジ王国は建国の経緯からイラクとヨルダンの二つのハーシム家王国を敵視し、革命後急進的アラブ民族主義路線を取るナセル統治下のエジプトとの接近も厭わない。

ところが1958年イラク革命でハーシム王国の一つが滅亡すると、自らの君主制が揺らぐのを危惧したサウジはナセルのエジプトと激しく対立するようになり、イエメンの内戦を始めとして資金援助を主たる武器に、あらゆる地域で急進派の膨張を防ぐアラブ穏健派の雄となる。

そしてナセル死後、指導者となったサダトの功もありエジプトはやがて穏健派諸国の一員となり、中東の安定化に大いに資することとなる。

しかし一方でアラブ民族主義の旗印を急進派に独占させないためにイスラエルに対しては厳しい態度を取り続け、1973年第四次中東戦争では遂に石油戦略を発動、全世界で石油危機を引き起こす。

以上の経緯は非常によく書けており、簡にして要を得た説明で、初心者でもわかりやすい。

1979年のイラン革命によるシーア派原理主義と、1990年のイラク軍クウェート侵攻によるサダム・フセインという二つの脅威に直面して王国はアメリカとの関係をかつて無いほど深める。

それに反発してビン・ラディンはじめとする原理主義者の活動が活発化し、西側の圧力もあって専制君主政から一定の自由化・民主化措置を取り始めたところで本書は幕を閉じる。

著者のサウード家に対する姿勢はあまり好意的ではなく、時にはかなり辛らつな記述も見られるが、極端に偏っているという印象も無い。

総合的に見てかなり優れた入門書であり、初心者にも十分勧められる。

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バーナード・ルイス 『イスラーム世界の二千年』 (草思社)

この著者は日本のイスラム研究者の少なからぬ部分から「ネオコン御用達で西欧中心主義のイスラム蔑視学者」とのレッテルを貼られて集中的に批判されているらしい(この辺のことは池内恵『書物の運命』(文芸春秋)をご覧下さい)。

だが、ひねくれ者の私は「ああそれだったら逆に安心して読めるな」と判断して、標準的概説書と思われる本書を買ってみた。

しかし見事に挫折しました。

今風の本らしく、政治史的叙述はごく簡略に済ませており、社会史と文化史の比重が高い。

私が求めているものとは差が有り過ぎました。

世界的な学者相手に「もうちょっとレベルを落として、物語風に諸王朝の興亡を記した、時代遅れの政治史を書いてくれませんか」なんて要望する方がおかしいとはわかってはいるんですけどね。

同じルイスの『アラブの歴史』(みすず書房)も特に政治史に重点を置いてるわけでもなく、そもそも短すぎる。

フィリップ・ヒッティ『アラブの歴史 上・下』(講談社学術文庫)は最近図書館で見た限りの印象では、以前手に取った時よりは面白そうで何とか通読できる可能性があると思ったが、やはり長大すぎる。

外国の著者によるイスラム史で良書を探すというのもなかなか難しいですね。

日本人が書いた本であまり難解でないものを読んだ方がいいかもしれません。

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宮崎市定 『西アジア遊記』 (中公文庫)

前半は戦前の中東方面への紀行文で、後半は「西アジア史の展望」と題された簡略な中東史概説。

後半は『アジア史論』(中公クラシックス)に収められているので今も新刊として手に入る。

よって前半部分が買うに値するかということなんですが、借りて読むくらいでもいいかなあとも思います。

面白いことは面白いんですがね。

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前嶋信次 『イスラムの時代』 (講談社学術文庫)

講談社旧版「世界の歴史」の中の一巻を文庫化したもの。

マホメットからオスマン帝国のスレイマン1世までのイスラム史概説。

これはよくまとまっていて非常に良い。

人物を中心にした物語風の叙述で、私のような初心者には適している。

冒頭のイスラム以前のアラビアの小王国の歴史は余分のような気がしますが、まあいいでしょう。

以前ギボン『ローマ帝国衰亡史』の中のイスラム史の記述を褒めましたが、あれを少し軟らかくした感じで読みやすい。

時代別・地域別に諸王朝の興亡を一つ一つ丁寧に見ていく構成で、完全に政治史が中心となっており、文化史・社会史・経済史はほとんど無い。

それが欠点と言えば欠点だが、初学者がイスラム史の大体の見取り図を得るにはこういう本の方がいいでしょう。

この種の本は現在の視点から見ると時代遅れということなんでしょうが、入門書としてはかえって優れた点がある。

私自身、もっと早く読めばよかったと思いました。

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山内昌之 『近代イスラームの挑戦 (世界の歴史20)』 (中央公論社)

中公新版「世界の歴史」第2回配本。

ナポレオンのエジプト遠征から青年トルコ革命までの中東史。

これは良かった。

変な偏りもなく、手堅い記述。

将来文庫化されたら必ず買うと思う。

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エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史 8』 (ちくま学芸文庫)

本巻の中心テーマはイスラムの勃興で、冒頭から四分の三のページがそれに充てられています。

感想ですが・・・・・・面白い!! ものすごく面白い。その一言に尽きます。

マホメットの宣教からアッバース朝の衰退と分裂までのイスラム史がこれ以上ないほど興味深く叙述されている。

著者のギボンはアラビア語、ペルシア語はじめ東方諸言語を知らず、ヨーロッパ語に訳された史料だけを材料に記述せざるを得なかったのだが、ギボンのストーリー・テラーとしての才能がそういう不利な要因を完全に克服している。

歴史学の専門化が全く進んでいなかった200年前に二次史料に基づいて書かれた以上、今の目から見て不完全さは免れないとしても、面白いものは面白い。

初心者向けイスラム史概説としては一番いいんではないだろうか。

これまで何度か書いてきたように、素人の歴史愛好者が各地域の歴史を学ぶ際、一番初歩的な段階で何より必要とするものは、本書のような「人物中心に叙述された物語風の政治史」である。

時代遅れだろうが、レベルが低かろうが、最初の見取り図としてその種の政治史の必要性は不変のはず(その次の段階に進まず[進めず]同じ所をうろうろしてる私のような人間もいるが、それは自業自得でまた別の問題です)。

現在の研究者の方々も馬鹿にされるのを恐れず、自らの研究分野で一冊はそういう入門書を書いて頂きたいです。

さて内容ですが、マホメットの堅信と偉大さおよびその狂信がもたらした弊害をともに認めながら、初期ムスリム共同体の発足と発展をギボンの筆は華麗に描いていきます。

第四代カリフ、アリーの謙虚な人柄が好意的に描かれた後、彼とその息子が巻き込まれた悲劇と、イスラム揺籃期にクライシュ族内で最もマホメットに敵対的だったアブ・スフィアンの息子ムアーウィアがウマイヤ朝をひらく事態が記されます。

以後ペルシア、シリア、エジプト、北アフリカ、スペインへのイスラムの大膨張の章が続きます。

ペルシアに関しては高校世界史でもお馴染みのニハーヴァンドの戦いはごく簡単に触れられるだけでむしろその前段階のカデーシアの戦いが重視され、最終的にペルシア王子の唐王朝への亡命によって、ギボン『衰亡史』においてこれまでローマのライバルとして何度も登場してきたササン朝ペルシア帝国は永久に退場します。

他地域への侵攻については、特にシリア征服者で「神の剣」と呼ばれた初期イスラムにおける最大の猛将ハリドの活躍が印象に残ります。

大征服の後、アッバース朝革命が成功しますが、ハールーン・アッラシードとマームーンによる短い盛期を経て、かつてのローマを思わせるような分裂と蛮族の傭兵による弱体化で衰退していきます。

残り四分の一に入ると、まず10世紀ごろのビザンツ帝国の概況があります。さほど面白くないのでさっと済ませて次の章に行きます。

するとまたパウロ派という異端の話で、前巻のネストリウス派・単性論よりマイナーでがっくりですが、ほんの20ページほどですのでそれほど辛くありません。

最後はブルガリア、ハンガリー、ロシアの起源と発展の章でこれはまあまあ面白いです。

結論。この巻は楽でした。全体的に見て『衰亡史』後半の白眉と言ってよいほど面白い。残り2巻もこの調子で行きたいもんです。

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中野好夫 『アラビアのロレンス 改訂版』 (岩波新書)

私は有名な映画も観ていないし、この人物にさほどの関心も無かったのだが、第一次世界大戦の中東局面を知るという目的だけで、本書を読んでみた。

結構面白いです。メッカの太守フサインをトルコ帝国への反乱に立ち上がらせ、成功を収めたものの、大戦後の戦勝国の態度とアラブ各地方の大きな差異により、全アラブの統一と独立は達成できなかった。

ロレンスがいれ込んだフサインの子ファイザルがイラク国王となり、兄弟のアブドラがヨルダン国王となるものの、フサイン自身はイブン・サウードに破れその本拠を追われる。

以上の過程をロレンスの特異な個性と行動を交えて、読みやすく語られている。

ちょっと古い本だが良書と言っていいんじゃないでしょうか。

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田村実造 責任編集 『世界の歴史 9 最後の東洋的社会』 (中公文庫)

前にも書きましたが、本シリーズでの中国史の完成度は極めて高い。

これまでの研究の蓄積から、素人にも読みやすく面白い要素を抽出して、それを達意の文章で表現してくれている。

その他インド史、西アジア史、朝鮮史の部分も簡略ながら非常に良い。

西アジア史の章では、「この分野の研究は日本ではまだまだ日が浅いので、以下の叙述も不十分なものとなる恐れがある、これから優れた研究者が多くでることを期待したい」みたいな楽屋話がいきなり出てきてちょっと驚くが、それでも十分面白い。

全般的に見て非常に優れた啓蒙書に仕上がっている。

残念ながらこれだけ手放しで賞賛できるのは本シリーズではこの巻が最後になるのだが。

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岩村忍 責任編集 『世界の歴史 5 西域とイスラム』 (中公文庫)

イスラムの勃興と中央アジア史と東西交渉が主題なのだが、何やら雑然とした印象。

他地域との研究の蓄積の差か、どうもいまいち面白くない。

読み通せないと思うほどではなかったが・・・・・。

贅沢言い過ぎか。

基本書としてしっかり取り組みましょう。

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大島直政 『ケマル・パシャ伝』 (新潮社)

第一次大戦敗北後の祖国を再建し、政教分離と近代化を推進して、トルコをイスラム圏での顕著な例外国家とすることに成功したムスタファ・ケマルの伝記。

ケマルを極めて高く評価しながら、現代トルコでの聖人礼讃風態度からは距離を置いた非常にバランスの取れた本。

やや古いが、文章は読みやすく、わかりやすい。

手軽に読めるトルコ現代史の良書。

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牟田口義郎 『物語中東の歴史』 (中公新書)

イスラム史の概説というのもなかなか良いものが無いなあと思っていたところで、手に取ったのがこれ。

本書の長所は対象範囲の思い切った限定。前半はアラビア・イラク・シリア、後半はエジプトに重点を置いて集中的に叙述している。

よってブワイフ朝やサーマーン朝は影も形もありません。

イスラム史というとなにしろあまりに広範囲にわたるのだから、本書のように焦点を絞ってさまざまな人物やエピソードを記述するのが正解だろう。

ただ十字軍をヨーロッパの野蛮な侵略と批判する一方(そのこと自体は全く構わないのだが)、イスラムの膨張に関してはその「寛容さ」「正当性」をやたらに強調する姿勢は、個人的には疑問である。

とは言え気軽に読めて、まとまった史実や人物像を得られる貴重な入門書であることに間違いはない。

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藤村信 『中東現代史』 (岩波新書)

第二次大戦からラビン暗殺までの概説。

コンパクトで要領を得た説明。

高校教科書の次の段階としては、前述『血と砂と祈り』より、こちらを先に読んだ方がいいかも。

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村松剛 『血と砂と祈り 中東の現代史』 (中公文庫)

20世紀初めから1980年代初頭までの中東現代史。

文庫本にしてはかなり分厚く、情報量は豊富。

アラブ・イスラエル間の紛争だけでなく、中東各国の内政・宗派対立・政治路線の違いなども初心者にとっては相当詳しく叙述されており、しっかり読み込めば非常に有益。

ただ、口述筆記のため、文体にややくせがある。

平均的な日本の中東研究者が書いた史書は大抵パレスチナ・アラブ側にシンパシーを持って書かれたものが多いが、保守派の文芸評論家として知られた著者の書いた本書ははっきりとイスラエル・西側よりの記述が貫かれている。

その辺、気になる人がいるかもしれないが、個人的にはむしろ特徴があっていいんじゃないかと思ってしまう。

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阿刀田高 『コーランを知っていますか』 (新潮文庫)

阿刀田氏の宗教入門書シリーズ3冊目。

『旧約聖書~』『新約聖書~』に比べると面白みに欠けるが、これは著者も言うようにそもそも『コーラン』自体に物語性が乏しいせいだろう。

イスラム史入門ではなく、あくまでイスラム教入門のため、史実としてはムハンマド一代と正統カリフ時代のことがわかるくらいだが、初心者にはそれだけでも貴重。

なお解説を書いている池内恵氏という学者には個人的に注目している。

護教論的に、日本人と欧米人のイスラムに対する「偏見」を一方的に告発し、イスラム圏内部の状況には全く無批判という学者を厳しく批判する立場の人であり、中東専門家としては異色の存在。

その人が、イスラムについて全く無知な人が最初に読むべき一冊として文句無く推薦できる、と太鼓判を押しているので安心である。

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