カテゴリー「インド」の25件の記事

『ブッダの真理のことば 感興のことば』 (岩波文庫)

『ブッダのことば』に続けてこれを読む。

『ダンマパダ』と『ウダーナヴァルガ』の訳。

漢訳では、前者は『法句経』、後者は音訳して『憂陀那』などか『無問自説』などとされる。

内容・形式の平易さ、訳注の多さで通読が極めて楽なのは、上記『ブッダのことば』と同じく。

初期の仏典ってこんな感じなのかあ、と感じるだけでも良いでしょう。

旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道伴れにしてはならぬ。

もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。

まだ悪の報いが熟しないあいだは、悪人でも幸運に遇うことがある。しかし悪の報いが熟したときには、悪人はわざわいに遇う。

「その報いはわたしには来ないだろう」とおもって、悪を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、水瓶でもみたされるのである。愚かな者は、水を少しずつでも集めるように悪を積むならば、やがてわざわいにみたされる。

たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。「快楽の味は短くて苦痛である」と知るのが賢者である。

戦場の象が、射られた矢にあたっても堪え忍ぶように、われはひとのそしりを忍ぼう。多くの人は実に性質が悪いからである。

いつわりを語る人は地獄に堕ちる。またこの世で自分が言ったのとは異なった行ないをなす人も地獄に堕ちる。この両者は死後にひとしくなると説かれている、――来世ではともに下劣な業をもった人々なのであるから。

明らかな知慧のある人が友達としてつき合ってはならないのは、信仰心なく、ものおしみして、二枚舌をつかい、他人の破滅を喜ぶ人々である。悪人たちと交わるのは悪いことである。

悪い友と交わるな。卑しい人と交わるな。善い友と交われ。尊い人と交われ。

(友となって)同情してくれる愚者よりも、敵である賢者のほうがすぐれている。同情してくれる愚者は、(悪いことを教えて)ひとを地獄にひきずり下す。

称讃してくれる愚者と、非難してくれる賢者とでは、愚者の発する称讃よりも、賢者の発する非難のほうがすぐれている。

愚かな者を見るな。そのことばを聞くな。またかれとともに住むな。愚人らとともに住むのは、全くつらいことである。仇敵とともに住むようなものだからである。思慮ある人々と共に住むのは楽しい。――親族と出会うようなものである。

他人の過失は見やすいけれど、自分の過失は見がたい。ひとは他人の過失を籾殻のように吹き散らす。しかしこの人も自分の過失は隠してしまう。――狡猾な賭博師が不利な骰子の目をかくしてしまうように。

他人の過失を探し求め、つねに他人を見下して思う人は、卑しい性質が増大する。かれは実に真理を見ることから遠く隔っている。

恥を知らず、烏の首魁のようにがやがや叫び、厚かましく、図々しい人は、生活し易い。この世では、心が汚れたまま生きて行く。

恥を知り、常に清きをもとめ、よく仕事に専念していて、つつしみ深く、真理を見て、清く暮す人は、生活し難い。

この世の中は暗黒である。ここではっきりと(ことわりを)見分ける人は稀である。網から脱れた鳥のように、天に至って楽しむ人は少ない。

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『ブッダのことば  スッタニパータ』 (岩波文庫)

中央公論の「世界の名著」シリーズで『孔子 孟子』『聖書』を読んだので(前者は「論語」の部分だけですが)、仏教に関しても同シリーズ第1巻に収録されている『バラモン教典 原始仏典』を読もうかと思ったのですが、中身を見るとかなりハードそうでしたので、とりあえずこちらにしました。

訳者は中村元先生。

巻末解説によると現存する仏典のうちでは最も古い時代にまとめられたと推定されているとのこと。

南伝仏教のパーリ語聖典の一部で、漢訳は一部を除いて存在しないそうです。

内容は実に平明で、理解しにくい難解な教義は一切無し。

「四諦」とか「八正道」とかの話すら出てこない。

文庫にしては分厚いが、訳注がほぼ半分を占めるので、通読に困難は感じない。

各章、各節が適切な長さなのも助かる。

これはいいと思います。

世界宗教の一つたる仏教の原典としてまずこれで第一歩を踏み出すのも良いでしょう。

ただ一番初心者向けの本として、阿刀田高氏に『旧約聖書』『新約聖書』『コーラン』『ギリシア神話』の他に『仏典を知っていますか』を出してほしい。

以上四つの分野より仏典は数が多いし、まとまりが薄い感があるので、もし適切な入門書があればより効用が高いと思う。

集会を楽しむ人には、暫時の解脱に至るべきことわりもない。太陽の末裔(ブッダ)のことばをこころがけて、犀の角のようにただ独り歩め。

粗暴・残酷であって、陰口を言い、友を裏切り、無慈悲で、極めて傲慢であり、ものおしみする性で、なんぴとにも与えない人々、――これがなまぐさである。肉食することが〈なまぐさい〉のではない。

人が生まれたときには、実に口の中には斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割くのである。

毀(そし)るべき人を誉め、また誉むべき人を毀る者、――かれは口によって禍をかさね、その禍ゆえに福楽を受けることができない。

種々なる貪欲に耽る者は、ことばで他人をそしる。――かれ自身は、信仰心なく、ものおしみして、不親切で、けちで、やたらにかげ口を言うのだが。

けだし何者の業も滅びることはない。それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。愚者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。

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イギリス東インド会社についてのメモ

浜渦哲雄『イギリス東インド会社』(中央公論新社)の記事続き。

ベンガル・ビハール・オリッサ徴税権を手に入れたものの、統治費用の増大から東インド会社はかえって倒産の危機に陥る。

イギリス政府が支援に乗り出し、1773年ノースの規正法制定。

政府が会社の監督を強化、ベンガル総督を設置しボンベイ、マドラスの上位にあって全インドを総攬することとする。

1784年ピットのインド法でインド庁設置、会社権限をさらに縮小。

1813年東インド会社の(インドでの)貿易独占権廃止、33年中国での貿易独占も廃止、商業活動を停止(この二つは高校教科書にも載っているが、たいていインド植民史とイギリスの自由主義改革の部分に分かれて出てくる)。

軍隊について。

国王軍と会社軍の並立。

国王軍はイギリス人のみで構成、会社軍は白人兵のみの部隊もあるが、数の上では将校がイギリス人、兵士がインド人の部隊が圧倒的。

宗教・カースト・民族が違えばイギリス人の指揮下で同じインド人と戦うのもさしたる抵抗が無かったのだろうが、考えてみればイギリスが長州・薩摩人を率いて徳川幕府を倒し日本を植民地化するようなものですよね。

根本的な価値観の共有と同胞意識の涵養がいかに重要かを再認識します。

官僚制について。

ICS(インド高等文官)制度に関して、初期は会社役員の縁故採用が多かったが、のちにイギリス本国の官吏採用よりも早く公開試験制を導入したとか、そのようなことが書いてある。

末尾は簡略なインド総督列伝。

最初はまだ総督ではなくベンガル知事のクライヴ(1758~60、65~67年)から。

プラッシーの英雄、社員の綱紀粛正に取り組むが敵も多く、帰国後反ネイボップ(インド成金)感情もあって汚職と権力濫用を議会で糾弾され自殺。

ウォーレン・ヘイスティングス(1772~85年)=ベンガル知事から初代ベンガル総督に就任。マイソールのハイダル・アリ、ハイデラバードのニザーム(藩王)、マラータ諸侯の間を離間し、マイソールに攻撃集中。

チャールズ・コーンウォリス(1786~93、1805年)=第3次マイソール戦争でハイダル・アリの息子ティプ・スルタンを破る。インドに来る前は確かアメリカ独立戦争で英軍を率いて敗れているはず。

ジョン・ショア(1793~98年)=不介入政策、財政健全化。

リチャード・ウェルズリー(1798~1805年)=1799年第4次マイソール戦争に完全勝利、ティプ・スルタン敗死。ワーテルローの英雄ウェリントン公(アーサー・ウェルズリー)は弟。(ウェリントンの本名とこのベンガル総督の存在は知っていたが血縁関係自体は全然知らなかった。)

ミントー(1807~13年)=ナポレオン戦争中にジャワ占領、配下のラッフルズが1819年シンガポール建設、東南アジア英植民地の端緒を作る。

モイラ(1813~23年)=グルカ(ネパール)戦争、第3次マラータ戦争。

アマースト(1823~28年)=第1次ビルマ戦争。

ベンティンク(1828~35年)=サティ(寡婦殉死)禁止、会社の商業活動停止、ベンガル総督の名称がインド総督へ。

オークランド(1836~42年)=第1次アフガン戦争。

エレンボロー(1842~44年)=アフガン撤兵、インダス川下流シンド地方併合。

ヘンリー・ハーディング(1844~48年)=第1次シク戦争。

ダルフージ(1848~56年)=第2次シク戦争・パンジャーブ併合、第2次ビルマ戦争。

チャールズ・カニング(1856~62年)=インド大反乱、会社解散。

以上細かな年代はともかく、イギリス支配地が18世紀半ばベンガル→18世紀末南インド・マイソール、19世紀第一四半期中部インド・マラータ→19世紀半ば北西インド・シクと広がっていったことを戦争の順番と共に憶えるといいでしょう。

それほど悪いとも思わないが、かと言って特筆すべき内容があるわけでもない。

浅田實『東インド会社』(講談社現代新書)と比べると新しい知識や見解が盛り込まれてはいるんでしょうが、私のような初心者がそれを十分汲み取れるかというと心もとない。

それと、この薄さの単行本で定価2310円というのも随分高く感じる。

まあ普通ですね。

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浜渦哲雄 『イギリス東インド会社  軍隊・官僚・総督』 (中央公論新社)

本文200ページ足らずのごく短い本。

著者には『英国紳士の植民地統治』(中公新書)、『大英帝国インド総督列伝』(中央公論新社)などの著作有り。

後者を読もうとしてそのまま放ったらかしだった。

前書きで、これまでイギリスのインド統治は否定的に捉えられがちであったが、最近のインドの急速な経済発展とともにその遺産が再評価されているとの記述にややギョッとする人もいるかもしれないが、本文中にはそうした視点は強く浮き上がってはこない。

「インド史の最大のアイロニーに一つは、インドがイギリス政府でなく、民間人が所有する特許会社によって征服されたことである」(T・パーソン)

という記述を裏書して、その過程を辿っている。

イギリス東インド会社は1600年ちょうどという憶えやすい年代に設立。

ロンドンと東洋(アフリカ喜望峰と南米ホーン岬間)の貿易独占特許を持つ。

オランダ東インド会社が1602年、フランス東インド会社が1604年と二年刻みの設立だというのは高校世界史でも出てきます。

フランス会社が不振で即解散したのは周知ですが、航海ごとに出資・清算を繰り返していたイギリス会社もこの時期はオランダに圧倒されていた。

1623年アンボイナ事件が起こるが軍事力劣勢のためオランダへの報復を断念、東南アジアから撤退しインド進出を目指す。

インドでのイギリスの三大拠点は、名前はもちろん位置関係も高校レベルでも確実に記憶しなけりゃいけませんでしたね。

ガンジス川下流ベンガルにあるカルカッタ、東海岸コロマンデル海岸沿いのマドラス、西海岸北寄りのボンベイ。

恥を忍んで言うと、高校生の頃しばらくの間、ヴァスコ・ダ・ガマが到達した西海岸マラバール海岸沿いのカリカットと上記カルカッタを混同してました。

これに対しフランスの拠点二ヶ所も重要暗記事項。

カルカッタ近くのシャンデルナゴル、マドラス近くのポンディシェリ(「近く」といっても全インドが入る地図で見ればの話ですが)。

高校時代どっちがどっちだったかなと迷ったときには、五十音順で「シ~」が上(北)、「ポ~」が下(南)だと無理やりゴロ合わせしてました。

イギリスの最初の拠点はボンベイのさらに北にあるスーラトと、マドラスよりかなり北のマスリパタム。

それぞれ1613年、1611年に商館建設(前者には異説があるらしい)。

ムガル朝はアクバルが1605年死去、ジャハンギール帝時代(~27年)。

マスリパタムの商館建設に許可を出したのはゴールコンダ王国という地方のイスラム政権。

この王国は後にアウラングゼーブ帝に滅ぼされる。

スーラト進出後、先行していたポルトガルとの衝突が起こる。

ムガル帝国はその最盛期においても海軍は弱体で、この時期アラビア海の制海権はポルトガルに握られ、メッカ巡礼や紅海貿易にはポルトガルの許可証が必要だったと書かれてある。

数度の戦闘と交渉の後、イギリスが制海権把握。

1640年マドラスに要塞建設、1661年チャールズ2世がポルトガル王室キャサリンと結婚、その婚資としてボンベイ獲得。

1664・70年マラータのシヴァージーがスーラトを襲撃、大きな被害が出ると、英国の西海岸の拠点はボンベイへ移る。

進出が遅れていたベンガルにも1697年カルカッタに商館兼要塞を建設。

フランスは1664年コルベールが東インド会社を復興させた後、イギリス嫌いのアウラングゼーブ帝の支援を得てシャンデルナゴル、ポンディシェリに拠点獲得。

18世紀初頭アウラングゼーブ死後、ムガル帝国は分裂・崩壊、群雄割拠の状態となりここから東インド会社の領土的拡大が始まる。

高校時代から思ってましたが、このムガル朝分裂の急激さは一種異様とも感じます。

古代以来の最大版図からあまりに極端な転落は世界史上極めて例が少ないような・・・・・・。

何か理由があるんでしょうか?

英仏が南インドで衝突、オーストリア継承戦争、七年戦争と連動して1744~63年三次に亘るカーナティック戦争。

インド植民地化の過程で起こった戦争は第○次と付くものが非常に多く、それがややこしいんですが、とりあえずは細部はパスしますか。

ムガル朝から事実上独立していたベンガル太守がイギリスと対立、太守に妥協的姿勢をとったフランスと連携、1757年有名なプラッシーの戦いが起こる。

ロバート・クライヴ指揮の英軍が太守・仏連合軍を破り、インド植民地化の基点となった戦いだが、その規模は極めて小さく小競り合い程度。

兵力こそ英側3000、太守側5万を動員しているが、戦死者が英側7人、太守側16人と書かれているのを見ると、「ホントかよ???」と目を疑ってしまう。

上記アンボイナ事件と並んで、実際の規模と後世の影響とが著しく乖離した出来事と言えるのかもしれない。

1758年クライヴがベンガル知事に就任。

クライヴが一時帰国中、イギリスが立てたベンガル太守が反抗、ムガル朝および隣国アワド国王と同盟、1764年バクサルの戦いで三者連合が英軍に敗北。

ヨーロッパの軍事的優勢をまざまざと示したものとしては、プラッシーよりもこのバクサルの戦いの方が重要だと、中公世界史全集の『ムガル帝国から英領インドへ』では書いてあった。

インドに戻ったクライヴの交渉を経て、65年ベンガルとそれぞれ北西と南西に隣接するビハール、オリッサの徴税権を獲得、実質領土化。

ベンガル獲得がプラッシー戦の直後ではなくワンクッション置いていることは頭の片隅に入れておいた方が良い。

この短い本で複数記事を書くとは思ってませんでしたが、終わらないので続きます。

(追記:続きはこちら→イギリス東インド会社についてのメモ

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長崎暢子 『ガンディー 反近代の実験 (現代アジアの肖像8)』 (岩波書店)

200ページ余りと手ごろな分量の伝記。

最初にガンディーの生い立ちと南アフリカでの活動を記した後、時代を遡ってインドの植民地化と独立運動の歴史を概観。

この背景説明の部分が簡略ながら結構役に立つ史実と解釈を提供してくれる。

そこから元に戻り、ガンディーの思想を検討し、そして非協力運動の展開と暗殺されるまでの活動を述べる。

これは良い。

短いながらも一貫した視点が感じられて面白い。

平凡な独立運動家よりもはるかに長い射程を持ったガンディーの思想に対する著者の好意的評価に素直に共感できる。

事実関係でも結構細かい人名・地名・事件を含めて、豊富なデータが得られる。

『自立へ向かうアジア』の後半部を読むより、コンパクトなこちらを読んだ方が頭に入りやすいのではないでしょうか。

高校レベルからでもすんなり入っていけるので、お勧めです。

 

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山下博司 『ヒンドゥー教 インドという<謎>』 (講談社選書メチエ)

またまたインド宗教関係。

2部構成で、第1部がインドの風土、食生活、時間・宇宙概念、神々と祭祀、叙事詩などの背景説明で、第2部が通常のヒンドゥー教史。

まず「はじめに」と題する文章で全体の構成を明記し、各部の特徴と利用方法を説明しているのが、非常に親切であり、好感が持てる。

第1部は身近で取っ付きやすい記述で非常に読みやすい。

高校レベルの読者でもすんなり入っていける文章。

第2部も良好な出来。

ヒンドゥー教と古代のバラモン教との微妙な相違、ウパニシャッド哲学の成立と仏教・ジャイナ教などの自由思想家の登場など、大変わかりやすい叙述。

その後、インドの正統派思想であるヒンドゥー教の中の、六派哲学というものの説明が出てきて、急に難しくなるが、全然理解できず途方にくれるということはない。

しっかり頭に入れて記憶するのは至難の業だが、読んでる途中はまあ大体こんなものかと文脈を追うことはできた。

初心者は細かいことは憶えず、そのくらいでいいんじゃないですかね。

基本的に良書だと思われます。

インド史のサブテキストとしてどうぞ。

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中村元 『釈尊の生涯』 (平凡社ライブラリー)

ただでさえインド史のカテゴリがスカスカなのに、仏教関係の入門書ばかり読んでるじゃねーかと思われるでしょうが、最近この手の本が何となく好きなのでこれを手に取った。

1963年に出たブッダの伝記を収録したもの。

最初は平易な記述で非常に良いが、途中で「無所有処」とか「非想非非想処」とかの教義の話がやや説明不足のままいきなり出てくるので戸惑う。

初心者にとって無益という訳でもないが、全く白紙の読者がこれだけ読んで十分に基礎を固められるという感じもしない。

こんな偉い先生の本にケチを付けて何ですが、読後感は微妙です。

まあこっちの責任なんでしょうが。

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渡辺照宏 『お経の話』 (岩波新書)

一昨日の『仏教 第二版』と同じ著者。

タイトルだけ見ると、お経の中の例え話などを引用して日常的な道徳訓話を述べた本かとも思うが、中身は全然違う。

第1部では、仏教聖典の種類とそれぞれの成立過程および叙述形式と基本思想などを概観する。

ちょっとややこしい部分や読みにくい文があるが、内容が詳しく初心者にとって効用が大きい。

簡略な仏教史概説としても使える。

第2部では、大乗系(および密教)の仏典を取り上げて、『般若経』とか『華厳経』とか『法華経』とか、子供の頃から名前だけは知っている仏典の概略を解説していく。

これは、細かなところは覚える必要は無いので、まあ大体こんなもんかと、一応の雰囲気だけつかめばよいでしょう。

上記『仏教』と並んで良質な入門書と思われます。

宗教史に深入りせずに、通常の通史を読むための前提知識を程よく与えてくれる。

かなり古い本ですが、両方とも新刊書店で手に入るようですので、気が向いたらどうぞ。

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渡辺照宏 『仏教 第二版』 (岩波新書)

手軽な仏教入門書。

最初の欧米における仏教研究史がややたるい。

しかし、仏陀時代のインド概説、仏陀の伝記、その弟子たちの事績などの章は非常に面白い。

晦渋な部分もなく、適度にエピソードを交えて興味を持たせる語り口はとてもわかりやすい。

しかし、終盤の仏典と教義・世界観の解説はやや難解。

六界説がどうとか、パーラミター(波羅蜜)がどうとか、プラジュニャー(般若)がどうとか・・・・・。

一応簡易な説明はなされていて、それで一先ず理解は出来るが、前半三分の二くらいまでのわかりやすさに比べて急に難しくなり、やや突飛な印象を受ける。

とは言え、かなり良質な啓蒙書であることは間違いないはず。

(第二版は)1974年刊でかなり古い本ですが、前に読んだ岩波ジュニア新書の『仏教入門』『ブッダ物語』より、こちらの方が内容が濃くて良い気がします。

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狭間直樹 長崎暢子 『自立へ向かうアジア (世界の歴史27)』 (中央公論新社)

20世紀以降の民族独立史。

タイトルに「アジア」とあるが、記述対象は第1部の中国と第2部のインドだけ。

目次見た途端にガックリきました。

この全集も残り3巻ですが、以後は国際関係の概説だけのようだし、中印以外のアジア・アフリカ諸国の詳しい独立史が記されているとも思えない。

地域ごとの巻でも、19・20世紀の歴史についてはそれほど細かな記述は無かった気がする。

この中公新版は巻数が多い分、世界史のほとんどの地域と時代をカバーしているという印象があったのですが、何やら必ずしもそうとは言えないのではないかという疑念が頭をもたげてきます。

変なところで昔ながらの世界史全集に見られた主要国中心主義のケがありますね。

気乗りしないまま第1部の中国現代史を読み始めたのですが、うーん・・・・・と首を傾げてしまう。

近現代史に関して右とか左とかいう鬱陶しい話は出来るだけしない方がいいんでしょうし、ちょっとでも左派的なことを書いてたら無条件でダメだなんて偏狭なことを言うつもりは毛頭無いんですが(恥ずかしながら以前そう考えていたことがあったのです)、本書の記述にはやはりある種の「硬直」や固定観念を感じる。

辛亥革命から日本の敗戦までの主要史実をコンパクトにまとめてあるところは長所と言えるのかもしれませんが、史実の評価や整理の仕方に関しては斬新で感心するような新たな視点はほとんど無いと言わざるを得ない。

10年前ならこれが平均的記述というところだったんでしょうし、今世間で溢れている単純で偏狭な反中国世論に基いて再解釈された歴史が正しいとも思いませんが、個人的にはやはりちょっとついて行けない部分が多かった。

第2部のインド独立史に入っても、どうももう一つ。

長崎氏は『インド大反乱1857年』の著者で高名なインド研究者なんでしょうが、あんまり面白いと思わない。

ただ、他の概説でも植民地化以後のインド史にはあまり興味が持てず、面白く読んだ覚えが無いので、単に私個人の問題かもしれませんが。

僭越ながら正直な感想を言わせて頂くと、残念ながらこの巻はハズレです。

あんまり得たものはありませんでした。

この全集を通して読む場合、避けてとばすほど悪いとは思いませんが、20世紀前半の中国史、インド史を知るためにわざわざこれを選ぶ必要も無いのではないかと言わざるを得ない。

まあ自分の無知を棚に上げて本の悪口言うのが大好きな私ですから、話半分に聞いて下さい。

当たり前過ぎますが、最終的には皆様が読んでご判断下さい。

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