カテゴリー「引用文」の80件の記事

引用文(西部邁8)

西部邁『大衆への反逆』(文芸春秋)より。

経済成長は虚妄であるということについて貴方に同意してもらわなければならない。なぜなら、それは、市場における金銭計算以外の何ものをも意味しないからである。経済成長は福祉の手段にすらなりえない。なぜなら、目的(福祉)と手段(成長)とは内面的にも結びついているのであって、経済成長という手段を公認すれば、そこから思いつく目的は(手段の性質に相応した)市場的富の増大にすぎない。市場的富が技術的次元をこえた価値をもちうるのは、それが人々の(文化的)価値観、(社会的)慣習・伝統および(政治的)イデオロギーと合致している場合である。もちろん、市場の金銭計算においてたたき出されてくる数字そのものが価値であり、慣習であり、イデオロギーであると人々がみなすような状況も考えられる。むしろ、現実はそうした徴候を露わにしつつあるといえよう。

 

しかし、この種の心性は健康であろうか、それとも病的であろうか。それを判断する基準などア・プリオリにあるわけがないという意見がむろんありえて、それによって、現在において人々が価値だとみなしているものが価値なのだという刹那主義の立場が強められもしよう。ただ、私には、次のような想像が思いのほかリアルである。つまり、まったく仮の話であるが、もし、われわれの祖先が生き返ってきて、われわれの生活をみたら、かれらのうちの相当の部分が、自分たちが精神病院に舞い降りたのだと思うにちがいない、という想定である。貧窮のうちに四〇歳で生を終えた農奴ですら、自分の子孫がカップヌードルを食し(私も妻が病気のときは子供といっしょにウマイ、ウマイとほおばるのだが)、夜十一時をすぎれば裸身の女たちの映る小さな四角い画面に見入り(私は、ごく最近になって、テレビを放逐することに成功したのだが)、翌朝となればけたたましい自動車の騒音と満員電車の押し合いへし合いのうちに顔も心も体も歪ませているという様を見やれば、哀れな子孫のために涙するのではないか。

 

ある価値観を絶対視することは危険であり煩わしくもあるが、あらゆる価値を極端にまで相対化してしまうのもどうかと思う。エドワード・ミシャンという経済学者が、「失楽園」と「スーパーマン物語」のあいだに質の高低・優劣をつけるべきではないという類の価値相対主義を批判したそうだが、私もその批判に同意せざるをえない。シェークスピアの劇は、よほどにこれ見よがしの演技の場合は別として、やはり、ストリップ・ショウよりも高級なものだとしなければ、演劇の概念やそこにおける秩序すら不明になるのではないか。経済成長の生み出してきているもののうちには、公害などの負の財はもちろんのこととして、いわゆるgadget(ちょっとばかり工夫をこらした、主としてメカニックな、しかしガラクタとよばれても仕方ないような附属品)が多すぎるのである。その生産・流通・消費のために有限の資源が費消され、社会がいっそうテンスになり、おまけに大衆の選好が低級になっていくのだとしたら、経済成長の意味を懐疑しない方が不思議なのである。かりにわれわれの子孫が未来から帰ってきてわれわれと対話するとしたら、われわれを呪うものも少なくないであろう。先祖はもういないし、子孫はいまだにいないという現在だけをみれば、何ひとつ憂うべきことはないと貴方がいうのなら、私は次のようにいいたい。過去から未来を回顧・展望し、そして他者と自己との広い繋がりを意識せざるをえないところに人間の特徴的条件があるのであって、その能力を喪失する傾向はやはり狂気の症状なのだ。狂気といって言いすぎであれば、極楽蜻蛉だということである。

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引用文(西部邁7)

西部邁『大衆への反逆』(文芸春秋)より。

マルクスの暗さ

私がマルクスの著作とふれあったのはごく短い期間であった。そのせいか、彼のことを想い起こそうとすると、まず念頭を横切るのは彼のあれこれの言説ではなく、それらの総体によってかもしだされている雰囲気である。マルクスをつつむ鬱陶たる気配が今なお私の心によどんでいる。「ここ二十年来、マルクス主義の影は歴史を暗くしてきた」とサルトルはいった。しかしそれは、スターリンに代表されるようなマルクス主義者たちの暗さのことであった。私には、マルクスその人が、明るさよりも暗さのなかに、快活よりも苦悩において、そして解放よりも幽閉のうちに生きていたように思える。彼がブルジョア社会にたいしにえたぎる敵意をもっていたからそうしたマルクス的の症状が生じたのだ、といいたいのではない。マルクスのもつ桁外れの真面目さ、それが彼の肖像を無彩色にみえさせるのである。

「今日まで、ある世紀が自己自身を、また存在のすべてを、物々しい真面目さで受けとったことがあったとすれば、それはこの十九世紀にほかならなかった」。このホイジンガのいう意味において、マルクスは前世紀の典型といえよう。彼の著述のところどころに諧謔や機知が顔をのぞかせてはいる。しかしそれすら、犬儒の臭いによって相殺されているのだ。ケインズは「他の新興宗教と同じように、レーニン主義も、日常生活からその色どりと娯楽と自由を奪い去り、そのかわりに、その帰依者たちにまったく無表情な顔をした単調な代替物を与えているように思われる」と記している。同じことがこの宗派の始祖マルクスにもいえるのではないか。“遊び”の要素がはなはだ少ないのである。私もケインズにならって、マルクスのもつ「雰囲気の緊張度は、人が普通に耐えられる範囲を超えており、ロンドンの軽薄な気軽さが恋しくなるほどである」といいたくなってしまう。

マルクスがみたと思ったのは、物質的安楽という日常平俗のことがらを「自由・平等・所有・ベンタム」の名の下に聖化するブルジョアの世紀であった。この新時代にたいする驚きと怒り、こうした自分の感情とマルクスは真面目にとりくんだのである。彼にとって、いわゆる価値形態をときあかすことは、商品物神に魅入られた資本主義の神話と、その神話のうえになりたつ市場交換の儀式とを解釈することであった。その神話の語り部であり、その儀式の司祭でもある経済学を批判することをつうじて彼は近代の幻想をあばこうとしたのである。この幻想は、印度のジャガンナート神の山車のように、幻覚におぼれるものたちを無残にひき殺してゆくとマルクスは想像した。その思いは彼にとって受苦であり、その極まるところ、「大切なのは世界を解釈することではなく、それを変革することだ」という真面目なテーゼが出てきたわけである。

世界は人間の「自己疎外」にあふれていると彼は考えた。つまり、自分の活動が自分にとって疎遠なものになってしまっているというのである。そして世界は「物象化」につらぬかれていると彼は考えた。つまり、人間の意識が物のごとくに制度化されて、その結果、人間の「類的本質」の発揚が妨げられているというのである。疎外からの解放そして物象化の克服、マルクスの世界変革とはこのことらしい。このおそろしく真面目な提案が私をほとんど窒息させる。疎外や物象化から自由になった自分を想像することなぞ、私にはできない。

ざっくりいえば、どんな文化も幻想の産物なのであり、幻想であるとわかったからとてどうなるものでもない。むしろ、「自己が失われたと感じる能力およびその不快感は、人間の悲劇的な宿命であり、輝かしい特権でもある」(オルテガ)と考えるべきではないだろうか。“遊び”とはこの宿命に身をゆだね、この特権を行使することなのだと思われる。少なくとも真剣な遊びには、たとえば真剣な言論戦におけるように、厳格な規則がつきものであり、そしてその規則が私たちを束縛する。その束縛にすすんで応じることによって、かえって非日常の遊びを創意ゆたかに演じることが可能になる。このおそらくは受苦と享楽が相半ばする遊びのなかで、私たちの奇態な能力に、つまり生物学的には過剰とも異常ともいうべき幻想の能力に、捌け口が与えられ、そして限界が画される。

しかし、“遊び”の概念をかるがるしく弄ぶのは危険である。前世紀が遊びを極小化したのにたいし、今世紀は遊びを小児病化しているというのがホイジンガの診断であった。「たやすく満足は得られても、けっしてそれで飽和してしまうことのない、つまらぬ気晴らしを求めたがる欲望」に今世紀はひたっている。要するに、人々は真剣な遊びに退屈するか、あるいはどう真剣に遊んだらよいかどうかわからなくなっているわけである。これがブルジョア的安楽の帰結なのだとしてもマルクスの真面目さ、そしてそれに何層倍かするマルクス主義者たちの真面目さが、遊びの能力を減退させるのに一役買ってきたのだと思わずにはおれない。

ただ、怠惰な遊びと真剣な遊びを区別するのはむずかしい。そうである以上、どうすれば遊びの小児病化をふせぐことができるかは厄介な仕事となろう。ひょっとして、物々しい真面目さで振る舞うのが遊びの小児病化に抗するための最後の真剣な遊びなのだろうか。もしマルクスの真面目さがすでにそうした覚悟もしくは諦観にもとづいていたのだとしたら、私ごときマルクス知らずが口をはさむ場合ではない。

マルクスの風貌には黒く底光りする迫力がある。それにあえて類型を与えてみれば、戦闘的無神論者の顔相とよぶのが適切なようである。いわゆる科学的社会主義の理論なるものもこの戦闘的無神論の信仰とはりあわされてはじめて、革命の舞台にのりだすことができたのだと思われる。

いうまでもなく革命家たちの思惑どおりに事態が進んでいるわけではない。東ヨーロッパで教会が庶民の集会所になっているというのは、単に、共産党の官僚支配からの避難所というような意味合いにおいてばかりではないだろう。そこでは、どれくらい明瞭に意識されてのことかは知らぬが、神の存在をめぐる信仰と懐疑が魂の奥底で今もうごめいているのではないか。「恐怖は神々をつくれり」(ルクレティウス)というのが無神論の出発点である。そして、恐怖が誰かの迷妄もしくは作為によって捏造され強制されたのだとみなし、したがって次に、迷妄からの覚醒と作為の除去を決断したとき、無神論は戦闘性をおびる。マルクスの迫力とは、良くも悪くも、そのことである。

彼にとって、国家もまた神々の祭壇にあって、いずれ破棄されるべきものであった。国家は、支配の恐怖とその恐怖を正当化するための支配階級のイデオロギーによってつくりだされた、というのである。なるほどそうかもしれない。しかし、支配が支配者の恣意に発しているとみなす点で、彼は軽率であった。

「幻想的普遍的利害」という虚構のうえに国家が成り立つというマルクスの見方は正しいであろう。だが、その幻想は支配者の恣意によってつくられたものだろうか。そして、それを虚構として投げ棄ててよいのだろうか。もしそうなら、国家は支配のための抑圧装置、つまり“機械としての国家”にすぎぬということになり、私もまた「国家の死滅」というマルクスのテーゼに賛同しなければならない。

社会主義諸国の実例がいやというほど示してくれているように、国家の死滅をめざした人々が機械としての国家をより完備させている。このような国家が、やがて、「社会の髄まで吸いつくした後は、痩せおとろえ、骨だけになり、命ある有機体の死よりもはるかに気味悪い、あの錆びはてた機械の死をとげる」(オルテガ)のかどうか、先のことは私にはわからない。

いずれにせよ、社会主義の現在は歴史の大きな皮肉である。これを世界状勢やスターリン主義やらのせいにする前に、マルクスの国家観そのものを疑ってみてよいだろう。戦闘的無神論が一種の過激な宗教であるのに似て、国家死滅論がその強化論を招いているのかもしれないからである。

このようにいうときに危険なのは、社会主義を批判することによって、リベラル・デモクラシーの現在を安直に弁護しようとする護教論が頭をもたげることである。さらには、民族や国民が、うるわしい人倫・習俗によって、国家が命ある有機体のごとき連帯の下にあるとする古びた幻想を蘇らせることである。私のみるところ、高度大衆社会におけるリベラル・デモクラシーは、勝手気儘の自由と多数決の民主とのために、少しずつ擬似独裁への傾きをつよめつつある。また、“生命としての国家”という考え方が個人の生命をおびただしく傷つけてきたことも、私は知っている。

マルクス的無政体、ロック的政体そしてヘーゲル的国体のあいだの比較はあってしかるべきだろう。そのうちいずれかを採れといわれたら、いやいやながら、私は自分をロックの徒に、つまりリベラル・デモクラットに分類したい。自由民主がひとつの幻想であるとは承知しているが、マルクスの階級国家の死滅とかヘーゲルの有機体国家とかといった過激な幻想に身をまかすほど、私の体質は強靭ではない。

しかし、こんな比較よりも、三者の根本における同一性の方が気がかりである。それらはみな、人間というものにたいする希望と信頼を前提している。もしくは偽装している。要するにヒューマニズムの信仰に立っている。それはたぶん、キリスト教の流れにおける原罪説の否定であり、人間学の流れにおける性善説の肯定ということなのだろう。

むろん、原罪説や性悪説をふりかざすのは馬鹿気ている。ただ、国家の体制そしてそれを支える法という禁止の体系は、人間にたいする五割の絶望、五割の不信のうえに成立つものではないだろうか。ホッブス流にいえば、人間が人間にたいして狼でありうること、シュミット流にいえば、政治が友と敵との闘いにみちていること、そしてオルテガ流にいえば社会が人間にとって地獄でありうること、国家の片足はこうした残忍な事実のうえにおかれている。この恐怖すべき事実はほかならぬ私たち自身の幻想のうちにあるのだから、国家の死滅や国家の繁栄どころの話ではないのだ。

国家幻想をふくめあらゆる幻想は、私たちの私たち自身にたいする希望と絶望そして信頼と不信が交わるところに発生する。この交差をつらねたのが私たちの幻想の物語(ストーリー)であり、それが同時に、人間の歴史(ヒストリー)なのだろう。この歴史に場所をもたないのが“何処にもない国”つまりユートピアである。

マルクス死後百年にまたしても確認しなければならないのは、ユートピアをつくろうとする戦闘精神が歴史によって復讐されるという、いくぶん悲しい真実である。

(毎日新聞 昭和五十八年二月二十一~二十二日夕刊)

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引用文(「聖書」4)

『新共同訳 聖書』(日本聖書協会)

「旧約聖書  詩編」より。

14章

神を知らぬ者は心に言う

「神などいない」と。

人々は腐敗している。

忌むべき行いをする。

善を行う者はいない。

主は天から人の子らを見渡し、探される

目覚めた人、神を求める人はいないか、と。

だれもかれも背き去った。

皆ともに、汚れている。

善を行う者はいない。ひとりもいない。

悪を行う者は知っているはずではないか。

パンを食らうかのようにわたしの民を食らい

主を呼び求めることをしない者よ。

そのゆえにこそ、大いに恐れるがよい。

神は従う人々の群れにいます。

貧しい人の計らいをお前たちが挫折させても

主は必ず、避けどころとなってくださる。

どうか、イスラエルの救いが

  シオンから起こるように。

主が御自分の民、捕われ人を連れ帰られるとき

ヤコブは喜び躍り

イスラエルは喜び祝うであろう。

64章

神よ、悩み訴えるわたしの声をお聞きください。

敵の脅威からわたしの命をお守りください。

わたしを隠してください

さいなむ者の集いから、悪を行う者の騒ぎから。

彼らは舌を鋭い剣とし

毒を含む言葉を矢としてつがえ

隠れた所から無垢な人を射ようと構え

突然射かけて、恐れもしません。

彼らは悪事にたけ、共謀して罠を仕掛け

「見抜かれることはない」と言います。

巧妙に悪を謀り

「我らの謀は巧妙で完全だ。

人は胸に深慮を隠す」と言います。

神は彼らに矢を射かけ

突然、彼らは討たれるでしょう。

自分の舌がつまずきのもとになり

見る人は皆、頭を振って侮るでしょう。

人は皆、恐れて神の働きを認め

御業に目覚めるでしょう。

主に従う人は主を避けどころとし、喜び祝い

心のまっすぐな人は皆、主によって誇ります。

73章

神はイスラエルに対して

心の清い人に対して、恵み深い。

それなのにわたしは、あやうく足を滑らせ

一歩一歩を踏み誤りそうになっていた。

神に逆らう者の安泰を見て

わたしは驕る者をうらやんだ。

死ぬまで彼らは苦しみを知らず

からだも肥えている。

だれにもある労苦すら彼らにはない。

だれもがかかる病も彼らには触れない。

傲慢は首飾りとなり

不法は衣となって彼らを包む。

目は脂肪の中から見まわし

心には悪だくみが溢れる。

彼らは侮り、災いをもたらそうと定め

高く構え、暴力を振るおうと定める。

口を天に置き

舌は地を行く。

  (民がここに戻っても

   水を見つけることはできないであろう。)

そして彼らは言う。

「神が何を知っていようか。

いと高き神にどのような知識があろうか。」

見よ、これが神に逆らう者。

とこしえに安穏で、財をなしていく。

わたしは心を清く保ち

手を洗って潔白を示したが、むなしかった。

日ごと、わたしは病に打たれ

朝ごとに懲らしめを受ける。

  「彼らのように語ろう」と望んだなら

   見よ、あなたの子らの代を

   裏切ることになっていたであろう。

わたしの目に労苦と映ることの意味を

知りたいと思い計り

ついに、わたしは神の聖所を訪れ

彼らの行く末を見分けた

あなたが滑りやすい道を彼らに対して備え

彼らを迷いに落とされるのを

彼らを一瞬のうちに荒廃に落とし

災難によって滅ぼし尽くされるのを

わが主よ、あなたが目覚め

眠りから覚めた人が夢を侮るように

  彼らの偶像を侮られるのを。

わたしは心が騒ぎ

はらわたの裂ける思いがする。

わたしは愚かで知識がなく

あなたに対して獣のようにふるまっていた。

あなたがわたしの右の手を取ってくださるので

常にわたしは御もとにとどまることができる。

あなたは御計らいに従ってわたしを導き

後には栄光のうちにわたしを取られるであろう。

地上であなたを愛していなければ

天で誰がわたしを助けてくれようか。

わたしの肉もわたしの心も朽ちるであろうが

神はとこしえにわたしの心の岩

  わたしに与えられた分。

見よ、あなたから遠ざかる者は滅びる。

御もとから迷い去る者をあなたは絶たれる。

わたしは、神に近くあることを幸いとし

主なる神に避けどころを置く。

わたしは御業をことごとく語り伝えよう。

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引用文(豊﨑由美1)

豊﨑由美『ニッポンの書評』(光文社新書)より。

粗筋や登場人物の名前を平気で間違える。自分が理解できていないだけなのに、「難しい」とか「つまらない」と断じる。文章自体がめちゃくちゃ。論理性のかけらもない。取り上げた本に対する愛情もリスペクト精神もない。自分が内容を理解できないのは「理解させてくれない本のほうが悪い」と胸を張る。自分の頭と感性が鈍いだけなのに。そういう劣悪な書評ブロガーの文章が、ネット上には多々存在する。それが、わたしのざっと読んでみての感想です。

不思議でならないのですが、匿名のブログやAmazonのカスタマーレビュー欄で、なぜ他人様が一生懸命書いた作品をけなす必要があるのでしょうか。卑怯ですよ。他人を批判する時は自分の本当の顔、どころか腹の中の中まで見せるべきでありましょう。都合が悪くなれば証拠を消すことのできる、匿名ブログという守られた場所から、世間に名前を出して商売をしている公人に対して放たれる批判は、単なる誹謗中傷です。批判でも批評でもありません(精読と正しい理解の上で書かれた批判は、この限りではありません。というのも、そういう誠実な批判の書き手の文章は、たとえ匿名であっても“届く”ものになっているからです。届く文章は、前段で挙げた劣悪な批判がまとう単なる悪口垂れ流しムードから逃れ批評として成立しうるものです)。

批判は返り血を浴びる覚悟があって初めて成立するんです。的外れなけなし書評を書けば、プロなら「読めないヤツ」という致命的な大恥をかきます。でも、匿名のブロガーは?言っておきますが、作家はそんな卑怯な“感想文”を今後の執筆活動や姿勢の参考になんて絶対にしませんよ。そういう人がやっていることは、だから単なる営業妨害です。

「まともなリテラシーを備えたブログ読者は低レベルの悪口書評なんか真に受けない」「コメント欄を設けているんだから、被害を受けた作家やその作品を擁護したい読者はそこで反論すればよい」という意見は一見もっともなようですが、「まともなリテラシーを備えないブログ読者も多々存在する」「なんで作者自身が、そんな程度の低いブログのとこまでいって、わざわざ反論なんていう面倒臭いことをしなきゃならないのか。そもそも、その書き手は当該作品を誤読、もしくは全然読めてないのだから、議論は不毛に終わるに決まっている」と答えておけば十分でしょう。

・・・・・・

これまでやってきたように、ネット上からいろんなタイプの評を拾い、引用しながらブログ書評について考えてみたいと思っていたのですが、それは編集部からストップがかかりました。素人の原稿を勝手に引用するのは問題があるのだそうです。ほら、守られてるじゃん。ブログで書評を書いている皆さん、あなたがたは守られてるんです。安全地帯にいるんですよ。そして、安全地帯に身をおきながらでは批評の弾が飛び交う戦争に参加することはできないのですよ。

・・・・・・

「何を書いてもオレの自由じゃん」

そのとおりです。けれど、自由の怖さや自由が内包する不自由さを自覚しない人間は、ただの愚か者とわたしは思います。

この前の、『ローマ人の物語』最終巻の記事でちょっと言い過ぎたかなと思いまして、主に小説を念頭に置いたものですがこの文章を引用しました。

自分のことを振り返ると忸怩たるものがあります。

ここ2、3年では、「酷評」に近い内容の記事でも、「こちらの感覚の方がおかしいのかもしれない」ということを少しは滲ませた書き方をしているつもりなんですが・・・・・(例えばこの記事とか)。

いずれにせよ、十分自戒したいと思います。

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引用文(平川克美1)

平川克美『移行期的混乱 経済成長神話の終わり』(筑摩書房)より。

民主化の進展は、因習的な世界を解体し、ひとりひとりが個人の自由な意志で生き方を決めるような、自己責任、自己決定、自己実現というあたらしい生活様式を急速に促していった。その結果として地域社会の互酬的な共同体はその存在理由を失い、やがて家族が分断され、お互いがお互いに無関心であるような孤独なひとびとを大量に排出するような社会が出来上がった。決まったパイを取り合うために、誰もが個人の自由意志や、権利を最大化するようにふるまえば、そこには弱肉強食の争奪が始まる。この競争に勝つために合理的、効率的な働きかたが追求されるようになる。アダム・スミスが国富論で説いたように、ひとを効率的に動かすためには、善意に期待するよりも、欲望に訴えた方が効果がある。パイが決まっているとき、ひとりひとりの自己の欲望を最大化するふるまいは、お互いの欲望と相反する。社会のメンバー全員の欲望を同時に最大化することはできない。そのことを人間は知っているがゆえに、そこにより激しい競争が生まれ、ひとりが他のひとりの敵になるようにふるまう。個人の欲望の追求が極限まで進んでいけば、それぞれの欲望は決まったパイをめぐって激しく衝突し、その衝突の調整や、衝突の回避に向けたエネルギーが、パイ自体を拡大するエネルギーを凌駕するようになる。ひとびとが望んだ民主主義(最大多数の最大幸福)の進展は、それ自体が民主主義の精神への背馳(弱肉強食)に向かい、人間が人間らしくという理念はどこかで、自然淘汰が支配する動物の世界に近づいていく。

トーマス・マン『非政治的人間の考察』(筑摩書房)より。

あらゆる啓蒙主義道徳、人間の「真の利益」を説くすべての教義は、本来いかに精神的なものであろうとも、それどころか、初めのうちは人間の真の利益は「神のなかに生きる」ことだとさえ定義していようとも、ひとたび権力の座につき、大衆のこころを手に入れてしまうと、かならず権力獲得の程度に比例して堕落する。すなわち、物質化し、経済化し、非精神化する。他方、啓蒙主義道徳に忠誠を誓う大衆も、かならずますます欲の皮があつくなり、不満をつのらせ、ますます愚かになり、不信仰になる。そう、ますます非宗教的になる。宗教と政治とを分離できると考えているところに、自由主義の誤謬がある。宗教なしには、政治は、内的政治は、つまり社会政策は、結局のところやっていくことができない。というのは、人間という動物は、形而上的宗教をうしなうと、宗教的なものを社会的なもののなかに移しかえ、社会的生活を宗教的神聖さに高めようとするものであるが、その結果は、反文化的な社会的愚痴こぼしか、でなければ、社会的対立は解消できず、約束された幸福はいっこうに実現しないものだから、功利的争いの永続化と絶望か、そのいずれかに行きつくのがおちなのだ。宗教心は、たしかに社会的良心や社会的清潔欲とけっこう手をにぎりあえるものである。しかし、宗教心が発生するためには、まず社会生活の過大評価が消滅しなければならない。すなわち、和解は社会的領域以外のところに求めなくてはならぬという認識がうまれたときにはじめて、宗教心が生じる。社会生活の過大評価が精神を支配し、社会生活の絶対的神格化がはじまるところでは、宗教心は居場所をうばわれ、逃げだすほかない。あとに残るのは、絶望的な不和軋轢だけである。

ヨハン・ホイジンガ『朝の影のなかに』(中公文庫)より。

以前の時代には、一般に認められた理想というものがたしかにあった。たとえば、その意味するところはともかく、神の栄光、あるいは正義、徳、知恵。定義の不完全な、古ぼけた形而上的諸概念だと、いまの人たちはいう。だが、これらの諸概念を捨て去ったとともに、文化の統一性もまた、疑念のまなざしのもとにさらされたのである。なぜというに、結局それに代わったものといえば、互いに抗争する一群の欲望に過ぎないのだから。今日、さまざまな文化志向を互いに結ぶ言葉は、豊かな暮らし、権力、安全(平和と秩序ということもこれに含まれる)といった語彙のうちに見いだされる。すなわち、自然の本能からまっすぐに出てきただけのものであって、精神によって高められてはいない、ひとつにまとめるよりは互いに分ける方向にはたらく理想である。こんなものは、すでに穴居人類もこれを知っていた。

今日、しきりに国民文化、階級の文化が語られる。ということは、文化という概念が、福祉、権力、安全といった理想に従属させられているということだ。従属させることによって、人びとは、事実上、文化の概念を動物の水準にまで引き下げるのである。この概念は無意味になってしまう。一見矛盾する、だが、以上述べてきたところにもとづけばどうしても避けられぬ結論、文化という概念は、文化の志向性を規定するある理想がその文化をになう共同体のさまざまな利害関心の外側に、またそれを越えてつらぬかれるとき、はじめてその場を与えられるという結論が忘れられてしまうのである。文化は形而上に志向づけられなければならない。さもなければ文化は存立しないであろう。

ギルバート・チェスタトン『正統とは何か』(春秋社)より。

十八世紀に勢力をふるった社会契約説は、今日では大いに批判の的となった。(もっともこの批判そのものにも大いに批判の余地がある。)社会契約説の意味するところが、ただ、すべての歴史上の統治の背後には諒解と協力の観念がある、ということだけであるのなら、その限りにおいてはこの説の正しいことは明らかである。

しかしもしその意味するところが、明確な利害関係の自覚から直接秩序と倫理が作られた、というところまで進んでくると、その限りではこの説は確実に誤っていると言うほかない。道徳の起源はそんなところにあるはずがない。

一人の人間が相手に向かって、「お前が俺をなぐらなければ俺もお前をなぐらない」と言ったなどという、そんな取引があった形跡はどこにもないのだ。ただ二人がお互いに、「われわれは聖なる場所ではなぐり合いはすべきでない」と言った形跡は厳として存在している。宗教を守ることで道徳が得られたのである。

福田恆存『日本への遺言』(文春文庫)より。

超自然の絶対者を設定しなければ、私たち人間はエゴイズムを否定することはできません。すくなくとも論理的には否定はできない。ある人間のエゴを否定するために他の人間のエゴをもちだしてくるだけです。ある集団のエゴを、あるいはある階級のエゴを否定するために、他の集団、他の階級のエゴを使ふだけです。また、既成の、現在のエゴを否定するために、可能性としての、未来のエゴを強化するだけです。すべてのエゴを否定するためには、それをもちだすことによつて、どのエゴも得をしない現実の外にあるものを、いはば梃子として利用しなければならないのです。

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引用文(ハイエク2)

フリードリヒ・ハイエク『隷従への道』(東京創元社)

第十章 「なぜ最悪なものが最高の地位を占めるか」より。

このようにかなり同じ見解をもっている多数を擁する強力な集団が、社会の最善の人々によってでなくて、最悪の人々によって形成されがちであるということについては、三つの主要な理由がある。かかる集団が選び出される原則はわれわれの標準によれば、ほとんどまったく消極的(ネガティヴ)なものである。

まず第一に、一般的にいって、個人の教育と知識が向上すればするほど、個人の見解や趣味の相違がますますいちじるしくなり、特定の価値体系に対する個人の同意がいよいよ期待されにくくなるということは、ありそうなことである。これに反して、もしわれわれが高度の統一性と単なる外観上の類似性を求めようとするならば、より粗野で、より「平俗的」な素質と趣味が一般的であるところ、すなわち道徳的水準と知的水準のより低いところまで降らなければならない。このことは大多数の人々の道徳的水準が低いということを意味しているのではなくて、ただその価値体系のきわめて似ている最大多数の集団の道徳的水準が低いということを意味しているにすぎないのである。最大多数の人々を結びつけるものは、いわば最小の共通分母である。生活上の価値観を、他のすべてのものに強要しうるほどに強力な多数を擁する集団が必要であるとすれば、それはきわめて多様で、かつ洗練された趣味をもっているようなものではなくて、言葉の悪い意味における「大衆」、すなわち創意性や独立性に最も欠けている人々をつくり、個人の数の圧力をその特定の理想のもとに屈服させることのできるようなものであるだろう。

けれども独裁者たらんとするものは、まったく単純かつ素朴な素質のたまたまよく似ている人々を基礎にしなければならないのであるが、人々の数は目的遂行の可能性を保証しない。独裁者たらんとするものは、より多くの人々を同一の単純な教義に改宗させて、その数の増加を図らなければならない。

ここに第二の消極的な選択の原理が入ってくる。独裁者はすべての扱いやすく、騙しやすい人々の支持を得ることができるであろう。これらの扱いやすく騙しやすい人々は、自分自身の確固たる信念をもっておらず、したがって彼らの耳に声高く頻繁に鳴りひびきさえすれば、受け売りの価値体系といえども、これを簡単に認めるような人々である。こうしてその考えが漠然としていて、不完全なために簡単に動揺しやすい人々や、感情や熱情に駆られやすい人々が、全体主義政党の党員数を増やすのである。

密接に結びついた同質的な支持者の集団をつくり出すために慎重に努力して巧みなデマを流すことは、第三のおそらく最も重要な消極的な選択原理をもたらすことになる。人々にとっては消極的なプログラム――敵を憎むとか、裕福なものを嫉むような――に同意することの方が、積極的な任務に同意することよりも容易であるということは、人間性に共通なことであるように思われる。われわれ」と「彼ら」の対照、集団以外の人々に対する共通の闘争ということは、共同の行動のために集団を強固に結合しようとする教義の本質的な要素であるように思われる。したがってそれは単に政策の支持のみでなく、巨大な大衆の無条件な忠誠を得ようとする人々によって常に利用されている。彼らの観点からすれば、積極的なプログラムよりも行動の大きな自由を留保しうるという利益をもっている。敵が「ユダヤ人」や「富農」のように国内にあろうと、国外にあろうと、敵があるということは、全体主義的指導者の兵器庫における欠くことのできない必要物であると思われる。

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引用文(ハイエク1)

フリードリヒ・ハイエク『隷従への道』(東京創元社)より。

しかしながら、われわれは民主主義を盲目的に崇拝されるものにしようなどとは思わない。・・・・・・民主主義はむしろ本質的には一つの手段であり、国内平和と個人的自由を保障する功利主義的な一つの道具である。民主主義はかかるものとして決して疑いのないものでもなく、たしかなものでもない。また独裁政治のもとにおいても、ある民主政治下よりもはるかにすぐれた文化的・精神的自由がしばしば存在していたことを忘れてはならない――そしてきわめて同質的で教条主義的な多数派からなる政府のもとでは民主政治が最悪の独裁政治と同様に圧迫的でありうるということは、少なくとも考えられる。・・・・・・

主要な価値がおびやかされているときに、民主主義に注意を集中する現代の流行は危険である。そのような流行は、権力の本源が多数の意志にあるかぎり、権力は恣意的ではありえないという誤った信念、根拠のない信念に主として基づいているのである。多くの人々がこのような信念から引き出す誤った確信は、われわれの直面している危険が一般に意識されないことの重要な要因である。権力が民主的方法で与えられているかぎり、権力は恣意的ではありえないという信念には正当性がない。そしてこのような叙述のなかに含まれている対照はまったく誤りである。権力が恣意的となることを阻止するのは、その源泉ではなくて、その限界である。民主的支配は権力が恣意的となることを阻みうるけれども、民主的支配が単に存在するということだけで、そのようにすることができるのではない。もし民主主義が、必然的に権力の行使を含む任務を果すときに、その権力が確固たる規則によって規制されえなければ、民主的支配は恣意的な支配となるに違いない。

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引用文(鹿島茂1)

鹿島茂『成功する読書日記』(文芸春秋)より。

『怪帝ナポレオン3世』の著者。)

・・・・・最初のうちは、最小限の情報を書きとめるに留めたほうがよいのです。読書日記だったら著者と題名、これだけでいいのです。

この段階で批評や感想を書くよりも、むしろ、読んだ文章を引用することをお勧めしたいと思います。

その昔フランス滞在中に一人のフランス人学生と知りあって、その学生のアパルトマンに遊びに行ったことがあります。すると驚いたことにアパルトマンには蔵書というものがほとんどないのです。・・・・・なんで本が一冊もないんだと尋ねると、その学生は、自分は貧しい家庭に育ったので、リセにいたときから、本は図書館で借りて読むようにしていた。そのときの癖で本を読んだら気になる箇所をノートに引用する習慣がついた。おかげで一発でバカロレアにも合格できたし、エコールノルマルというグランド・セゴールにも入学できた。僕の蔵書は、リセの図書館や国立図書館で写したノート数十冊分の引用、これだけだと胸を張って語っていました。

引用のためのアドバイスをしておけば、気になった箇所のページは読みながら、端を折っておくといいと思います。貴重な本や図書館で借りた本であれば、付箋を貼っておくといいでしょう。

考え得る究極の方法は、自分では一切本を持たず、図書館の本を徹底利用するということになってきます。つまり私が読書日記のところで例として出したフランスの学生のように、図書館で借りた本から必要な部分はすべて引用しておき、読書ノートを書庫のかわりとするのです。

膨大な蔵書を誇る図書館が書庫の代わりになりますから、お金はかからないわ、スペースはいらないわ、でこんなにいいことはありません。

数年前、これを読んだとき、「こんなことはとてもできない、自分には全然向いていない、やはり本気で精読するつもりの本は買って手元に置いておかないとダメだ、ノートを取るより本に直接線を引いたり書き込んだ方がずっと効率がいい」と考えていました。

しかし最近このブログをノート替わりに使って上記のやり方にかなり近い読書法になってしまっている。

読みたい本を全部買ってたら、さすがに金も続かないし、狭い部屋では置き場所もすぐ限界が来る。

たまたま買って所有している本でも、貧乏性のため、なかなか気軽に赤ボールペンで線を引くという気持ちになれない。

ただし、「どうしても」という本はこれからも買うつもりですし、再読する際に線を引くものもあるでしょうから、結局折衷的やり方になりそうです。

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引用文(「仏典」2)

『ブッダのことば』(岩波文庫)より。

第四 八つの詩句の章

パスーラ

かれらは「ここにのみ清らかさがある」と言い張って、他の諸々の教えは清らかでないと説く。「自分が依拠しているもののみ善である」と説きながら、それぞれ別々の真理に固執している。

かれらは論議を欲し、集会に突入し、相互に他人を〈愚者である〉と烙印し、他人(師など)をかさに着て、論争を交す。――みずから真理に達した者であると称しながら、自分が称讃されるようにと望んで。

集会の中で論争に参加した者は、称讃されようと欲して、おずおずしている。そうして敗北してはうちしおれ、(論敵の)あらさがしをしているのに、(他人から)論難されると、怒る。

諸々の審判者がかれの所論に対し「汝の議論は敗北した。論破された」というと、論争に敗北した者は嘆き悲しみ、「かれはわたしを打ち負かした」といって悲泣する。

これらの論争が諸々の修行者の間に起ると、これらの人々には得意と失意とがある。ひとはこれを見て論争をやめるべきである。称讃を得ること以外には他に、なんの役にも立たないからである。

あるいはまた集会の中で議論を述べて、それについて称讃されると、心の中に期待したような利益を得て、かれはそのために喜んで、心が高ぶる。

心の高ぶりというものは、かれの害われる場所である。しかるにかれは慢心・増上慢心の言をなす。このことわりを見て、論争してはならない。諸々の熟達せる人々は、「それによって清浄が達成される」とは説かないからである。

たとえば王に養われてきた勇士が、相手の勇士を求めて、喚声を挙げて進んでゆくようなものである。勇士よ。かの(汝にふさわしい、真理に達した人の)いるところに到れ。相手として戦うべきものは、あらかじめ存在しないのである。

(特殊な)偏見を固執して論争し、「これのみが真理である」と言う人々がいるならば、汝はかれらに言え、――「論争が起っても、汝と対論する者はここにはいない」と。

またかれらは対立を離脱して行い、一つの見解を[他の]諸々の偏見と抗争させない人々なのであるが、かれらに対して、あなたは何を得ようとするのか?パスーラよ。かれらの間で「最上のもの」として固執されたものは、ここには存在しないのである。

さてあなたは(「自分こそ勝利を得るであろう」と)思いをめぐらし、心中にもろもろの偏見を考えて、邪悪を掃い除いた人(ブッダ)と論争しようと、やって来られたが、あなたも実にそれだけならば、それを実現することは、とてもできない。

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引用文(「仏典」1)

『ブッダのことば』(岩波文庫)より。

第三 大いなる章  

この世における人々の命は、定まった相(すがた)なく、どれだけ生きられるか解らない。惨(いた)ましく、短くて、苦悩をともなっている。

生まれたものどもは、死を遁れる道がない。老いに達しては、死ぬ。実に生あるものどもの定めは、このとおりである。

熟した果実は早く落ちる。それと同じく、生まれた人々は、死なねばならぬ。かれらにはつねに死の怖れがある。

たとえば、陶工のつくった土の器が終にはすべて破壊されてしまうように、人々の命もまたそのとおりである。

若い人も壮年の人も、愚者も賢者も、すべて死に屈服してしまう。すべての者は必ず死に至る。

かれれは死に捉えられてあの世に去って行くが、父もその子を救わず、親族もその親族を救わない。

見よ。見まもっている親族がとめどなく悲嘆に暮れているのに、人は屠所に引かれる牛のように、一人ずつ、連れ去られる。

このように世間の人々は死と老いによって害(そこな)われる。それ故に賢者は、世のなりゆきを知って、悲しまない。

汝は、来た人の道を知らず、また去った人の道を知らない。汝は(生と死の)両極を見きわめないで、いたずらに泣き悲しむ。

迷妄にとらわれて自己を害っている人が、もしも泣き悲しんでなんらかの利を得ることがあるならば、賢者もそうするがよかろう。

泣き悲しんでは、心の安らぎは得られない。ただかれにはますます苦しみが生じ、身体がやつれるだけである。

みずから自己を害いながら、身は瘠せて醜くなる。そうしたからとて、死んだ人々はどうにもならない。嘆き悲しむのは無益である。

人が悲しむのをやめないならば、ますます苦悩を受けることになる。亡くなった人のことを嘆くならば、悲しみに捕らわれてしまったのだ。

見よ。他の[生きている]人々は、また自分のつくった業にしたがって死んで行く。かれら生あるものどもは死に捕えられて、この世で慄(ふる)えおののいている。

ひとびとがいろいろと考えてみても、結果は意図とは異なったものとなる。壊(やぶ)れて消え去るのは、このとおりである。世の成りゆくさまを見よ。

たとい人が百年生きようとも、あるいはそれ以上を生きようとも、終には親族の人々から離れて、この世の生命を捨てるに至る。

だから〈尊敬すべき人〉の教えを聞いて、人が死んで亡くなったのを見ては、「かれはもうわたしの力の及ばぬものなのだ」とさとって、嘆き悲しみを去れ。

たとえば家に火がついているのを水で消し止めるように、そのように智慧ある聡明な賢者、立派な人は、悲しみが起ったのを速やかに滅ぼしてしまいなさい。――譬えば風が綿を吹き払うように。

己が悲嘆と愛執と憂いとを除け。己が楽しみを求める人は、己が(煩悩の)矢を抜くべし。

(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、心の安らぎを得たならば、あらゆる悲しみを超越して、悲しみなき者となり、安らぎに帰する。

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