カテゴリー「アフリカ」の6件の記事

服部正也 『ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版』 (中公新書)

1972年初版、2009年増補版。

増補版刊行時点で、著者はすでにお亡くなりになっています。

日本銀行から国際通貨基金(IMF)に出向した後、さらにルワンダの中央銀行総裁に請われて就任し、1965~71年の間在任した著者の回想。

歴史書というのとはちょっと違うかもしれないが、以前から書名を知っていた本で最近増補版が出たし、数が少ないアフリカカテゴリに追加できる点で貴重だしと思って手に取った。

「ルワンダ」と言われても、全く名前を聞いたこともないか、「90年代に大虐殺があった国」としか記憶がない人が大半でしょう(私も後者です)。

ルワンダはアフリカ中央内陸部にある小国で、北はウガンダ、東はタンザニア、西はコンゴ(旧ザイール)、南はブルンジに接する。

首都はキガリ、公用語はフランス語(とルワンダ語。現在は英語も)。

ちなみに上記「コンゴ」はアフリカのど真ん中にあるでかい国のコンゴ民主共和国(首都キンシャサ)で、そのさらに隣にある小さい方のコンゴ共和国(首都ブラザヴィル)じゃないです。

国名が同じってややこしいですよね。

ザイールと呼んでた頃はちょうどよかったんですが、まあモブツ独裁政権が改称した名ですから、使われなくなったのもしょうがないですね。

あと似た事例として、中米カリブ海にドミニカ共和国とドミニカ国があります。

ドミニカ共和国がハイチと同じ島で東半分に当たる国、ドミニカ国はその南に連なる小アンチル諸島にある小国。

なお、アンゴラの首都名が「ルアンダ」ですが、これとも混同しないようご注意。

話が逸れ過ぎました。

閑話休題。

19世紀末のアフリカ分割でドイツ領、第一次大戦後ベルギーの委任統治領に。

主要民族は多数派のフツ族、少数派のツチ族。

「多数派は普通だからフツ族」とでも語呂合わせで憶えましょうか。

支配民族は少数派のツチ族の方で、植民地時代もツチ系王国が存続する間接支配の状態。

1950年代末に王国内部の紛争とフツ族解放運動が重なり、共和国宣言を経てフツ族中心政権成立、1962年に独立。

初代大統領カイバンダ。

その際、ツチ族の一部が近隣諸国に亡命し、以後ルワンダの不安定要因となる。

(なお民族構成を同じくするブルンジではツチ族支配体制が基本的に続いたと書いてある。)

独立間もない時期に着任した著者は大統領の信任を得て、二重為替相場制度廃止と平価切り下げなどの通貨改革、適切な国債発行と予算精査による財政再建、商業銀行規制など金融制度整備、ルワンダ人現地商人育成と輸出至上志向ではない農業中心の経済建設政策、バス路線などの交通インフラ整備を遂行し、ルワンダ経済を成長軌道に乗せることに成功する。

本論はここまで。

以後、著者が「ルワンダ大虐殺」について書いた論文と、別の方が著者を偲んで書いた文章が増補されている。

著者が帰国した後、1973年クーデタでハビャリマナ政権樹立。

1990年ウガンダの支援を受けたツチ族主体の「ルワンダ愛国戦線(RPF)」による北部侵攻。

そして悲劇の1994年を迎える。

同年ハビャリマナ大統領を乗せた飛行機が撃墜され、大統領死亡。

これに激高したフツ族が少数派ツチ族とフツ族穏健派を大量虐殺。

ウガンダのムセベニ政権の支援を得たRPFが反撃、ルワンダに進撃しフツ族勢力を打倒、全土を制圧、RPFの実力者カガメが副大統領就任。

著者はこの過程で米国メディアに見られたツチ族寄りの報道を批判している。

フツ族による虐殺行為は決して許されるものではないと述べた上で、それがフツ族政府の計画的行動であったことには疑問を呈し、発端の大統領暗殺事件はRPFの仕業である可能性が高いのではないかと推測している。

また西南部に安全地帯を設け、RPFが虐殺加担者として指名した人々をそのまま引き渡さず、国連の中立的機関によって裁かれるべきだとしたフランス軍の姿勢を評価している。

以後2000年に上記カガメが大統領就任、民族融和に努め、順調に経済発展を遂げているそうです。

なお、フランスが大統領乗機撃墜へのRPF関与を示唆する報告書を作成したことにカガメ政権が反発し関係が悪化、仏と一時疎遠になったルワンダは旧英国植民地でもないのに英連邦に加盟したと少し前の新聞の国際面で読んだ記憶がありますが、うろ覚えです。

加えて先日、カガメが再選されたが野党勢力への抑圧も指摘されるとか、新聞に載ってましたね。

なかなか良い。

読み物として面白く、経済音痴の私でも何とか読めるレベル。

わからないところは飛ばし読みでいいでしょう。

マイナー分野で地道に知識を伸ばすために適切な本です。

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岡倉登志 『ボーア戦争』 (山川出版社)

やっと5冊目のアフリカ史で、個別テーマの本は初めてか。

イギリスカテゴリに入れられないこともないが、もったいないので当然そうしない。

著者名をどこかで見た覚えがあるなあと思っていたら、『サウジアラビア現代史』の著者岡倉徹志氏と一字違いの別人でした。

1899~1902年の南ア(南アフリカ・ボーア)戦争に関する本。

南アフリカに最初に到達したヨーロッパ人は、当然1488年喜望峰に達したポルトガルのバルトロメウ・ディアスなわけですが、結局ポルトガルはこの地に勢力を築けなかったようで、1652年全盛期のオランダがケープ植民地を建設。

それが1815年ウィーン議定書でイギリス領となる。

ウィーン会議で、オランダはナポレオンに占領されていたのが解放され、一応戦勝国の立場のはずなのに、ナポレオン戦争中にイギリスに占領されたこのケープ植民地とセイロン島という重要拠点を奪われてるのが妙な感じ。

代わりにオランダは旧オーストリア領の南ネーデルラント(ベルギー)を併合、オーストリアはロンバルディア・ヴェネツィアの北イタリア併合というのはもちろん要記憶。

しかし16年後には七月革命の影響でベルギーは独立するんだから、オランダはやはり大損ですよね。

ボーア(ブール)人とは、オランダ系を中心とする非イギリス系白人のこと。

イギリス統治に不満を持つボーア人が北東部沿岸沿いに移動、ズールー族の黒人王国と戦い、ナタールを手に入れるが、独立は認められず1842年ナタールも英領となる。

一部のボーア人はさらに移動し、1852年トランスヴァール共和国(正式名称は南アフリカ共和国)、1854年オレンジ自由国成立、この二つの国の自治権は認められる。

ここで位置関係を確認。

ナタールからやや内陸に入ったところにバストランドというソト人の黒人国家があり(1868年イギリスにより保護国化)、これが現在の南アフリカ共和国に周辺を囲まれたレソト王国。

その西にオレンジ自由国が広がり、その北、ヴァール川を挟んでトランスヴァール共和国。

ナタール北東にズールーランド、さらに進むとスワジランド、この二つもトランスヴァールと接する。

バストランドとスワジランドが保護国として存続し、現在も独立国なのに対し、ズールーランドは完全に併合されて現在も南アフリカ共和国の一部のようだ。

1879年イギリスとのズールー戦争で敗北、97年ズールー王国はトランスヴァールとナタールに併合されると書いてある。

(ちなみにズールー戦争では、イギリス軍に加わっていたナポレオン3世の遺児が戦死している。)

現代史ではズールー人を支持基盤にするインカタ自由党という政党があって、アパルトヘイト時代には白人政権に妥協的姿勢を取り、ANC(アフリカ民族会議)と対立。

このインカタ自由党というのは昔はよくニュースで名前を聞きましたが、最近とんと耳にしなくなりましたねえ(気のせいか?)。

オレンジとトランスヴァールの西にはベチュアナランド(現ボツワナ)があり1885年イギリスの保護領に。

ボツワナと言うと、十年ほど前に格付け会社のムーディーズがこの国の国債を日本国債より上位に格付けして、日本政府要人が抗議したとかいうことが記憶に残っています。

実際アフリカ諸国の中では、かなり安定して順調に経済発展している国らしいですが。

トランスヴァールの北にはローデシア(現ザンビアとジンバブエ)で1890~94年に英領。

北がザンビア、南がジンバブエ。

ジンバブエはムガベ大統領の下、経済が完全に破綻してしまった国ですね。

ちなみにこのムガベ大統領と南アフリカの前大統領ムベキ氏を混同しないようにご注意。

なお、この手のごく最近の事項は外務省 各国・地域情勢で確認すると良いと思います。

個人的にウィキペディアは一切使いたくないので。

現在の主要都市として喜望峰近くにケープタウンがあり、ヨハネスブルクは当時トランスヴァールの領域、その少し北にプレトリアがあり、これが現首都の模様。

自治権取り消しから1880~81年に戦争勃発、これを第一次ボーア戦争と呼ぶようです。

結局イギリスの実質宗主権の下での自治確認という結果になる。

1886年トランスヴァールで金鉱発見、開発のため入国したイギリス系を中心とする外国人の権利問題をめぐるボーア人との対立。

1895年末トランスヴァール共和国政府転覆を狙ったジェームソン侵入事件。

失敗に終わり、翌96年ケープ首相セシル・ローズ辞任(有名なローズは1890年から首相だったがこの事件で辞任したため肝心のボーア戦争自体にはあまり大きく関わっていない)。

同96年ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世のクリューガー祝電事件(クリューガーはトランスヴァール大統領)。

その後もケープ当局とトランスヴァールとの交渉が続くが、ついに決裂。

本書の叙述ではイギリスと主に相対していたのは常にトランスヴァールで、オレンジ自由国は同じボーア人の誼でトランスヴァール側についたことになっている。

ケープ総督ミルナー主導で1899年開戦。

細かな戦史は適当に流す。

ボーア側のボータ(1910年南アフリカ連邦初代首相)、スマッツ(1919年南アフリカ首相に)、イギリス側のキッチナー(マフディーの乱鎮圧、ファショダ事件指揮官)の名前にだけ注意。

イギリス軍は苦戦しながら1900年プレトリア・ヨハネスブルクを占領し、普通ならこれで終戦となるはずが、ボーア側は地の利を生かしたゲリラ戦を展開、イギリスは大いに苦しめられ、農家焼き討ちや家畜殺害などの焦土作戦、女性・子供を含むボーア人非戦闘員を強制収容所に閉じこめるなどの策を取り、国外だけでなく国内の反戦世論を刺激する。

結局、1902年講和条約締結、戦争終結。

その後の章では、コナン・ドイル、チャーチル、ガンディー、タゴール、幸徳秋水、内村鑑三といった人々の、ボーア戦争との関わりが記されてあって中々面白い。

初心者にはちょっと苦しい部分もあるが、全然読めないというわけではない。

類書の少ない、貴重な本ではあると思う。

一読して、マイナー分野の穴を少しでも埋めるのもよいでしょう。

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福井勝義 赤阪賢 大塚和夫 『アフリカの民族と社会 (世界の歴史24)』 (中央公論社)

私にとって四冊目のアフリカ史。

3部構成で、第1部が人類学や民族学の視点から見た概説。

アフリカの多くの地域が無文字社会だったのだから、こういう記述が多いのも仕方ないが、これを面白く読めるかというと、私の能力では無理としかいいようがない。

言語による民族分類が載っていたので、それをメモ。

1.ニジェール・コンゴ語族

アフリカ全言語の三分の二が属する。そのうち最大のグループがバントゥー諸語。

カメルーンとナイジェリア国境辺りから東部および南部の広範囲に広がる。

ケニアのキクユ語、ウガンダのガンダ語、南アフリカのズールー語も含む。

東アフリカのスワヒリ語もバントゥー語にアラビア語の語彙が多く入って形成されたもの。

2.ナイル・サハラ語族

ソンガイ語、マーサイ語、カヌリ語(ボルヌ・カネム王国の言語)など。

3.アフロ・アジア語族。

かつての「ハム・セム語」。アラビア語、エチオピアのアムハラ語、古代エジプト語、ベルベル語群など。

4.コイサン語族。

かつての「ホッテントットおよびブッシュマン語」。ナミビアのナマ語を除けば消滅途上にある。

あと、第1部では133ページの現代アフリカ地図をじーっと眺めて、できるだけ多くの国名を頭に入れる。

白地図で正確な位置を示せなくても、国名を聞いて東西南北、中央のどの地域にある国か、大体でいいから言えるようになりたい。

第2部に入ると、普通の通史。

本文を読み進める途中で、164ページの王国分布図に面倒くさがらずに立ち返り、ごく大まかな位置関係を確認した方がよい。

高校教科書で必ず出てくる王国はクシュ、アクスム、ガーナ、マリ、ソンガイ、モノモタパの六つだけだが、本書ではその他にアシャンティ、ダオメー、ヨルバ、ハウサ、カネム・ボルヌ、エチオピア、ガンダ、コンゴ、ズールーあたりを押さえておきたい。

位置関係の他にできれば大体の存続期間も頭に浮かぶようになればなおよい。

ヨーロッパ勢力が進出し始めた15・16世紀以降に繁栄した国も結構あることにご注意。

第3部はイスラム・アフリカ史。

イスラム改革・復古運動の記述が多く、やたら細かい人名・地名・教団名が出てくるので読むのが疲れる。

時々ムハンマド・アフマドとかサモリ・トゥーレとか知っている名前が出てくるが、読み通すのにやや苦労することに変わりなし。

細かな部分は無理に覚えようとしなくてもいいでしょう。

ただリビア独立時の王朝のイドリス朝がその手のイスラム改革教団から生まれたものだということは記憶に留め置いた。

その他、1147年ムワッヒド朝滅亡後のマグリブ地域で、モロッコのマリーン朝、アルジェリアのザイヤーン朝、チュニジアのハフス朝という三つの王朝が成立したことをメモ。

モロッコのマリーン朝は15世紀半ばにワッタース朝に取って代わられ、スペイン・ポルトガルの進出にワッタース朝が有効に対抗できないうちに、さらにサアド朝に倒された。

ガーナ王国がムラービト朝に滅ぼされたことは高校教科書にも載っているが、後継国家のマリ王国とソンガイ王国の衰亡もこのサアド朝モロッコの攻撃が原因になっている。

サアド朝は1659年アラウィー朝に倒され、このアラウィー朝系統の王家が現在でもモロッコで王制を敷いている。

第1部と第3部がもう一つといった感じですが、第2部はコンパクトにまとまってよく出来ていると思うし、『新書アフリカ史』に取り組む前の予習として使えば、有益と言えるのかもしれません。

まあまあの内容を持つ本じゃないでしょうかね。

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宮本正興 松田素二 編 『新書アフリカ史』 (講談社現代新書)

出版された当時から気にはなってた本書を刊行から10年経ってようやく通読。

マイナー分野でありながら新書とは思えぬ厚さなので手に取るのを躊躇してたんですが、思い切って読み始めると驚くほど容易に読み通せた。

これは良い。非常に良い。

よく整理された叙述で、予備知識の少ない読者にもアフリカ史の全体像をわかりやすく教えてくれる。

十数人の分担執筆にも関わらず、記述の不統一や無意味な重複、説明不足などを感じさせない見事な編集。

北アフリカのナイル川、西アフリカのニジェール川、中央アフリカのザイール川、南アフリカのザンベジ川およびリンポポ川という大河流域によって地域区分をし、それぞれの史的発展を記していく。

またサハラ交易、インド洋貿易、大西洋貿易を通じた外部世界との交流とそれに応じたアフリカ内部の発展も重視し、近代以降のヨーロッパによる支配に筆を進める。

馴染みの無い地域の歴史を飽きさせず興味を持って読ませる。

初心者が読んで面白いアフリカ史なんて、以前記事にした山口昌男『黒い大陸の栄光と悲惨』ぐらいだろうと思ってたんですが、この考えは撤回します。

本書も十分取り組むに値する本です。

『黒い大陸~』は今でも特徴のある、面白い本だとは思うが、個々のテーマに深入りし過ぎて全体的な流れを簡潔に捉えにくいという印象がある。

現代史の部分は『黒い大陸~』の方が依然優れている気がするが、初心者が読むアフリカ史のテキストとしては本書を基本にするのが良いでしょう。

強く推奨させて頂きます。

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バズル・デヴィドソン 『アフリカ史案内』 (岩波新書)

アフリカ史もいつまでも一冊だけにしておくわけにはいかないなあ、しかし以前から気になってる『新書アフリカ史』(講談社現代新書)は長いし億劫だなあ、中公新版「世界の歴史」のアフリカの巻も読む気しないなあと思ったので、とりあえず薄くて手ごろなこれを読みました。

1964年刊ととんでもなく古い本だが、意外に使える。

高校で世界史を履修した人でもアフリカ史に関しては(私も含め)ほぼ白紙という人が多いでしょうから、本書のような非常に簡略な通史の方がかえって有益だったりする。

本当にごく基礎的で重要なことだけに焦点を絞って、着実に伝えようとする姿勢が非常に良い。

末尾にアフリカ諸国の独立までの経緯を一国一国簡単に記した付録が訳者によって書かれているが、これもなかなか役に立つ。

私自身、主要な国以外、まず個々の国名と位置関係を把握できていないので、そういう初歩レベルの知識を確認できる。

ちなみに訳者は以前岩波新書の『ナチスの時代』の記事で腐したのと同じ人。

こういう付録なら非常に結構です。

本書が岩波新書の定期復刊で再版されることは、残念ながらまず無いでしょうが、初心者が一番初めに読むアフリカ史としては適当な本だと思うので、一度図書館から借り出してみてはいかがでしょうか。

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山口昌男 『黒い大陸の栄光と悲惨 (世界の歴史6)』 (講談社)

世界史の一部としてアフリカ史も抜かすわけにはいかない。

ただ「歴史の無い暗黒大陸」という偏見がいかに間違っていようとも、イギリス史や中国史と同じ密度でアフリカ史を学ぶことは不可能だし、意味のあることとも思えない。

そこで素人はとりあえず一冊読んで済ませることになるだろう。

比較的最近出たものとして『新書アフリカ史』(講談社現代新書)なんてものもあるが、私が選んだのは1970年代後半に出た講談社旧版世界の歴史シリーズのこれ。

著名な文化人類学者で思想家の著者の特色が良く出ている。

とは言え、クシュ・アクスム・ガーナ・マリ・ソンガイ・モノモタパなんて国名をうろ覚えしてるだけの自分にとって、西アフリカと南アフリカの諸王国の歴史を長々と語られるところは正直かなりキツかった。

中盤のそのあたりで挫折しやすいですが、何とか乗り切ってください。

細かな部分は無理に頭に入れようとせず、通読して大体のイメージを捉えられたら良しとしましょう。

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